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チベットという国

ここマクロード・ガンジで色々なものを見た直後は若干混乱しよく分からないことを書き殴りそうになりましたが、数日寝かせたらだいぶ落ち着いてきました。

が、結局色んな思いが混ざりあい、何が言いたいのかよく分からない文章になりましたので、その事について先にお詫び申し上げておきます。



<マクロード・ガンジ滞在を通して見た、チベットという国について>


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チベットの国旗・雪山獅子旗

ここマクロード・ガンジはチベット動乱時におけるダライ・ラマ14世の亡命先であり、現在もお住まいの町であり、チベット亡命政府の拠点でもあります。

現チベット自治区では使用が禁止されているこのチベット国旗も、この町では随所で見ることが出来ます。




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ツクラカン・コンプレックス

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ダライ・ラマ邸

チベット亡命政府の拠点ツクラカン・コンプレックスは、観光客でも比較的自由に見学することができます。また、タイミングさえ合えばダライ・ラマ14世のお話を直接聞ける機会もあります。




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町の商店街ではチベット人らしきお顔立ちの人々や僧侶の姿をよく見かけますが、買い物やレストランでの食事を楽しんでいるところなど、彼らが穏やかな日々を送れている様子が伺えます。少なくともここでは。




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チベット博物館

ツクラカン・コンプレックスの敷地内にはチベット博物館というのがあり、ここではチベットの歴史や動乱前後の出来事について学ぶことができるそうです。

ただ、旧正月休みでずっと閉館していたため、私は結局これを見学することができませんでした。




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博物館の前には、チベットの人々の叫びをそのまま形にしたようなモニュメントがあります。




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我関せずな子がいました。穏やかで可愛らしい寝顔です。何よりです。




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パンチェン・ラマ11世

パンチェン・ラマとはチベット仏教においてダライ・ラマの次に重要な人物であり、ダライ・ラマと同じく生まれ変わりによって世代交代していくとされています。

写真の少年は1995年に認定された第11代目のパンチェン・ラマですが、彼はその3日後に「政治犯」として両親と共にかの国に誘拐され、現在も消息不明です。当時6歳だったそうです。




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マクロード・ガンジの町中で見かけた、パンチェン・ラマ11世を含む行方不明者達の写真です。




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コラ・サーキット

ツクラカン・コンプレックスがある丘の真下あたりには、コラ・サーキットと呼ばれる巡礼の道があります。




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タルチョはためく祈りの道です。




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巡礼道の真ん中には、沢山の顔写真が並べられている一角があります。全ての写真には名前、年齢、Self-immolationを図った場所などの情報が添えられています。

Self(自己の)immolation(犠牲)。焼身自殺の事を指します。

僧侶や尼僧や、一般のチベットの人々によるチベット支配に対する抗議自殺が多発しているといいます。

写真を一枚一枚見ていくと20代前後の若者が圧倒的に多く、中には俳優のようにハンサムな男の子や、16歳の女の子の姿もありました。焼身自殺を図った直後の、ショッキングな写真もありました。





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ツクラカン・コンプレックスに掲げられていた、かつてのチベットの中心地、ラサのポタラ宮の絵


チベットについて。

チベットの人達はここマクロード・ガンジでは何とか穏やかに暮らしているように見えますが、ここはあくまで亡命先の借りている土地であり、彼らの故郷は奪われたままです。現在ではチベット自治区なんて呼ばれてすっかりかの国の一部とされ、「チベットらしさ」はみるみる消失していると聞きます。

チベット自治区は外国人でも入ることができますが、自由に旅行することはできません。まず入域許可証を取得しないといけないし、観光するにはかの国公認のガイドを付けなければいけないし、行動も制限されてしまうそうです。

チベット自治区にある青蔵鉄道は大変眺めの良い景勝鉄道として有名で、私もこれに乗りたいとずっと思っていましたが、チベットのあれこれやこの鉄道の成立状況などを考えると、どうも今すぐ行きたいという気持ちになれません。チベットの今を見てみたい、知りたいと思う気持ちと、私が落としたお金はチベットではない所に行くんでしょう?という疑問がない交ぜになって悶々としています。




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チベット仏教について。

かつてあったチベットという国、過去から現在まで継続している重大な問題、チベット仏教、そしてチベットの人々の現在についてはニュースで見た程度の知識しかなかった私ですが、アジア地域を旅する中で、その事はだんだん実際この世界で起きている事実であるとの認識に変わっていきました。

特にチベット仏教のタルチョは視覚的にもその意味を持ってしても非常に印象深いものなので、旅先でこれを見たことにより、チベットとはどういう国なのか、チベット仏教の教えとはどんなものなのかということに、強い興味を抱く様になりました。

これまで巡った国や町や山や道や高原で見かけた何万枚もの鮮やかなタルチョは、風を受けて力強くはためいているようにも見えたし、今にもその風に拐われてしまいそうにも見えました。

宗教家の多くない私達日本人には馴染みの無い話かもしれませんが、宗教の否定というのはその人の人生の否定であり、魂の否定です。それを奪い、壊し、押さえつけるなどということは、本来あってはならないことであると私は考えます。




かの国について。

チベット進行についてのかの国の一番の目的は、土地そのものやその土地が持つ資源や、そういった部分にあるのだろうと推測します。他にも色々あるでしょうが。

その欲、こうした事柄において欲という言葉は正確ではありませんが、そういったものを前にしては、チベットの人達の人権や歴史や信仰など全て「利益」の二文字に置き換えられてしまったのかもしれません。日本を含む世界中が、かつて同じ過ちを犯してしまったように。

そしてその過ちは直接的にしろ間接的にしろかの国のチベット進行に繋がっていると言え、そう考えると私達は一方的にかの国を責められるのだろうかと、私はふと言葉に詰まってしまいます。しかし罪の無い人間しか声を上げてはいけないと言う事になると、本当に誰も何も言えなくなり、チベットは益々追い詰められて行ってしまいます。




かの国、中国について。

「チベット」をタイトルに掲げた記事の中でこんなことを書くと大きな誤解を生みかねないのですが、私は単純に中国という国を批判する文章を書きたいわけではありません。いえ、チベット問題については知れば知るほど怒りと悲しみが沸いてきます。その件についてかの国を庇おうとしているわけでは決してありません。が、批判するべきはあくまで政府のやり方であり、かの国そのものでもそこに暮らす人々でも無いというところを間違えたくないので、その部分は必ず補足しておきたいと思いました。

私は世界中で出会った、私の顔を見るなり「チナ!(中国人に対する蔑称)」と言って唾を吐きつけたり中指を立てたり脇腹を叩いてくれた馬鹿共と同じにはなりたくありません。

かの国のせいでこんな目に遭うのだと悔しく思う気持ちと、仮に私が彼らの言う「チナ」であったとしても初対面の人間に唾を吐かれる覚えはないという怒り。そして「違います、日本人です」と言うと掌を返すように「ソーリーソーリー」と笑いかけてくる、あの醜悪な顔たち。どこへこの悔しさと怒りをぶつければいいのか分からずただ黙って耐えながら、これまで旅を続けて来ました。


それを踏まえた上で、今回マクロード・ガンジで触れた中国によるチベット支配の事実です。隣人として同じアジア人としてかの国のことが気になり、出来れば理解したいとこのところずっと考えて来たのに、ついネガティブな感情が沸き上がってしまって、訳が分からなくなりました。つっけんどんだけど本当は優しいあの人達の国で、こんなことが起こっているのかと。

良い印象ばかりではないかの国を実際訪問しこの目で見て、正しく理解していきたいと考えていた中で、別の角度から提示された一面がショッキング過ぎて、また何も分からなくなった気持ちです。そんな「良い国か悪い国か」みたいな極端な考え方をする必要は無いと理解しつつも、考えれば考える程にドツボにはまっていきます。



全くまとまりませんでしたが、これ以上は難しいので締めくくります。
以上が、私がマクロード・ガンジで見たものと抱えた混乱の一部です。全ては書ききれません。


「現地」の一つであるマクロード・ガンジで見るチベット問題は、これまで持っていた知識以上に衝撃的で悲惨な出来事であったし、二国間の問題で片付けていいようなものでは無かったし、その事について調べれば調べるほど解決の道は果てしなく遠い様に思えました。

「チベットの人々の自由と解放を願っています」というたった一行の祈りが、何だか重すぎて、上手く言葉になりません。



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| インド | 23:38 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

チベットやウイグルの人々が解放されることを祈ってます。
日本ではパンダが人気ですが、パンダは中国がチベットから奪った財産なんですよね。
世界が彼らの侵略を批難出来るまともな世界になって欲しいですね。

| 桜 | 2018/02/27 12:55 | URL | ≫ EDIT

興味深く拝読させて頂きました。
知識が浅く、でもずっと気になっていた事柄したが、総合的に低橋さんと同じ思いです。チベット含む世界において、個々の宗教や風習、先祖が根付いた土地を、他社に勝手に犯される事なく、自由に健やかに暮らせる日々が訪れる事を願ってやみません。
いつか行きたいと考えているかの国の、多面性をもっと勉強したいと思えました。ありがとうございます!

| かん | 2018/02/27 14:57 | URL |

低橋さんのお気持ちがとても伝わってくるブログでした。

かの国やら何やらへの思いも共感することろが多々ありました。
私もかつて、感じたことを纏まらないなりにも書き留めねば、と衝動にかられたのを思い出しました。
ジャッジや結論を出すためでなく、むしろただ純粋に多くの方に読まれ、思いを馳せてもらうことが大切だと感じています。

| りょう | 2018/02/27 18:47 | URL | ≫ EDIT

>桜さん

ウイグルもそうですよね。どちらも未だ行ったことがなく、ブログでも少し触れました様に行きたいけれど何だか悶々としてしまう地域です。

パンダのことは知りませんでした。普段何気なく好きになったり愛でているものにも色んな歴史や闇の様なものがあると思うと、何だか色々考え込んでしまいそうです。

>世界
本当に仰る通りだと思います。「うちも人のこと言えません」という国ばかりだと誰も何も言えないし助けられなくなってしまうので、一つの国に限らず世界そのものがまともになって欲しいです。

| 低橋 | 2018/02/28 03:42 | URL |

>かんさん

こちらこそ、あんなまとまりの無い文章を読んで頂きありがとうございます。
私もこれまで浅い知識しか無かったのですが(今も深くなったとは言えませんが)、この機会にこそちゃんと理解したいと思い色んな角度から情報を集めてみたものの、余計に混乱してしまいました。でも、知れて良かったと思います。
私も中国の知られざる沢山のエリア、そしてチベット自治区にもいつか行ってみたいです。

| 低橋 | 2018/02/28 03:53 | URL |

>りょうさん

読んでいただいてありがとうございます。

>ジャッジや結論を出すためでなく、…
なんとなく安心しました。ありがとうございます。自分でも、本当はまとめたいけれどまとまらなくても仕方がない、まとめようがないじゃないかという気持ちがありました。それだけ複雑で、難しい問題だと思うのです。本当は「奪わないで」、「解放して」という単純で純粋な解決策があるはずなのですが、それを一層複雑にしてしまったのは世界の方なのかもしれません。

| 低橋 | 2018/02/28 04:19 | URL |

人間らしい欲が世界を醜くする

今回のブログも興味深く読ませて頂きました。

「チベットはいいところだよ。」

行った旅人からはそれしか聞いてこなかったので、低橋さんの視点から与えて頂いた知識は、本当に貴重で有り難いです。

私もニューヨークのワールドトレードセンターの跡地に行ったときのことを、なんとかまとめようとしたのですが、うまく言葉にできませんでした。

私は基本的に人間が好きですが、世界を旅して知れば知るほど、人間が怖くなったりもします。

欲より先に、他の尊重ができるようになれれば良いのですが...

| Animal Traveler | 2018/02/28 13:06 | URL |

Re: 人間らしい欲が世界を醜くする

>Animal Travelerさん

どうして戦争するんだろうかなんていう子供の頃の純粋な疑問は大人になってもまだ疑問のままで、でも大人になったらその理由や原因は色々と理解できるようになってしまいました。ただ理解はできても納得できるかはまた全然別の話で、色んな視点で物事を見られるようになった分、余計に「戦争や奪い合いは絶対に無くならない」ということに確信を持ててしまうことが悲しいです。

「他者への敬意」という、たったそれだけのことなんですけどね。命の奪いあいまでは行かないにせよお互い妬みあい憎みあうような世界は日本も同じなので、なんというか、平和って遠いんだろうなと思います。

| 低橋 | 2018/03/01 17:08 | URL |

戦争と平和

映画のタイトルのようですが、人間社会にうごめく欲望と それに伴う破壊と侵略はこれまでも そしてこれからも終わりがないようです。否定的な見解をこうして書いているのは誠に遺憾ながら、 現実世界はいつの世も愚かな戦争を絶えず繰り返しているのを 誰も止めることができない気がするのです。
人を殺めては罪になる社会で、それがひとたび戦争という名の下に繰り広げられると あらゆる殺戮は許され、讃えられ、英雄と呼ばれメダルさえ与えられるのだから。 今この瞬間でどれほどの国で終わることのない戦争がおきていることを思うとき絶望的にもなります。本当にどうしたらいいのでしょうね。誰でもわかっている事実、戦争はいけない 絶対にいけないと言いながら どうにもならないのは、やはり権力を持つ人々の利益とエゴに巻き込まれる多くの市民はなすすべもなく犠牲になるしかない。 

私もどうしていいのか、まとめることもできないのですがあなたの言われるように平和はとおいのだろうという悲しい、虚しい気持ちです。でもできることはこういうことを認識してじぶんの生き方を見つめること。しかないみたい。 いつも大変な旅をされていますがあなたの考えと人と動物に優しい、そして適切な言葉の記事をとても楽しみしています。気をつけてよい旅をしてくださいね。 

| みちよ | 2018/03/02 17:55 | URL |

Re: 戦争と平和

>みちよさん

非暴力を貫いたガンジーはインドを独立に導き、一方で、同じように争いを避けようとしたチベットの人達は征服され今にも消え入りそうな状況に追いやられています。ろくな抵抗もできずに奪われていくばかりの彼等を思うと、私は「抵抗してください、命を守るために」と彼等の決意を無下にするような身勝手な感情まで沸いて来てしまいますが、実際の彼等は国や民族や宗教を守るために、焼身自殺という形でその命を自ら絶ってしまっているのですよね。

抵抗は応戦ととらえられ、それはますます戦争への道へ繋がり、しかし他にどうすれば奪われずに済むのかと、私はいつも答えの出ない堂々巡りを繰り返して空しくなります。でも、空しくなれる私は結局平和で幸せなんだと思います。世界の人々は空しく思う間もなく命を落としているのですから。

いつも見ていただきありがとうございます。お気楽な旅をしたいと思いつつもそうもいかない事が多いですが、それを含めて、大切に旅をしたいと思っています。

| 低橋 | 2018/03/04 14:28 | URL |















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