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ピラポ日本人移住地

貸していただいた暖かいお布団で泥の様に眠り、
朝起きると温かい朝食(しかも手作り納豆が!手作り納豆が!!)
用意されていました。

あまりのありがたさと美味しさに、
20回くらい美味しい美味しい言ってしまいました。



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本日のお昼ご飯

午前中は猫の群れと番犬くん達と戯れ、午後はピラポ市街地見学へ。
でもその前に、お昼ご飯に連れて行って頂きました。
国道沿いにあるアサード(炭焼き)レストランです。

とりあえずバイキングを取っていいとの事だったので食い尽くす勢いで頂いていたら、
給仕係のお兄さんが「肉は如何ですか?」と次から次へと色んな部位を持って来て切り出してくれ、
わんこ肉状態に。何ここ楽園?って思いました。



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ピラポ市街地に行く途中には、青年海外協力隊の事務所がありました。
そこでは私と歳の近そうな日本人女性が働いており、色んな話を聞くことができました。

彼女は農業を、他の方は料理や裁縫を。
日本から来た隊員たちは、それぞれの得意分野をパラグアイの人々に教えながら共に働いているそうです。

私が見学している間にも、近くにお住まいのパラグアイ人のおじさんが種を買いに来ていて、
現地の人々とよい関係を築いている様子が伺えました。



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ピラポ日本人会

続いて、ピラポ市街地へ。
ピラポの住人の多くはここに住み、農業を始めとした様々なお仕事をしながら生活しています。

ピラポの歴史は今年で53年。
53年前に第一次移民の人達がこの地に渡ってきたときは、
この辺りはジャングルそのものだったと言います。

移民の人々は、日本から船で一ヶ月半かけてブエノスアイレスまで渡り、
そこからまた移送車に揺られてこのピラポの地まで辿り着いたのです。

移民政策とは「農耕地を求めて」という目的のものだったはずですが、
移民の人達は田畑を耕す前にまず、密林を切り開くところから始めなければいけませんでした。




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資料館

資料館を見学させてもらいました。

小さなお部屋の中には当時の様子を知ることができる沢山の写真や、生活用品の数々が展示されています。

日本政府はまず新たな農耕地としてこの地を買い取り、
移民希望者達を募り、何回にも分けて何百世帯もの日本人達を移住地へ送り出しました。

遠い外国に新しい夢を見た人、仕事が無くやむにやまれず移住を決意した人など、
皆それぞれ、様々な理由を持ってこの地へ渡ってきたのだそうです。



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移民の人々は、地球の裏側にある祖国・日本から様々なものを持ってきました。

なにせ、当時の南米は現在とは比較にならないほど遠い場所だったのです。
一度ここへ渡ったらそう簡単には日本へは帰れないし、日本の物もなかなか手に入りません。

移民の人々は長く続くであろう海外生活に備え、
樽いっぱいのお味噌、お醤油、鰹節やお米など、慣れ親しんだ味を持って渡航したんだそうです。



展示されている当時の生活用品は、私にはとても美しいものに見えました。

見た目どうこうの話ではなく、壊れても、汚れても、同じものを
大切に大切に使い続けたんだろうなという点に深い感銘を受けたのです。

戦中、戦後のつらい時代を生き抜いた人々は、物の大切さをよく知っています。
加え、この地へ移住してきた人々にとっては特に日本の製品は貴重なので、
本当に大切に、宝物のように使ってきたのだろうなと思うのです。


着物などの生活用品もですが、特に愛おしさを覚えたのがお人形や置物などです。

日本にいるときはそういった物にはほとんど興味が湧かなかった私ですが、
海外生活や海外旅行をしていると、日本を思い出させる品々や、
自分の持ち物の一つ一つが本当に大切に思えます。
リュックにつけていた小さなキーホルダ一を1つ無くしただけで、しばらく落ち込んでしまうほど。

気を取り直して「また買えばいい」と思えても、実際には手に入らないことが多いので、
旅人は現代人が無くしつつある「物を大切にする」精神を持ちやすいのかもしれません。



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移民の人々は、この南米の地でも盆踊りや七夕まつりなどの日本の行事を行っています。

53年前、どんな所かもよく分からない地球の裏側に渡ってきた人達は、
この地へ大切な祖国の欠片を持ってきたのです。

着物やはっぴなどを着て楽しげにしている人々の写真を見て、
「日本人は日本人のままここに生きている」ということに、妙な嬉しさを覚えました。

さらに、「パラグアイ人達も面白がって参加してるよ」というお言葉には、
おかしいやら嬉しいやら、温かい気持ちがこみ上げてきました。



日本にいると自分が日本人であることや日本の文化についてそう意識することはありませんが、
外国にいると、日本という国はなんと不思議で面白いものかということに気づかされます。

外国に来てようやく気づくというのもおかしな話ですが、私は、良い点もちょっと困った点も含め
自分の生まれ育った日本という国をとても愛しているし、誇りに思っています。



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北村さん家の猫

帰宅後は、また美味しいお夕飯とお酒を頂きながら北村さんご夫婦とゆっくり話をしました。

旅行者としてこの地を訪れた私と、何十年も前からここで生きてきた北村さんご夫妻。
同じ日本人でありながら、日本に居たらすれ違うことも出来なかった人たちです。

どこへ行き、何をするのか。
どこに住み、どう生きるのか。
どこで、どんな人と出会うのか。

旅をしていると常に頭に浮かぶこれらの問いかけが、
今日は特に、私の心を強く揺さぶりました。


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| チャリンコ旅 | 23:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

素敵なお話ですね。

こんにちは。
初めてコメントさせていただきます。
北村さんをはじめとする移民の方々の生き方、そして低橋さんの感じたこと、どちらも素敵で感動しました。
私も今南米にいて、時間の関係でパラグアイには立ち寄れないのですが、
いいお話が聞けて良かったです。
これからも良い旅を!

| sa ka | 2013/07/16 06:04 | URL |

>sa kaさん

こんにちは、初めまして。

北村さんに偶然出会わなければ通り過ぎていたピラポ移住地ですが、
こういう形で体験できたことをとても嬉しく思います。
偶然のめぐり合わせに感謝です。

sa kaさんも南米にいらっしゃるのですね。
どのあたりかは分かりませんが、気候の変化と防犯にお気をつけて、
楽しく旅をなさってください!

| 低橋 | 2013/07/16 10:10 | URL |















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