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オーストラリア金策編2/農家二つ目(芋とか)


2014年10月後半あたり〜2015年4月下旬までの日記
「オーストラリア金策編2/農家二つ目(芋とか)」


前回の続きです。

前回の日記に書きました通り、インド人コントラクターに堪忍袋の緒が切れて職場放棄した私。
色々片付いていない件は気になりつつも、何やかんやで転職し、芋収穫の仕事を貰うに至りました。



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芋畑(収穫シーズン前)

芋収穫とは言っても、芋掘り自体は機械がやってくれ、それを拾って箱詰めするのが私達の仕事です。
が、この「拾って箱詰め」がなかなか重労働でした。なんせ一箱15キロです。
そして、私が新しい仕事を始めた初日とその翌日、ガトンはこの夏一番の猛暑に見舞われました。
最高気温41度でした。

41度の炎天下で15キロ分の芋を拾っては運ぶを繰り返す仕事は、根性論では誤摩化せないほどキツく、それでも仕事は仕事なので皆黙々と働いていましたが、暑さのピークが来た頃、ふと振り返ると従業員の8割が地面に両手を付いた姿勢で活動停止していました。それを見て私も電源が切れました。

また、3リットルほど用意していた水は午前中で空になり、喉の渇きを通り越して汗の一滴も出なくなりました。そして仕事が終わり、水道水を飲んだ途端一気に汗が吹き出しました。

脱水症状って怖いです。芋に殺されるところでした。危なかったです。いや、本当に。
この日、他の農家でも何人も熱中症で倒れた人が出たそうなので、本当に猛暑日だったのでしょう。



まあ結果的に無事に帰れたのでそれは良いとして、
それよりも私が気になるのは芋収穫のプロセスです。

この2日間の芋収穫で踏んだプロセスは以下の通りです。

(1)機械で掘り起こされた芋を一個一個拾い集め、
(2)でっかいバケツに入れて行き、
(3)段ボール箱とその蓋を組み立て、
(4)バケツ一杯の芋を段ボール箱に移し替え、蓋をして、
(5)芋ボックスを一カ所に集めて高く積み上げ、
(6)パッキング工場まで輸送し、
(7)工場で全ての芋を箱から出してプラスチック製の箱に移し、
(8)空いた段ボール箱は畳み直し、
(9)プラスチック製の箱から出して洗った芋を選別し、
(10)袋詰めして商品にします。

なのですが、私が思うに

(1)機械で掘り起こされた芋を一個一個拾い集め、
(2)でっかいバケツに入れて行き、 → 最初からプラスチック製の箱に入れ、
(3)段ボール箱とその蓋を組み立て、
(4)バケツ一杯の芋を段ボール箱に移し替え、蓋をして、
(5)芋ボックスを一カ所に集めて高く積み上げ、

(6)パッキング工場まで輸送し、
(7)工場で全ての芋を箱から出してプラスチック製の箱に移し、
(8)空いた段ボール箱は畳み直し、

(9)プラスチック製の箱から出して洗った芋を選別し、
(10)袋詰めして商品にします。

これでいいんじゃないですかね。

疲労と暑さでグラグラする頭でそんなことを思い、
いっそう疲れを感じる私達でした。(全員同意見でした。)

そしてさらに数日後。
別の芋農家の仕事に出向いた私は、芋を集める作業も機械で出来るという事実を知りました。

つまり、

(1)機械で掘り起こされた芋を
(6)パッキング工場まで輸送し、
(9)洗った芋を選別し、
(10)袋詰めして商品にします。

これで良かったわけです。


あの地獄の2日間はなんだったの。



命がけ☆地獄の芋拾い大会〜バタリもあるよ〜は2日で脱し、
私はその後、主に芋洗いの仕事に呼ばれるようになりました。
上の行程で言う所の、(9)洗った芋を選別し、(10)袋詰めして商品にします。の部分です。

実際芋を洗うのはこれまた機械の仕事で、私達ニンゲンは、ベルトコンベアーを流れてくる芋を選別し、袋詰めする作業をまかされました。選別とは、綺麗な芋、ちょっと不細工だけど商品にはなる芋、腐ったり傷んだりしていて商品にならない芋、などを分ける作業です。綺麗な芋はそのまま流し、それ以外を除けたり捨てたりします。袋詰めされた芋はそのままスーパーに並ぶので、選別作業でミスを出す訳にはいきません。

が、ミスは出ます。
何故なら、怒濤の勢いで芋が流れて来てとても間に合わないからです。
傷んだ芋が流れて行く度に、大ボスや中ボスや小ボスに「おい見落としてるぞ!!」と怒鳴られるのですが、

「見えてるけど手は二本しか無いんだよバカヤロー!!」

と怒鳴り返す暇はないので、ボス達の怒りは横目で流し芋に集中する私達でした。
いやお怒りはごもっともなのですが、一瞬でも手を止めたら芋が逃げるのです。
大事なのは芋です。もう芋しか見えません。

この芋選別作業は、手元は滅茶苦茶忙しいのですが全身が疲れるような作業ではなく、結構長時間働けます。ですので、10時間くらいまでならなんとか耐えられます。ですが、10時間を越えるとさすがに辛くなって来ます。

私が入った時期は芋最盛期だったので選別作業も大変忙しく、連日12時間、14時間労働などが続きました。そして選別工場自体は24時間フル稼働だったので、夜間勤務に呼ばれることもありました。夜間のシフトはだいたい夕方5時くらいに呼ばれて翌朝5時くらいまでやるのですが、深夜2時あたりでふと、「私なにやってんだろうな・・」とか考えてしまいます。あと昼間のキャラバンは暑いし騒がしいしで寝られたもんじゃないので、寝不足でフラフラになるのも辛いところです。しかし明け方近くなるとボス連合もフラフラなので、商品チェックがゆるくな・・・・・この辺は企業秘密かもしれませんね。



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芋ハーベスター(芋収穫用トラクター)

もうひとつ、この時期は、機械で行う芋収穫作業に呼ばれることも多かったです。
今日の記事の最初に書いたアレではなく、ちゃんと機械でやるやつです。芋を掘るのも集めるのも機械の仕事で、私達人間の仕事は、芋と一緒に集められてしまった土の塊や雑草などのゴミを取り除く事です。上の写真がその機械です。ハーベスター(収穫屋)と呼ばれていました。このハーベスターが芋を掘り返し、そのまま車上のベルトコンベアーに流してくれるので、私達はそのコンベアー脇で作業をします。

私はこの仕事がとても好きでした。
選別作業とやっていることはほとんど変わりませんが、選別に比べかなり大ざっぱな仕分け作業なので気が楽ですし、外仕事なので風が気持ち良いからです。選別工場は閉塞感があり、気が滅入るので好きじゃありません。芋ハーベスターは土煙がすさまじいので全身土色になりますが、汚れれば汚れる程、「今日もよく働いた!」という感じがしました。

ところがどっこい。

芋収穫の最盛期はだいたい11月いっぱいで終わりだったようで、またしても私は、超最盛期の最後の方、つまりやや時期を外れて来てしまっていた事実を知りました。インド人コントラクターのときと言い、私はどうもタイミングが悪いです。昔ブラックビスケッツのタイミングという曲が流行りましたね。でも私はポケットビスケッツ派でした。どうでもいい話ですね。



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レタス畑(のつもりで載せたけどよく見たらブロッコリー畑だった)

12月ごろからは、レタス刈りの仕事を貰う事が増えました。
レタスのシーズンは9月ごろで終わったはずでしたが、私が呼ばれた農家はガトンの隣のトゥンバという町にあり、ここは標高が高いので気候がガトンと異なり、シーズンもずれていたのです。

トゥンバまでは車で一時間近くかかるために、朝5:00の収穫開始に間に合わせる為には3;30くらいにガトンを出る必要がありました。となると3:00くらいに起きなくてはならず、それもう朝じゃなくて夜中だよね・・・と毎日思っていました。

毎朝、まっ暗闇の一時間移動は辛かったですが、
トゥンバの仕事に呼ばれたのは、結果的には大正解でした。

ガトンの収穫シーズンが12月中旬ごろで終わり、その後3月中頃までほぼ全く仕事のない辛い期間が続いたのに対し、上記の通りトゥンバには仕事があったからです。この頃にはガトンで働くほとんどの人達は仕事を求めて別の町に行ってしまい、キャラバンパークもかなり人が減りました。

そんな静まり返ったキャラバンパークで迎えた3回目の南半球年越しもまた、とても静かでした。
去年の弓場農場での年越しが賑やかだった分、少し寂しい気持ちもありましたが、
一人でチビチビ酒を飲みながらの年越しもまたオツなもので、嫌いではありません。

しかし、そろそろ北半球での雪景色の年越しが恋しいという気持ちはあります。
次の年末は久しぶりに日本に帰ろうかなあと、年明け早々、一年先の話に思いを巡らせるのでした。


話がずれましたが、レタス収穫です。

私は数ヶ月前までインド人の元でレタス刈りをしていたので、バッチリ経験者のつもりでしたが、
今回の農家での収穫の仕方は私が知っているやり方とは違いました。

インド人のところでは、(1)レタスの身ぐるみを剥いで、(2)でっかい箱に放りなげる、というわんぱくなやり方でしたが、今回の農家では、(1)レタスの葉っぱをできるだけ残したまま、(2)その場で綺麗に箱詰めしていく、という何ともお上品なやり方でした。そして、このやり方の方が一般的だったようです。

インド人のせいですっかり追いはぎのプロとなっていた私は、この「葉っぱを出来るだけ残す」というのに慣れず、経験者として得意げになっていたのも束の間、あっという間にふりだしに戻ることに。井の中の蛙とはこの事です。たった3ヶ月の経験で出来た気になっていてはいけません。もう一度、一から練習のし直しです。



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ブロッコリー畑

レタス刈りと同時に、ブロッコリー刈りの仕事もよく貰っていました。

ブロッコリーはだいたい膝くらいの高さまで成長し、一株に一個、ブロッコリーがちょこんと実ります。これをナイフでスパッ!と切り取り、余分な葉っぱをポキポキと折って取り除くと、八百屋で見かけるあの姿になります。そしてそのブロッコリーを、前、あるいは後ろを走るトラクターに積んだ巨大な箱に投げ入れれば完了です。・・・という作業を、一日数千回繰り返すだけの簡単なお仕事です。10時間くらい続けると指の感覚が無くなって来ますが、慣れてしまえばそれも気にならなくなります。

ブロッコリーの茎は太くて丈夫なので、ナイフが駄目だと切るのに余計な力が要ります。なので、ナイフの手入れはとても重要です。そういう理由から私は毎日ナイフを研ぎ、常にギラッギラの鋭利な状態にしているのですが、そんなナイフを片手にせかせかと働いているので、よく指を切ります。


あと、


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という失敗をしょっちゅうやります。

めちゃくちゃ痛いし、スネに水平の切り傷や痣が出来ます。
でも騒いだところで痛みが引くわけではないので、そのまま黙って作業を続行します。

弁慶への一撃はさすがに一瞬息が止まりますが、ナイフで指を切ったくらいでは何とも思わなくなります。人は慣れる生き物なので大丈夫です。涙の数だけ強くなれます。アスファルトに咲くブロッコリーの様に。



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手作り黒ビール

トゥンバの農家では、個人的な趣味によるビール製造を行っていました。
日本でやったら違法ですが、ここオーストラリアでは個人でビールを作っても問題ないらしく、
スーパーなどにビール製造セットなるものも売っています。

小屋の片隅にある冷蔵庫の中にこの手作りビールが大量にストックされているのは知っていたので、前回のインド人のときのように喧嘩して職場を飛び出す事になったらその前にこれを飲み干そう・・・と企んでいたのですがそんなことはなく、そもそもそんな犯罪をおかさなくても、ときどき飲ませてもらえました。

写真に写っているビールはほぼ空になっていますが、
収穫後の疲れた体で気持ちよく一気飲みした後に写真のことを思い出したので、仕方ありません。
炎天下労働の後の冷えたビールは最高ですわ。



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ブロッコリーの葉っぱ

ツイッターにも書きましたが、ブロッコリーの葉っぱが美味しいです。味はブロッコリーと同じ(やや薄め)で、食感がチンゲン菜みたいです。特に茎のシャキシャキ感が良いです。スープに入れたり、炒め物にすると美味です。八百屋などでは見かけませんが、なんで売らないんでしょうね。商品にしてもいい美味しさだと思うのですが。農薬の問題とかでしょうか。



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シルバービーツ

葉っぱつながりで、こちらで知ったシルバービーツという野菜も好きです。
日本でも売っているでしょうか。私は見た事が無いのですが。
写真では分かり辛いかと思いますが、意外と巨大で食感も強く、食べごたえがあります。
こちらも煮たり焼いたり炒めたり、なかなかに使い勝手が良いです。



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プランティングマシーン

レタスやブロッコリーの収穫と同時に、プランティングという仕事もよく貰いました。
プランティングとは、苗植えのことです。
写真がプランティング用のトラクターで、後ろに積んである緑のかたまりが苗(プラント)です。

私達はこの車に乗って苗を一つ一つ機械に設置していきます。設置というと仰々しいですが、単にプランティング用の穴にポコポコ苗を落としていくだけです。そうしたら機械が良い感じに植えて行ってくれます。プランティングマシーンの仕組みを言葉で説明するのは難しいですが、とりあえず、ものすごく簡単な作業であるということだけお分かり頂ければ充分です。座って作業するので楽ですし。

まあ、簡単とは言ってもプランティングはそこそこのスピードで進行するので、ちょっとまごつくと苗設置に失敗し、失敗しても機械は止まってくれず となることもあるのですが。

あと、ある日台湾人の女の子がプランティング中に機械に巻き込まれ、指が変な方向に曲がるという事故が起きました。絹を裂く様な悲鳴が聞こえたかと思ったら、その子は指を抑えながら大泣きし、さすがに全員作業を中断。

しかしその10分後には彼女はケロッとした顔で仕事に復帰していました。しかも、何故か「もっとスピードあげて!☆」とかほざいていました。隣に座っていた私はまた指を挟まれるんじゃないかとヒヤヒヤしましたが、案の定、彼女は超スピードに付いて行けず、色々やらかしていました。もう一回泣かせてやろうかオイ



さて、そんな感じの農家仕事2つ目ですが、6ヶ月で辞めました。

何故なら、オーストラリアのワーキングホリデー制度では、
同じ雇用主の元で6ヶ月までしか働けないルールがあるからです。

シーズンオフの暗黒期を越え、ようやく仕事が増えて来た時期にこの期限が来てしまったので非常に悔しかったですが、さすがに政府には逆らえないので、大人しく従って2度目の転職をしました。
転職先は、6ヶ月お世話になった雇用主に紹介してもらった、雇用主のお友達のコントラクターさんの元です。
仕事内容はほぼ変わらないため気分もたいして変わりませんが、引き続き農家仕事ができるので嬉しいです。



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ガトンで取れる野菜たち(の一部)

今日は辛かったり痛かったりする話を執拗に書き連ねてしまいましたが、
農家仕事は常にどっかしら痛めたり怪我したりするものだと思っているので、別に大丈夫です。

いえ、普通はそこまで怪我しないかもしれませんが、私はなんか不注意というかハッスルしすぎというか、とにかく異常なくらい楽しくやっているので大丈夫です。農家仕事、すごくやりがいがあります。

それを生業にするのは本当に大変なことだと言う事も分かっているつもりですが、
それでも、だからこそ、素晴らしいお仕事だと思っています。


後編に続く。


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