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クルナ② バゲルハットの世界遺産


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BIWTCヘッドオフィス

本日はダッカ行きの老船・ロケットスチーマーに乗るべく、朝イチでチケットを買いに行きました。昨日聞きに行った港は少々遠いので、本日訪ねたのは偶然にも宿と同じ通りにあったヘッドオフィスです。

が、

オフィスの人「今日は船ないよ。」
「週一運航で木曜だけだよ。」
「次回は7/5。(5日後)」


とバッサリ斬られてしまいました。

昨日港で言われた「イエース!トゥモロートゥモロー!」は何だったのでしょう。


しかし、ここからもう少し南下したモレルガンジという町に行けば、月曜朝の便に乗れるそうです。明後日です。クルナは始発駅ですが河の水量の関係で時期によってはここまで船が来られず、途中駅のモレルガンジなら年中・ほぼ毎日運航しているそうで。

しかし本当に明後日乗れるのか、当日でもチケットが買えるのか、早めに予約しないと満席になるのでは?と大変不安だったので、クルナのヘッドオフィスからモレルガンジのオフィスまで電話予約を入れてもらいました。実際そういうサービスはしていないっぽいのですが、私があまりに必死の形相をしていたからか、助けてくださったのです。

私一人なら乗り損ねようが何日待たされようが構わないのですが、今回は相方ちゃんがおり私の乗船希望に付き合って貰っている形なので、ある程度計画的にいかなくては振り回してしまいます。彼女は「私は何でもいいですよー」と言ってくれるのですが、そうはいっても、そうもいかないではありませんか。

ここ数年ずっと他人との密な関わりを避けて生きてきたので、人との距離感がうまく掴めない情けない私でございます。



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モレルガンジには明日移動するとして、今日一日は暇なのでクルナ近郊の世界遺産を見に行きたいと思います。

そのためにバスターミナルまで歩いて移動したのですが、昨日の列車に引き続き私達外国人はまあ目立って目立って目立ちまくって芸能人か?というくらい声をかけられまくってしまいました。

上の写真をよおーくご覧ください。

お気づきだろうか・・バングラ人ほぼ全員が笑顔全開でこちらを見つめている事実に・・・

私はもう動悸息切れ目眩酸欠で倒れそうです。この国怖いです。こっちを!見るんじゃない!



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チャー休憩

インドでお馴染みのチャイは、この国ではチャーと呼ばれているようです。

お味はインドのそれとよく似ていますが、インドではチャイ=ミルクティ一択だったものが、ここではミルク入りかストレートかたまに聞いてもらえます。また、インドのチャイはショウガやカルダモンなどスパイス入りのお店も多かったのに対し、バングラのそれはシンプルなミルクティです。濃厚ですごく甘いのは、コンデンスミルクか何かを使っているのかなと思いました。

別の露店で珈琲を頼んだ際は、紅茶にインスタント珈琲の粉を入れて「はい珈琲」と出してくれたので驚きました。中々にがらっぱちな作り方ですが、紅茶の香りがする珈琲は意外と悪くなかったです。



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町の至る所にブラジルとアルゼンチンの国旗があるのでなんじゃらほいと思いガン見隊に聞いてみたら、サポートがどうとか言っていたので「ブラジルとアルゼンチンの政府がバングラデシュの経済支援をしてくれているのかな?」とか思っていたら、



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「俺たちブラジル・アルゼンチンのサポーター!!」

が正解でした。

世界は現在ワールドカップに大熱狂中。自国チームが出場していないバングラの皆さんは、ブラジルとアルゼンチンを特に応援しているのだそうです。

バングラデシュでテレビが一般化された頃にちょうどマラドーナさんが選手として大活躍中で、そこからの流れで現在もアルゼンチンチームが大好きなんだそうで。ブラジルは何故か分かりませんが、きっと強くて格好良いからなのでしょう。

あと、「同じアジアチームとして日本も大好きだよ!応援してる!」と皆さん言ってくださいました。わたくし大変申し訳ないことにサッカーには詳しくないのですが、自国のチームを応援してもらえるというのはこんなに嬉しいことなのですね。



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本日出会った風景



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渡し船

目当てのバスターミナルが川の向こうだったので、渡し船に乗りました。3タカ(4円)でした。そしてまさかの立ち乗りでした。大して揺れはしませんが、ちょっと恐ろしかったです。



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本日のお昼ごはん

対岸に着きましたが、バスに乗る前に腹ごしらえです。本日のお昼ごはんはチキンカリーとフィッシュカリーにしました。バングラデシュでは、カリーのことをトルカリと呼ぶそうです。

インドカリーとは少し似ているけど少し違って、ちょっとカリー風味がする煮物みたいなお料理でした。どちらかと言うとスリランカカリーに似ています。塩気があるのと結構な辛さなのとで、ご飯がよく進みました。



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到着しました。世界遺産です。

世界遺産という四文字ばかりに注目するのもなんですが、名前がよく分からないので四文字呼ばわりでご容赦ください。クルナ近郊にあるバゲルハットという町の、4~6キロほど手前にある古いモスク群です。「バゲルハットの遺跡群」とかそんな感じの名前でしょうか。

なお、バングラデシュにはここの他にもうひとつ世界遺産と、自然遺産があります。その自然遺産とは世界最大級のマングローブ林を誇る国立公園で、是非是非是非行きたかったというか個人的にバングラ旅最大のハイライトだったのですが、季節が合わず行けませんでした。現在雨季真っ盛りでモンスーンやらアジエンスーンやらが吹き荒れており、ボートツアーが出ていないようなのです。

そんなわけで、正直だいぶやる気をなくしているバングラ旅2日目の今日です。



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シャッド・ゴンブズ・モスジット 

話が逸れた上になんだかテンションが下がってしまいましたが、バゲルハットの世界遺産です。こちらは「シャッド・ゴンブズ・モスジット」という名前で、「60個のドーム」という意味だそうです。

が、



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(博物館にあった模型)

77個ありますね。


・・どういうこっちゃと半日頭をかかえてしまいましたが、このあと知り合った地元バングラ人男性が素晴らしいヒントをくれました。

実はこの「シャッド・ゴンブズ・モスジット」という名前は、発音の仕方によっては「ドームの屋根」または「60の柱」という意味にも聞こえるそうで、実際屋根はドーム状だし、柱は60本あるらしいし、そちらの意味なら何も間違っていないのです。

つまり、「二つが混ざって違う意味の名前になっちゃったんじゃないかな」ということです。

ものすごくスッキリしました。地元の人の話を聞くというのは素晴らしい体験であり、最高の授業ですね。



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その後も別のモスクを見学したり、ヤギの喧嘩を見学したり、木こりのお仕事を見学したりしながら歩き、



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3キロほど離れた別の世界遺産エリアへ。

その間に出会った地元バングラ人の皆さんも、例に漏れず大変フレンドリーでした。大人も子供も目が大きくて、瞳がとても綺麗なのが印象的でした。


ところで先程からずっとバングラ人と書いておりますが、バングラデシュとは「ベンガル人の国」という意味であり、バングラデシュ人(を勝手に略してバングラ人)とは「ベンガル人の国の人」という意味になり、要するにベンガル人であり、じゃあベンガル人って書けばいいじゃんと言われるとバングラ人のベンガル人とインド人のベンガル人は同じベンガル人でもちょっと性質が違う感じがしますから、ベンガル人と書くとどこガル人なのか分からないしバングラ人って書いた方がバングラ人のベンガル人って事が明確になり分かりやすいんじゃないかな〜

・・という上の文章がややこしすぎて何回も読み直してしまった方!

もっと時間を大切に使った方がいいですよ。



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カーン・ジャハーン・アリ廟

また話が逸れましたが、世界遺産です。こちらはこの辺りを治めていた人のお墓です。

お墓ですがご覧の通りの明るさで、人々の憩いの場となっています。サッカーボールも飛びまくりのぶつかりまくりです。お墓だっつーに。



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廟の隣には大きな池があり、沐浴をしている人がいました。沐浴というか水浴びというか。どうもただの風呂代わりっぽいです。

そしてここで、一人のバングラデシュ人男性と知り合いました。日本語を流暢に話されるJさんという方です。日本人の奥様がおり、ご本人もずっと日本で働いていらっしゃるそうです。



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Jさんが周囲の村を案内してくださいました。

最初の世界遺産エリアからここまで歩いたときにも思いましたが、この辺りは実にのどかで雰囲気が良いです。

以前はこの辺り一帯に何百ものモスクがあったそうですが、今はほとんど残っていません。しかしそのわずかに残ったモスクが現役で使われていたりして、歴史の舟の上に現代の人々がそっと乗りこんで移動しているような、ゆったりした時の流れを感じます。



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村と遺跡の見学を終えて廟まで帰る途中、「ワニが出たぞ~」との連絡を受けて見学に行かせて貰いました。何でも、近くの池に巨体なワニが住んでいてときおり顔を見せてくれるそうなのです。



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ワニです。

いやワニはいいのですが、近くないですかこれ。大丈夫なんですか。



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先程の池

しかもこの池、どう見ても先程地元民が沐浴していたのと同じものなのですが。

私「襲われたりしないんですか?」
Jさん「何年かに一回ガブリとされてますけどね〜(笑)」


笑い事なんでしょうか。



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ワニとごはん(捌いてからあげていました)

この池には元々ワニが住んでいて、しかしその子は数年だか数十年前だかに死んでしまったのだそうです。

で、ワニがいなくなったことを寂しく思った地元民が、わざわざどこかから連れてきて放流したのがこの子なんだそうです。この子以外にももう一匹いて、二人して地元民に大変愛されているのだとか。ときおり食われているにも関わらず、何故その愛を貫けるのでしょうね。分からない世界です。



帰りはJさんがバス乗り場まで案内してくださり、無事クルナに戻って来ました。

本日はW杯・フランスvsアルゼンチン戦の夜。バングラ人達は皆町中の電気屋だったり即席スクリーンだったりを固唾を飲んで見守っていましたが、試合終了後は、昼間の破顔大笑が嘘のようにションボリしていました。


明日はモレルガンジに移動します。


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○ クルナ発のロケットスチーマー

http://www.biwtc.gov.bd(BIWTC公式サイト)

時期や天候によってスケジュールが変わるので、上記URLに載っている運行表は正確ではない。私が旅した6月下旬は週一、木曜のみの運行だった。モレルガンジ発なら日曜以外のほぼ毎日運航していた。

○ バゲルハットの世界遺産群

クルナ市街地東側のRupsaガートから渡し船で対岸に渡ると、バスターミナルがある。運賃3タカ、所要2分くらい。バゲルハット(Bagerhat)行きのバスに乗り、バゲルハットの町から4~6キロ程手前の遺跡群前で降りる。運賃50タカ、所要一時間くらい。60ドームモスクがあるエリアと霊廟の村は3キロほど離れているが、力車が何台も待機しておりシェアだと一人10〜20タカくらいで行ける。
ジャッド・ゴンブズ・モスジットのみ有料で、200タカ。その他は無料。

| バングラデシュ | 22:55 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

バングラデシュへ


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本日はバングラデシュに参ります。

いつもはのんびり気楽な一人旅ですが、今日からしばらくは二人旅です。コルカタで知り合った日本人女性もこれからバングラ入りだというので、じゃあ一緒に行きましょうかということになったのです。



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コルカタからバングラデシュは、

① コルカタ→バングラの首都ダッカ行きの国際バス
② または国際列車
③ 列車とバスを乗り継いでちんたら行く


などの方法があるようです。

分かりづらい図を描いてしまいましたが、通過国境は全部同じバンガオン→ベナポールです。私達は今日はダッカまで行かないので、③の方法で楽しく旅して参りたいと思います。



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コルカタ・シアルダー駅

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バンガオン行き切符、一人20ルピー

まずはコルカタ・シアルダー駅から国境の町バンガオンまで参ります。

インドの鈍行は時刻表なんてあってないようなものなので、そして掲示もされていないので、窓口で列車の時間とプラットホームを聞きました。30分ほど待てば目的のバンガオン行き列車が来るようです。



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10:05バンガオン行き列車

15分ほど遅れて列車が来ました。そしてここでチベット仏教僧侶のバングラデシュ人と知り合い、彼もこれからバングラ入りするとのことなので一緒に行くことになりました。バングラデシュはイスラム教徒が全体の9割を占める国ですが、なかなかレアなお人と知り合えました。



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12:20ごろ バンガオン駅到着

2時間少々で国境の町、バンガオンに到着しました。ここまで隣席のお坊さんが延々喋り続けてくれたので、わたくしは既に大分疲れております。

お坊さんはFacebookアカウントを3つ持っており、メールアドレスも3つ持っており、その他にも電話番号2つやよく分からないSNSアカウントを色々持っており、ついでにユーチューバーでした。そして何故かその全てを私のメモ帳に書き出してくれたので、四方八方から連絡し放題です。しませんけど。

この時は時代の波に乗ったお坊さんなんだなと思いながら聞いていましたが、今にして思えば彼はお坊さんではなく、チベット仏教を信仰する一般の人だったかもしれません。袈裟を着ていたので巡礼者さんとか。



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バンガオン駅から国境までは歩いて行くには少し遠いため、お坊さんと3人でオート力車に乗りました。一人50ルピーで、20分くらいでした。



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インド側イミグレーション

ここからはイミグレエリアということで写真撮影は控えましたので、文章のみでお送りします。

まず写真のゲートをくぐると両替屋が二、三軒あり、レートがとても良かったので数日分のバングラ資金をこしらえました。2,000ルピーが2,400タカ(3,200円くらい)になりました。その後のインド出国は大変スムーズで、にこやかな管理管と世間話なぞしながら出国スタンプを貰いました。

バングラデシュはインドより30分先を生きていますので、時計の針を進めて現在時刻は13:00です。



続いてバングラデシュ入国審査です。インド側イミグレとバングラ側イミグレは隣同士ですので、そこら辺にダラッと並んで談笑している警備員(ライフル付き)と挨拶を交わしながら水溜まりだらけの道を移動しました。僻地感出とるなと思いました。

バングラ入国にはビザが必要で、コルカタのバングラ大使館などでも取れるそうですが、アライバルも取れるとのことなので私達は手ぶらで来ております。が、これの取得に少々手こずりました。

まずバングラ入国審査会場(及びアライバルビザ申請会場)はどれが窓口なのか、どこに並べばいいのか、というか誰も並んでないぞ何だこの混沌とした空間は・・という感じのおよそイミグレーションとは思えない雑な作りで、大変戸惑いました。が、なんとか入国カードとアライバルビザ申請書類を入手しました。

続いて、「日本人はビザ無料」と聞いていましたが、50ドルほど要求されました。が、なんやかんやで無料になりました。何がどうなってそうなったのかはよく分かりませんでしたが、他の国の人達は有料だそうなので、不当請求とかではなくその辺の手違いだったのかなと思っています。日本人も有料にしてくれて良いんですけどね。特別扱いは心苦しいです。

アライバルビザ申請書類には、

・滞在予定都市名→未定なのでとりあえずダッカとクルナだけ。
・ホテル名→行くか分からないけどダッカの日本人宿。
・出国予定国境名→未定なので可能性がある所を二ヶ所ほど適当に。
・滞在予定日数→最大28日と誰かが言っていた気がするので28日間。

などと記入し提出したら、見事に全部突っ込まれました。

適当な気持ちで適当に書いたので少々焦りましたが、こういうときの私は口八丁がペラペラ展開し非常に頼りになるので、何やかんやで乗り切れました。窮鼠猫を丸め込むとはこの事です。ちなみにビザは30日分貰えました。28日とはどこで聞いたデマだったのでしょう。

アライバルビザ取得からの流れで入国審査も無事通りましたが、このとき年齢と結婚歴を聞かれ、アラサー独身である事実を伝えたら「シングル~(独身)!?」と叫びながら入国スタンプを押されました。信じられないものを見るような顔をしていました。「独身だから入国不可」とか言われなかったのは幸いでしたが、何にせよ余計なお世話だバッキャロー。

でも実はイスラム教の国ではその辺がかなり重要で、独身女性の一人旅とかだと入国拒否されたり宿泊拒否されるホテルもあるそうです。基本的に女性の一人旅は許容されておらず、入国時にもホテルの宿泊記録にも、後見人として父親か夫の名前を書かなければいけない様なお国柄なのです。なので念のため、「日本に恋人がいて来年には結婚する予定なんですぅ」という嘘をついておきました。すごく空しかったです。


そんなこんなで、入国が完了した時にはすでに14:45でした。ビザ申請と入国審査だけで2時間近くかかってしまったことになります。なお、時間がかかるというのは事前に聞いていましたので、お坊さんとは既にお別れし先に行って貰っております。



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今日はこちらのクルナという町まで行きたいので該当のバスを探す予定でしたが、イミグレの人が「15:30に列車があるからそれで行ったら?」と教えてくれたので、力車で駅に移動しました。



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ベナポール駅、本日の列車

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クルナ行き切符、45タカ(60円)

そして窓口で切符を買い、列車に乗り込みました。鈍行の普通席です。

バングラデシュは観光客が少なく、フレンドリーで好奇心旺盛なバングラ人の性質も相まって「滅茶苦茶注目されるぞ覚悟しろ」という話は聞いておりましたが、想像以上でした。

同じ車両の人達が全員(大袈裟な表現ではなく本当に全員)こっちをガン見してくれ、うち10人くらいはわざわざ立ち上がって私達の座席を取り囲み、話しかけに来てくれたのです。すごく嬉しそうな、人懐っこい笑顔で。言葉の壁なぞものともしない、キラッキラの好奇心で。しかも目が合っても絶対に逸らさない鬼メンタルです。インド人ですら5秒も待てば逸らすのに。

ちなみにでございますよ。ちなみにではございますが台無しなことを申し上げますと、「来てくれた」というのは「来やがった」と書くのもアレなので穏やかな表現をしているだけで、私は決してこの状況を喜んでいるわけではありません。私は人見知りで対人恐怖症で視線恐怖症で集団恐怖症の気があるのでこういうの怖いんですよ。ものすごく。もの!すごく!!

・・と発狂しそうになりましたが、今日の私には強い味方がいました。今朝から一緒の相方ちゃんです。

彼女は英語は得意ではないものの、コミュニケーション能力とフレンドリー力が凄まじかったのです。私もいい大人ですのでどんなに恐ろしくても笑顔で対応するくらいのことはしますが、本物の笑顔の前では作り物の笑顔など無力です。

言語能力は多少あるもののそれを全く活かせない陰気な私と、言葉の不利をその他の能力でカバーしてしまうお日様の様な相方ちゃん。

住む世界が違うとはこのことかと、ちょっと絶望を覚えた午後でした。



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車窓から見た風景

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車窓から買ったおやつ

ちょっとした現実逃避がてら、車窓風景と食べたものの写真を載せておきます。

バングラデシュは(シンガポールなどの都市国家を除くと)世界一の人口密度を誇る国で、人口数そのものも世界第7位です。wikipedia先生調べ。なのでそこら中が人だらけで町だらけかと思いきや、車窓からの景色は実にのどかでした。線路脇の小さな村に暮らす人々の生活などが垣間見えたのも、大変良かったです。

下の写真は、途中停車駅のホームで車窓から買ったスナックです。すぐ近くにこれを作って売っている人がいて、とても美味しそうだったのでジッと見ていたら、窓の外にいた人が「欲しいの?10タカだよ」と言って代わりに買って来てくれたのです。全くの他人とこういうやり取りが出来るのは素敵だしありがたいし、とっても温かい事だなと思います。



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18:45ごろクルナ着 

3時間少々でクルナに到着しました。

ここクルナに来た最大の目的は、ロケットスチーマーというオンボロ船に乗ることです。クルナからダッカまで河を登り、一泊二日で繋いでくれるそうでして。

クルナは始発港で、出発は深夜と聞いたので上手くすれば今日このまま乗れるかな?とバックパックを背負ったまま港に行ってみたのですが、残念ながら本日は休航日でした。「明日は出ますか?」と聞いたら「イエストゥモロートゥモロー」と返って来ましたので、お楽しみは明日までお預けです。

まあ明日も結局乗れないんですけど、その辺はまた明日の日記で。



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本日の宿

という訳で、本日はクルナに泊まります。

シングルよりツイン二人割の方が安価なため、そして相方がいる以上あまり汚い所に付き合わせる訳にもいかないため、いつもより綺麗なホテルに泊まれてちょっとラッキーでした。



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本日の晩ごはん

宿近くの小さな食堂にて、隣の人が食べていた謎のお料理を「これください」と言って頂きました。メニューが読めず英語も伝わらず、八方塞がりだったものですから。サクサクの豆だか米だかに、茹で玉子やパクチーを散らしてライムを絞ったお料理でした。大変好きなお味でした。

この後もう一品、肉のミンチを挟んで揚げた大きくて平たい春巻きみたいなものも食べたのですが、写真が残っていませんでした。最近メモリーカードがご機嫌ナナメみたいで、撮ったはずの写真が度々消えるのです。早く買い換えなくては。


明日はクルナ近郊にある世界遺産を見に行きます。


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<情報コーナー>

○ インド・コルカタからバングラデシュへ陸路国境越え、クルナまで

(1)コルカタ・シアルダー駅から国境の町バンガオンBangaonまで鈍行で2時間、20ルピー。

(2)バンガオン駅から国境まで力車20分くらい。私は3人でシェアし一人50ルピー。5、6人まで集まればもっと安くなる。

(3)インド側バンガオンからバングラデシュ側ベナポールBenapoleまで徒歩で国境越え。

・インド側イミグレの敷地内にある両替屋はなかなかレートが良い。
・インド出国はスムーズ。出国税など無し。
・バングラ入国は、ビザを事前取得していない場合はその場でアライバルビザ申請。入国カードとビザアプリケーション(A4用紙1枚)記入、写真などの提出物は特に無し。ビザ代金無料。1~2時間かかる。

(4)国境からベナポール鉄道駅までシェア力車で10分くらい、20ルピー。なお、バスターミナルも駅のすぐ近くにある。

(5)ベナポールからクルナまで列車45タカ。私は15:30発の列車に乗り、18:45くらいにクルナに着いた。イミグレの人いわく、列車の本数は少なく一日2、3本とのこと。バスで行く場合は、途中のジェッソールで一度乗り換えとのこと。


○ クルナの宿

「Hotel Jalico」
AC無し、トイレ冷水シャワー付きのツインが一室1,200タカ。朝食つき。ファンあり。Wi-Fiは一応部屋でも使えるが非常に弱く遅い。レセプションは英語が通じる。駅、港からは徒歩15分くらい。BIWTC(ロケットスチーマー)ヘッドオフィスと同じ通りにあるので、これを利用する人には便利かも。AC付きの部屋もある。

| バングラデシュ | 21:23 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

南インド及びこれまでのインド旅ルートまとめ


表題の件についてまとめたいと思います。


<北インドまとめ>

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以前一度載せた画像ですが、とりあえず北インドのおさらいです。今年の1月13日にコルカタから入国し、大体2か月半くらいかけて北インドを周遊しました。



<南インドまとめ>

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南インドルートのまとめです。北インドマップとは縮尺が違いますので、その点ご了承ください。

3月24日にムンバイを出て、4月10日までの2週間ちょいで南インド旅を一旦打ち切り、スリランカに飛びました。そしてスリランカでインドビザを再取得しました。前のビザは東京で取った6ヶ月マルチプルでしたが、ちんたらしていたせいで入国時点で残り3ヶ月しか残っていなかったのです。

その後、3週間のスリランカ周遊を経て5月1日にインドはチェンナイに帰還。そこからまた南インドをぐるっと回り、6月23日にコルカタに戻って来ました。最後の方はだいぶスピードダウンしてしまったので、甘えすぎたと反省しております。



<南北まとめ>

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これまでのルートまとめです。

2018年1月13日スタート、4月10日~5月1日までスリランカを挟み、その後5月1日から6月23日までのルートです。スリランカを除くと、インドに費やした日々はトータル5ヵ月半くらいということになります。



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次の目標

そしてインド旅はまだまだ続きます。

本当に広いですねこの国は。広いしインドだしインド人だしで、私はもうグッタリでございます。

・・などと言いつつ、5ヶ月半ぶりに戻ってきたコルカタは意外と普通というか「あれ?もっとうるさくなかったっけ?インド人もっとしつこくなかったっけ?」と思ったので、私もだいぶ慣れたんだろうなと思います。



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そんなわけでいつでも北東インドに挑める状態なのですが、近くにバングラデシュがあるみたいなのでちょっと寄り道して行こうと思います。

次回からバングラデシュ編です。


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| インド | 22:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

プリー滞在日記


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プリー風景

プリーはツイッターにて「有名な日本人宿と良い感じの遺跡がありますよ」と教えて頂いた町です。教えて頂いた方々、ありがとうございます!

この町は上記日本人宿の居心地の良さと町ののんびりさから、つい長居してしまう町として有名だそうです。しかし根暗かつ対人メンタルの弱い私はそもそも日本人宿に恐怖心を抱いているため、まあ4,5泊くらいが限界かな?

・・と思っていたのに気づいたら2週間滞在していました。

恐るべしプリー。伝説の沈没地よ。



<日本人宿・サンタナロッジ>

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日本人宿・サンタナロッジ(2018.06現在改装工事中)

沈没ってほどでもないけど沈没の原因を紹介します。「プリー」で検索したら皆だいたい同じ言い訳をしていますから、以下は別に読まなくても大丈夫です。


まず件のサンタナ・ロッジ。シーズン中には日本人のお友達に溢れ皆でワイワイ!つい長居!とのことですが、私が行ったときはほぼ誰もいませんでした。

しかしそんな静まり返った環境は寂しいどころか滅茶苦茶快適で、さらに宿泊費は朝食・夕食・チャイ2杯付きで300ルピー(480円くらい)という破格。ついでに徒歩数分のところに酒屋があったものですから、ついのんびりへべれけっとしてしまったのでございます。あとはまあ、コルカタに戻るのが嫌すぎたというのも若干。



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宿の犬

宿にはワンコがいます。

何故かカメラが大嫌いで全然撮らせてくれませんが、でっかくて可愛くてなつっこくて臭くて時々荒ぶって噛みついてくるシェパードです。一度洗いましたがまたすぐ臭くなりました。飼育環境が良くないです。



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野犬

宿の前にたまにいるこの子も大変大人しくて可愛らしいです。



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サンタナ・ロッジの本棚の一部です。何故か諸星大二郎先生の名作「マッドメン」が全面に押し出されていました。どこの旅人の犯行か知りませんが、この人とは良い酒が飲めそうです。



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朝ごはん

朝ごはんは宿泊費に含まれます。下の写真の奥は別料金の自家製ヨーグルト15ルピー(25円)です。自家製プリン30ルピーというのもあり、どちらもとても美味しいです。



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昼ごはん

昼ごはんを食べたい場合は別料金です。和洋中豊富なメニューから注文する形で、そこそこ量があるのが嬉しいです。親子丼が美味しくて懐かしかったです。



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晩ごはん

晩ごはんは宿泊費に含まれます。日替わりですが、こちらも日本食や中華っぽいメニューが多くカリー色に染まった身体が洗われるようです。ちなみに下はマサラ・ラーメン。要するにカリーです。一週間かけて洗った身体は一回のマサラで元に戻ります。



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町中のカリー屋のターリー

さらに町に出るとカリーの良い匂いがするため、つい食べてしまいます。そして食べた後で「やっぱ飽きてるな」と思うのです。



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サンタナ・ホテルとフィッシュカリー

サンタナ・ロッジから徒歩5分ほどの所には姉妹店のサンタナ・ホテルがあり、ここのカリーも大変美味です。私が食べたのはフィッシュカリーですが、他の旅人の方はサンタナスペシャルチキンみたいな名前のお料理が滅茶苦茶美味しかったと言っていました。



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酒です。



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2週間後です。(一部です。)



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上記サンタナホテルの裏にはバーがあり、一応覗いてみましたが異様に薄暗くて不気味だったので止めました。あとホテルの屋上にも別のバーがあるとの噂でしたが、そんなものは影も形もありませんでした。

インドは宗教の関係で基本的に禁酒傾向にあるため、バーはどこも薄暗くて入り辛いし、酒屋は小さくて地味で見つけるのに苦労します。「ウォッカをくれ・・全てを忘れられるくらい強いヤツをな・・・」とか言うと店員さんが棚から取って渡してくれるシステムなので、値段の比較などがしにくいのも難点です。

比較的明るめの酒屋もあるにはありますが、基本的には小さな店の小さな窓に鉄格子がはめられ、そこに大量のインド野郎共が群がっています。朝になるとそこらへんにアル中の泥酔インド人が転がっているのも「この国ヤベえ」感に拍車をかけており、さらにアル中ではない普通にお昼寝しているだけのスヤスヤインド人も混ざっているため、カオスは広がる一方です。

一方、私の個人的見解ではありますが、ディウやポンディシェリなどの酒税が安い町、あるいは国内外から観光客の集まるビーチの町などは、比較的買いやすい雰囲気の酒屋が多いような気がしております。プリーもそっちの傾向です。

まあ全ての町の酒屋をチェックしている訳ではないので、実際のところは分かりませんが。ここ2ヶ月ほどうっかり飲んだくれているだけで、わたくし旅中は基本的に禁酒傾向なんですのよ。信じてもらえないかもしれませんけども。



<コナーラクのスーリヤ寺院>

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本日の相棒(犬じゃない方)

毎日飲んだくれていただけと思わないで頂きたい。私はこう見えてもちゃんと観光はしていたのです。

本日の目的地はコナーラクという町です。

プリーから30キロほど離れたコナーラクにはスーリヤ寺院という世界遺産がありまして、「エロ遺跡で有名なカジュラホよりよっぽどエロいので是非!」とまるで私がエロ遺跡を探求しているみたいなご推薦を頂きましたので、若干腑に落ちない気持ちではありますが念のためその辺りも確認して参りたいと思います。目的はあくまで遺跡であってエロではありません。よしなに。



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先述の通り、プリーからコナーラクまでは片道30キロほどありますが、まあ平坦な道だしアスファルトだし木陰が多いし余裕ですわ~



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とか思っていたらサンタナのレンタルチャリがうんこちゃんでしてね。

ご覧の通りチェーンがユルユルなため15分に一回は外れるし、酷いときには5分刻みで外れるし、ギュリギュリとすごい音がするのでこれ切れるんじゃないか?とおっかなくて力を入れられないし、思いの外過酷なサイクリングとなってしまいました。あと日焼け止め対策が甘すぎて顔と腕が丸コゲになりました。



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そんなこんなで片道3時間ほどかかってしまった、汗だく遺跡のスーリヤ寺院です。

スーリヤ寺院とは、

インド・オリッサ州コナーラクにある、ヒンドゥーの太陽神スーリヤを祀る寺院である。7頭の馬に曳かれる馬車に乗っていたという太陽神スーリヤの話がインドの古代文学である『ヴェーダ』にあるが、スーリヤ寺院にはそれをモチーフにした馬車が彫刻として残っている。高さ3mの車輪が基壇に彫られ、その数は24に及ぶ。

とのことです。Wikipedia先生より。

そんなスーリヤ寺院は世界遺産なので、500ルピー(800円)という強気の値段設定です。しかし、一部観光客からは「500ルピーの価値あんの?」なんて声も聞こえて来ています。


が、



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良かったです。

修復中なのか肝心の本殿がしっかり見られなかったのは残念ですが、壁面をビッシリ埋め尽くす彫刻は精巧だし、24輪あるという巨大車輪がめちゃんこ格好良いし、今にも遺跡ごとゴトリと動き出しそうなワクワク感があります。素晴らしいではないですか。



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よく見るとキャッとしたおっちゃんも紛れています。



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件のエロ彫刻も沢山ありました。技ありですね。

ところでこういう部分の写真を撮っていると周りのインド野郎共が必要以上にニヤついている気がしてすごくイラッとするんですけど、気のせいかもしれないと思い勇気を出して振り返ってみたら誰もこっちを見ていなくて「あ、気のせいだった」と思いました。



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帰宅後のビールが最高でした。



<雨の日のプリー>

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雨季ですので雨がようけ降るんですけども、雨の日のお散歩も割と好きなのでたまに出掛けていました。



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雨宿りアニマルズ

こういうのが見られるのが雨の日の楽しさです。



<ジャガ様>

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ジャガンナート寺院

プリーはヒンドゥー教の聖地の一つです。実際にはヒンドゥー教とは特に関係がないジャガンナートという神様(略してジャガ様)を祭っていたのですが、

ジャガンナートはヒンドゥー教の神である。元はインド洋東岸オリッサ地方の土着神だったが、後にヒンドゥー教に習合されヴィシュヌ神の化身の一つであるクリシュナと同一視されるようになった。

Wikipedia先生より。

という事情からヒンドゥー教の聖地ということになっております。要するに横取りされたわけですね。



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上記ジャガンナート寺院には異教徒及び外国人は入れないので、サンタナホテルに何故かあるジャガ様の写真を載せておきます。地方の売れないゆるキャラにしか見えませんがこれでも神様で、三兄弟であらせられるそうです。どれがジャガ様なのかは知りません。



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町のジャガ様

プリーの土産物屋では何とも気の抜けたジャガ様グッズやジャガ様Tシャツが売られている他、町の至るところでご兄弟の肖像に出会うことができます。

このゆるキャラを祭っているからこそ、プリーはこれほどまでにのんびりのほほんとした町でいられるのかもしれません。地獄のコルカタがもうすぐそこなのに、ここには激烈インド人なんて全然いないのです。



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プリーは海の町ですので立派なビーチがありまして、相変わらずインド人達が服を着たまま海に突っ込んでいました。



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ビーチ前では夕方ごろからナイトマーケットが開かれ、軽食屋台が出ていました。近くに酒屋があって魚のフライが売っていて!となれば答えは一つなのですが!!

この国でその答えを選ぶとポリスメンに笛を鳴らされるので、大人しく持ち帰って飲みました。魚のフライは美味しかったですが、チキンフライは完全に傷んでいました。屋台飯あるあるです。しかし私の腹はそんくらいでは壊れないぞコンニャローが。



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漁村

サンタナ・ロッジも海の近くにあるのですが、ここらの海は周辺漁村の皆さんのおトイレになっているそうで、人糞散らばるなかなかの光景と聞いたので行きませんでした。

それを面白がって見に行く日本人旅行者も多いそうですが、何故わざわざ人糞を見に行きたがるのか私には全く理解できないので、お心当たりのある方は是非その心を400字以内にまとめて学生課でも総務部でも好きな所に提出してください。


以上、プリー滞在日記でした。
次回はインド周遊ルートをまとめます。


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◯ プリーの宿

「サンタナロッジ」
日本人宿。ドミ一泊300ルピー、朝食、夕食、朝夕二回のチャイ付き。Wi-Fiはあるがよく切れる。ファンあり。停電多し。シャワーや蛇口の水が土色。大型犬がいる。エアコンや冷蔵庫付きの個室もある。2018年6月現在改装工事中。なんだかんだ言っても居心地は良い。

| インド | 23:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

ハイデラバードからプリー


前回の日記で「次回はプリーを目指した爆笑道中膝栗毛をまとめます」みたいな事を書いたような書いてないような気がしますが、冷静になってみたら別に何も面白くなかったので適当にまとめます。


<6/8 ハイデラバードからヴィシャーカパトナムへ>

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目標

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ハイデラバード行きバス

ハイデラバードからプリーに行きたいけど列車が取れなかったので、とりあえずヴィシャーカパトナムという町まで行く夜行バスに乗りました。



<6/9 ヴィシャーカパトナムからプリーへ>

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7:30 ヴィシャーカパトナム着

翌朝ヴィシャーカパトナムに着きました。

ここからは長距離バスも列車も見つからなかった(列車はあったけど満席だったみたいなかすかな記憶が)ので、ローカルバスを繋いで参ります。地図を見ながら人に聞きながらじわじわ目標への距離を詰めて行くという、定期的に開催されるお楽しみのアレです。



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7:45 シュリーカークラム行きバス乗車

乗りました。



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10:00 シュリーカークラム着

着きました。



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10:10 イッチャープラム行きバス乗車

乗りました。



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12:50 イッチャープラム着

着きました。



(写真無し)
13:40 ブラフマプル行きバス乗車

写真撮り忘れたけど乗りました。



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14:50 ブラフマプル着

着きました。



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16:00 ブバネーシュワル行きバス乗車

乗りました。



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19:30 ブバネーシュワルの路上着

着きました。



(写真なし)
20:00 ブバネーシュワル駅前のバススタンド着

力車を捕まえバススタンドに移動しましたが、プリー行きのバスは終わっていました。



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プリー行き列車切符

しかし列車がありました。

でもこの切符で乗れる列車がどれなのか分からず、ホームからホームへと小一時間ウロウロしました。

結局よく分からなかったのでプリーと書かれた適当な列車に乗りました。



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23:30プリー、サンタナロッジ着 

着きました。

トータル31時間、バス5本と列車一本を乗り継いだ1,000キロ少々の旅でございました。

おわり。


次回はプリーについて書きます。


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○ ハイデラバードからプリー

ハイデラバード発ブバネーシュワル行きの列車スリーパー(20時間くらい)+ブバネーシュワルからプリーまでバス(1時間くらい)の組み合わせがおそらく一番安価でスムーズ。私は列車の予約が取れなかったので、バスで以下のルートを通った。

① ハイデラバードからヴィシャーカパトナムまでTSRTC夜行バス座席844ルピー、所要14時間。
② ヴィシャーカパトナムからシュリーカークラムまでローカルバス106ルピー、2時間少々。
③ シュリーカークラムからイッチャープラムまで130ルピー、2時間半くらい。
④ イッチャープラムからブラフマプル(ブラプール)まで20ルピー、一時間少々。
⑤ ブラフマルからブバネーシュワルまでエアコンバス210ルピー、3時間半。
⑥ 20:00には駅前バススタンド発プリー行きバスは終わっていたが、近くの別の乗り場からはミニバスがあるかもと窓口の人に言われた。詳細不明。私がバスの代わりにに乗ったのは、近郊鉄道プリー行き55ルピー、所要2時間くらい。少なくとも21:30までは列車があった。

| インド | 23:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

ハイデラバード


<6/7 ハイデラバード1日目>

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サイババタウン・プッタパルティより、バスと夜行列車を乗り継いでハイデラバードという町に移動しました。



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ハイデラバードKacheguda駅

到着が深夜だったので駅で寝直したのですが、今回の駅は広い石のベンチが沢山あるし電源も多くて充電できるし、大変野宿心地が良かったです。ちゃんとベッドのあるサイババ宿よりよっぽど安眠できてしまいました。緊張感が凄まじいですからねあの宿は。というか第三信者さんとの生活が。



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6時過ぎまでぐっすり眠って気持ちよく目覚め、まずは珈琲を飲みながら一人作戦会議です。この朝の一杯のためにわざわざチャイスタンドの脇で寝ていたのです。

ハイデラバードには一泊するつもりでいるのですが、いくつか鉄道駅があるうちメインっぽいハイデラバード・デカン駅付近か、旧市街の辺りに安宿が多いとのことです。なのでとりあえず、旧市街の中心地・チャルミナールという名所の辺りまで移動して、そこで宿探しをすることにしました。ちなみに駅を出たのは朝7時のことです。

ここからが大変でした。


地下鉄で行こうと思い最寄りの地下鉄駅まで2キロほど歩いたら駅が無く、ああ地上鉄だったのかと高架を見上げるもやはり駅は無く、建設中なのか改装中なのかは分かりませんでしたがとりあえず無いものは無く、

仕方がないのでバスで行くことにしましたが旧市街行きバスはこの周辺からは出ておらず、朝出てきた駅の近くまでまた2キロほど歩いて戻り、
 


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旧市街

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チャルミナール

目的のチャルミナールに着いたものの宿が全く見当たらず、「安宿が無い」とかではなくホテル自体が全然無いのでおかしな次元に迷いこんだか?あるいは私の目が節穴なのか?と非常に困惑し、困惑及び疲れが顔に出ていたのか少年に声をかけられ振り向いただけなのに「ソーリー」とか言われ、一時間後にようやく見つけた一軒は高かったので諦め、
 
旧市街泊は諦めてデカン駅に移動し、沢山あるじゃないか宿ウハハ!と思いながら片っ端から聞いて回ったにもかかわらずどこも完全予算オーバーか満室で、顔を見るなり「君の予算は?うちは2,000ルピーだけど?」とか言われキイ悔しい!とハンケチを噛み、
 
予約サイトで「この近くに比較的安価な宿あり」という情報を得たけど地図の場所に行ってもそんな宿は無く、その辺のインド人に聞いたら「あっちに2キロだ」とか言われ、別のインド人に聞いたら「そっちに10キロだ」とか言われ、結局どこなんだと思ったら目の前の別名の宿がそれで、宿名が間違ってるのか変更したのか知りませんがここは既に尋ねたけど満室と言われた宿であり、念のため「予約サイトに空室ありって出てましたけども~」ともう一度尋ねてみたら舌打ちと共に追い出され、
 
その後も宿探しを続けたら宿紹介おじいさんに声をかけられ、「安宿で!300ルピー以下で!」「おっけー!」という会話をしたにも関わらず1,000ルピー越えの宿に次々案内され疲弊し、何十軒目か分からない「満室だよ」と言われた宿は私がよほど疲れた顔をしていたのかロビーで休憩させてくれ、ついでに「明日は何とかデイなので今日明日はどこも満室だと思うよ」という情報も頂き、



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本日の宿

もう肩も腰も脚も精神力も限界だった私は、宿予約サイトにあった「駅から遠いしドミのくせに高い」という出来れば避けたかった宿に収まりました。そしてようやくチェックインを済ませ一息ついた頃には、時刻は既に13時半でした。

朝から6時間半かけた壮大な宿探しでございました。

ちなみに決まった宿は500ルピーで、最初に「高い」と諦めた旧市街の宿は600ルピーでした。大人しくそこに泊まっていれば4時間半ほど取り戻せました。

いいんですよ指差して笑ってくれても。




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とか言ってる時間が勿体ないのでとっとと観光に出掛けました。

本日参りましたのは、ゴールコンダ・フォートという廃城です。ゴールコンダ王国のお城だったそうです。

ゴールコンダ王国とは、

16世紀初頭から17世紀末にかけてインドのデカン地方に存在した、バフマニー朝が分裂してできたデカン・スルターン朝のひとつであるイスラーム王朝。クトゥブ・シャーヒー朝とも呼ばれる。

だそうです。Wikipedia先生より。



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とっても良いお城でした。



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本日のお昼ごはん兼晩ごはん

お昼を食べていなかったので、夕方4時という変な時間ですがビリヤニを頂きました。なんかハイデラバード・ビリヤニというのが名物らしくて。適当なお店で頼んだ適当なビリヤニなのでこれが件のビリヤニなのかどうかは分かりませんが、ハイデラバードで食べたビリヤニなのできっとハイデラバード・ビリヤニなんだと思います。



<6/8 ハイデラバード2日目>

ハイデラバード2日目は、昨日行くつもりで行けなかった国立博物館に行っくぞお!ワクワク!!と思っていたのに休館日でした。昨日行っておくべきでしたね。あの6時間半さえなければ行けましたね。ほんともうアレですね。



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とか言っても仕方がないので別の所に遊びに来ました。

こちらはなビルラ・マンディールというお寺です。中は写真撮影禁止で何もお見せできませんが、仏教やヒンドゥー教などいくつかの宗教が一緒に崇められている面白いお寺でした。



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Mahatma Gandhi Bus Station


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本日のバス

観光後はバススタンドに移動し、ヴィシャーカパトナムという町行きの夜行バスに乗りました。目的地プリーまでの列車が取れなかったので、仕方なくバスを繋いで行こうかな〜の一本目です。

ハイデラバードのメインバススタンドは充電ポイントが沢山あって、乗ったバスにも珍しく充電ポイントがあったので何だかウハウハでした。いつもは電池残量を気にして出来るだけスマホは触らないのですが、この日は調子に乗ってゲームとかやってました。病原菌をばら撒いて世界を滅ぼすゲームを。(←アシュラム滞在の緊張とストレスにより衝動的にダウンロード)


寝て起きたらヴィシャーカパトナムです。次回は長くて暑くて長いプリーまでの旅について書こうと思います。


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<情報コーナー>

○ ハイデラバードの宿

「Erysium Inn Hostel」
ドミ一泊500ルピー。Wi-Fi、キッチンあり。ハイデラバード・デカン駅から市バスで15分+徒歩10分くらい。評判の良いホステルで、実際居心地が良い。

○ ゴールコンダ・フォート

入場料200ルピー。Mehdipatnamバススタンドからゴールコンダ行きのバスに乗る。私が乗ったのは65番バスで運賃10ルピー、所要30分くらいだった気がするけどよく覚えてない。その他、同バススタンド内でゴールコンダ行きのシェア力車が呼び込みをしていた。

| インド | 19:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

サイババタウン・プッタパルティ②


前回の続きです。


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サイババさん

例の90年代サイババブームでは、彼の「奇跡?手品?」という部分ばかりが注目され胡散臭さの権化みたいな扱いを受けていましたが、実際のサイババさんはそれとはちょっと違うお顔も持っていらしたようです。

今回はその辺りを中心に、このアシュラムでの体験や感じた事を書かせて頂きたいと思います。



<サイババさんという人① 私達がテレビで見てきたサイババさん>


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サイババさんグッズ

日本では、いえおそらく世界でも、サイババさんと言ったらあの「奇跡」のイメージが強いと思います。手のひらから聖灰を出したり指輪や時計などの貴金属を出したり、心霊手術と称してなんだかよくわからない治療をしてくれたり。

食べ物とかではなく貴金属を出してくるあたりが実にインド的だなと思いますが、教祖もインド人なら信者(の大部分)もインド人ですから、これはこれで正解なのかもしれません。実際掴みは最高だったようですし。

しかしその出し方については「奇跡なんかじゃない、トリックだ」と騒がれ、検証動画や写真が世に溢れ、その「証拠」に対して今度は教団側が「合成だ!でっち上げだ!」と真っ向から迎え撃つなど、白熱した議論が繰り返されて来ました。


なお、サイババさん支援団体日本支部的な所からお叱りを受ける覚悟で申し上げますと、私は「まあ手品でしょうな」と思っている派です。もう少し言えば、奇跡であれ手品であれそれに感動して元気になった人がいるのなら、それはそれで良いことなんじゃないですかと思っている派です。さらに正直なところを言えば、割とどうでもいいなと思っている派です。



<サイババさんという人②私達の知らないサイババさん>


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プッタパルティにある大病院

サイババさんは実は、医療や福祉、教育に滅茶苦茶力を入れていた人です。

以下はWikipedia先生からのコピペ&抜粋ですが、サイババさんはその生涯で

・各種教育施設、小中高等学校、大学などの設立
・水道設備の供給
・病院の設立
・貧困者と孤児への援助
・災害被災者救助
・高齢者への援助
・恵まれない母子への援助


などの活動を精力的に行っています。

私が特に心を動かされたのは、二番目の「水道設備の供給」です。彼は飲料水問題に喘ぐチェンナイ市民のため、クリシュナ川から飲用可能な水を引いてくるガンガー・プロジェクトというのを行い、多くの人々をこの問題から救い出しています。また、私が現在滞在しているアシュラムも敷地の至るところに飲料水用の供給口が用意されており、いつでも無料で水を頂く事が出来ます。

アムリトサル日記でも似たような事を書きましたが、人は水と食べ物と眠れる場所が無いと生きていけません。上記プロジェクトやインド及び世界各地に設立されたアシュラム、そして福祉施設などを入れると、サイババさんは何億もの人間に水や食べ物や寝床を無償あるいは格安で提供し、人々の命を守った素晴らしい人であると言えます。

その資金はどこから?という点については色々と穏やかでないお話も出てきましたが、それはさておき救われた人が沢山いるのは事実です。



・・あまりサイババさん寄りの発言をすると髪の毛増えたんか?と思われそうですが、一応、そういうアレではないです。

私はただ、その人の功績や良い部分を無視し、スキャンダル的なところだけ切り取って責め立てるのが気に食わないだけです。水を馬鹿にすると水で死ぬんだぞバッキャロー。



<サイババさんが残したもの>


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博物館

アシュラムの外には病院や学校の他、博物館やプラネタリウムなどの施設もあります。どちらも入場無料ながら、結構良かったです。

博物館では、世界の五大宗教(イスラム教、仏教、キリスト教、ヒンドゥー教、ユダヤ教)について、模型などで分かりやすく解説された展示を見ることが出来ます。私はサイババさんという人は唯一無二の教祖様で「私が神だ!私だけを信じろ!」とかのたまっている人だと思い込んでいたのですが、実際の彼は各種宗教を肯定している人だったのでかなり驚きました。


「カーストはただ1つ、それは人類というカースト。宗教はただ1つ、それは愛という宗教。言語はただ1つ、それは心という言語。神はただ1つ、そして、神は遍在。」

サイババさんが残した言葉です。


サイババさんは自分のことを神だと言っていますが、「私は神ですが貴方達も全員神です」とも言っています。

私も神だったとは知りませんでしたが、サイババさん曰く私達とサイババさんで違うところは、「サイババさんは自分が神であると自覚しているのに対し、私達はそれに気付いていない」点にあるそうです。なのできっと、私も気付きさえすればサイババさんのように手から時計を出せるようになるのだと思います。100均の時計を。


そんなサイババさんの想いを集約したかのようなこの博物館ですが、シヴァ神、仏陀、日本のお寺などの模型に混じってサイババさんの写真が無数に散りばめられているので、その顔がサブリミナル効果のように脳裏に焼き付けられ、博物館を出る頃にはサイババさんの記憶しか残らないというアレな作りでした。




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プラネタリウム

プラネタリウムは朝10:30からの一回上演のみとのことだったので、その少し前に行きました。

館内に入ると天文学に関する小さな展示室があり、二階部分がプラネタリウムになっていました。そして星を見に来たはずなのに何故かサイババさんの映像を長々と見せられ、「あれ?ここプラネタリウムだったはず・・いや、もしかしたら星とはサイババさんの事なのか?宇宙とは・・サイババさん?」と混乱しましたが、10分ほど経ったらちゃんと天体映像に切り替わりました。

そして30分それを観賞したらまたサイババさん映像に切り替わり、結局サイババさんの記憶しか残らないのでした。



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アシュラムの外

博物館やプラネタリウムはアシュラムの外にあるためついでにプッタパルティの村を見学したのですが、服屋や飲食店の多い非常に明るい村である一方で、物乞いの人を沢山見かけるのが気になりました。

サイババさんは彼らを救わなかったのか、あるいは彼らがその手を取らなかっただけなのか、何なのか。調べてもよく分かりませんでした。



<サイババさん教徒達と教徒でない私>


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ドミトリー内にある祭壇

アシュラム滞在中は、

▷8:00~9:30 朝のお祈り
▷17:00~18:30 夕方のお祈り
▷21:00 消灯(そんなに厳密ではない)


くらいしか決まったスケジュールがなかったので、割と暇でした。ただロシア人ルームメイトのうち一人は夜明け前から食堂の調理ボランティアに行くなど忙しくしていたし、もう一人も何だかんだでよく外出していたので、信者の方は結構やることがあるのかもしれません。


信者でない私の一日のスケジュールは、

▷7:30 起床。
▷8:00~9:30 朝のお祈り。
▷9:30~ 観光したり図書館に行ったり。
▷12:00くらい~ お昼ご飯。
▷午後:観光したり図書館に行ったりブログを書いたり。
▷17:00~18:30 夕方のお祈り。
▷18:30~ 夕飯。
▷夜:ネットをやったりブログを書いたり。
▷21:00~22:00くらい:就寝。


という感じでした。

が、これは最初の二、三日だけで、そのあとはスケジュールが大きく変わりました。



<新しいスケジュール>

▷7:30起床。
▷8:00~9:30 朝のお祈り
(に行くふりをして部屋に戻り二度寝。)
▷9:30~ (お祈りに行かなかった事がバレないよう他の人が戻ってくる前にサッと部屋を抜け出し、)観光したり図書館に行ったり。
▷12:00くらい~ お昼ご飯。
▷午後: 観光に行った
(ふりをして共同トイレの一番奥に籠りスマホを見た)り、図書館に行ったり、(共同トイレの一番奥で)ブログを書いたり。
▷17:00~18:30 夕方のお祈り
(に行くふりをして図書館へ。)
▷18:30~ 夕飯。
▷夜: 寝たふり。
▷21:00~22:00くらい:(消灯し全員寝たことを確認してからスマホ片手に廊下へ、蚊と戦いながら)ネットをやったりブログを書いたり。
▷23:00くらい:就寝。
(うなされる。)


お祈りにあまり行かなくなったのは単に 飽きた 十分な体験をし満足したからですが、それ以外の寄行は3日目に登場した第三信者さんが原因です。

詳しく説明申し上げます。

まず最初の2日は、「携帯・PC禁止と聞いたけど同室の人達も使ってるし大丈夫みたい~」と普通にネットやブログ更新をしたり、アシュラム内のことが分かってきて動きやすくなったり、なかなか快適なアシュラムライフを送っていました。


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新ルームメイト(ドイツ人)

しかし3日後。

新しく来た3人目のルームメイトがロシア人2人を遥かに越えるガチな人で、スーツケースからは真っ白なお祈り服が大量に出てくるし、当然のように枕元に祭壇を作り出すし、部屋にいるときは半裸または全裸だし、初日に覚えた「大変な所に来てしまった」恐怖を再び思い出させてくれました。いや半全裸はサイババさん関係ないと思いますが。

そしてこの人は、熱心であるがゆえに入信したて(と思われている)私に対してのお世話しなきゃ精神がすさまじく、朝から晩までサイラムを炸裂させてくれたのです。



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アシュラム内外のお勧めスポットについて熱く語ってくれたり、



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何か抽象的なアドバイスをくれた上にサイババさんについて熱く語ってくれたり、


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何故かプロポリスについて熱く語ってくれたり。


そんな彼女と私はベッドが隣同士だったこともあって逃げ場がなく、精神力を削られる一方だったので、

「夜:寝たふり。」

この項目が生まれたのであります。



また、私がスマホやiPadなどを使っていることについて、


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という注意を受けました。

有害電波が云々言い始めたときは「大丈夫かこの人」と心配になりましたが、ここでのルールを考えると「電子機器を使わないでほしい」という彼女の主張には正当性があります。

なので私はその忠告に従い、彼女の前では決してスマホ等を出さなくなりました。が、メールチェックや調べものくらいはしたいし・・ということで、

「共同トイレの一番奥に籠りスマホを見たりブログを書いたり。」
「消灯し全員寝たことを確認してからスマホ片手に廊下へ。蚊と戦いながらネットをやったりブログを書いたり。」


という寄行が追加されたのであります。

なお、ロシア人二人は普通にスマホ使用を継続していたため、何故信者じゃない私だけが便所スマホをする羽目になっているのかすごく疑問でした。



実を言うと注意直後に少しだけ抗ってもみたのですが、


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という結果になり、その後は結局スマホは出せないわ、適当についた嘘の辻褄合わせに四苦八苦するわで、余計な心労が増えただけでした。



そんなこんなで私はどんどんこの部屋に居辛くなって行った訳ですが、一つだけ主張しておきたいのは、「私だってスローペースながらこの世界に溶け込もうとはしていたし、サイババさんへの理解も徐々に深めていたんですよ」ということです。これまではただの胡散臭いアフロだと思っていた彼のことを、今では水を引いてくれた良いアフロだと思うようになりましたし。

そんな私はある意味布教の成功例とも言える存在なのに、そんな急に飛び込めパーマ屋にみたいなこと言われたら引いてしまうではないですか。もっと生ぬるく見守ってくださいブーブー。

まあ信者さん達の修行を妨げるのは絶対駄目だし、勉強する意思があったにせよ冷やかし半分だったことは事実なので、そこはちゃんと反省しないといけないのですけども。



<サイババさん関連書籍と自伝>

図書館には連日通いつめました。開館時間が短いのであまり沢山は読めませんでしたが、それでもかなりの収穫がありました。

前回も書きました通り、アシュラムの本屋及び図書館にはサイババさん関連書籍しかありません。あとヒンドゥー教を中心とした宗教関連本。そしてもちろん、アンチ・サイババさんな書籍は一切置いていません。当たり前ですが。サイババさん関連本はどれも面白いし、結構勉強になる本も多かったですが、中でもサイババさんの自伝が 抱腹絶倒・・大変興味深い内容で、私はこれを夢中で読みました。

「実祖父が私のことを大好きで尊敬していて中々手放してくれなかった」とか、「学校の先生が私のことを大好きで尊敬していて贔屓してくるので困った」とか、「親友二人が私のことを大好きで尊敬していてどこに行くのも付いてきた」とか、「私が去った後ショックで命を落としてしまった」とか、「その後二人とも犬に生まれ変わって私のことが大好きで尊敬していて立派な忠犬になってくれた」とか、とりあえずサイババさんは自分大好きなんだなということが大変よくわかりました。「私は彼らの行動にとっても困惑していたんですよお」みたいな書き方をしているのがまた何ともアレでした。

あとは、

サイババさんは14歳のときに「自分はシルディ・サイ・ババ(初代サイババさん)の生まれ変わりである」と 思いついた 気が付いたらしいのですが、初代さんの没年と予言日やら生まれ変わり日やらが何かズレており、ネットで調べたらサイババさんの生年月日が修正されていたり、

「私は96歳で天寿を全うする」みたいな予言をしてたけど実際は84歳で亡くなっており、後から団体の皆さんが「太陽暦だと84歳だけど太陰暦に直したら96歳だから!合ってるから!!」みたいな無茶な主張をしていたり、

なんか色々クスッとなりました。



世界中に信者がいる人に対しこんなからかうような内容を書くのは本当は良くないし危ないのですが、そこはホレ、サイババ教は愛と非暴力を重んじているので大丈夫です。大丈夫ですよね?

ちょっと心配になってきたので肯定的なことも書きますが、というか実際私は彼を否定する気も中傷する気もさらさら無いのでその辺りを書きますが、サイババさんが仏教やキリスト教について語る本は本当に純粋に面白かったです。各種質問に対しかなり丁寧に答えてくれているので、勉強になりました。あと、サイババさんのお言葉集は結構胸に響くものや大きく頷きたくなるものが多かったです。



<アシュラム滞在を終えて>


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アシュラム滞在を終えて。

「奇跡か手品か」という点以外にも黒い噂の絶えないサイババさんですが、彼に惹かれる人が多いのにもちゃんと理由があったんだなということが分かったのが、最大の収穫でした。

黒い噂や疑惑に蓋をする訳ではないですが、私達はもっと「それはそれ、これはこれ」って考え方をしてもいいんじゃないかなと思うんです。もちろんその噂が真実なのか否か、どういう種類の黒なのかによっても捉え方は変わって来ますが。

日本は最近だいぶおかしくなっていて、気に入らない相手は数の力で叩きのめすし、気に入った相手の嫌なところは見ようとしないし、完璧を求めすぎるし、反対意見は潰しにかかるし、ちょっと考え方が極端すぎる気がしています。被害者も加害者も芸能人も一般人もみんな人間なのですから、そんな善は100%善、悪は100%悪みたいには出来ていないと思うのですが。

サイババさんはもしかしたら裏で色々やらかしていたかもしれないけど、水を引いて施設を作って、人々の命を救ったのは本当です。その言動には嘘偽りが混じっていたかもしれないけど、一時でもそれに心動かされ、救われた人達がいたのも本当です。

だから黒い噂を許せ見逃せという話ではなく、黒は黒、功績は功績だと思うんです。そこは別に、無理に否定する必要はないんじゃないでしょうか。



<三代目サイババさん>


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プレマ・サイババ

サティヤ・サイババ(アフロババさん)の死後、8年後に彼の生まれ変わりであるプレマ・サイババという人が誕生するのだそうです。生前のご本人による予言です。アフロババさんが亡くなったのが2011年ですから、プレマ・サイババが生まれるのは2019年、つまり来年ということになります。

来年はインド各地で「うちの子こそが!」という声が上がり、大盛り上がりかもしれませんね。

インドと日本の宗教感は全くと言っていいほど違って、サイババさんのような「霊的指導者」の存在はインドではものすごく重要です。なので、出生がどうであれ生まれ変わり云々がどうであれ、新たな導き手の誕生はインド人皆の悲願なのかもしれません。



以上、サイババさんとプッタパルティ・アシュラムに関するレポートでした。

信者及び支援団体の方には、ふざけた文章を書いてしまいすみませんでした。

サイババさんへの興味を語りつつ、宗教の話題を好まない日本の人々に引かれないよう気を付けつつ、ちゃんと自分の考えを書ききるには・・!と思い悩んだ結果なんかこんな感じになってしまっただけで、悪意は全くありません。サイラム。


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<情報コーナー>

○ プラネタリウム

アシュラムの外、バススタンド前の通りを南に5分ほど歩いた左側。10:30から上演、30分程度。入場無料。

○ 博物館

10:00~12:00開館(入館は11:45まで)。バススタンド左斜め前の小道を登ると看板が立っているので、それに沿って徒歩2、3分。道中左手にはメディテーション・ツリーがある。

| インド | 22:57 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

サイババタウン・プッタパルティ①


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インド中央部アーンドラ・プラデーシュ州の片隅に、プッタパルティという村があります。

ここは数十年前までは何もない小さな小さな村でしたが、ある人物のお陰でインド中、そして世界的から人々が集まる超有名で豊かな村になりました。

その人物とは、




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サイババさんです。


この出落ち感。




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プッタパルティ入口

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プッタパルティ・バススタンド

バンガロールからバスで約4時間。本日はサイババさんの村、プッタパルティに遊びに来ました。じゃないや修行しに来ました。という名目で遊びに来ました。



<サイババさんとは>

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村に溢れるサイババさんの笑顔

サティヤ・サイ・ババ(1926年11月23日 - 2011年4月24日)は、インドのスピリチュアルリーダー。インド国内では多くの要人も聖者として認める霊的指導者。日本ではサイババと呼ばれているが、サイ・ババの正確な発音は、サーイー・バーバーである。

Wikipedia先生より。

ちなみにサーイーとは「聖なる者」。バーバーとは「父」という意味だそうなので、サイババさんとは「聖なる父」という親しみと敬意を込めた呼び名になります。

一時期テレビの世界面白人物特集みたいなので奇跡だ!いや詐欺だ!と大フィーバーだったサイババさんですが、残念ながら7年前に亡くなっています。故人だと思うと弄り辛いですね。




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元祖サイババさん(左)

日本でサイババさんと言ったらアフロの人ですが、インドでサイババさんと言ったら、実は左の人の方が有名であり元祖です。

シルディ・サイ・ババ(生年不詳 - 1918年10月15日)は、別名「シルディのサイ・ババ」と云われたインドの霊的指導者。サイ・ババはヒンドゥーのヨーガ行者  、イスラームの修行僧つまりファキールであり、没後も数多くのイスラーム教徒・ヒンドゥー教徒から聖者として崇められている。ヒンドゥー教徒の中には、シルディ・サイ・ババをシヴァやダッタートレーヤー、またはカビールの生まれ変わりであると信じている者もおり、真の霊性の師として広く信仰されている。

という人です。Wikipedia先生より。

インドにはもともとこの元祖・サイババさんへの信仰があって、アフロ・ババさんは「私はシルディ・サイ・ババの生まれ変わりである」と主張して台頭して来た2代目ババさんです。



<アシュラム>

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プラシャーンティ・ニラヤム入り口

プッタパルティに来る人のおよそ100%が目的としているのが、このサイババさんのアシュラム(修行場、僧院)です。サイババさんは生前ここで暮らし、毎日のように人々に勇気と希望と奇跡を振り撒いていたそうです。

今「勇気と希望とペテンを」と書こうとして踏み留まりました。わたくし思いっきりサイババ世代(90年代のサイババの嘘を暴くぞフィーバーの中育った世代)なので、実のところサイババさんにはそういうイメージしかないのであります。

しかし!ですよ。

私が今回ここへ来たのは単なる冷やかしではなく、テレビではあまり取り上げられなかった「教祖として人々に愛されたサイババさん」や「サイババさんの言葉」や「サイババさんが残したもの」をちゃんと知るためであり、先入観無しに彼の世界を体験し宗教世界とそれが世の中に与える影響についてより理解を深める(という名目で遊びに来ました。)




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アシュラム内は見た目は緑豊かな団地っぽくて、人々も普通の格好で普通に生活しているので、そんなザ・宗教施設みたいなガチガチの空気はありません。むしろすごくのどかで良い雰囲気です。




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パン屋

アシュラム内には食堂やスーパーやパン屋、軽食スタンド、チャイショップ、さらには本屋や服屋やCDショップまであるので、アシュラムから一歩も出なくても生活出来てしまいます。まあ本屋の品揃えは全部サイババさん関係だし、CDショップもサイババさんのありがたいお言葉集とかばかりなので普通の娯楽を求める人には辛い日々かもしれませんが。酒や煙草ももちろん禁止ですし。

ただ慣れてくるとサイババさんのポスターを見るだけで気分が高揚し最高のエンターテイメントに感じられてくるという


・・ちょっとこの話次回に回しますね。しょっぱなからドン引かれてもアレですし。大丈夫です。こう見えても私は正気です。



続きです。

上記の通りアシュラム内には様々な施設がありますが、全ての施設が完全男女別になっており、施設によっては場所ではなく時間で男女を分けているので若干面倒です。例えばショッピングセンターは、女性は朝9:30~12:00、男性は15:00~17:00の間しか利用することができません。

が、アシュラム入り口は夜明け前から夜遅くまで開いているので、何か買いたかったら外界に出かければいいだけの話です。



<セキュリティ>

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持ち込み禁止品

宗教施設の安全を守るには普通以上のセキュリティが必要になってくるものですが、このアシュラムも例に漏れず、厳しいセキュリティチェックを行っています。

アシュラム入口で荷物検査があるのですが、写真の通りこれだけの物が持ち込み禁止となっています。ナイフなどの危険物は当然としても、携帯とか傘とかそもそもバッグ自体が禁止とか、そんな無茶なって感じです。バックパックを奪われたら私ただの小汚ない無職なんですけども。


私はこれらの禁止品のうちおよそ9割を所持している完全アウトな侵入者でしたが、規制が緩くなったのか言っても無駄だと諦めたのか、荷物検査(X線)を受けたにもかかわらずあっさり通して貰えました。

・・と思ったのですが、これよく見たら「ダルシャン」での禁止品と書いてありますね。

私も未だによく分かっていないのですが、ダルシャンとは「神のお姿を拝見すること」とか「読経」とかいくつか意味があるようで、ここでは朝夕2回メインホールで行われるお祈りの時間をそう呼んでいるみたいなので、多分そのことだと思います。確かにメインホールの手荷物規定は厳しかったです。ほぼ手ぶらじゃないと入れないくらい。



<アシュラム内での服装>

アシュラムに入るには服装の決まりもあります。そこまで厳しい訳でもないですが、ちゃんとルールを守った服装でないと入れて貰えないようです。

入場ゲートに掲げられている注意書き及び実際現地で見た感じだと、



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アシュラム内での服装(男性)

男性の場合は

・ジーンズとかでも良いみたいだけどハーフパンツとか短いのは駄目。
・カラーTシャツでもいいけど本当は白の方が良い。出来れば全身白が望ましい。


という感じで、



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アシュラム内での服装(女性)

女性は

・露出は厳禁だが半袖まではOK、パンツはくるぶしまでしっかり隠れるもの。
・身体のラインがあまり出ないように。細身のシャツやパンツは良くない。
・サリー以外の服では必ずショールを使い、肩から胸元を隠すこと。


という感じです。男女ともに、小学生くらいまでの子供の服装は割と自由です。


私はアシュラムに入る前に何かそれっぽい服を買うつもりだったのですが、バススタンド内にあったインフォメーションで聞いてみたら「その格好でも大丈夫よ」と言われたのでそのまま突入しました。Tシャツ+タイパンツに、シュリーナガルで買ったショールを肩にかけたスタイルです。

ただ、ショールはカシミヤ&シルクのとっても暖かおシャンティーなそれなので、この常夏の村では地獄のように暑く全身の水分が首回りから流れ出るかと思いました。

初日夕方からは、Tシャツでは若干目立ってしまうのが嫌だったのと、せめて見た目だけでもこの世界の形に合わせたいと思ったのでパンジャビを買いました。アフロなのは教祖様だけなのでパーマ屋に行く必要はありませんでした。

買ったのは裏地も何もないすぐ破れそうなペラッペラのパンジャビ(上だけ)のセール品で、200ルピー(320円くらい)でした。



<宿泊施設>

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宿泊施設

バススタンド周辺にも安価そうなホテルが沢山ありましたが、アシュラム内の宿泊施設がべらぼうに安いので私はここに泊まりました。

私が泊まった外国人用ドミトリーは一泊なんと30ルピー(50円くらい)で、さらに10ルピーや20ルピーの部屋もあるそうなので本当ありがとうございますサイババ様です。


ところで先ほど「持ち込み禁止品」について触れましたが、ここはカメラもスマホもPCもバッチリ禁止品でございまして、つまりアシュラム内は撮影禁止となっているわけでして、なら何故写真があるのかと問われるとテヘです。

このご時世ですから外国人もインド人も普通にスマホを持ち込んでおり、写真を撮っている人達も割と見かけましたが、私は「皆がやってるからいい」なんて格好悪いことを言うつもりはなく私自身の意志でルールを破りました。キリ!

ごめんなさいでした。



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宿泊施設の続きです。

私が泊まったのは5人部屋で、すでに二人の先輩滞在者がいました。二人ともロシア人で、もう何ヵ月もここで暮らしていると言っていました。

二人とも私とは違ってちゃんとした信者で、枕元に写真のような祭壇をこしらえていたので私は大層ビビりました。

以前お邪魔したシーク教宿泊施設(2018/02/28日記参照)は割と冷やかし半分の外国人が多かったので、そんな感じを想像して気軽な気持ちで来てしまったのです。それなのにいきなり本気と書いてマジな人々が迎えてくれたので、私は早くも「大変な所に来てしまった・・」と嫌な汗をかき始めていました。

だってサイババさんですよ。世界的にあれだけ詐欺だペテンだと大騒ぎされた人なのに、未だ彼を信じ続けているというのはよほど純粋か義理堅いか、とにかく相当強い思いを抱いている人にしか出来ない事だと思うのです。彼女達の前でアフロ・ババとか口を滑らせた日には一瞬で蜂の巣にされそうです。トカレフで。

が、ビビりながらもただでは終わらないのが私の良いところです。

最初の方にも少し書きました通り、入れて貰ったからにはこの世界の事をちゃんと知るのが礼儀だと思うので、私は今日からサイババマスターに俺はなるます。(←動揺)



<サイラム>

アシュラム内の共通言語というか合言葉みたいなものが、「サイラム」です。

「サイ」が聖なる、祝福の
「ラム」が喜び、祝福、神


などを表す言葉だそうですから、サイラムとはだいぶおめでたい言葉であり、相手への敬意や愛情を込めた呼び掛けであると捉えることが出来ます。

ところで私のオーストラリア農夫時代の上司(インド人)の名前がラムだったのですが、喜びとか祝福とか神とかそんなご大層な名前だったんかいあの糞野r



サイラムの話に戻りますが、この言葉は単なる呼び掛けではなく、ありとあらゆる場面で使うことができる非常に便利なものです。「こんにちは」も「さようなら」も「ありがとう」も「どういたしまして」も「ごめんなさい」も「おやすみなさい」も、全部サイラムなのです。

なので現地の言葉が分からなくても、このサイラムだけ知っていればだいたいの事は片付きます。



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こんな具合です。



<アシュラム内での食事>

アシュラム内には南インド食堂、北インド食堂、西洋食堂の三つの食堂があり、それぞれ朝、昼、夜の一日三回営業しています。南インド食堂だけ、午後のおやつタイムを入れた四回営業です。

サイババさんは徹底した菜食主義を掲げるお人だったので、アシュラム内での食事は全てベジタリアン仕様となっています。




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南インド食堂のミールスチケット(食堂近くの券売所で事前購入)

メインとなるのは南インド食堂で、ここではミールスを10ルピー(16円)で食べる事ができます。ゼロひとつ間違えているわけではありません。いやゼロひとつ間違っていますが、間違えているのは私ではなくインド人です。

ミールスはランチタイムとディナータイム両方で提供されており、具材が多少変わる程度で味はほぼ一緒なため、毎日食べると流石に飽きます。それでも一食16円でおかわり付きと言ったら滅茶苦茶魅力的なので、私は一日一回は必ず南インド食堂に赴き、ミールスを食べていました。

なのに肝心の料理写真が無いのは、ここは配給食堂みたいな感じで人々がみっちり詰まって座っており、そんな中でカメラを構える勇気が無かったからです。



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北インド食堂にてビュッフェランチ

私の滞在期間中は北インド食堂がちょうど休業中だったのですが、最後2日だけ開いてくれたので食べに行きました。こちらは先に料理を選んでお皿に盛ってもらい、それをレジで見せて精算するというシステムでした。

メニューは主にカリーですが、野菜炒め(カリー味だけど)などの副菜やデザートもあり、楽しかったです。こちらも格安ですが南インド食堂よりはやや高めで、一食30~60ルピーくらいで食べられる感じでした。



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西洋食堂にて朝ごはん


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ビュッフェランチ&ディナー

西洋食堂は3つのうちで一番高く、一回の食事でだいたい80~120ルピーくらいはかかっていました。まあそれでも日本円にして200円以下なので十分安いですけども。私はいつも山盛り貰ってデザートまで付けていたのでこの値段ですが、抑えようと思えば北インド食堂と同じくらいには出来ます。支払い方法は北インド食堂と同じです。

度々書いていますがわたくしカリーにすっかり飽きていますので、ここで食べるパスタやピザにはいつも幸せにして貰っていました。



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パン屋のピザ、確か20ルピー(35円)くらい

あとは、パン屋もべらぼうに安いためここで朝ごはんやおやつをよく食べていました。そして隣のチャイ屋でチャイか珈琲を飲み、その足で図書館に通うのが常でした。



<図書館>

写真は撮れませんでしたが、アシュラム内には図書館があります。本屋の二階部分がそうです。

本屋も図書館も、現地語だけでなく英語やロシア語やドイツ語やフランス語、そして日本語の書籍も充実しているため、私は毎日図書館に通っていました。・・とは言っても営業時間が短いため、そんなに沢山は読めなかったのですが。どうも貸し出しはやっていなさそうだったのです。

本屋及び図書館の品揃えは、ほぼサイババさん関連書籍だけです。なので当然私もサイババさん本を読み漁ることになった訳ですが、これがもう面白いの何のって。どハマりしました。

この辺りは次回の日記でじっくりねっとり書かせて頂きたいと思います。



<メインホール>

こここそがアシュラムの中心地であり最重要施設なのですが、残念ながら写真撮影厳禁なので何もお見せできません。いやここ以外も撮影禁止ですが、ここは特に厳しいのです。

なので口頭で説明致しますと、何千人も収用出来そうな大広間(屋根あり、壁は無し)の正面に祭壇があり、そこにサイババさんの真っ白な棺があります。

人々は朝と夕方の一日二回、この大広間でのお祈りに参加しに行きます。各回90分くらいで、太鼓の軽快な音に乗せた歌みたいな謎の呪文をひたすら聞き続けるというものです。お祈りは二回に分けられており、前半が「ダルシャン」(読経)、後半が「バジャン」(よう分からんかったけどダルシャンよりやや盛り上がる何か)です。口頭で説明すると言ったのに説明できていませんが、本当によう分からんかったので仕方ありません。調べようにも信者ストップがかかりましたし。この辺の話も次回。

参加者達は大音量音声に合わせて読経したり何か歌ったりサイババ様へへ~からのドゲザーノをかましたり色々忙しそうですが、全体的に「思いの外ユルいな」という印象を受けました。人によっては割とリラックスした雰囲気で座っているし、途中から参加したり抜けたりも出来るし、小声ではあるものの隣の人とお喋りしている人もいたのです。「それ怒られるんじゃないのかい」と何故か私がハラハラしてしまいました。

サイババさんご存命の頃には人々はもっと真剣だったし、お祈りももっとずっと盛り上がっていたそうです。サイババさんのお姿やその奇跡を見て、感激して泣き出す人もいたそうで。信仰の対象がいなくなったことで人々のテンションは確実に下がって来ていると言えます。

ところがどっこい。

サイババさんには何と三代目がいるそうなのです。正確には「もうすぐ登場する」と予言されていて、現在出待ちの状態です。


盛り上がって参りましたが、長くなってしまうので今回はこの辺で終わります。次回はサイババさんについてのアレコレやアシュラム内外の世界や、アシュラムでの過ごし方や、6泊の滞在を通して色々学んだ事についてまとめたいと思います。


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<情報コーナー>

○ プッタパルティ行き方

バンガロールのKSRTCバススタンド・ターミナル3より、プッタパルティ行きのバスが出ている。146ルピー、所要4時間くらい。

北から来た場合はアナンタプルを経由する。アナンタプルからプッタパルティ78ルピー、2時間半くらい。

○ アシュラム「プラシャーンティ・ニラヤム」

入場ゲートは4:00~21:30の間のみオープン。入場時に荷物検査あり。ダルシャンに参加する場合は手荷物の持ち込み制限がさらに厳しいため、出来るだけ手ぶらで来るか荷物預かり所を利用する。服装規定もある。本文参照。

○ 宿泊施設

ノースブロックN8の左隣の建物で宿泊申し込みをする。要パスポート、証明写真(サイズは特に規定無さそう)。宿泊施設は基本ドミトリーで、一泊20~30ルピー。水シャワーあり、ファンあり。Wi-Fi無し、充電設備はあり。シングルや家族用の部屋もあるらしいが未確認。

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インドの宿探し(漫画4本)

ツイッターに上げたインド漫画のまとめです。


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