PREV | PAGE-SELECT | NEXT

七姉妹州(4)マニプール


<8/8インパールへ>

20180826022418e30.jpeg

本日はマニプール州都インパールに移動します。

ルートとしては、

(1)アイザウルからシルチャールに戻り、
(2)シルチャールに一泊し、
(3)シルチャールからインパールに移動します。

前回の日記で(2)まで書いたので、今日は(3)からです。



20180826022418b99.jpeg
スーモ待ち中

前日に買っておいたシルチャールからインパールに行くスーモは朝5:00集合の5:30出発だったのですが、「それだと早すぎるから別の会社に聞いてみます」と言ったら「じゃあ6:00集合・出発でいいよ」と返されました。じゃあって何だ他の乗客にはどう説明するんだと思いました。

そして念の為5:30に集合場所に行ってみたら、誰もおらずカウンターも開いておらず、でもまあそれは6:00変更になったのでそうかもしれんなと思い大人しく待ったのですが、



201808260224189e0.jpeg

カウンターが開いたのは6:00をだいぶ過ぎてからで、実際スーモが出たのは7:30でした。

面倒臭くて書きませんでしたがアイザウル行きのスーモもそんな感じだったし、他のスーモも基本的に時間は守らないので、そういうものなんだと思います。いちいち気にしてはいけません。



20180826022418169.jpeg
マニプール州入域印

ここマニプールも前回のミゾラムと同じく入域後の滞在登録(外国人登録)が必要らしいですが、今回は入域時に済ませることが出来ました。

マニプール州は入域チェックが厳しいらしく、州境は銃を持った兵士さんで固められていたし警察官もいっぱいいたし、物々しい雰囲気でした。が、滞在登録自体は簡単だったし手続き時の雰囲気も柔らかかったです。滞在日数やインパールでの宿泊ホテル名などを適当に答えて書類を書いて貰って、確かパスポートコピーも提出して、4、5分はかかりましたがそんだけでした。

マニプール州に入ってからの道中でも、やたらめったら兵士さんを見かけました。入域は許されているものの、ここは元紛争地帯。そして現在もまだまだくすぶっているそうなので、そういうことなのでしょう。



201808260224181e0.jpeg
本日のお昼ご飯

お昼休憩です。あまり美味しそうに撮れず申し訳ないですが、スーモ同乗のインパール出身男性によると「これがマニプール料理だよ!」とのことでした。

ご飯は日本と同じモチモチライスで、おかずは味付けも具材も実に多様性があり面白かったです。ひとつだけカリーっぽいおかずもありましたが、他はなんというか、何を食べているのかサッパリ分からない謎おかず達でした。薄暗くてよく見えないこともあって。具材は山菜メインで味付けは多分発酵調味料とか漬物みたいなのを入れてるのかな?という感じはしました。

日本人の口に合うかどうかは何とも言えません。私は好きだしちょっとハマりましたが、独特なので苦手な人は苦手なのかも。
 


20180826022418bab.jpeg

その後も、道中でマニプール州の食文化を感じる機会が多くありました。インパールまではほぼずっと山道なのですが、途中に集落が沢山あってあちこちから美味しそうな匂いが漂っていました。筍やキノコを煮ているらしい匂いで、少し独特である一方、なんとなく懐かしさも感じました。

写真は、停車した集落でお婆ちゃんから買った何かです。  

一つはパイナップルに塩と唐辛子をまぶしたもので、合わないこともないですが個人的にはそのまま食べたい感じでした。もう一つはよく分かりませんでしたが、風味が梅によく似た何かの実を潰し、いくつかのスパイスと和えたらしきものでした。甘くて酸っぱくて美味しいのですが、硬い種がいちいち邪魔をして来るのが少し苦手でした。
 


その後、スーモに振り回され頭部と肩を強打しまくること12時間。距離的には4時間くらいで着くはずなんですけども。暗くて写真を撮れませんでしたが、インパールはいくつも山を越えた先にありました。何百回目か分からないカーブを越えたら突然広い平地が現れたので、少し驚きました。住むにも耕すにも駐留するにも持ってこいの土地です。そりゃここが取れたらいいですよね。いいですけども、インパール作戦。



20180826022652356.jpeg
20:00ごろインパール着

とりあえず、夜も更けてきておりますので宿探しです。数少ない宿を訪ね歩いたものの安宿が見つからず、もう諦めて予算オーバーの宿に収まろうかいと思った瞬間目に入ったこちらの宿は薄暗く人通りの少ない路上にあり、



20180826022652555.jpeg

真っ暗な廊下を抜けた先にひっそりと佇む、



20180826022652054.jpeg
インパールの宿1「Hotel Avenue」

ほの暗い宿でした。

いや暗いのはむしろ落ちつくのですが、携帯の電波が届かないのがいけません。ネットに繋げないではありませんか。ニュースマホには何の情報も入っていないので色々調べ直さないといけないんですよ私は。

あと家庭内害虫Gがヒャッハーしているのも良くないですが、それはまあこの宿に限ったことではないと思います。この町、外でも中でも異様にG様が多いのです。大型市場があるので多分その影響かな?と思います。生ゴミがとっ散らかりがちですので。

あと蚊も多いです。嫌な町だな・・



20180826022652018.jpeg
インパールの宿2「Niran Lodge」

ネットに繋げないのがだいぶ困るので、翌朝別の宿に移動しました。お隣さんですが、こちらは電波が来ております。



<8/9インパール>

20180826022652e57.jpeg

本日はインパールを歩きます。 

インパールはマニプール州の州都なだけあって比較的賑わってはいますが、都会の雰囲気は無かったです。そんな感じもある意味魅力的ではありますが、宿がほの暗いのと停電が多いのとで、なんとなく暗いイメージを持ってしまっています。あと兵士が多いです。



20180826023016920.jpeg

まずはシェアタクシー的な乗り物に乗り、レッドヒルへ。



20180826023016000.jpeg

20180826023016966.jpeg

20180826023016023.jpeg
平和記念碑


20180826023016ab2.jpeg

20180826023016c12.jpeg
慰霊碑

ここには先の太平洋戦争時の悲惨な歴史を残す、慰霊碑と記念碑があります。

史上最悪の作戦と名高い、インパール作戦の跡地です。


以下、一応Wikipedia先生。 

インパール作戦(日本側作戦名:ウ号作戦(ウごうさくせん))とは、1944年 (昭和19年)3月 に日本陸軍により開始され7月初旬まで継続された、援蒋ルートの遮断を戦略目的としてインド北東部の都市インパール攻略を目指した作戦のことである。作戦に参加した殆どの日本兵が死亡したため、現在では史上最悪の作戦と呼ばれる。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/インパール作戦



行きたくなかったでしょうね。

死にたくなかったし、帰りたかったでしょうね。  

上に立つ人は自分が死ぬ訳じゃないし、分からないんでしょうけど。



20180826023334de2.jpeg
Ima Market

インパールに戻りました。

こちらはイマ・マーケット。日本語に訳すと「お母さんの市場」みたいな感じになるようです。その名の通り、市場を運営しているのは女性ばかりです。



201808260233348b2.jpeg

20180826023334b92.jpeg

20180826023508a62.jpeg

20180826023508b55.jpeg

美味しそうなものが沢山売っています。  



20180826023508ea6.jpeg

201808260235088fb.jpeg

よく分からんものも。

このダチョウの生首みたいなやつは果物ですかね。そして下の消し炭は何なんですかね。



201808260233345ee.jpeg

20180826023334ba3.jpeg

20180826023334133.jpeg

イマ・マーケット以外にも、インパールはそこらじゅうに市場が立っています。売る人と買う人のバランスは取れているのか?と心配になるくらい。

でも市場に活気があるのはそのまま町の活気に繋がりますから、良い町なんだろうなと思います。Gは多いけど、虫も元気で何よりということで。



20180826023508542.jpeg

パイナッポーを買いました。これは40ルピー(60円くらい)ですが、小さいものだと20ルピーぐらいからあります。北東部に入ってからよくパイナップルを見かけます。産地なのか、あるいはシーズンなのでしょうか。お陰様で剥き方を覚えました。



20180826023508d31.jpeg

市場でではないですが、壊れポータブル充電器も新調しました。ほぼ何もしていないのに半日持たないスマホでは危なすぎて。

どこの店でも真っ先に勧められるこちらのインド産ポータブル充電器10,000mAhが、1,200ルピー(2,000円くらい)でした。他の店では同じ商品が2,000ルピー超えだったり、「本当は3,000ルピーだけど君だけ特別に2,200ルピー!」とか言われて疲れましたが、それはもういいです。

日本産のポータブル充電器は今いくらくらいなんでしょう。比較的安価で質の良い電化製品と言う意味では、日本産はかなり自信を持っていいクオリティなんだろうなと、選択肢の無い海外にいる今では大変よく分かります。



201808262022128c2.jpeg
マニプール州立博物館/50ルピー

博物館にも行きました。中は撮影禁止ですが、良い博物館でした。下手な派手さの無い、歴史と文化をありのまま伝えるごく一般的で教育的な博物館です。博物館はテーマパークではなく教育施設及び研究施設なので、これで良いのです。



201808260235584ee.jpeg

インパールで食べたものをまとめます。インパールには観光客向けのレストランは無く、地元民向け食堂もそう数が多いとは言えませんでした。

写真は適当に入った食堂で、メニューが無かったのでライスとかチキンとか言っていたら何かしら食べさせて貰えました。停電していたのでちゃんと写真が撮れませんでしたが。停電が多いんですよねこの町。

どうもこの辺りでは、「ライス」と頼むとインドで言うところの(ここも一応インドですが)ターリーやミールス的なものが出てくるようです。ご飯におかずが数品付いてくるあれです。そして、ご飯もおかずも無料でおかわり出来る模様です。ポークライスを頼むとメインは豚肉料理。フィッシュライスを頼むとメインは魚料理になります。メインのおかずはおかわりできない様子ですが、ご飯はほぼ確実に出来、おかずも高確率でおかわりできます。



2018082602355890f.jpeg

路上で売ってたモモです。



20180826023558f70.jpeg

こちらはパニプリ。

バングラデシュで頻繁に食べていたフスカと似たようなものですが、フスカがマッシュポテトやゆで卵など具沢山だったのに対し、パニプリはサラッとしたスープっぽいものを入れてくれました。パニプリはインド中にあり、地域によって色々違うかもしれないのでこれがザ・パニプリであると断言は出来ませんが。

バングラのフスカは数個お皿に載せてくれたのに対し、インドのパニプリは一個一個わんこ蕎麦みたいな出し方をする屋台が多いので、なかなか食べられずにいました。何個まで食べていいのか、いくらくらいなのかよく分からないからです。ここではお皿に全部載せてくれるようだったので、インド入国8ヶ月目にして初めてこれを食べた次第です。



出発予定日にちょうどストライキが起きており一泊余計に滞在することになりましたが、次はナガランド州、コヒマに向かいます。

ここ数日、ただの州都巡りみたいになっておりあまり好きな形の旅行とは言えませんが、情報が少なすぎてどこへ行けば良いのか分からない現状ではある程度仕方ないのかなと思っております。現地の人に聞いてみてもなかなか新しい情報を貰えなくて。

でも後悔や不完全燃焼は次の目標に繋がるので、そう悪い事でもないのかなという気もしています。


にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
ブログランキングに参加しています。記事が面白かったらクリックお願いします。


<情報コーナー>

◯ シルチャールからインパール

インパール行きが出ているスーモカウンターは、町の中心から駅に向かう中間あたりにあり徒歩で行ける。私が乗ったのは朝5:30発(と言いながら7:30発)のスーモ700ルピー、所要12時間。州境で入域申請書みたいなのに記入、パスポートに入域スタンプを貰う。出域時は特に何も無かった。

◯ インパールの宿

「Hotel Avenue」
Mahatma Gandhi Statueからお堀方向に歩き、お堀ロードに出る手前の左側。トイレ冷水シャワー付きシングル500ルピー。ダブルは800ルピー。WiFiなし、ファンあり。ビルの谷間にあり携帯電波が届かない。

「Niran Lodge」
上記宿のお隣さん。同じトンネル入り口に入り、上記宿のすぐ手前。トイレ冷水シャワー付きのシングル500ルピー、ダブル700ルピー。WiFiなし、ファンあり。携帯電波は一応届く。夜19:00とか20:00には入り口を施錠してしまうので注意。上階にオーナーだか管理人さんだかが住んでいる。

◯ ロトパチン平和記念碑、慰霊碑

イマ・マーケットの南西側、高架下をくぐり橋が二本かかっている辺りにシェア力車&ミニバス乗り場があるので、そこからナンボール行きシェアカーに乗るとそのまま記念碑まで行ける。ナンボール村Nambolを通り過ぎ2キロほど行くと左手に小高い丘(レッドヒル)があって、そのふもと。シェアカー(改造軽トラみたいなの)一人30ルピー、所要20分くらい。バスもあり、こちらは20ルピー。本文中の写真はレッドヒルを通り過ぎてから撮ったものなので逆だが、実際は道路の左側にある。多分「ロトパチン」か「レッドヒル」で通じるのでは。

| インド | 20:01 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

インパールってこんな所だったのですね

こんにちは、いつも興味深く拝読しています。
インパールという地名にはインパール作戦のイメージしかなかったので、
こんなに賑わっている町と知って驚きました。
今ちょうどこの作戦関連の本を読んでいます。
最近のブログにあげられている写真から当地付近の様子(雨季の状況や地形など)が伺えて
充分な装備や食糧も無く送り込まれた兵士や牛馬のことを思って胸が詰まりました。。

とりとめのない感想ですみません。
気になっている場所だったので、ついついコメントしてしまいました。
これからも気をつけて旅を続けて下さいね。

| ふみ | 2018/08/27 17:01 | URL |

Re: インパールってこんな所だったのですね

> ふみさん

こんにちは。
インパールは街中は賑やかだし郊外はのどかな田園地帯で、そんな悲惨な出来事があった場所だなんて意識しなければ分からないくらいでした。しかしインパールを囲む山々は今でもかなり深く何重にも連なっており、当時はさらに険しいジャングルだったそうですので、かの作戦がいかに無茶であったかということがよく分かりました。実際その地に立ってみると当時の悲惨な光景が浮かぶようで、胸が苦しかったです。

| 低橋 | 2018/08/28 03:30 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://watatobu.blog.fc2.com/tb.php/970-687caab4

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT