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エベレスト街道8、チョラパス越え


<10/28 トレッキング13日目>

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朝から何度も見かけるヘリ

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本日の朝ごはん/エッグトースト

昨日は一昨日よりはよく眠れましたが、まだ体調は悪いです。十中八九高山病にかかっていますが、下山するほどではないんじゃないかな〜た〜ぶ〜ん〜と自己判断したので先へ進みます。



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本日の目標:チョラパス突破の拠点村ドラグナ

まあ、今日は二時間しか歩かないので大丈夫です。そして無理ならそこからの下山ルートもあるので大丈夫です。たぶん。今日は様子見なのです。



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出発5分後

もうむりですぅ。

っておもいました。

高山病もそうなんですけど、高山病の薬ダイアモックスの副作用で顔面と手足が痺れまくっているのが辛いです。痛いとか苦しいとかじゃないけど、未知の辛さです。

でも進みます。何故なら戻ったところで標高4,790m(=地獄)だからです。一方、本日の目標村は標高4,700mです。90m低いぞやったああぁ〜・・



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ゴジュンバ氷河

土砂がドシャーとなってるだけだと思っていた白い大地は、実は氷河でした。でも氷の上に土砂がドシャーしているので埃っぽいでシャー。



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ドラグナ(又はタンナック、標高4,700m)

2時間と書かれていた道を2時間半かけて、本日の目標ドラグナに到着しました。体調不良の割には頑張ったんじゃないでしょうか。



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ドラグナの宿「Thagnak Guest & House Restaurant」

ロッジ村に着いたのは10:30なので流石に部屋は空いていましたが、午後到着した人と相部屋になりました。やはりここも混雑しているようです。



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チョラパスへの道

宿前の休憩スペースにて、「朝5:45に向こうの拠点村を出て9:30にここへ着いた」というおじいちゃんトレッカーと出会いました。通常6時間はかかると言われているチョラパスを、3時間45分で越えて来たことになります。ガイドさん及びポーターさんを連れた空荷の人とは言え、いくらなんでも速すぎませんかね。ましてやおじいちゃんですし。格好良い人もいたもんです。


ところで先程から書いている「チョラパス」ですが、正確には「チョ・ラ」又は「チョ・パス」のはずです。「ラ」がパス(=峠)という意味なので。つまり「チョラパス峠越え」なんて書くと、チョ峠峠峠越えになってしまう訳です。何が悲しくて一日で三つも峠を越えないといけないんでしょうか。迂回した方が得策です。



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本日の晩ごはん/シェルパシチュー

さて、明日挑むチョラパスは「人が少なく道も分かり辛く危険なので、絶対一人では行かないように!」と言われていますが、私は一人です。いつだって一人です。永遠に一人です。なので他のお一人様と結託して一緒に行ってもらいあわよくば結婚してもらうつもりでいましたが、宿にいるのはカップルばかりでした。世知辛え世の中だぜ。

しかしロッジ村のこの混雑具合からして、わざわざ誰かと約束しなくても峠越え道はトレッカーで溢れているのでは?と思い至りました。

念の為周りの会話に耳を傾けてみると、皆さんだいたい朝5:00〜7:00の間に宿を出る様です。と言うことは、5:00組と一緒に出ればその後ズルズル遅れを出しても6:00組、7:00組と合流できます。この作戦で行きましょう。



<10/29 トレッキング14日目 チョラパス越え>

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朝は飲み物だけでサッと済ませ、5:15に出発しました。

トイレに行っている間に5:00組に置いていかれ早くも作戦失敗☆しておりますが、宿を出たらちょうど他の宿から団体さんが出発したので、何食わぬ顔でその隊列に加わりました。でもちょっとのんびりペースな団体さんだったので、あっという間に先頭に躍り出てしまいました。今日は調子が良いです。ダイアモックスが効いたんでしょうか。


それはさておき、滅茶苦茶寒いです。全身が凍てつき、歩き始めて30分でもう手足の感覚が無くなってしまいました。凍傷が心配になる寒さです。カイロか何か持ってくるべきでした。

日が昇りさえすれば温かくなると信じて歩き続けましたが、こちら山の西側です。待てど暮せど歩けど休めど、お日様の光を浴びることはありませんでした。



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その後広い場所に出てどこが目標なのかよく分からなくなりましたが、通りすがりのガイドさんに聞いたら「あの山の谷間がチョラパスだよ」と教えてくれました。「どの山の谷間だ」と思いました。



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ここまでは割と歩きやすい登りでしたが、最後はかなりの急勾配でした。しかも道らしい道が見当たらず、ほとんどよじ登る感じです。荷物を背負って越えるには少々骨が折れます。いや慣用句ではなく本当にスッテンボキィと行きそうな道なのです。気をつけなくては。


そして、背負っている荷物をどっせいしたくなる気持ちをこらえ岩石ゴロゴロウェイをゼエゼエ言いながらさらに登ると、

ついに



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チョラパス(標高5,420m)

チョラ峠に到達しました。

時刻は9:30。ここへ来てようやく、お日様の光を全身に浴びることができました。奇跡みたいに暖かいです。思わずショーシャンクの空にみたいになってしまいました。



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人がワンサカいます。

ここまでも常に誰かしらが前後にいてくれましたし、少なくともこのハイシーズンにおいてはお一人様問題はそう気にしなくて良さそうです。

が、ローシーズンの場合はやはり、一人では行かない方がいいんでないかなと思いました。いや、絶対行かない方がいいです。道がよう分からんのもそうですが、このコースは割と怪我をしやすいと思うんです。ちょっとバランスを崩したら一気にガラガラ行く感じ。一人で歩いていてそうなったら、そして何時間も誰も通らなかったら、想像したくもないですが悲惨な事になってしまいます。



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さて、凍った身体も溶けて来たので反対側へ下ります。

チョラパスの東側には立派な氷河が広がっていました。綺麗ですが、どう見ても滑りまくるやつです。



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私はアイゼンを履いてこなかったウッカリ橋兵衛でございますが、周りのトレッカー達も半分以上が私と同兵衛でした。やーい馬鹿共が。

まあ無くても歩けないことはないのですが、とっても大変だしすんごい怖いです。おそらくここにいるアイゼン無し兵衛全員が、その事を後悔していたと思います。

ポーターの皆さんもアイゼン無しで、そればかりかペラペラのスニーカーで歩いています。見てるこっちがハラハラドキドキツルッ痛ってえ!ですが、彼らは一歩一歩声を出し気合いを入れながら、着実に進んでいました。尻餅をついたまま不貞腐れている私とは大違いです。



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一時間以上かけて氷河を越えその後少し下ると、ご褒美とばかりに絶景が迎えてくれました。

ゴーキョ側のロッジ村は登山口ギリギリにある感じでしたが、こちら側のそれは結構遠いです。なんとなく、こちらから登った方が大変そうだなという印象を受けました。でもこちらはおそらく朝から日が当たるので、寒さはだいぶマシかもしれません。



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ゾングラ(標高4,830m)

そこからは一気に下り、11:30にはチョラパス東側拠点のロッジ村、ゾングラに到着することができました。出発からここまで6時間15分でした。



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ゾングラの宿「Himalayan View Lodge &  Restaurant」

まだギリギリ午前中なのに、宿はどこも混雑していました。でも何とか部屋を確保する事ができました。



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本日のお昼ごはん/シェルパシチュー

峠越えのご褒美ごはんです。



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本日の晩ごはん/ベジモモ

昼寝をして少し体力を回復させ、晩ごはんです。相変わらず食欲はあまりありませんが、食べないと明日歩けません。

でも昨日みたいに頼んだものを残すのは絶対に避けたいので、最初から量が少ないモモにしました。



その後さっさと眠りに入り、夜中にトイレに起きた際見上げた空は満天の星空でした。

最大の難関を無事越えられて、本当に良かったです。今日はやや落ち着いていたとは言え、体調不良を押しての峠越えだったので正直かなり不安だったのです。前日に「何らかの理由で峠が塞がったので迂回するしかなくなったぞお〜」「やったあもう峠越えはしなくていいんだね今夜は鍋にしよう」みたいな都合の良い夢を見てしまう程度には。


次の目標は、ついに最終ゴールであるエベレスト・ベースキャンプ。の、拠点村ゴラクシェプです。標高は高いですが、チョラパスの様なハードな道ではありません。

そしてゴラクシェプを済ませてしまえば、あとはもう下山するばかりです。

高山病による体調不良がしんどくてしんどくて、もうずっと下山の事ばかり考えてしまっています。


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<情報コーナー>

◯ ゴーキョからのチョラ・パス越え

ゴーキョからDragnag(Thagnak)はごく小さなアップダウンを歩き2時間程度。Dragnagは宿が4、5軒あるだけの小さなロッジ村。Dzonglaも似たような感じ。

チョラパス越えは人によって5〜9時間と開きがある様子。平均的には6、7時間くらいだそう。日が昇ると氷河や雪が溶けて危険が増し風も出てくるため、朝早く出るのが鉄則。ゴーキョ側拠点Dragnagからゴラクシェプ側拠点Dzonglaへの道は山の西側を登るので日が当たらず、すごく寒い。十分な防寒対策、特に手袋と靴下はしっかりした物を。氷河がかなり滑るのでアイゼンや杖もあった方が良い。また、一部道が分かり辛いためトレッカーの溢れるハイシーズン以外は案内人を雇うべきだと思う。宿の張り紙によるとドラグナやゾングラでもお願いできる模様。

◯ ドラグナの宿

「Thagnak Guest House & Restaurant」
ツイン一部屋200ルピーを他の人とシェアで一人100ルピー。ダルバート750ルピー。

◯ ゾングラの宿

「Himalayan View Lodge & Restaurant」
シングル300ルピーを100にしてもらった。ダルバート700ルピー。

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エベレスト街道7、エベレスト展望の村・ゴーキョへ


<10/25 トレッキング10日目>
 
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タンボチェの朝

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本日の朝ごはん/目玉焼きトースト

今日からは牛歩隊と別れ、一人で歩きます。

私はゴーキョへ、牛歩隊はエベレスト・ベースキャンプ方面へ。私もゴーキョのあとベースキャンプ方面へ向かうので、牛歩隊がいつも通りの牛歩っぷりを発揮してくれたらその辺りで再会できてしまうかもしれません。

なお、ガイド代わりの便利屋・私を失った牛歩隊はようやく宿確保問題に真剣になってくれたようで、昨夜「明日は5:30に起きて6:00に出ましょう!」とか話し合っていたくせに、6:30を過ぎても誰も起きてきませんでした。トマークおじさんだけは6:50に起きました。というか私(同室)が叩き起こしました。

大丈夫でしょうかこの人達。いや、もう知らんですけど。



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ゴーキョ方面への道(タンボチェ・ゴンパの左脇から裏手へ)

さて、そんなわけで一人になりましたので、ここからはサクサク歩いて参りたいと思います。



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タンボチェからポルツェへ

ベースキャンプではなくゴーキョに向かう人は通常ナムチェからの分岐でそのルートを決めますが、私はナムチェを通り過ぎタンボチェまで来てしまったので、地図に載っていないマイナーな道を歩いてゴーキョルートへの乗線を目指します。

地図に載っているちゃんとした道もありますが、かなり遠回りなので。このマイナールートはツイッター及び地元民からのアドバイスで発見しました。教えて頂いた方、ありがとうございました!



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雪の花が咲いていました。どうやってこんな奇跡が起こるのでしょう。あまりにも美しいです。



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この枯れ草は風に吹かれるとカラカラと良い音がします。是非自室の窓際で歌って欲しい存在ですが、年中枯れていて頂くわけにもいかないので諦めざるを得ません。



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Phortse

ひたすら山を登って反対側に出たら、突如広大なポルツェ村が現れました。宿も割とあるし景色も雰囲気も良いし、一泊してみたい気持ちになりましたがまだ朝10:00なので先へ進みます。



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その辺の宿で借りたトイレが枯れ葉式でした。



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ナムチェ→タンボチェ間で撮影

ときにこの村、ナムチェからタンボチェに向かう途中で見たこれ(画面中央の村)だった様です。こうやって知らない道や知らない土地を確かめながら歩いていくのは、実に楽しい体験です。



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現在地・ポルツェ

丁度良い看板があったので。

先程も書きましたが、通常ゴーキョに向かう場合はナムチェ直後に分岐があり、タンボチェだと来すぎだしポルツェも通りません。

ナムチェからゴーキョまでは2、3日、ナムチェからエベレスト・ベースキャンプ(最寄り村ゴラクシェプ)までは4、5日とのことです。ゴーキョは標高4,790m、ゴラクシェプに至っては5,140mとなりますので、途中で一度高度順応日を設けるのが安全です。

ゴーキョとゴラクシェプはチョラ・パスというちょい難関な峠越えで繋ぐことが出来ます。私もこれを越え、ゴラクシェプまで行くつもりでおります。



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ゴーキョへの道(谷沿い左側。右でもいいけど)  

という訳で、まずはゴーキョ方面へ。道は谷を挟んで二本ありますが、向かって左側の方が行きやすそうだしロッジ村も多そうなので私はこちらを選びました。



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秋も深まって参りました。春夏秋冬それぞれに違った美しさがありますが、私は新緑香る初夏と、山が色づきススキの揺れる秋が好きです。



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本日歩いた道

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モフモフのヤク



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ドーレ(標高4,110m)

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本日の宿「Himalayan Lodge & Restaurant」

ドーレというロッジ村に到着しました。まだ13:00ですが、今日はここまでにします。何故なら酷く疲れたからです。

今朝はサクサク歩くぞとか言っていたのに、牛歩隊と別れた途端急に私も牛歩になってしまいました。何かそういう病が移ったのか、一人になって気が緩んだのか、標高が上がって身体が悲鳴を上げ始めたのか。


標高4,110mと言ったらもう高山病の危険が伴う高さですが、その症状が自分にも出ているのかどうかがイマイチ分かりません。

下痢はしていますがそれはトレッキング開始前から(多分感染症)だし、もっと言えば10ヶ月前から(だいたいインドのせい)だし、今更気にすることではありません。感染症についてはここ一週間ほど抗生物質を飲んでいますが、下痢を治したくて飲んでいるのに「副作用:下痢」とか書いてあるのでもう何も信用できません。

睡眠障害は今のところ出ていません。頭痛も大丈夫。ただ今日はやたらと疲れ、正直かなりキツかったのです。



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本日の晩ごはん/ダルバート

まあたまにはそんな日もあらぁなと言う事で、折角早めに宿に入ったので洗濯と5日ぶりの洗髪なぞしてサッパリしました。いやサッパリはしてないかな。ヒャーヒャー言いながら氷水でやったので。手が見たことのない赤紫色になってしまいました。

そして夜も大変寒くて布団から出られず、ぼちぼち魔のエリアに入って来たことを実感するのでした。



<10/26 トレッキング11日目、ゴーキョへ>

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本日の朝ごはん/チベタンブレッド

今日は出来ればゴーキョまで行きたいです。そのためには昨日もっと歩いておくべきだったのですが、先述の通りです。

同じ宿にいたガイドさん達に聞いたら「今日一日でゴーキョまで行けるよ〜」とのことで、宿のおかみさんも「電話してゴーキョの宿予約しようか?」と言ってくれましたが、予約は止めておきました。下痢も酷くなって来ましたし、疲れもいまいち取れていないからです。今日中に辿りつけるとは限りません。

たった6時間ほどの距離なんですけどね。一昨日までの超健脚な私なら「通常6時間なら私は余裕で4時間を切るぜ」なんて調子に乗った発言をしていたのに、今の私は完全に自信を喪失しています。森林限界を超えたからでしょうか。低橋さん緑が見えないと急に弱るから・・



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まあ言っても仕方がないので歩きます。今日は前半緩やかなアップダウンと平坦、後半はゴーキョまで一気に登りです。maps.me調べ。



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Luza

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Machhermo

ロッジ村をどんどん越えて行きます。



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後半の登りは大変辛かったです。もう歩きたくないと何度も思いましたが、ここからゴーキョまではもう宿は無いので行くしかありません。



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小さめの湖を越え、その後碧く大きな湖が見えたら、



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ゴーキョ(標高4,790m)

ゴーキョです。



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と言うことはあれがゴーキョ・ピークですかね。山頂からのエベレスト景が素晴らしいと噂の。



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ゴーキョの宿「Friendship Lodge & Restaurant」

ゴーキョ・ピークは明日行くとして、とりあえず宿に入りました。

こちらラウンジに見えるかもしれませんが、私の寝床です。いやラウンジですけども。13:30に着いたのですが、既にどこも満室だったのです。ゴーキョは比較的空いているはずなのですが、ハイシーズンは恐ろしいですね。



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食べ物オーダー票兼領収書にも「ダイニング・ホール」と書かれてしまいました。いやルームナンバーは仕方ないですけど、ゲスト名までダイニング・ホールにするのは止めて貰えませんかね。わたくしダイニングホール低橋です。漫才師みたいですね。

ちなみに、私がダイニング寝床ですっかりくつろぎ始めた午後にも何人ものトレッカーが来て満室と言われ撃沈していましたが、「ダイニングなら空いてるよ」「ホラ、この日本人もここで寝るよ」と紹介され笑顔で手を振ったら、皆さん「オーマイガー」とだけ呟いて去って行きました。神に祈るほどのことですか?ここストーブもあるし長椅子は広いし布団は借りられたし部屋より暖かいし無料だし、意外と悪くないですよコンニャロー。



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本日の晩ごはん/トマトスパゲティ

ゴーキョは流石ハイマウンテーンなだけあってお食事価格がべらぼうでしたが、食べないわけにも参りません。何だか食欲がないのですが、宿で食事を取るのがルールなので。

そして頼んだトマトスパゲティですが、衝撃的な残念さでした。わたくし基本的に「美味しい」「すごく美味しい」「ミラクル美味しい」の三つでしか食べ物を分類しないのですが、残念ながらちょっと具合が悪くなるほどに残念でした。なんか「水と小麦粉で薄めた無味のトマトソースを申し訳程度にパスタにかけました」みたいな味が。残念でした。

そしてこのパスタのせいか高山病のせいかその両方か、この日の夜は気持ち悪さと息苦しさと頭痛でろくに眠れませんでした。あと下痢も悪化しました。本当に残念でした。(ガッデム。)



<10/27トレッキング12日目、ゴーキョ>

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本日はゴーキョ・ピークを目指したいと思います。

夜明け前から登り始めてご来光をとか夕焼けが云々言う話も聞きましたが、体調が優れないので朝6:00過ぎの出発です。体調不良の割に早起きですが、これはもう癖になっているので苦では無いのです。夜は8:00とか9:00くらいに寝て、朝は夜明け前に自然と目が覚めます。



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救助ヘリが来ていました。

これだけ標高を上げたら急病人も出ますよね・・と、自分の体調不良も相まって祈るような気持ちでこれを見送ったのですが、その後も何度も来訪するヘリを見ていたら、特に病気では無さそうな人達も荷物と一緒に元気いっぱい乗り込んでいました。どうも通常の足としても使われている様な気がします。もちろん滅茶苦茶高いのでしょうけど。



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美味しそうな鳥がいました。丸々肥っちゃってまあ。私チリチキンが好きなんですけど、今晩空いてますか。



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たった570m標高を上げるだけなのですが、それが始まるのがすでに4,790mなので大変キツイです。

頭は痛いし気持ちは悪いし下痢で力が入らないし滅茶苦茶寒いし、何故私はこんな地獄みたいな所に来てしまったんでしょうか。石と岩だらけで景色も全く良くないではありませんか。関係ない話ですけど私小学生のころ地域緑化委員会の副委員長だったんですよね。本当に関係ないですね。



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ゴーキョ・ピーク(又はゴーキョ・リ、標高5,360m)

とか言ってる間に登頂しました。辛すぎて登頂後10分くらい動けませんでした。貴方本当に頑張り屋さんですね。馬鹿め。



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ゴーキョです。



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エベレストです。(左)

美しいではないですか。そりゃ美しいですよね。天国に一番近い場所なのですから。地理と生命と、二つの意味で。

なんだか見ていられなくなって来ました。下山します。



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下山しました。

今日はこのままチョラ・パス(峠越え)拠点のロッジ村、ドラグナに移動するつもりだったのですが、生きて辿り着ける気がしないのでゴーキョにもう一泊します。たった二時間の距離ですけど、今は無理です。健康健脚だった低橋さんはタンボチェ以降行方不明です。



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ゴーキョの宿2「Gokyo Mountain View Lodge & Restaurant」

昨日の宿は今日も満室だそうなので、別の所に移動しました。朝10:00に訪ねたので流石に空いていました。昨日の宿はツアー団体が多かったので、恐らく旅行会社を通した予約で埋まっているのでしょう。



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ゴーキョ湖

折角の休息日なのだからパン屋に行ってお高いけど超美味しそうなパンを食べて昼寝して体力回復をはかろう!

と思ったのに、身体に力が入らずパン屋までの二分も歩けませんでした。完全に高山病ですね。頭痛吐き気はそれほど酷くないのですが、下痢と疲労が重度です。あまり薬に頼りたくなかったのですが、諦めて高山病の薬ダイアモックスを飲み部屋で安静にしました。

なお、ダイアモックスはネパールの薬局で10錠100円前後で買えますので、日本の高いそれをわざわざ買ってこなくても大丈夫かと思います。



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本日の晩ごはん/炒め芋

体調不良と食欲不振が酷く、晩ごはんは半分も食べられませんでした。食材の手に入りにくいこの高所で、大変罪深い失態でした。本当にごめんなさい。


次は峠越え日記です。


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<情報コーナー>

◯ (10〜11日目)タンボチェからゴーキョ

タンボチェ・ゴンパの左側の道から裏に回るとPhortse方面への道があるが、私の地図には載っていなかった。maps.meには載っていた。Phortseまでは一旦谷底まで降りて橋を渡ってまた登る。Phortseは広い高台にある景色も雰囲気も良い村で、宿も何軒かある。PhortseからDoleはまた一度谷底まで下り、そこから谷沿い左側の道をひたすら進む。登り調子で平坦もあり。途中チェックポストあり。Doleは宿が10軒近くあるロッジ村。

DoleからGokyoは、まず丘を一つ越えた辺りにLhabarma、ロッジが1軒あるだけ。Luzaは宿2軒、Machhermoは大きめのロッジ村で、多分7、8軒はある。ここから道が二手に分かれている?っぽく、私は下の道を進んだが小一時間歩いた辺りに宿2、3軒あり。そこからGokyoまでは宿も村も見なかった。DoleからMachhermo辺りまでは登ったり下ったりを繰り返し、そこからは平坦のちひたすら登り。

◯ ドーレの宿

「Himalayan Lodge & Restaurant」
ツイン200ルピー、充電一時間300ルピー共に無料にしてもらった。ダルバート650ルピー。若いおかみさんが優しくて感じが良い。ゴーキョの宿を電話予約してくれるそうなので、ハイシーズンに来た人は是非頼むと良いと思う。

◯ ゴーキョの宿

「Friendship Lodge & Restaurant」
ラウンジで寝たので部屋の値段は分からない。ラウンジで寝るのは無料で、布団は貸してくれた。テントもあり。ダルバート750ルピー。スタッフの皆さんは明るく良い感じ。

「Gokyo Mountain View Lodge & Restaurant」
ツイン300ルピーを100にしてもらった。部屋は湖に面しており景色が良い。家族経営のアットホームな宿。

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エベレスト街道6、タンボチェ・ゴンパの仮面舞踏祭(初日)


<10/23 トレッキング8日目、タンボチェへ>

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ナムチェの朝

ダラリと二泊したナムチェに別れを告げ、ついでに牛歩隊にも別れを告げて次なる目的地タンボチェに向け歩き始めました。

いや牛歩隊に別れを告げたと言うのは嘘ですが、一人で出発したのは本当です。本日の目的地タンボチェは明日から三日間、仮面舞踏祭「マニ・リンドゥ」というのが開催されるため、宿が大混雑することが予想されます。牛歩隊に付き合っていたら日が三回くらい暮れて宿確保どころか祭が終わるので、私だけ先行して4人分のベッドをゲットォするのです。


牛歩隊は皆すごく優しいので、

「皆で行きましょうよ。部屋が取れなかったらロビーで寝ればいいじゃない。」byマリアン
「君が僕らの分までプレッシャーを感じる必要は無いんだよ。」byトマークおじさん

なんて言ってくれましたが、

「じゃあ6:00出発ね!先に行っちゃ駄目よ!」byティファニー

とか言ってたくせに6:00を過ぎても誰も起きて来ませんでした。



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6:15出発

遠くの雲海が綺麗です。一人で見るとなおさら綺麗ですバカヤロー!



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タンボチェまでの道は、前半はなだらかな登りと平坦でした。標高はとっくに3,500mを越えているので大変寒いですが、良い景色の中を歩けるので気分爽快です。



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綺麗な鳥がいました。



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宿ブッキングカウンター

途中の村に宿の予約カウンターがありました。

タンボチェ含む三つの村に泊まる場合は、全員必ずここで予約しなければならないそうです。そんな情報は無かったぞと不思議に思いましたが、ハイシーズンのみのシステムだと言うので最近始まったのかもしれません。マニ・リンドゥは特に関係なく、あくまでトレッキングハイシーズンへの対応との事です。てことはこの先のロッジ街でも同じ措置が取られているんですかね。

なお、お値段は一部屋(ツイン)500ルピーでした。ここまでの宿は無料〜200ルピー程度でしたのでかなり高く感じますが、致し方ありません。

また、ここはお金を払うだけのカウンターで部屋を確保出来るわけではないという何じゃそらなシステムなため、「部屋が取れなかったらお金はどうなるんですか?」「今からでもタンボチェの宿は取れますか?」という質問をしましたが、「そしたら返金する。」「午前中早めに着ければ取れると思う。ガンバ!」とのことでした。頑張ります。



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10:30 タンボチェ着(標高3,860m)

頑張りました。



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タンボチェの宿「Tengboche Guesthouse」

ギリギリ最後の二部屋でした。



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タンボチェは山の上の広々とした場所にゴンパと宿5、6軒があるだけの、気持ちの良い場所でした。一応全ての宿を訪ねましたが、どこも「今日はギリギリ空いてるけど明日以降は満室」とのことで、二泊取れるのは上記の宿だけでした。また、明後日からは本当に全宿満室なので、二泊取るのが限界でした。

お祭りは明日から三日間。一番盛り上がるのは最終日だそうなのでそれが見られないのは残念ですが、初日だけでも見られるだけ良しとしたいと思います。



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本日のお昼ごはん/炒飯
 
牛歩隊を迎えるため村の入り口にてしばらく待っていましたが、2時間待っても全然全く影も形も見えてこないので一人でお昼ごはんにしました。

山小屋ご飯は芋、炒飯、焼きそば辺りが安いのでよく頼みますが、炒飯はどこも量が少なめに感じます。いや炒飯が少ないというか、芋と焼きそばが多めなのかも。一番量が多いのはおかわり自由のダルバートですが、その性質上少し高いので毎回は頼めません。



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昼食後再び見に行ってもやっぱり誰も来ないので、一人でタンボチェ・ゴンパの見学に行きました。ゴンパ内ではマニ・リンドゥの踊りの練習みたいなのをやっていました。明日の本番が楽しみです。

その後、夕方のお祈りの時間に合わせて再びゴンパを訪れましたが、割と面白かったです。お教を唱えながら鈴を鳴らしたり手先をコチョコチョ謎の動きを繰り返したり、ルンビニやブッダガヤで見学した各国寺院のお祈りとはまた違うやり方をしていました。

とある小国の家出王子が始めた個人的な修行に過ぎなかったはずのそれが、いつの間にやら信者を増やし、勝手に宗教になり、何千年もかけて宗派を増やしに増やし、もはや原型は留めていないのではないでしょうか。天界におわしますかもしれないしおわしまさないかもしれないかの元王子様・仏陀も、今頃「何がどうなってこうなったのやら」と首を傾げていらっしゃるのではないでしょうか。



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本日の晩ごはん/ダルバート

さて牛歩隊でございますが、待てど暮らせど全然来ないので諦めて昼寝でもしたろかとベッドに潜った15:00頃、待ち時間にして4時間半後に、ようやくトマークおじさんが到着しました。そしてさらに30分後、女神二人も降臨しました。

到着直後の牛歩隊の様子ですが、トマークおじさんは割と元気、ティファニーは疲れ切って無表情、マリアンは無言のままベッドに崩れそのまま動かなくなりました。

皆さんお疲れ様でした。



<10/24 タンボチェ、マニ・リンドゥ初日>

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外に干しておいた靴下が凍って形状記憶靴下になっていました。



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タンボチェ・ゴンパ

マニ・リンドゥは毎年10月の満月の日から始まり、三日間にわたり開催されます。場所はタンボチェ・ゴンパです。これはチベット仏教の仮面舞踏祭で、似たような(同じ?)お祭りは他の村のゴンパでも見られるそうです。どこもかしこもでは無いと思いますが。



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マニ・リンドゥ入場券

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スケジュール

マニ・リンドゥについてはネットに情報が殆ど無く、開催日と場所は分かったけど三日間のうちどの日が一番盛り上がるのか、開催は昼なのか夜なのか等、タンボチェに着くまで全く分かりませんでした。ここまで泊まってきた宿のオーナーや出会ったガイドさん達にも聞いて回ったのですが、皆さんお祭りの存在は知っていても詳細まではご存知無くて。

出会った一般トレッカーの皆さんに至っては、お祭りの存在自体知りませんでした。先日のナムチェ大混雑はマニ・リンドゥは特に関係がなく、単純にハイシーズン真っ只中だからというだけなのかもしれません。



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初日である本日は仮面は身につけていないものの、踊りは最終日と同じものが見られる様です。

ゴンパの最高位と思われる方々もいらしていました。何故かお二人ともチョイ悪サングラスをしているのが気になります。



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大勢で輪になっての踊りや、ゆったりしたおじいちゃん僧侶の踊り。楽器を使った不思議な雰囲気の踊りや、若い僧侶達の激しい踊りなど。その内容は意外と多岐に渡っており、とても楽しかったです。

でもやっぱり、仮面と衣装付きで見たかったななんて贅沢なことを思いました。さらに迫力が増しただろうなあと。

踊り手(僧侶)の皆さんはかなり薄着ですが、寒がるどころか汗をかいていました。ゆったりダンスのおじいちゃん僧侶でさえも。動きはゆったりでも、かなりのエネルギーを使うのでしょうね。素晴らしいものを見させて頂き、心から感謝します。



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そんな充実したタンボチェ滞在も二日で終わり、明日からまたトレッキングの日々です。

そして私は明日から一人です。チーム・ガーリックから離脱し、彼らとは別の道を行く事にしたのです。

理由はいくつかありますが、一番はやはり団体行動に疲れてしまったという事です。ルートを調べたり所要時間を調べたり道の状況を調べたり宿確保に奔走したり、もう疲れたのです。自分一人だったらどうなっても構いませんが、他三人の命運を握っていると思うと適当には出来ません。

まあ何故私がそんなガイドさんの真似事をしなければいけなかったのかは甚だ疑問ですが。だって何故か全員私に聞いてくるんですもの。知らんがな。(←でも調べる。)(←のでまた聞かれる。)(←自業自得な気がしてきた。)

また、予定とは別のルートを行きたくなったからという理由もあります。皆で行くはずだったエベレスト・ベースキャンプ方面はこの時期本当に大混雑で、先日知り合った日本人ガイドさんも「山頂付近はどこも満室で宿確保が本当に大変」と言っていました。なので、ベースキャンプよりは空いていると噂のもう一つのゴール地点、ゴーキョに先に行き、そこから峠を越えて一気にベースキャンプを目指す方がいいかなと思ったのです。

トマークおじさんはベースキャンプの後ゴーキョにも行くそうですが、女神二人はタイムリミット(帰国便)の関係からそんな時間は無いので、どうしてもここでお別れする必要があったと言うわけです。



そんな感じです。牛歩隊は良い人達ですが、私は絶望的に団体行動が苦手です。大人数でいるだけでみるみる体力精神力が削られて行くのです。裏切る様で大変申し訳ないですが、ぼちぼち一人になりたい頃合いだったのでございます。

以上です。

あ~せいせいした 寂しいなっと!


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<情報コーナー>

◯ ナムチェからタンボチェ

最初は登りつつの平坦もあり、一回下って最後一気に登る。道中は集落や宿、売店も多い。登りの前(Tasinga辺りだった様な)にタンボチェその他の宿の予約カウンターあり。ただしここではお金を払い予約券を受け取るだけで、部屋が確保出来るわけではない。ハイシーズンのみのシステムとのこと。本文参照。

◯ タンボチェの宿

「Tengboche Guesthouse」
ツイン一部屋500ルピー(全宿共通、ハイシーズン価格。本文参照)、充電無制限250ルピー、ホットシャワー500ルピー。wifi不明。おかみさんががちゃきちゃき元気で素敵だが、やや気が強くちょっと怖い。

◯ マニ・リンドゥ

タンボチェ・ゴンパ(Tengboche)にて、毎年十月の満月の日から三日間に渡り開催される。入場料500〜1,000ルピー。宿泊はもちろんタンボチェがベストだが、部屋が取れなかった場合は山を20分ほど下った先のデボチェも候補に入れると良い。

| ネパール | 20:37 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

エベレスト街道5、ナムチェバザール


<10/21〜22 ナムチェ>

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サレリ(ファプル)から一週間かけ、ようやくナムチェに辿り着いた我らチーム・ガーリック。トマークおじさんは更に遠いジリから来ているので、トレッキング開始からもう二週間が経とうとしています。

そういうわけなので、我々はそこそこ疲れが溜まっております。ナムチェ(3,440m)では高度順応のため二泊するトレッカーが多いそうなので、私達もこれ幸いとそれに習うことにしました。



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ナムチェ入り口には立派な門と、 



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エベレストで亡くなった地元出身の女性登山家の像が。台座には彼女の残した輝かしい記録と、37歳という若さで亡くなったという悲しい事実が刻まれていました。

こういうのは苦手です。何か色々考えてしまって。



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ナムチェは山中らしからぬ賑やかな町で、物が溢れています。そしてトレッカーも溢れています。外国人トレッカーの好みに合わせたカフェやレストランやバーも沢山あるため、この町は厳しい山歩きの途中に突如現れるオアシスのような存在であると言えます。



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行きそびれましたが、日本食屋もありました。

どうして外国にある日本料理屋ってトモダチとかキズナとかむず痒い店名が多いんでしょうね。もっとこうアラナミとかドンゾコとかでもいいと思うんですけど。



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写真撮り忘れたので子牛

ナムチェにはATMもあります。私の知る限りエベレスト街道上でお金を降ろせるのはここだけ(行ってないけど多分ルクラも可能)ですが、わたくし念には念を入れて札束を持参しておりますので、当分尽きる予定はございません。

一方、早くもお金が尽きかけているマリアンとティファニーは慌ててお金を降ろしていましたが、「山の物価がこんなに高いなんて知らなかったんだもの!」なんてプンスカ言っていました。マリアンはともかくティファニーに関しては400円のパンをその辺の人にあげちゃうのが一番の原因だと思いまーす。(←食い物の恨み)



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ナムチェの宿1 「International Foot Rest Lodge」

宿は最初こちらに入りましたが、



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ナムチェの宿2「Lhasa Guest House」

翌朝急に「今日は予約でいっぱいだから」と追い出されてしまったので、別の所に移りました。数軒聞いて周りましたが、どこの宿も大変混み合っていました。 

今がトレッキングのハイシーズンなのが主な原因でしょうが、加えて、近郊の村タンボチェで明後日から始まるマニ・リンドゥの待機組も集まっているのではないかと推測します。三日間に渡り開催される、チベット仏教の仮面舞踏祭です。私もこれが狙いで、わざわざこの混雑甚だしい時期に来ております。



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充電

ここナムチェ辺りまでは無料で充電できる宿が多いですが、ここからは難しくなるそうです。一応どこの村の宿でも充電は出来ますが、どんどん値段が上がっていくとのこと。

今このブログは2ヶ月遅れで書いていますので私は答えを知っておりますが、一番高い所だと一時間400ルピー(=円)とかそんなんです。私は充電にお金を払いたくないのでスマホは極力使わないようにして、カメラ充電もポータブル充電器だけで乗り切りました。

ついでに告白しますと、ホットシャワーにお金を払うのも嫌なので一度も使いませんでした。ではどうしていたかと言うと、標高4,000m辺りまでは水タオルで身体を吹いたり頭と顔と足だけは洗ったりして誤魔化し、そこから先はウェットティッシュで乗り切りました。頭は洗いませんでしたし、氷水で洗濯するのはなかなかの苦行なので2、3日同じ服を着ていたりと、日本の皆さんが聞いたらドン引きしそうな生活をしていました。

一応弁明しますと山では皆そんなもんですし、私下界ではちゃんと毎日お風呂も洗濯もしてますからねっ。誤解の無いようお願いします。



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ナムチェ・ハザールで売られているものは、当たり前ですが地上のそれより割高です。写真に写っているものに関して言えば、水は地上では20〜30ルピー、トイレットペーパーは40〜80ルピーで買えますので、だいぶ値段が上がっていることがお分かりいただけるかと思います。しかしこれが、一番エベレストに近いゴラクシェプ村まで行くと水もトイレットペーパーも500ルピーに達しますので、それに比べればまだまだ良心的な値段と言えます。

いや、ゴラクシェプか非良心的という訳では決して無いんですけどね。何日もかけて人力または動物力で運んだ物資なので、値段が上がるのは当然です。



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メインバザールを出て少し外側の寂れた方向に歩くと、地元民やポーターさん達向けのやや安価な店にも出会えます。



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アルミ水筒

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湧き水

私はここで携帯食(スニッカーズとか)とウェットティッシュ、そしてアルミ水筒を買い足しました。先程少し触れました通り気温の低下が思いの外厳しくて、ここから先は顔を洗うどころか手もろくに洗えなくなったので、買い足して正解でした。水が凍って出てこないのです。

アルミ水筒に関しては、普通の水筒は持っているのですがアルミ水筒があればストーブの上に乗せてお湯を沸かせるなあ・・とズルいことを思いついてしまったので買いました。お湯はどこの宿でも売って貰えますが、高いのです。今のところはカップ一杯40〜80ルピーくらいで買えていますが、ここからもっと高くなります。水はその辺で汲めますし宿のキッチンでも無料で貰えます。なので、ストーブとアルミ水筒さえあれば無料でお湯が作れるわけです。

・・とは言うものの、当たり前ですが宿の人はあまり良い顔をしないので、そう頻繁にはやりませんでした。他の人もやっている場合のみ、ドサクサに紛れて私もやる程度の小者的犯行でした。



<ナムチェで食べたもの(一部)>

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ヤクチーズ

ヤクの乳で作ったチーズがよく売られていました。100グラム150円くらいだったかな?マリアンが買ったものを少し分けて貰いましたが、思いの外クセが無く、食べやすいチーズでした。先日食べたチーズトーストも同じ味でしたので、あれもヤクチーズだったのでしょう。



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トマトチーズパスタ

これもヤクチーズです。山小屋ご飯はどこも似たり寄ったりで、どれくらい似たり寄ったりかと言うとメニューの9割5分が一致しているくらい似たり寄ったりなのですが、もちろん値段と味は違います。

そんな中でよく食べていたのはダルバート(おかわり自由)、フライドヌードル(安い)、炒め芋(安い)、トマトパスタ(山小屋ご飯に飽きてきた頃に)あたりでした。



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オサレカフェのオサレモモ 

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オサレカフェのオサレチョコレートムースケーキ

普段の私(ドケチ)なら絶対やらないんですけども、懲りずにお金を湯水の如く使うティファニーとマリアンに釣られてカフェ巡りなんぞしてしまいました。一日の予算の倍額があっという間に飛んで行きましたが、大変美味しゅうございましたし、非日常感に若干癒されました。



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シェルパシチュー

この辺りにはシェルパ族の皆さんが多く暮らしています。彼らは観光客向けの宿をやっていたり、ポーターやガイドのお仕事をしていたり、エベレスト街道トレッキング、そしてエベレスト登山に絶対不可欠の存在となっています。

で、写真のシェルパシチューですが、その名の通りシェルパ族の伝統シチューなんだろうなと思います。割とどこの宿でも見かけますが味付けや具材は結構違って、あっさり塩味のとろみスープにすいとんやお米が入っているのもあるし、カレー味にじゃがいもたっぷりのものもありました。



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ポカポカ陽気

ナムチェ滞在二日目は高度順応のため近郊のビューポイント(標高3,800mくらい)まで日帰りトレッキングに行くつもりだったのですが、わたくし体調を崩しまして、行けませんでした。軽めですが、昨夜熱を出したのです。

感染症再びか?と思いましたが、今回はそこまで高熱にはならなかったし喉が痛くクシャミが止まらなかったので、十中八九風邪ですねと言うことで一日安静にしました。風邪を引いた原因は、間違いなく牛歩隊にあります。一時間歩いたらその後一時間(寒空の下で)待たないと奴ら追い付いて来ないのです。毎度毎度どこで干し草食っていやがるのでしょう。

そんなわけでナムチェ二日目は完全休息日でしたが、日向ぼっこをしながら昼寝したり、カフェ巡りをしたり、大変穏やかな一日を過ごせました。


次の目標はタンボチェです。タンボチェ寺院のお祭りマニ・リンドゥを見学するため、またしても連泊です。


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<情報コーナー>

※部屋の値段は有って無いようなものなので、参考までに。交渉次第でこれより高くもなるし時には無料にもなる。宿で一日二食食べるのが条件。また、wifiや充電の値段も交渉次第で前後するのでチェックイン時に必ず確認のこと。

◯ ナムチェの宿

「International Foot Rest Lodge」
ツイン一室200ルピー。wifi、チャージ(ラウンジのみ)無料。ホットシャワーは確か400ルピー。ダルバート700ルピー。

「Lhasa Guest House」
ツイン一室100ルピー。wifi、チャージ共に有料だが無料にしてもらった。ホットシャワー不明。ダルバート500ルピー。

| ネパール | 23:13 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

エベレスト街道トレッキング4(5〜6日目)


<10/20 トレッキング5日目>

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本日も良いお天気です。

昨夜泊まった村(チェプルン)辺りからはルクラ組も合流し、トレッカーの姿が一気に増えました。ここまではどの村も宿はガラガラで、このハイシーズン中のハイシーズンにガラガラってことはつまり・・考えるのは止そうとか思ったのですが、ここからはだんだん混み合ってくるようです。山頂近くはもう部屋の争奪戦状態で、皆さんそれを回避するためにガイドさんに先行してもらい宿を確保したり、午前中早めに着けるよう頑張ったり大変なんだとか。


そんな戦争を前にしてのうちの牛歩隊ですが、徐々に山歩きに慣れてきて歩行速度は上がったものの、疲れも溜まって来ている様で休憩タイムが増えました。結果、一日に進める距離はさらに短くなりました。

一人でガシガシ歩きたい私は最初この牛歩トレッキングを辛く感じていましたが、だんだんと、「こういうのもいいかもな」なんて思えて来ました。彼等は登りではかなり辛そうにしますが、平坦や下りなど楽な道では写真を撮ったり地元民と交流したり買い物したり、本当に楽しそうに過ごすのです。

私にとっての登りは自分との戦い(楽しい)であり、平坦及び下りは距離を稼ぐためのボーナスステージ(楽しい)でしかなかったので、「そうかそんなのんびりした楽しみ方があるのか」ということを知りました。いや私は私で楽しんでましたけど、なんかガツガツした気持ち悪い楽しみ方だったので。


しかし、ここからさらに標高が上がりキツくなりますし、下りや平坦はほぼ無くなり登り一辺倒になりますし、先程書いた宿確保問題もあります。正直なところ、「大丈夫かな?私達ちゃんとゴール出来るのかな?」なんて不安は、かなり大きくなって来ています。まあ無理なら全員置いて行くだけの話で



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ポーターさんとその荷物

トレッカーの過半数はツアーグループに所属しているか、ガイドさん及びポーターさんを雇っています。

確かガイドさんもポーターさんも、一人辺りの日給2,000ルピー(=円)でやってくださるとか聞きました。ガイドさんの方が少し高めのようです。

ポーターさんは一人辺り40キロ以上、凄い人は100キロ近くを運んでいますので、それガイドさんより大変なのでは?なんて一瞬思ったのですが、よく考えたらガイドさんは客の命を背負っていますし、語学力や専門知識も必要です。こちらはこちらで大変なお仕事なんですよね。やったこともない仕事を、勝手な想像だけで「そっちの方が楽なんじゃ」とか考えてはいけませんでした。



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動物ポーター

ポーターさん達が運ぶのは客の荷物、各宿への食料や生活用品など様々ですが、人間以外に動物達もこれを運んでくれています。ロバや馬やヤクなど。そしてそんな動物ポーターよりも、人間が運んだ方が断然安いそうです。

これにはちょっと「おおう・・」と思ってしまいました。動物より人間の方が上だの下だの言う話をするとややこしくなるのでここでは避けますが、そうか、人間の方が安いのか・・と。

ちなみにでございますか、我がチームの女神二人はポーター反対派です。トレッカーが雇うポーターについて、「人に自分の荷物持たせて何様のつもりよ!」「自分の荷物は自分で運びなさいよ!出来ないなら来るんじゃない!(怒)」とのことでした。


私、以前見たテレビ番組で非常に印象に残っているシーンがあります。それは有名なバラエティ番組で、日本を自転車で旅する親子連れを追いかけた記録だったのですが、坂を上手く登れず自転車を降り、辛そうにそれを押す奥さんを番組スタッフが手伝おうとしたら、その奥さんは「手伝わなくていいわ。自分の力で出来ない事ならやらない方がいいのよ」と言ってそれを断ったんです。

すごくハッとする台詞でした。全く持ってその通りだなと。

もちろん、「誰の手も借りるな」とか言うつもりはありませんし、人は一人では生きていけないことも分かっております。ですが、最初から人の助けを当てにするのと、自分の力で頑張りたかったけどどうしても無理だったので助けて貰った、というのは、全くの別物だと思うんです。


トレッカーの中にはご年配の方もいらっしゃいますし、身体の強くない人や体力に自信の無い人もいます。うちの女神達は、そういう人達にまで「無理なら行くな」とか言うつもりはもちろん無いと思います。多分、若くて体力がありそうな人達まで軽装で歩いているのが気に入らなかったのかなーと。別に個人の自由だと思いますけどね。お金を払って、かつ感謝の気持ちを忘れない限りは。

それはともかくとして、私が非常に気になったのは、彼女達はポーター制度そのものを嫌っているらしいことです。「動物じゃないのよ!」「あんな仕事をさせて!」みたいな事を言って大層お怒りのご様子でした。

しかしポーターというのも立派なお仕事の一つですし、現地の人々にとっては大事な収入源です。それを自分の感じ方一つで全否定するのも、ちょっと失礼な話かもなあと思いました。本人達には言えなかったんですけどね。だって怖いんですもの。


色々と難しい問題なので上手くまとめられませんが、私としましてはポーターを頼むこと自体は別にいいんじゃないかなと思っていて、しかし「金払ってんだからいいだろ」とかぬかす奴は言語道断で、人間に対しても動物に対しても「ごめんなさい、ありがとう」の気持ちは忘れたくなくて、こんなに重いものを運べるなんて逞しくて格好良いな!という気持ちも大事にしたいなと、そんな感じでございます。

おわり。



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パクディン

この日経由したパクディンという村はかなり賑やかで、宿やレストランも多いし色んな物が売っていました。かなり高いですが、美味しそうなパン屋もありました。チョコパン一個400円とか。

そしてそのすごく高いパンをヒョイッと難なく購入したティファニーは、一口食べた後私とマリアンにも勧めてくれ、さらにくれようとするのを私達が(申し訳ないからと)断ると、そのパンを通りすがりの知らないお兄さんにあげてしまいました。

よ、四百円〜!!



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無茶をやらされるトマークおじさん

途中にあった滝を見て、「10年前に来たときここで水浴びしたよ。懐かしいなあ」なんて呟いてしまったトマークおじさん。

その呟きを聞き逃さなかったパパラッチ姫&女王様コンビによって、迂闊なトマークおじさんはこの寒いのに10年前の再現をやらされていました。口は災の元とはこのことです。



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自分も無茶をやるパパラッチ姫

でも、ちゃんと自分もやるところがティファニーの良いところです。マリアンも、頭部だけですが挑戦していました。

なお、私は水に触れてもおりません。やる意味が分からなかったからです。ノリが悪いとでも何とでも言えば良いですよこのノリだけで生きてるパーリー野郎共が。



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その辺の村のチビッコ

山のチビッコは皆ほっぺ真っ赤の鼻タレで、滅茶苦茶可愛いです。



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なんかのチケットオフィス

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なんかのチケットオフィス2

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チケット二枚

モンジョという村の入り口と出口で、二回のカツアゲ・・じゃないやチケット購入を求められました。

前者は去年までカトマンズで登録・購入しなければならなかったTIMSの代わりだとかで、2,000ルピー(=円)の支払い。後者は国立公園入場料だったかな?で、3,000ルピーを支払いました。二つ合わせて5,000円なので結構なギャフンですが、まあ3週間くらい楽しませてもらう代金と思えば安いものです。

それに、これほど壮大なトレッキングコースを整備・維持しようと思ったら一人5,000円払っても足りないくらいなので、特に文句はありません。カツアゲとか言っちゃったけど。(つい本音が。)



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ジョルサッレ(標高2,740m)

モンジョも居心地が良さそうでしたが、本日はもう15分ほど進んだ隣村のジョルサッレまで行くことに。



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ジョルサッレの宿「Budda Lodge & Restaurant」

ジョルサッレに向かう途中でこの宿のおかみさんが声をかけてくれ、「部屋も充電も無料にするからウチに泊まんなさいな!」と言ってくれたのでそうしました。もちろん、夕飯と朝食を宿で食べるのが条件です。



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本日の晩ごはん

安定のダルバートです。



<10/21 トレッキング6日目>

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本日の朝ごはん/チーズトースト


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途中にあった二段橋

本日はナムチェまで参ります。

ナムチェはエベレスト街道最大の町で、地上より高くつくものの何でも手に入るためここで不足品を買い足したり、カフェやレストランが充実しているのでそこらでホッと一息ついたり、標高3,400mまで来ているので高度順応のために二泊したりと、とにかく重要な通過点となる町です。



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動物達

今日はひたすら登りで特に書くことがないので、ちょっと脱線。

エベレスト街道はよく整備された道ですがまごうことなき山の中なので、野生動物が沢山います。こうして見るとかなり危険な動物もいるようです。向こうからわざわざ寄ってくることは無いでしょうけど、ちょっとドキッとする情報です。  



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動物達

よく出会う動物達は家畜ばかりで、ヤギ、鶏、ロバ、水牛、馬などです。実のところ、ヤクにはまだ会っておりません。彼等はその体質上、ナムチェより上の寒いエリアにしか生息していないんだとか。



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植物達

標高3,000mを超えるこの辺りでは見かけなくなって来ましたが、ここまでの道中では沢山の草花に出会いました。暖かいエリアでは鮮やかなお庭を持つ宿や民家も多く、その光景に大変癒やされていました。



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祈りの道

この辺りはチベット仏教徒が少なくない他ヒンドゥー教徒などもいらっしゃるので、その道はさながら祈りの道となっています。

私もマニ車を見るたび、旅の安全を祈るため立ち止まり、これをクルクル回しております。



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ルクラ上空では旅客機を頻繁に見かけましたが、それを過ぎると今度はヘリコプターを一日何回も見かけるようになりました。

旅客機に乗っているのはトレッキング開始前のワクワクトレッカー達かトレッキング終了後のニコニコトレッカー達なので何も問題ありませんが、ヘリに乗っているのは高山病患者や怪我人ばかりです。なので、プロペラの音は出来るだけ聞きたくないものです。

実際は割と元気な人も乗っている場合があるようですが、それについてはまた後日。



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エベレスト・ビューポイント

ナムチェに向かう登りの途中で、今旅初のエベレスト・ビューポイントに辿り着きました。が、肝心のエベレスト様はおシャイであらしゃりましたので、そのお姿はあの雲の向こうです。



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チェックポスト

ナムチェ手前で入域許可証のチェック及び入山登録を済ませ、



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ナムチェ(標高3,440m)

ついにナムチェに辿り着きました。

ナムチェにはのんびり二泊しましたので、次回はナムチェ日記としてまとめたいと思います。大して書くこと無いですけども。


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<情報コーナー>

◯(5日目)チェプルンからジョルサッレ

登り調子のアップダウン。途中のPhakdingはかなり大きい村で宿も売店も多い。Monjoも宿多めの村。そこから10分ほど下るとJolsalleがあり、谷底の小さな集落だが宿は10軒近くある。日光が届きにくいので寒い。

Monjo入り口辺りでTIMSの代わりだという何かの入域許可証発行カウンターあり、2,000ルピー。ルクラ出口で払った人はそれでOK。Monjo出口にもう一つカウンターがあり、ここでは国立公園入域料を支払う。3,000ルピー。

◯ ジョルサッレの宿

「Budda Lodge & Restaurant」
部屋、充電(ラウンジのみ)共に無料にしてもらった。ホットシャワー(ソーラー)は200ルピー。wifiは聞かなかった。

◯(6日目)ジョルサッレからナムチェ

ほぼずっと登り。途中に村は無いが、エベレストビューポイントにトイレあり。ナムチェ手前に入域許可証のチェックポストあり。

◯ ナムチェの宿

次回の情報コーナーに書きます。

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エベレスト街道トレッキング3(3〜5日目)


<10/18 トレッキング3日目>

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本日の朝ごはん/チベッタンブレッド

チベッタンブレッドは薄い揚げパンみたいな感じで、香ばしくてとても美味しいです。ジャム等甘い物と合わせても良し、チーズや目玉焼きと合わせても良し。この日以来すっかりハマり、度々頼むことになりました。

奥に見えているのはトマークおじさんとマリアンが頼んだ茹で芋です。どこの宿にも必ずあって値段が安く、食べ残したらビニール袋に入れてランチにもできると言う便利なメニューです。塩と生ニンニク(トマークおじさん提供)と合わせるとさらに美味しくなります。



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いいかんじの棒を手に入れた!

ここらの道はかなりアップダウンが激しいのにステッキを用意して来なかった私でございますが、道端でいいかんじの棒を手に入れました。このネイチャーズバンブーステッキ訳してその辺で拾った竹の棒のおかげで、この後の山歩きが随分楽になりました。

なお、ちゃんとしたステッキはカトマンズのタメル地区などで安く購入出来る他、レンタルもあるとかないとか、そんな感じです。殆どの人が使っていましたし、実際あった方が良いと思います。



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ブプサまでの登り

牛歩隊が死にかけていました。



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ブプサ

ブプサはカリコッラを見下ろせる大変景色の良い村です。この時は霧でよく見えませんでしたが、午前中早い時間なら素晴らしい展望だと思います。

宿も沢山ありますし、カリコッラを通り過ぎてこちらに泊まるのも素敵なのではないでしょうか。カリコッラから2時間くらいです。



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ブプサのゴンパ

トマークおじさんが馬にちょっかいをかけて後ろ足で蹴られました。ものすごい音がしたのでチーム・ガーリックも解散かと思ったのですが、大丈夫だったようです。

なお、その様子をティファニーが動画に撮っていましたが、そこに映る私は馬に蹴られるおじさんを前に顔色一つ変えず微動だにせず、ただ無言でその様子を眺めていました。この人心が無いのかなと思いました。



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1,000m峠越え中

牛歩隊が一言も喋らなくなりました。



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登頂

急坂でしたのでかなり疲れましたが、なんとか登頂しました。ここは厳密には山のてっぺんではありませんが、トレッキングルート上ではてっぺんのはずです。

が、看板にも「山頂」と書いてあるにも関わらず、この後も登らされました。山頂とは。

また、通りすがりのガイドさんにこの後の道について尋ねたら「ここからしばらくは平坦だよ〜!」と返ってきたにも関わらず、実際は登ったり下ったり忙しい道でした。平坦とは。



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反対側へ下山中

時期的なものなのか何なのか判りませんが、エベレスト街道トレッキング中は毎日午前中快晴、午後は霧が出て視界が悪くなりました。標高も2,000mを越えて来ましたので、お日様に隠れられると結構寒いです。

この辺りでの服装は、午前中は半袖Tシャツ一枚、午後は上に薄手のパーカーを羽織っていました。休憩中は一気に身体が冷えるので、さらにダウンなどを羽織る感じです。

荷物を増やしたくないので着替えは最低限しか持って来ておらず、朝になっても洗濯したそれが乾かない場合は、バックパックに括り付けて乾かしながら歩きました。午前中ならあっという間に乾きます。一度ティファニーがまとめて洗濯をしすぎて、全員でそれを乾かしながら歩きましたが、明らかに女物のレギンスをバックパックに括って歩くトマークおじさんは若干犯罪の香りを漂わせていました。



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パイヤ(標高2,730m)

本日の目標村に着きました。



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パイヤの宿「Everest Guest House」

エベレスト街道の宿はどこも無料〜せいぜい200円程度という格安っぷりですが、夕飯と翌日の朝食を宿で食べるのが条件です。さもなくば宿泊費は一気に千円以上に跳ね上がります。だったら食べた方がいいですよね。我がチームは基本的にランチ休憩を取らず軽食やお菓子で済ませるので、宿到着時には全員腹ペコなのです。

ただこの条件はそこまで厳しい訳でもなくて、例えば私達は4人グループでしたので一人くらい朝食を抜く人がいても不問(というかバレないと言うか)でしたし、体調が悪いときはそう申し出て「すみません飲み物だけ下さい」とかでもOKでした。



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本日の晩ごはん

早くも山小屋版ダルバートに飽きてきたので、今日は芋にしてみました。フライドポテト&ベジタブルです。ここで言うところのフライドポテトは私達の想像する揚げた芋では無く、炒めた芋です。揚げた芋はフレンチフライまたはフィンガーチップスです。

この炒め芋がなかなか美味しくて量も多く、さらに比較的安価という優秀なメニューでしたので、この後も何度も頼みました。芋は過酷な環境でも育ってくれますから、この辺りのエリアでも栽培しやすいようです。



<10/19 トレッキング4日目>

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本日の朝ごはん

寒いのでポテトスープにしました。どこの宿も夜は薪ストーブをつけてくれますが、朝は無しなのです。

なお、山小屋の朝ごはんは前日のうちに時間と食べたい物を注文しておくのが良いとされております。ただしお客さんが全然いない場合や、ゆっくり起きてゆっくり食べます〜と言う場合は当日朝の注文でも大丈夫です。



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ルクラ(標高2,850m)/写真右辺りの山の中腹

本日も登ったり下ったり頑張りまして、ようやくルクラが見えるポイントまで来ました。頭上を小型の旅客機が飛び交っております。だいたい10分間隔くらいでしょうか。

上記の通りこちらはカトマンズからの旅客機が降り立つ町で、多くのトレッカーのスタート地点となっております。我々は4日目にして、ようやくスタート地点に辿り着けたと言う事になります。



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とは言え私達は今更ルクラに用は無いので、別のルートを通って先へ進みます。



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Chaurikharke(読み方が分からない)

途中通った村のうち、写真のChaurikharkeはチベット文化が色濃い独特の雰囲気を持つ村でした。

霧の深い午後に通ったせいもあり、神秘的と言っていいのか若干不気味と言っていいのか、何やら異世界に迷いこんでしまったかのような不安を覚えました。村人達があまり顔を見せてくれなかったのも要因かもしれません。



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ナマステのポーズ

しかし村の後半に入ると皆さんそっと顔を出し手を振ってくれ、無邪気な子供達の姿も見え、とてもホッとしました。そしてそんな光景にティファニーのパパラッチスイッチが入り、写真撮影のため30分ほどロスしました。



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チェプルン(標高2,660m)

本日はこの村に泊まります。



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チェプルンの宿「Sherpa Road House」

ここが大変居心地の良い宿で、リラックスして過ごせました。



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本日の晩ごはん

昨日に引き続き芋です。



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お湯スモールポットと持参した飲み物

宿の飲み物メニューにはカップの他にスモールポット、ビッグポットなどもあり、スモールポットでも1リットルを超える大容量なので、これを頼めば何杯も楽しめてかなりお得です。ただ、一人で飲むには多いです。

ところがどっこい、今の私は4人グループの一員です。皆さんよくお菓子や食べ物やニンニクを分けてくれるのに私は何もお返しできていないので(ガイド役はやらされとるけど)、皆のためにポットを頼んでティータイムとしけ込むことにしました。

皆が何を飲みたがるかは分からないけど、聞いたら絶対奢らせてくれないのでお湯にしました。緑茶とインスタント珈琲なら持って来ているので、好きなのを飲めこの牛歩野郎共と。

・・なんて思いつつ、この作戦は上手くいかないだろうなとは思っていました。手持ちの駒は安物のインスタントだけだし、トマークおじさんなんか特に嫌がりそうです。加工物大嫌いなので。貴方の飲んでるクロレラは思いっきり加工物ですけどね。

なのでターゲットは女性二人だけで、一、ニ杯だけでも飲んでくれたら嬉しいななんて思いながらこれを勧めたのですが、



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「へえ〜ポットなんてのがあるのね!
じゃあ私マサラチャイのポットを頼むわ!皆で飲みましょ☆」



結果、私の頼んだお湯ポットは見事に余りました。

まあお湯ですしね・・お湯はチャイには勝てませんよ・・そして無職はサウジアラビアの銀行員には勝てません・・経済力的な意味で・・・


でも、私には女神様がいました。



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「私緑茶が飲みたいわ。貰っていい?」


どうぞどうぞ!そして結婚してください!!


マリアンたら・・もう女王様タイム(夕方4時以降)に入っているはずなのに、なんて優しいんでしょう。まあ彼女の性格からして気遣いとかではなく単に緑茶気分だっただけなんでしょうけど、それでも嬉しかったです。



<10/20 トレッキング5日目>

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ゴンパ

今日は朝食前にちょっとお散歩。村の何処からでも見える崖に張り付くゴンパ(写真中央)が気になったので、見に行くことにしたのです。



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ゴンパには誰もおらず鍵がかかっており、周辺が若干とっ散らかっておりましたが、まあ良い運動にはなりました。

なお、今回のお散歩にトマークおじさんとティファニーは同行してくれましたが、マリアンは「眠い」という理由で来ていません。女王様はいつだってマイペースです。協調性&同調圧力地獄のジャパンに降臨して欲しい人材。「貴女もそう思うでしょ?」→「思わないわ。」とか言って欲しいです。



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本日の朝ごはん

トースト&目玉焼きにしました。エベレスト街道ではあまり肉を見かけず、あってもすごく高いので卵は貴重なタンパク源です。

しかしこちらもまた標高が上がるごとにべらぼうな値段になっていき、どんどん頼めなくなりました。具体的には、ゆで卵(2個セット)が地上では確か100ルピー以下で頼めていたものが、山に入ると安くても130ルピーくらい、一番高いところでは500ルピー近くになりました。その辺を飛んでる鳥をパチンコで撃ち落とせないものかと何度妄想したか分かりません。肉が食べたいです。


中途半端ですが、また長くなり過ぎたのでここで一旦おしまいにします。次回はこの日の続きからです。


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※ 部屋の値段は有って無いようなものなので、参考までに。交渉次第でこれより高くもなるし時には無料にもなる。宿で一日二食食べるのが条件。また、wifiや充電の値段も交渉次第で前後するのでチェックイン時に必ず確認のこと。

◯(3日目)カリコッラからパイヤ

Kharikholaは通り沿いに大きく広がった村で、石畳が美しい。宿も多い。Paiyaまで1,000mの峠越え。途中のBupsaも宿は多く、Kharikholaを見下ろす景色の良い村。峠越え、山頂はNcellシグナル(極弱)を拾える。Paiyaは宿多分10軒くらい。のどかで可愛い村。

◯ パイヤの宿

「Everest Guest House」
ツインに泊まって一人100ルピー。wifi250ルピー。充電150ルピーは無料にしてもらった。パイヤの村を通り過ぎ10分くらい歩いた辺り。

◯(4日目)パイヤからチェプルン

登ったり下ったり。PaiyaからSurkeに向かう途中でルクラが見える。この辺りで初めてNcellネットワークをまともに拾う。しかしここからまた途切れる。Surkeは宿5軒くらいの小さな集落だが、日本の里山みたいで雰囲気が良い。この後ルクラ方面への分岐があるが、私達はルクラに寄らないルートへ。Chaurikharkeには宿があった様な無かった様な。チベット文化の色濃い独特の雰囲気の村。Chheplungは宿結構ある。ルクラからの合流点で、崖に張り付くゴンパがある村。

◯ チェプルンの宿

「Sherpa Road House」
部屋一人50ルピー。ホットシャワー(バケツ式)100ルピー、充電ロビーのみだが無料。wifiはあった気がするが忘れた。宿の人達が皆さん親切で、居心地が良かった。

| ネパール | 09:42 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

エベレスト街道トレッキング2、チーム・ガーリックそして牛歩隊


<10/17 トレッキング2日目>

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本日の朝ごはん

エベレスト街道トレッキング、初めての朝ごはんは無難にパンケーキとミルクティーにしました。

パンケーキのバターもミルクティーのミルクも、宿のお母さんが水牛の乳から手作りしたものだそうで独特の風味がありました。具体的には、干し草の匂いがグイグイ遠慮なく来る感じでした。私は好きでしたが、苦手な人も多そうです。



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ヌンタラ

宿を出て少し歩くと、だんだん霧が晴れて昨日行くはずだったヌンタラの村が見えて来ました。

本日はトレッキング2日目ですが、昨日はほとんど歩いていないので今日が初日みたいなものです。旅は道連れ情け容赦無いお二人さんも今日はすっかり回復し、ニコニコのペラペラのフリフリです。最後のはダンスの擬音です。ブラジルちゃんが朝食後突然踊り出しましてね。

寝てる間に別の人と入れ替わったんですかね。昨日の彼女はピクリとも笑わないクールな女性だったはずなのですが。



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40分ほど山を下り、ヌンタラに到着しました。村内の写真を撮り忘れましたが、宿が10軒ほど並ぶ小さくて小奇麗な村でした。



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と、ここで変な人に会いました。

彼の名前はトマークさん(仮)。第一印象は巨大キュウリとニンニクでした。なんか知らんけど巨大キュウリを小脇に抱え、生ニンニクと一緒に丸かじりしていたのです。



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その後何故か彼も一緒に行くことになり、私達は4人になりました。そしてこの4人は、一緒にエベレスト・ベースキャンプを目指す仲間となりました。

そういう訳ですので、ここでひとつ




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我がチームのイカれたメンバーを紹介するぜえ〜!!



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まずはボーカルのティファニー(仮)だぜえ!
こいつはファッ◯ンマシンガントーク野郎で



ちょっと疲れるんで止めますねこれ。




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<一人目:ティファニー(仮)>

・パキスタン人。
・美人。
・マシンガントークが止まらない。
・自撮り他撮りも止まらない。


彼女とはカトマンズの旅行代理店で知り合い、一緒にシェアジープチケットを買いに行ったことから付き合いが始まりました。

非常に明るく優しく誰にでも親切で、お菓子やご飯を分けてくれる女神様です。また、ヒンディー語が出来る事から常に現地民とのコミュニケーション役を引き受けてくれ、大変助かる存在でした。かなり割高な山小屋ご飯やお菓子にガンガンお金を使うので金銭感覚麻痺してるのか?と思ったら、現在はサウジアラビアで銀行員をしているとの事でした。そりゃ金銭感覚麻痺するわと思いました。



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<二人目:マリアン(仮)>

・ポルトガル系ブラジル人。
・美人。
・ブロガー。
・夜は女王様、昼は女神様。


彼女ともカトマンズで知り合いました。

ブロガーであるため常にwifiとスマホ充電と撮影スポットを求め、「小川で遊ぶ私」的な自撮りをした際に大量のヒルに襲われ大流血していました。それブログに書いたらいいんじゃないかなと思いました。毎日夕方から夜にかけては疲れ切り、顎で人を使う女王様になりますが、昼はクールながらも愛に溢れた癒やしの女神様になります。



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<三人目:トマークおじさん(仮)>

・ベルギー人。
・健康オタク。
・ニンニク丸かじりの生卵丸呑み。
・エベレスト街道は10年ぶり2回目。


2日目の朝、ヌンタラ村で知り合って以降行動を共にすることになりました。

健康オタクで食にうるさく、胃腸の殺菌と高山病予防のため常にニンニクを丸かじりしています。他にも生卵丸呑みやクロレラ一気飲みを欠かさない他、「薬だとかの人工物は不自然極まりないから絶対飲まない!」と豪語していますが、ニンニク半キロをぶら下げてトレッキングしている貴方の方がよほど不自然ですよと思いました。


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<四人目:私>

・日本人。
・離脱に失敗。
・ほぼガイドと化す。
・一人になりたい。


特にお伝えすることはありません。




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そんな多国籍四人チームですが、チーム・ガーリックと名付けました。

トマークおじさんの影響で全員毎日ニンニクを丸かじりするようになったからです。周りの人達はさぞ臭くて迷惑だったろうなと思います。本当にすみませんでした。




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チーム・ガーリック結成後の行程は、ヌンタラからはしばらく下りで、その後はそこそこ長めの登りでした。

それは良いのですが、先述の通りティファニー(仮)がスマホによる写真撮影大好きっ子なものですから、橋や動物や地元の子供達を見かける度にパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパパラッチ並みにシャッターを切ってくれ、タイムロスがえげつなかったです。

1、2分の話じゃないんですのよ。橋で5分、動物で7分、子供達で20分って感じです。

置いて行こうにも、「待って貴方の写真も!」「貴女も!」「みんなで!」と続くので付き合わざるを得ません。途中の町ナムチェでwifiを掴まえた際、「写真送るわね!」と言ってアプリ経由で寄越したそれが500枚くらいありましたからね。しかも殆どが連写でした。ある程度選抜して頂きたかったです。



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本日の目標はカリコッラという村にしましたが、先述の通りそこまで結構な登りでしたので、途中で牛歩隊が死にかけていました。



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牛歩隊とは、チーム・ガーリックの私以外の三人の事です。先程名付けました。何故なら全員衝撃的な牛歩だったからです。写真撮影によるタイムロスを抜きにしても。

歩行速度や楽しみ方は人それぞれですし、否定する気も馬鹿にする気も全くないのですが、おじいちゃんお婆ちゃんばかりのツアーグループにも抜かれるのは流石にどうかと思いました。

牛歩隊の歩行速度について具体的な数字を出しますと、通常5時間の距離に10時間かかるくらいです。

牛の方が先に着くわ。



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カリコッラ

何とか日暮れ前にカリコッラに着きました。

カリコッラは石畳の美しい村ですが、いくつかのツアーグループとぶつかった為に半分の宿が満室状態で困りました。残り半分はガラガラなのですが、うちの夜間限定女王様がwifiが無いと嫌だと駄々をこねるものですから。



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カリコッラの宿「Namaste Hotel & Restaurant」

まあ結局、泊まった宿のwifiは使い物にならなかったみたいなのですが(女王様談)。有料だったのに酷い話です。

しかし女王様は腹を立てても人に当たったり愚痴ったりはせず静かに諦めるタイプの人なので、私は実のところ、この女王様がとても好きです。



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本日の晩ごはん

晩ごはんはまたダルバートにしました。一日歩いて腹ペコの身体には、お代わり自由のダルバートは大変魅力的なのです。


明日も引き続きトレッキングです。長くなり過ぎるので、次回から数日分をまとめて一本の日記にしたいと思います。


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<情報コーナー>

◯ ヌンタラからカリコッラ

Nunthalaは小さな村で宿は10軒くらい。そこから一旦下り、橋を渡った後一気に登る。途中のJubhingは宿6、7軒だったと思う。Kharikholaは通り沿いに大きく広がった村で、石畳が美しい。宿は10軒以上ある。ここまでwifi付きの宿は沢山あるが、Ncellネットワークは一切拾えず。

◯ カリコッラの宿

※部屋の値段は有って無いようなものなので、参考までに。交渉次第でこれより高くもなるし時には無料にもなる。宿で一日二食食べるのが条件。

「Namaste Hotel & Restaurant」
ツイン200ルピー、ドミ200ルピー(4人で割って一人50ルピー)。ホットシャワー200ルピー、wifi無制限500ルピー(動作しない模様)。ダルバートは400ルピー。

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エベレスト街道トレッキング1


<10/16 トレッキング一日目>

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今日からエベレスト街道トレッキングに行きます。言うまでもないですが、登山ではなくトレッキングの方です。



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目標はエベレスト・ベースキャンプ(略してEBC)及び、エベレストが良く見えると評判のカラパタールの丘にしようと思います。両地は同じゴラクシェプという村から行くことが出来、エベレスト街道で最も標高の高い村であるそこが、大半のトレッカーのゴール地点となっているそうです。

ついでにもう一つ、ゴーキョという村にも行ってみます。こちらもまた人気のゴール地点でありエベレストがよく見えるそうですが、ゴラクシェプに比べるとだいぶ人は少ないそうです。ふたつ合わせるとだいたい三週間くらいの行程になるかなという予想です。


・・というわけでエベレスト街道トレッキング日記を始めさせて頂きますが、まずはじめに、今回トレッキングに行くにあたりツイッターやコメント欄などで多くの方に沢山の情報を頂きましたことを、先にお礼申し上げます。

堅いですね。皆さんありがとうございました!そんじゃ行ってきますホホーイ!!



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エベレスト街道トレッキングはまずカトマンズからルクラという山中の町まで飛ぶのが主流ですが、お金ナイナイの私は陸路で参ります。飛ぶ場合は、確か片道17,000〜20,000ルピー(=円)とか聞いた気がします。

陸路で行く場合は、ジリという村(ルクラまで一週間くらい)か、サレリという村(ルクラまで三日くらい)をスタート地点にするそうです。私はそこまで頑張りたくないので、ルクラに近い方のサレリを選びました。カトマンズからサレリまでシェアジープで3,000ルピーでした。これはダサインという大きなお祭りにぶつかった事による特別価格で、本来はもっと安いそうです。

ダサインの祝日前はネパールの人々が一斉に里帰りするし、祝日に入ったら入ったでバスの本数がかなり減るみたいな話は事前に聞いていたのですが、その影響は想像以上に大きなものでした。

まず先述したルクラ行きの飛行機ですが、この期間だけフライトの本数が減るとかで席が全然取れず、多くの人が何日も待機、または諦めて陸路に切り替えざるを得なくなっていました。私が乗りたかったサレリ行きのバスに関しても、来るか来ないか、そして席があるかどうか分からないと言われてしまい、少し割高のシェアジープで行くしかありませんでした。さらにこのジープも、タメル地区の旅行代理店では全然予約出来ず、ジープ&バス乗り場の窓口でも全て断られ、最後の一軒でようやく買えたという混雑ぶりでした。



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そんな苦労の末に押さえたジープですが、朝の3:30発でした。普通は5:00〜5:30発なのに、これまたお祭りのアレで道が混むから早めに出よう!なんて電話がジープ会社からかかってきまして。それはいいんですけど、言うのが遅いんですよ。今もう22:00なんですけど。5時間しか寝られないではないですか。

そしてですね、ジープ乗り場はやや遠いので宿の人にタクシーを呼んで貰ったのですが、予約した夜中の3:00に宿を出たつもりが実は既に3:15で、遅刻しそうになりました。

何故こんなことが起きたかと言うと、一週間前までいたインドはネパールより15分遅い時間を生きており、私のポンコツインドスマホは自動で時刻調整なんて芸当は出来ず、そして私が手動で時刻を直すのを今日まで忘れていたからです。

私はこの一週間、全く気付かずに15分遅れで生きていたということになります。恐ろしい話ですね。これだから時間感覚の乏しい無職は。



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ジープは最初川沿いのよく整備された道を走ってくれましたが、後半は山道に入りました。そして私は、道が曲がりくねっているのと運転が荒いのと昨日2時間しか寝ていないのとで、割と酔いました。なんかワクワクして寝付けませんでして。遠足前の小学生のようですね。

ジープには10人のお客が乗っていましたが、半分が地元民、半分が外国人トレッカーとガイドさんでした。私はお一人様ですが、カトマンズの旅行代理店で知り合ったパキスタン人女性とブラジル人女性も一緒なので、三人連れと言えないこともありません。二人もちょうどサレリ行きを探しているところだったので、一緒にチケットを買いに行ったのです。

とはいえ、彼女達とはジープを降りるまでの付き合いです。そこからは一人で歩くことになるので、まあ気楽なもんかなーと

他の乗客「君達3人でベースキャンプで行くのかい?」
パキスタン人女性「ええそうなの!」

え、そうなの?



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ファプル

ジープはサレリを通り過ぎ、お隣のファプルまで行ってくれました。両村は隣同士で繋がっているため、乗車時間は5分ほどしか変わりません。

ここまで長い道のりでしたが、ようやくスタート地点に着けました。現在の時刻は14:00。ぎゅうぎゅう詰め10時間ジープのおかげで腰を痛めましたし今日はここに泊まっても良いのですが、日暮れまでまだ少しありますし、行けるところまで行ってみたいと思います。



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タクシンドゥ行きジープ

・・・と意気込んだのに、初っ端からワープさせられてしまいました。

ファプルから先はトレッキング道しかないかと思いきや実はタクシンドゥという村まで車道が通っていまして、カトマンズからのジープで乗り合わせた人々が「タクシンドゥ行きのジープがあるんだって!」と盛り上がってしまったものですから。

「僕ら6人いるからワリカンすれば一人1,000ルピーだよ!」なんて言われて「私はいいです」とか言えます?言えるんですか貴方は?この小心者の私に言えると思うんですかバッキャロー!(八つ当たり)




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タクシンドゥ・ヒルトップ

と言う訳で、トレッキングスタート地点のサレリ改めタクシンドゥです。

到着時点で15:00だったのにさらにティータイムなんて取るものだからもう15:30になってしまいましたが、今から歩き始めるそうです。

一緒にジープに乗ってきたのは我が多国籍三人チーム(仮)とカップルさんがひと組、及びそのガイドさんなのですが、ガイドさんが「次の村のヌンタラまで一時間半だから、僕らは今日そこに泊まるよ」というのに私達も便乗する事になりまして。私達はガイド料を払っていないのに付いて行くのはマズイのでは?と糞真面目な私は思ったのですが、あちらさんは特に気にしていないようです。



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タクシンドゥ村

そうして歩き始めましたが、5分でカップルチームとはぐれました。正確には、私から「先に行ってください」と伝え、意図的に別れました。

何故かと言うと、我がチームメイト(仮)のブラジルちゃんが「サングラス落とした」とか言いながらフラフラと来た道を引き返していき、待てど暮せど戻って来なかったからです。日暮れも近いですし、彼等を巻き込む訳にはいきません。


その後、たっぷり40分してから戻ってきたブラジルちゃんは「サングラス見つからなかったわファック」と呟いただけで、ずっと待っていた私達へのお礼もお詫びもありませんでした。此奴めと思いました。

目的の村ヌンタラまでは下りのみなのでキツイ行程ではありませんが、日暮れまで時間がありません。そしてチームメイト(仮)の二人はトレッキングが初めてで、この5分の距離でも分かるくらいの亀さんだったので、私は山中で日が暮れる可能性が非常に高いと見て「今日はここ(タクシンドゥ)に泊まろうよ」と提案しました。が、「たったの一時間半でしょ?行けるわよ(^^)」と却下されました。行けないわよと思いました。

途中何度か分かれ道があり、そのたびに私は小走りで先を見に行き正しいルートを選び、二人を迎えに戻りました。私はガイドか?と思いました。

日暮れ直前に「もう10分もすれば真っ暗になるから今のうちにライト出した方がいいよ」といった私の提案は、「電池節約しないとだから使いたくないの」と言われ却下されました。私は自分のヘッドライトを出し、後ろから二人の足元を照らしながら歩きました。何やってんだ私と思いました。

そして案の定ヌンタラに着く前にガッツリ日が暮れ、道が全く分からなくなりました。

私達は遭難しました。



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と思いきや!

少し先に民家の灯りが見えたのでそこまで地を這うようにして進み、ドアをガンガン叩いて「ヘルプミー!道を教えてください!ていうか泊めてくださいお願い!!」と大騒ぎしたところ、無事今夜の寝床を確保することが出来たのでございます。



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本日の宿(翌朝撮影)

真っ暗闇では看板が見えず普通の民家とばかり思いつつ突撃しましたが、実はこちら、立派な宿でした。ヌンタラまではまだ40分ほどある山中ですが、ここは小さな集落で、宿も他にあと2軒ありました。これまた木々と霧と暗闇に紛れており、夜が明けるまで全く気付かなかったのですが。

何はともあれ、遭難を回避できたことは本当に幸いでした。本当に本当に幸いでした。危険である事は分かっていたのですから、二人をふん縛ってでも喧嘩になってでも、タクシンドゥに泊まらせるべきだったのです。そして私だけヌンタラに行くんです。だって私の脚(ど健脚)なら普通に行けるもんね〜ざまみろベロベロリ〜ン。

よし。

一刻も早くこいつらを撒こう。



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本日の晩ごはん・たまご載せダルバート(豆スープごはん定食)

本日の晩ごはんですが、ネパールの国民食・ダルバートを頼みました。以前一度書きましたが、正確にはダルバート・タルカリ。ダル(豆スープ)、バート(ごはん)、タルカリ(おかず)がセットになった定食みたいなものです。地上で頼むとおかずが何種類も付いてくるのですが、山小屋バージョンは比較的シンプルでした。山の中では食材や調味料の調達が困難ですし、致し方無い事なんだと思います。

この日作って貰ったダルバートは、薄焼きたまごが載っていた他手作りのアチャール(ピクルス)も付けて貰えたので、とっても食が進みました。たったのニ時間半(実際は一時間の距離)しか歩いていないのに「もう歩けない」とかこぼしていたパキスタンちゃんも、ダルバートで少し回復出来たようです。

なお、ブラジルちゃんは夕飯も食べられないくらい疲れ切り、既にお休みになっておられます。明日以降はもっと長い時間歩かなければいけないし道もどんどん険しくなるのに、大丈夫なんでしょうか。この二人地図も持っていないですし、ゴールまでの必要日数も調べていないですし、山中は色々と値が張ることも知らなかったですし、二人だけでちゃんとゴール出来るのかすごく心ぱいや知らんぞ!私は知らんぞ!!


トレッキング2日目に続きます。


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◯ カトマンズからサレリ(またはファプル)

私が行ったときはダサイン(大きなお祭り)中だったのでバス2,000ルピー、シェアジープ3,000ルピーだったが、通常はバス1,500ルピー、シェアジープ2,000ルピーくらいで行けるとのこと。普通は朝5:00〜5:30くらいの出発。バスよりジープの方が早く着くらしい。私のときは朝4:00発の、ファプル14:00着だった。朝食及び昼食休憩あり。

◯ サレリ(ファプル)からタクシンドゥ

サレリ、ファプル共にゲストハウス多数あり。物価もまだカトマンズとそう変わらない。サレリからファプルは登り2キロくらい。ファプルからタクシンドゥは最初は緩いアップダウンで、後半ひたすら登り。シェアジープでも行くことが出来、私のときは一人1,000ルピーだったが、お祭り期間でなく人数さえ揃えば本来は500ルピーくらいで行けるとのこと。所要40分くらいだったと思う。

◯ タクシンドゥからヌンタラ

タクシンドゥはヒルトップに宿二軒、少し下った所にある村の中心にも数軒あり。タクシンドゥからヌンタラはひたすら下り。ヌンタラの手前あと40分くらいの所に集落あり、宿三軒。ヌンタラにはwifi付きの宿多数。実際繋がるかどうかは知らない。(エベレスト街道のwifiは繋がらない所が多いとのこと)

◯ 初日の宿

「Valley view Lodge & Restaurant」
ヌンタラまで残り40分くらいの位置に唐突にある宿。ツイン500ルピーだが300にしてもらった。(3人で泊まったので一人100ルピー)レストランメニューはたまごダルバート450ルピー、バターパンケーキ250ルピー、ミルクティー50ルピーなど。山の斜面に建っているので、霧が出ていなければ最高の眺めであると思われる。この集落には他にも二軒宿がある。

| ネパール | 23:16 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

エベレスト街道トレッキングに行って来ます(更新が途絶えるかもしれないお知らせ)

明日からエベレスト街道トレッキングに行きます。

登るやつではなく、登る直前辺りまで歩いてエベレストを見上げて帰って来るやつです。ネパールは現在トレッキングの大ベストシーズンなのです。前回行こうと思ったときは雨季真っ盛りだったのに、北東インドでチンタラした甲斐がありました。

そんなエベレスト街道トレッキングですが、なにせ距離があるので多分3週間くらいか、下手すると一ヶ月くらい帰って来られない予想です。

飛行機で街道の途中にあるトンデモ天空空港に降り立つという大変面白そうな手段もあり、こちらだと一週間くらい短縮できるのですが、お値段が高いので止めました。そうでなくても、今がハイシーズンだからか大きなお祭りの最中だからか、現在チケットが全然取れない状況だそうなのでどちらにせよ無理な話でした。

と言うわけで行ける所まではバスで行って、そこからせっせと歩きます。


そんなこんなですが、流石にそんなに長いことブログを放置するのもどうかと思うので(一年単位で放置した前科はさておき)、電波が届く辺りまでは一、二回何か書きたいな〜と思いつつ思うだけで終わるかもしれません。山の上は電波どころか充電も有料なので、色々余裕が無さそうなのです。とりあえず、Twitterでの生存報告だけは出来るだけして参りたい所存です。

現在Twitterにて更新中の瞑想修行漫画は、一旦お休みします。

ブログもだいぶ前の所で止まっているのでこれ以上遅れてどうすんだという気持ちですが、山に呼ばれては断れないのでお許しください。犯人は山です。

それでは行って参ります。まずは丸一日かけてサレリという村だか町だかまでバス移動です。


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| ネパール | 22:53 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

カトマンズ日記


<10/10〜15 カトマンズ>

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カトマンズの宿「Himalayan hostel」

カトマンズではだいぶダラダラしました。いやこう見えても瞑想修行漫画を描いたりトレッキングの準備をしたり一生懸命生きていたのですが、宿の人に「まだトレッキング行かないの?」と度々聞かれる程度にはダラダラしていました。

また、カトマンズには美味しいお店が沢山あることから、毎日食べ歩きをしていました。



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タメル地区

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の、飲み屋

飲みに行ったり、



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「Japanese restaurant KIZUNA」天丼、カツ丼

安くて美味しいと評判の日本食屋に行ってみたり、



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隣の韓国料理屋

その隣の韓国料理屋もまた美味しかったり、



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New Everest Momo Center

人気のモモ屋さんはヨーグルトっぽいソースが大変美味だったりしました。

なんてことをしていたらみるみるお金が減ってギョエーとなったので、夜は自炊をして節約したりもしていました。



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ただ食うだけの日々だった訳では勿論なく、一応観光もちょっとはしました。まあここしか行っていないのですが、名前は何だったかな。忘れましたが丘の上の寺院です。



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こちらはモンキー・テンプルとも呼ばれているとかいないとかで、お猿がいっぱいいます。私はもう猿には飽きているので、こういうのは別にいいです。



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丘の上の寺院なので景色が良いです。



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このジトっとした目はブッダ・アイと言って、その名の通り仏陀のおめめです。仏の顔はとうの昔に使い切っていそうですね。無言の圧力で部下を退職に追い込みそうです。



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こちらは土産物屋に売っていたポータブルマニ車です。

回した分だけお経を唱えたことになるという都合の良い御利益のあるマニ車ですが、このポータブルマニ車さえあればいつでもどこでもお経唱え放題。わたくし以前バングラデシュの呪いにかかった際に藁にも縋る思いでこのポータブルマニ車を買いかけましたが、すんでのところで踏みとどまりました。そしてその代わりにチベット寺院を見かける度そこにあるマニ車を回しまくり、呪いの解除を願い続けました。そのかいあってか、ここ数ヶ月は何とか無事に過ごせております。困ったときの神頼みです。



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その他の時間は、主にトレッキング準備に当てていました。皆大好きエベレスト街道トレッキングです。登るやつではなくエベレストがよく見える所まで行って帰ってくるだけのやつです。ルートや費用などの情報を調べるところから始めたので、思いのほか準備に時間がかかってしまいました。

写真は防寒用に買い足した、ノースフェ◯スと書いてありますがノー◯フェイスな訳がないウィンドブレーカーです。1,500円。旅行者ホイホイ地区のタメルにはトレッキング用品店が過剰にあり、トレッキングに必要なものは全てここで揃える事が出来ます。日本で買うより格段に安いので(パチモンだから)、手ぶらで来てここで全て揃えてしまうのも有りです。持って帰れないですけどね。偽ブランド品は税関で引っかかります。

防寒着については私は手持ちのそれだけで乗り切るつもりだったのですが、その辺の旅行会社数軒に聞いてみたら「山の上の方は朝夕マイナス十度くらいになるよ」みたいな事を明るく言われ、聞いただけで凍死しそうになったので慌てて買いました。



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厚めの手袋や靴下も買いました。手袋は防寒着としてあまりにポンコツで、靴下は伸縮性皆無で使い物になりませんでしたが。手袋200円の靴下400円。安物買いの何とやらですね。



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左からサブバッグ、日焼け止め、フェイスマスク、エマージェンシーシート、トレッキング地図です。

サブバッグは村歩きや宿に荷物を残してのミニトレッキング用で、いつも使っているサブバッグでは大きすぎるので新たに購入しました。こちらも北顔と書いてありますがそんな訳がありません。600円でした。そして二日でジッパーが壊れました。

フェイスマスクは防寒と防塵用です。かなり乾燥しているらしいので。100円。防寒には薄すぎますが、ネックウォーマーを持っているのでそれと併用します。

エマージェンシーシートは防寒用に使えるかなと思い購入しましたが、買ったことを忘れ、そのまま下山まで陽の目をみることはありませんでした。確か250円くらい。

トレッキング地図はワクワクしながら買いました。確か500円くらいでした。



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水筒と浄水タブレットです。水筒350円とタブレット一箱200円。エベレスト街道では湧き水が簡単に手に入るらしく、しかしそのまま飲むのは危険なので、浄水器か浄水タブレットを使用するのが良いそうなのです。

タブレットは水1リットルに対し一錠放り込み、30分ほど待てば浄水完了、という代物です。インドで鍛えた私の腹は湧き水ごときでやられない気がするのですが、最近よく襲われる謎の下痢と高熱はどう考えても感染症の類なので、阿保な事を言わず大人しくタブレットを使用します。

件の下痢と高熱に関しては、カトマンズでもまた襲われました。今回は39.5℃まで上がり、やはり38度台とはヤバさが違いますなあとフラフラの頭で思いました。そしていくらなんでも一ヶ月で三回の高熱はおかしいとようやく気付いたので、薬局に行って症状を説明し、抗生物質を貰って来ました。お陰様で熱は出なくなりました。多分治ったのかなと思います。



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トイレットペーパー

わたくしとうの昔にインドスタイル(水洗式)に切り替えているのでトイレットペーパーは必要ないのですが、山頂は水が凍っていて使えないですよと聞いたので、大人しく買いました。しかも山頂でこれを買うと一個500円するそうなので、念のため多めに用意しました。



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おやつ

おやつはいくらまででもOKです。だって大人ですものオホホ。あとは乾燥対策に飴ちゃんと、宿でのお楽しみに珈琲や緑茶を買いました。飴ちゃんは買っておいて大正解でした。トレッキングルートの一部は本当に乾燥と土埃が酷くて喉を痛めたので。珈琲と緑茶は意外と使いませんでした。お湯を買うのもコップに粉を注ぐのも面倒臭くて。トレッキング日記でまた書きますけども、だいぶ体調を崩し色々と余裕が無かったのです。



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札束

山中でお金を切らしたら命も一緒に終わるので、かなり多めに用意しました。一応一箇所だけ、山中のナムチェという町にはATMがあるそうなのですが、私のシティバンクカードはネパールと相性が悪いのかほとんどのATMで使えないので、ナムチェで確実にお金が下ろせるとは言い切れません。

心配性なので予想金額の倍+α用意しましたが、当然そんなに使うはずはなく、半分以上はそのまま持って帰って来ました。


そんな感じで準備が整ったので、次回はエベレスト街道トレッキング日記です。


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◯ カトマンズの宿

「Himalayan hostel」
ネットで予約できる。タメル地区まで徒歩5分くらいの所にあり、静かでなかなか良い環境。wifiそこそこ優秀。キッチンあり。ホットシャワーは時間にもよるが、タイミングが良ければ熱々のお湯が出る。屋上に洗濯物を干せる。徒歩すぐの所にスーパーや八百屋あり。

| ネパール | 04:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

仏陀入滅の地・クシナガラ


<10/8 クシナガラへ>

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本日はクシナガラへ参ります。こちらは四大仏跡最後の一つ、仏陀入滅の地です。



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パトナー行き列車

まずは来たときと同じくパトナーへ。

通勤時間と重なってしまったのか、なかなかに混んでいました。それでも屋根の上に乗っている人はいませんでしたので、インドにしては空いている方なのかもしれません。



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ハジプール駅

パトナーからシェア力車に乗り、ハジプール駅へ。ここからクシナガラ方面への列車に乗れますが、今日はクシナガラよりもう少し先の町、ゴラクプールまで参ります。クシナガラ近くに丁度良い駅がないことと、ゴラクプールの方が都会で宿が多そうなことと、その後またネパールに向かうにあたり交通の便が良いからです。



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本日のお昼ごはん

今回出国したらインドには当分来なさそうなので、最後にマトンカリーを頂きました。いや明日もありますが、最後の夕飯ということで。

サモサ、シャヒ・パニール、アチャール、アムリトサル・クルチャなど色々はまりましたが、一番好きだったのはマトンカリーかもしれません。


<10/9 クシナガラ>

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ゴラクプール駅の朝

ゴラクプール行きの列車が4時間ほど遅れてくれ、到着が夜遅くになり、例によって宿の門前払い(外国人宿泊不可)を食らいまくりもうやんなっちゃったので、この日は駅に泊まりました。

ゴラクプール駅は広くて寝る場所も多く割と快適だったのですが、夜明け前から水責め(清掃)にあい叩き起こされたので寝不足です。



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クシナガラ

夜明け後。荷物を駅のクロークに預け、バスでクシナガラに移動しました。一時間半くらいでした。

宿が無いかもと思い宿泊は避けたクシナガラですが、ホテルが何軒かありました。また、後から知ったことですが泊まれるお寺もあったっぽいです。



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クシナガラは四大仏跡ですので立派な観光地かと思いきや、ルンビニやブッダガヤと比べると大人しめと言うか、それほど賑わってはいませんでした。立派なストゥーパや各国のお寺はあるものの、観光客はあまり見かけません。まあ、今まだ朝8:00前なのでそのせいもあるかもしれませんが。

観光客が少ないのは周りやすくてありがたいですが、お寺の一部や博物館がまだ開いていなかったのは失敗でした。



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涅槃堂

仏陀入滅の地です。

その場所は広くて綺麗な公園になっており、中心にある建物の中には涅槃像がありました。



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涅槃堂の前では立派な沙羅双樹が風に吹かれていました。沙羅の樹がふたつで沙羅双樹。仏陀はその二本の樹の間で眠りについたそうです。



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公園から少し歩き、仏陀の亡骸を荼毘に付したという場所へ。こちらも綺麗に整備されており、巡礼者の方々が並んで御経を唱えていました。



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遺灰を流した川・・という説明をどっかで見たような見てないような記憶があるのですが、仏陀の遺骨って各国のお寺や仏塔に分骨されてるはずですよね確か。遺骨は世界にばら撒いて、遺灰は川にばら撒いたんでしょうか。

偉大な人は大変ですね。いや、分骨や散骨には色んな事情や想いが込められていることは存じておりますけども、仏陀に関しては何か亡くなった後も世界中で働かされてるみたいなイメージが・・あっちにもこっちにも仏陀様みたいな。



・・とまあ、うまく締まりませんでしたが、そんな感じのクシナガラ見学でした。

インド入国当時は仏跡巡りをする予定など全く無かったのに、気付けば

・ルンビニ(生誕の地、ネパール)
・ブッダガヤ(目覚めの地、インド)
・サールナート(初説法の地、インド)
・クシナガラ(入滅の地、インド)

と、四大仏跡全てを訪問してしまいました。順番はこの通りではありませんでしたが、最後に入滅の地に来られたのは良い終わり方でした。

最初は軽い好奇心と観光欲だったものが旅を通じて少しずつ知識を深め、未だ不勉強ではあるものの気持ちだけはすっかり仏陀様〜状態だったので、各仏跡を訪問するのは実に感慨深かったです。

ブログを一ヶ月遅れて書いている現在は気持ちもだいぶ落ち着き通常の興味に切り替わりましたが、それでもこのときのホロ酔い状態は心地が良かったし、見たもの、感じたこと全てにおいて、良い経験をさせて頂いたと思っております。

今後も仏教含め色んな宗教の考え方や在り方や美術装飾その他に触れ、勉強したり楽しんだりして参りたい所存です。



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ゴラクプール駅

ゴラクプール駅に戻ってきました。預けておいた荷物を受け取り、バスに乗ってネパールに戻ります。本日の目的地はカトマンズ。ようやく首都のお顔を拝めます。



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本日は前回とは違う国境を通ります。ルンビニ近くの国境です。クシナガラを最後に訪れたい関係からあえて選んだルートですが、こうして見るとルンビニ→クシナガラ→ブッダガヤ→カトマンズと周った方がだいぶ効率が良かったですね。「あえて」とか格好つけた事を言いつつ、このルート線の乱れっぷりには大変グヌヌです。


ゴラクプールからカトマンズへの直行バスは無いためまずはローカルバスで国境まで移動しますが、このバスがまた3時間くらい待たせてくれた上に、「故障したからやっぱ無理だわ〜」とか言い出して仏の顔もツーアウトでした。

可哀相なのは、バス車内で出会ったフランス人旅行者の女性です。彼女は駅前の旅行会社で強く勧められ、バス車内で普通に買えるチケットを事前購入(おそらくかなり割高で)させられたそうなのですが、バスがこういう事になったのでそのチケットをドブに捨てることになってしまいました。彼女には全く落ち度は無いですし、乗り換えたバスも同じ州営なのですからそのチケットを使わせてあげれば良いのにと思うのですが、ここはインドです。彼女は当然のように新しいチケットを買わされていました。

もちろん強く抗議した彼女ですが、全く聞き入れられないばかりか関係ない乗客達にも取り囲まれギャーギャー怒鳴られ唾を飛ばされていました。正直私も、彼女の抗議を近くで聞きながら「無理だと思うよ〜」と半笑いでした。

が、「巻き込まれたくないし」とさっさと昼寝をかました私が数十分後に目を覚ますと、彼女は誰にも気付かれないよう窓側を向きながら、静かに涙を流していました。

ショックで気が遠くなりました。

何故私は彼女に加勢してあげなかったんでしょう。乗車前に「もうインドに疲れちゃって・・」とこぼしていたのを知っているのに、何故一緒に怒ってあげられなかったのでしょう。結果負けるとしても味方が一人いるだけでだいぶ違ったでしょうに、何故私は彼女を見捨てたのでしょう。


彼女は下車後もまたインド人達と喧嘩し、疲れ切った顔で国境審査を受けていました。イミグレ(インド側もネパール側も)職員の人達が皆さん優しくて、再び泣き出してしまった彼女の話をゆっくり聞いてあげていたのがせめてもの救いです。なお、私は何も出来ずにそれを見ていただけです。もともと人との距離感を掴むのが苦手な上に、泣いている人を前にして何と声をかけたらいいか分からなくなってしまって。本当に情けないです。


その後、彼女厄年なのかあるいはインドネパール難の相でも出ていたのか、ネパール入国の際にもトラブルが起きました。

彼女がビザ代金として差し出した旧ドル紙幣が受け取り拒否されてしまったのです。これはイミグレ職員さんの意地悪でも何でもなく元から決められているルールで、壁にも「◯年以前のドル紙幣は受け付けられません」と張り紙がしてありました。

問題は彼女の手持ちの現金がそれしかなかったことです。旧100ドル紙幣一枚と、ビザ代には到底足りない数百円分のインドルピー。国境越えの際、旅行者はみな現金を使い切る努力をしますから、彼女の現状はよく理解できるものです。

職員さん曰く近くにATMは無いらしいし、そもそも入国許可を貰っていない人間をこの先に進ませる訳には行きません。

どうにもならなくなった彼女は再び泣き出します。いい大人ですし、普段からそんな泣き虫な訳ではないと思うんです。ただ限界を越えてしまっただけで。私もインドでメンタルを叩き割られたことがあるので、彼女の気持ちは痛いほどよく分かりました。

ので、問題の旧ドル紙幣を手持ちの新ドル紙幣と交換してあげました。動揺しすぎてすっかり忘れていましたが、そういえば持っていたのです。割と多めに。

彼女はようやく、笑ってくれました。「メルシー、アリガットゴザイマス」と涙を拭いながら。

結婚してくださいと思いました。

か〜んわゆい!キュン!


・・ですが、今まで伏せていましたが彼女小さな男の子連れの母子旅行でしたので、私のフォーリンラブは叶いませんでした。来年再婚するそうですよ。

ガッカリしましたか画面の前の野郎共。こんな可愛い人がフリーな訳がないでしょうが。せっかくここまで読んでワクワクキュンキュンしたのに残念でしたねや~い。


<10/10 カトマンズ着>

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カトマンズ着

そんなこんなで、夜行バスに乗り一夜明け、無事カトマンズに到着致しました。


次回はカトマンズ食い倒れ日記を書いて、その後はエベレスト街道トレッキング日記に行きたいと思います。


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<情報コーナー>

◯ ブッダガヤからクシナガラ(拠点ゴラクプール)

ガヤからパトナージャンクション駅まで列車2.5〜3時間くらい。パトナーJn駅南口を出た所からハジプール行きシェア力車多数待機、所要一時間、40ルピー。ハジプールからゴラクプールまで列車多数、所要4〜6時間。ゴラクプール・ジャンクション駅南側、徒歩5分の所にあるバスターミナルからクシナガラまでのローカルバスに乗り、運賃61ルピー、所要1.5時間くらい。ブッダガヤからだとゴラクプールよりクシナガラの方が近く、パトナーからクシナガラ近くの町までのバスなどもあるそうなので、それで行くのも良い。

◯ ゴラクプールの宿

ジャンクション駅南口を出た所に安宿っぽいものから中級ホテルまで10軒ほど並んでいるが、これらはほとんど外国人お断りだった。中級っぽいところはOK。地図を見る限りホテルは町中にも沢山ある。

◯ ゴラクプールからカトマンズ

まずはジャンクション駅南口すぐのバスターミナル(クシナガラ行きと同じというか隣と言うか。いくつかバスターミナルが並んでいる)から国境の町スノウリへ。インド出国、ネパール入国を済ませる。インド出国税無し。ネパールアライバルビザ取得可能。何年以前のだったか忘れたけど旧ドル紙幣は不受理なので注意。ネパール側イミグレ付近の旅行代理店、または5分ほど?歩いた所にあるバススタンドっぽい所からカトマンズ行きの夜行バスに乗れる。私が乗ったのは確か20:30発、AC付普通座席が600ルピー、所要10時間くらいだったか。昼便もある。

| インド | 10:47 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

仏陀悟りの地・ブッダガヤ


<10/1 ブッダガヤへ>

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ちょっくらインドに舞い戻ります。

行きそびれたけどまあいっかと思っていた四大仏跡ブッダガヤ(仏陀目覚めの地)が、今更になって気になって仕方が無いのです。ルンビニでの寺巡り&瞑想修行の影響であることは明らかです。影響されやすいんだからもう・・

と、いうのは理由の半分で、残りの半分はネパールビザ(一ヶ月)があと一週間で切れるので、出国ついでに再取得してしまおうというものです。ここからならブッダガヤも近いですし、丁度良いなと思いまして。

今度は間違えず3ヶ月のものを取得するつもりです。計4ヶ月は流石に使わないと思うのですが、インドも2ヶ月とか言って8ヶ月居ましたし、私の計画は全く当てになりません。残り日数だ延長料金だと気を揉むよりは、景気よく長いのを取ってしまった方が健康的です。



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17:30ごろ、ビールガンジ、国境ゲート

チトワンから国境の町ビールガンジまで参りましたが、予想外に時間がかかり日が暮れてしまいました。危うくイミグレが閉まるところだったではありませんか。いや何時に閉まるか知りませんけど、流石に24時間ではありません。

実際のところは、インド&ネパール人は両国間を自由に行き来できる関係からこの国境も24時間通り放題ではありますが、イミグレ職員が夜は普通に寝るので、そんなに遅く来られるとドアをガンガン叩いて貰うことになります。とのことです。イミグレ職員談。


さて、そんな訳でネパール出国及びインド再入国ですが、まずはネパール側イミグレにて出国税と思われる500ルピーの支払いを求められました。出国自体は何も聞かれず、スムーズでした。

続いては今年3回目となるインド再入国(初入国を入れたら4回目)ですが、私は前回取得したマルチプルビザがあと19日残っていましたのでそのまま再入国できました。出入国のしすぎで何か言われるかな?と心配しましたが、特に問題ありませんでした。



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馬車

ネパール側バスパークから国境までのつもりだった馬車が、国境を越えてインド側の町ラクソウルまで行ってくれました。全部合わせると結構な距離になりますので、乗って正解でした。

ただ、150ルピーの約束だったのに「思ったより時間かかったから1,000ルピー」とか言われたのはゴルァと思いました。さてはお前インド人だな。

まあでも確かに渋滞に巻き込まれて時間がかかったし、銀行にも寄ってもらったので、300ルピー渡しました。なんかブチブチ言ってましたが無視しました。



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ラクソウル・バスパーク

インドに入った途端に酷いクラクション地獄に落とされ、ああインドだなあって思いました。懐かしさじゃないですよ。純然たる憎しみです。



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パトナー行き夜行バス

で、そのままパトナー行きの夜行バスに乗り、



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パトナー駅

深夜2:10という如何ともし難い時間に着いてくれたバスを降り、そのままシェア力車に乗って鉄道駅に移動。



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ガヤ行き切符

早朝発のガヤ行き切符を購入できたので、時間まで駅で寝ました。


<10/2〜7 ブッダガヤ>

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ブッダガヤの宿「仏心寺」

パトナーからガヤへ列車で移動した後は、ガヤ駅からシェア力車に乗り、ようやくブッダガヤに到着しました。

ブッダガヤで泊まった宿は、ルンビニに引き続きお寺です。寺泊はお安いし、お寺であるが故に宿泊客のマナーも良いという素晴らしい環境なのです。施設内でお酒が飲めないのと肉類を持ち込めないのだけ悲しいですが、まあ短期間ですしそれくらい我慢しなさいよということで。

このお寺はお寺よりも宿坊の方が立派な建物で、そこそこの部屋数がありました。ドミトリーは写真の一室のみですが、これが屋根裏部屋みたいになっており太陽の恩恵をもろに受けているので、大変暑いです。なのにファンが普通の床置一台なので、そこから遠いベッドになってしまったら夜のうちに溶けて昇天する可能性があります。

ルンビニはもう秋の風が吹いていたのに、少し南下しただけでまた夏に逆戻りです。



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ブッダガヤはルンビニと同じ仏教の町ですが、かの町と大きく違うところはお寺エリアが町と完全に混ざっていることです。なので割と騒がしいです。

しかしお寺群はルンビニに負けず劣らず素晴らしいもので、各国のお寺を見て回るのは大変楽しかったです。日本のお寺もいくつもありました。やはり、故郷のお寺はホッとする雰囲気がありました。




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日本式のお大仏様もいました。



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マハーボディー寺院

ブッダガヤのメインとなるお寺はこちら、マハーボディー寺院です。

早朝(確か5:00開場)に行くと各国、各宗派の皆さんがそれぞれ違ったやり方でお祈りする光景が見られ、お寺中に響き渡り混ざり合う読経と相まって、腹の底に響くような凄まじい祈りの力・・とでも言うのでしょうか。なんとも表現しがたいですが、シビビッと来ました。こういうのパワースポットって言うんですかね。この言葉はもはや安っぽくなってしまって、あまり好きではないのですが。

なお、マハーボディー寺院の入場料は無料ですが、カメラの持ち込みは有料です。確か100ルピー。携帯電話やスマホは持ち込み禁止なので、サイフ(とカメラ)だけ持ってほぼ手ぶらで訪問するのが良いです。



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菩提樹

マハーボディー寺院は、仏陀がその足もとで悟りを開いたと言われるこちらの菩提樹を守るように建てられています。

実際には仏陀が出会ったその菩提樹はとうに天珠をまっとうし、その子孫も戦火により根絶えてしまっているので、各国に株分けされたそれから苗を逆輸入し、再びこの地に蘇らせたそうです。

そんな特別な木を前にして、巡礼者達は「やっと出会えた」と言うような表情を浮かべ、何度も目を閉じ祈りを捧げていました。

かくいう私もすっかり仏教に片足突っ込んでる(ような気になっている)ので、この樹の迫力にはひれ伏しそうになりました。今勧誘されたら入信してしまいそうです。



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ブッダガヤで食べたもの(インド式朝食セット、ターリー、マサラドーサ)

ブッダガヤは観光地になっているのでホテルや飲食店が多く、色んなものが食べられました。西洋料理やチベット料理なども。ですが、ほんの三週間ぶりですがちょっとインド料理が懐かしくなっていた私は、その辺を中心に楽しみました。



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パニプリ

あと、確かインドでは試さず仕舞いだったパニプリをようやく食べました。小さなカリカリプーリー(小麦粉生地を揚げたやつ)に穴を開け、中に芋などの具を詰めマサラ風味の酸っぱい汁をかけたおやつです。道端でよく売っております。

バングラデシュでも似たようなもの(フスカ)を食べ、具沢山で美味なそれにどハマリした記憶がありますが、ブッダガヤのパニプリは具が少なめでした。そしてかなりの汁ダクでした。マサラ入り酸っぱ汁なので一口目でゴフッとなります。トコロテンの一口目のように。



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店によってはお皿に盛ってくれるところもありますが、ほとんどの店はわんこそばのように次から次へと小皿に載せてくれるスタイルでした。で、5個とか決められた数に達したら終了です。その5個で10ルピー(16円くらい)とか20ルピーとかです。お安い。ので、宿へ帰る途中にあったパニプリ屋台全て(5軒くらい)に寄ってわんこパニプリを楽しみました。全部同じ味でした。



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スジャータ村

ブッダガヤから徒歩30〜40分ほどの場所に、小さくのどかで牛糞祭りな村があります。



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悟りを開くため何年もの厳しい修行に耐えた絶食ガリガリガリクソンの仏陀が、心身を痛めつけることでは悟りを得ることは出来なさそうだぞコレと気付きフラフラヨレヨレ歩いていたところ、この村に住むスジャータという娘さんが乳がゆを食べさせてくれたそうです。

で、身体が多少回復した仏陀はその足でブッダガヤまで歩き、件の菩提樹の下でついに悟りを開いた、というそんな伝説のある村です。現在はそのままスジャータ村と呼ばれています。


私インドで何度か乳がゆを食べたことがありますが、美味しいです。甘くて優しくて温かくて。コンデンスミルクのリゾットみたいな味なので、甘いものが苦手な方には辛いかもしれません。仏陀が食べたそれが本当にコンデンスミルク味だったのかあるいはマサラ味だったのかは今更知る術のない事なので、これが悟りの味かあなんてことは言えませんが、ちょっと以下の話を聞いてください。

ルンビニで瞑想修行をした際の話なのですが、初日だけ乳がゆが出たんです。それが大変美味しかったのでこれから毎日食べられるのかなあなんて喜んだのですが、その後一切出なったんです。そして何故かポップコーン地獄が始まったんです。そんな日々にすっかりウンザリゲンナリしていたら、最終日にまた乳がゆが出たんです。「粋な演出をしなさる」と感動しました。そんだけ。



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どことなくマーラ感のある犬

ある程度観光を済ませた後は、ブッダガヤでは少しゆっくりすると決めていたのでそのようにしました。

瞑想修行時の癖でうっかり夜明け前に起き出しては近所を散策し、日本寺の朝のお祈りに参加しようとしたら何か学生さんの団体が来ていたのでビビッて逃げ帰り、午前中は宿でブログを書き、気分転換にお寺巡りをし、またブログを書き、息抜きに宿にあった聖☆おにいさん(漫画)を読んだら既に何回か読んでいるはずなのに最近蓄えた仏教知識のおかげで抱腹絶倒、引きつけを起こすレベルで笑いが止まらなくなり宿の人に心配されるという、大変愉快で充実した日々を過ごしました。

あと、また謎の高熱を出したりもしていました。ルンビニでのそれに引き続き、下痢を伴う39度近い発熱です。今回は嘔吐のオマケつき。また後日書きますが、カトマンズでも同様の症状に見舞われたので多分何かしらの感染症だったんだろうなと思います。抗生物質を飲んだので現在は(多分)完治しております。


そんな感じのブッダガヤでした。

次は四大仏跡最後の一つ、クシナガラ(仏陀入滅の地)に参ります。


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<情報コーナー>

◯ チトワン(サウラハ村)からビールガンジ

サウラハからハイウェイ(サウラハ・チョーク)までミニバスで25ルピー、所要20分くらい。サウラハ・チョークからビールガンジ行きのバスを捕まえ230ルピー、所要5時間少々。

◯ ビールガンジ/ラクソウル国境越え

ビールガンジのバスパークから国境まで5キロほど、国境からインド側の町ラクソウルのバスターミナルまで2キロほど離れているので、私は馬車をチャーターし300ネパールルピー払った。力車やサイクル力車もある。夕方のためか道がかなり混雑しており、国境越えだけで一時間以上かかった。
ネパール側、インド側共にイミグレはかなり小さく簡素なもの。ネパール出国時に出国税と思われる500ネパールルピーを支払った。

◯ 国境からブッダガヤ

私の場合はラクソウルのバスターミナルからパトナーまで夜行バス20:20発、AC付普通座席が運賃260ルピー、所要6時間少々だった。パトナーからガヤまでは列車で2時間半くらい。ガヤからブッダガヤまでシェア力車20ルピー、30分少々。ブッダガヤまでの力車は途中で別の力車に乗り換えさせられたり、ブッダガヤの中心まで行かずジャンクションで降ろされたりするので注意。

◯ ブッダガヤの宿

「仏心寺(沸心寺)」
ドミ一泊180ルピー。トイレシャワー付きの個室は400ルピーとか言ってた気がする。Wi-Fiはあるが有料、私は使わなかったが、確かそんなに高くなかったと思う。広いキッチンと冷蔵庫あり。使用料は寄付制。日本寺なので日本人の住職さんがいらっしゃるが、私が行ったときは残念ながらご不在だった。

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