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インド旅ルート総まとめと酒飲み向けのおまけ

インド旅のルートまとめです。


<北インド>

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北インドルートです。


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エリアイメージです。



<南インド>

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南インドルートです。


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エリアイメージです。



<北東インド>

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北東インドルートです。


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エリアイメージです。



<インド全土>

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全ルートまとめです。

北は実に美しいルートを描いていたのに、南で若干崩れ、北東部で総崩れしました。その国をいかに美しく無駄なく回るかに命の二割くらいをかけているのに、実に遺憾です。


<好きなエリア、町>

個人的に好きだったエリアは、マナリーやダラムシャーラーのある極北インド、シッキムや七姉妹州のある北東インドです。あと、砂漠地帯のラジャスタンも好きでした。

好きな町は、カジュラホ、オルチャ、ダラムシャーラー、アムリトサル、ジョードプル、ジャイサルメール、マンドゥ、ダージリン、ユクサム、チェラプンジなどです。他にもありますが10選にしてみました。


<行きそびれた町>

仏陀悟りの地ブッダガヤ、極北インドのレー、ラダック、ヨガの聖地リシュケシュ及びハリドワールなどに行きそびれました。

ブッダガヤはバングラデシュの前に行くつもりが列車チケットが一週間先まで満席で、レー、ラダックはシーズンオフで陸路ルートが閉鎖されており、リシュケシュやハリドワールは近くにいるとき気分が乗らなかったので行かなかったら、後からすごく行きたくなりました。

そのうち行きたいと思います。今生のうちには。



<酒飲み向けのまとめ>

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自分用メモも兼ねて、酒税が安い町やエリアのまとめです。他にも色々ありますが、私が実際飲んだくれたエリアは以上です。インドに7ヶ所ある連邦直轄領は基本的に安く飲めるようです。


以下は、別に聞かれてないのについ語りたくなってしまう各地の感想です。飲まない方は読まなくて大丈夫です。飲む方も別に読まなくて大丈夫です。

・ディウ(連邦直轄領)
ビール中瓶60ルピーのバーがあったので通いました。海沿いの町なので魚介と一緒に飲める利点があります。ただしグジャラート州自体は禁酒州なので酒の持ち出しは禁止、出域時に荷物検査があります。

・ゴア州
インド一飲みやすいのではと思うくらいバーやバーレストランが軒を連ねており、新鮮な魚介料理も楽しめます。ただしどこも観光地価格なのが難点です。店で飲むと中瓶が120〜160ルピーくらい、酒屋だと60〜70ルピーくらいです。シーズン内外で料金が変動すると誰かが言っていた気がします。

・ポンディシェリ(連邦直轄領)
美味しいバーがあったので通いました。中瓶120ルピーくらいだった気がします。酒屋で買うと60ルピー。安くて美味しいフルーツジュース屋さんがあり、飲んだあとの一杯がいつも楽しみでした。

・アレッピー(ケララ州)
酒屋の中瓶が90ルピーと格安ではありませんが、他の都市と比べると安い方です。宿のオーナーが連日冷蔵庫にビールを仕込んでくれるので、まんまと罠に嵌りました。

・ガントク(シッキム州)
シッキム州自体酒税が安いのですが、中でもガントクはバーやバーレストランがワンサカあり、チベット料理のモモなどをツマミに飲める素晴らしい町でした。シッキム限定ビールも悪くなく、夜の街も奇麗です。中瓶が110〜130ルピー、酒屋だと60ルピー前後でした。

・ジロ(アルナーチャル・プラデーシュ州)
アルプラ州全体が酒税が安いのですが、特にジロは酒屋で買ったビールを持ち込ませてくれるレストランが多いので飲みやすかったです。500m缶が60ルピー、中瓶60〜70ルピーでした。また、七姉妹州は豚肉料理をよく見かける他、アルプラ州では牛肉料理やヤク料理もお目にかかる事が出来ます。


以上です。

個人的には、是非ラジャスタンの酒税を安くして欲しいです。あそこが一番熱くて乾燥していて砂漠なので、最高のビールが飲めるはずです。


以上、インドルートまとめでした。


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| インド | 23:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

インド編おわり


<9/5 タワン出発>

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ルート

アルナーチャル・プラデーシュ州を出て、アッサムに戻ります。そこからはもうネパールを目指すばかりです。



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タワン・バススタンド

来たときと同じくスーモに乗るつもりでしたが、テズプール行きもグワハティ行きもえらく高かったのでバスにしました。グワハティ行きバスは無かったので、テズプール行きです。夜行なのに午前11:30という変な時間に出て、到着は明日朝になるそうです。16時間の長旅です。



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バスが道端で急に停まったと思ったら、サービス係さんが木の実をもいで乗客に配ってくれました。インドのサービス係がサービスしているところを初めて見ました。甘ずっぱくてとても美味しかったです。



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セラ峠越え(タワン側)

席の関係でこんな写真しかありませんが、セラ峠辺りの風景です。来たときは真っ暗闇でしたが、今回は昼だしお天気も良いしで壮大な風景を楽しめました。



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翌朝3:00、テズプール着

上下左右に激しく揺さぶられながらもなんとか寝て、翌朝テズプールに到着しました。翌朝と言うか思いっきり夜中ですが、隣の席に乗っていた女の子もこれからグワハティに行くと言うので、バススタンドで一緒に町が動き出すのを待ちました。



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グワハティ着、本日の朝ごはん

朝5:00のミニバスに乗り、4時間弱かけてグワハティへ。女の子はこれから空港に向かうと言うので、朝ごはんをご一緒したあと別れました。



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グワハティの宿

今日はこのまま夜行列車でシリグリまで行き、明日にはネパール入り出来るかなとか思っていましたが、16時間夜行バス+2時間待ち+4時間バス明けでは流石に疲れた気がするのでグワハティで一泊することに。あと、グワハティは昨日までのタワンが嘘の様に急に夏なので、シャワーを浴びるべきです。最近風呂無しや駅泊に慣れすぎです。

グワハティでの用事はもうほぼ残っていませんが、まだネパールプランも決まっていませんし、この日は一日宿に籠もって調べものをしたりブログを書いたりして過ごしました。


<9/7 グワハティ>

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本日はインド最終日です。写真はもう何度目か分からないグワハティ駅です。飽きました。



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最後に何か良い思い出を・・と思い昼食は少し高めのターリーを頼んだところ、すっかり冷めていました。また、その後駅前の道を歩いていたら鳩かカラスに糞をかけられました。



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シリグリ行き列車

そして乗った夜行はベッドがトイレ近くで、一晩中臭かったです。

インドは最後までインドだなと思いました。食事と列車はいつもこんなもんですが、うんこかけられたのは流石にショックでしたよインドコンニャロー。しかもよりにもよって頭にかけられましたし。すぐ水場を探して洗い流しましたが。



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アッサム州立博物館

でも最後に見たアッサム州立博物館が大変良かったので、うんこの件は許そうと思います。

ちなみにこの博物館、相当立派な建物ですが、



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展示スペースは端っこのこのビルだけです。ずっとそうなのか、今メインビルが改装中とかなだけなのかは不明です。

七姉妹州ではアッサム、ミゾラム、マニプール、アルナーチャル・プラデーシュの州立博物館に行きましたが、どこも大変面白かったです。個人的にはアルプラ州、ジロとイタナガルの博物館が特に好きでした。



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夜行列車待ち中に食べたロティ&サブジ(カリーっぽいやつ)に付いてきたニンニクピックル(ピクルス)が、めちゃんこ美味しかったです。マンゴーピックルには一度どハマリしましたが、ニンニクのそれがこんなに美味しいとは知りませんでした。もっと早く知っていれば瓶で買いましたのに。

このニンニクピックル、そのままナンやロティにつけても美味しいですし、カリーやトマトソースの隠し味に使っても最高の働きをすると思います。どこかで見つけたら是非買って帰りたいです。


<9/8ネパール入国>

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3:50 シリグリ着

翌朝無事シリグリに着きまして、その後速やかにネパール入国を果たしました。


以上、インド編でした。

1月の入国から実に8ヶ月。スリランカとバングラデシュに抜けた期間を抜いても、約7ヶ月の長旅でした。2、3ヶ月で出るつもりだったのに。

一つの国にここまで時間をかけたのは初めてのことです。チャリ旅をしたアルゼンチンにも数ヶ月いましたが、あれはチャリ旅だし沈没もしたし、それに対してインドは沈没と言うほどの沈没はしていないのに7ヶ月も旅した上に、まだ行き損ねた場所があるという・・本当に恐ろしい国です。大きすぎるんですよ。

実を言うと、インドにはもう二度と来たくない一心で色んな所を回りまくっていました。今回で全てを終わらせようと。でもいざ終わってみれば、まだまだまだまだ行き損ねた所は沢山あるし、この国の面白い所も山ほど知れたし、北インドのあの糞っぷりも今となっては良い思い出な訳がないしあの恨みは絶対忘れませんけど、でも、それも含めてのインドです。まあ私もだいぶ鍛えられましたから次は刺し違えてでも○ってや(略

以上、インド編でした。


次回はネパール入国からですが、その前にインドルート総まとめを載せたいと思います。


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<情報コーナー>

◯ タワンからテズプール、グワハティ

タワン発テズプール行きスーモはどこの会社で聞いても朝5:00〜5:30発、1,000ルピー。グワハティ行きは同時刻発、1,400ルピーだった。私が乗ったのは午前11:30発のテズプール行き夜行バスで、運賃650ルピー、翌朝3時ごろにテズプールに着いた。タワン発グワハティ行きのバスは無し。

◯ テズプールからグワハティ

タワンからのバスが到着したテズプールASTC Bus Standからだと、一番朝早いのが5:00発のミニバス、運賃180ルピー、所要3時間半くらい。他にもバスやスーモが多数出ている模様。

◯ グワハティの宿

「Sambhala Homestay」
シングルなし。ツインまたはダブルのシングル利用400ルピー。wifiなし、キッチンあり、ファンあり。アパートの一室を利用した小規模な宿。駅からやや遠く、歩いては行き辛いが市バスの通る大通りが近い。

| インド | 22:39 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

七姉妹州(7)アルプラ②ボンディラ、ディラン、タワン

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本日からこの西側エリアを回ります。



<8/28 ボンディラへ>

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イタナガルバススタンド

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ボンディラバス&スーモ乗り場

着きました。

実際は夜行バスで14時間かかっており、一度アッサム州に出てから再びアルナーチャル州に入域するという面倒臭いルートを通っております。

イタナガル市内、及びイタナガルからジロへの道がここで穴掘り大会でもやったんか?というくらいボッコボコだったので今回も覚悟していたのですが、そんなに酷くなかったです。アッサムに出ている間は平坦で滑らかなアスファルトだったし、アルプラ州再入域からボンディラまでは曲がりくねった山道ではあるものの、穴はさほど空いてなかったような。寝ていたので分かりませんけども。



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一般的な入域ポイントは(A)のはずですが、今回は真っ暗闇の仮設テントに警備員が一人立ってるだけみたいなポイント(B)を通りました。多分。GPSの誤作動とかで無ければ。

なお、今回も入域許可証のチェックはありませんでした。越境ポイントで一応バスは停まりましたが、乗客は皆寝ていたりその辺でトイレを済ませたり、自由そのものでした。私はきっと自己申告するべきだったのでしょうが、真夜中ですし一人降りてワチャワチャやってバスを遅らせるのも悪いかな〜とか思い寝たふりをしていました。

大丈夫です。後で怒られたら「寝てたらいつの間にか過ぎちゃってたんですよお〜」とでも言えば良いのです。



<8/29 ボンディラ>

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野犬とともにお日様を待つ

到着時刻は早朝だったので宿に突撃するのは躊躇われ、しばらくその辺に腰掛け凍えながら待ちました。だいぶ標高を上げたので寒いです。半年ぶりにライトダウンを出しました。



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ボンディラの宿「Samurai Hotel」

8:30頃まで待って、何軒か聞いたうち唯一予算内だった宿に入りました。もう一軒向かいの宿も安そうでしたが、誰も居なくて。スーモスタンド近くにはあまり安宿っぽいものが見当たらず、だいぶ歩きました。

宿名が何故かサムライホテルですが、特に和風な訳でもなく、侍との関連性は不明です。



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ボンディラの町並み

ボンディラに来た目的は、特にありません。チベット世界のタワンに向かうにあたり、一気に行くよりジワジワ近づいた方が景色の変化が楽しめるかな〜とかその程度の理由です。その程度ですが、そういうのが好きで陸路移動をしているので重要と言えば重要です。



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山の斜面に張り付く町のだいぶ下の方に宿を取ってしまったので、移動が大変です。でも歩いているうちに徐々に近道や抜け道が分かって来ました。



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ミニ市場



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ゴンパ  

特別何かがある町ではないので観光と言う名のお散歩は一瞬で終わってしまいましたが、町の雰囲気は良い感じでした。



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本日のお昼ごはん

この辺りは牛肉も食べる様で、お昼ごはんにビーフライス(牛定食)を頼んでみたらビーフ炒飯が来ました。確かにビーフでライスですけども、想像していたものはこれではなかったです。でも、美味しかったです。



<8/30 ディランへ>

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ディランの町並み

翌日はディランへ。ボンディラとディランは近く、所要一時間少々で着きましたが、スーモ(シェアジープ)の待ち時間が5時間くらいあったのでえらく長旅だった気がしています。



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ディランの宿「Hotel Sangyela Lodging」

安宿を探そうとしましたがなんだか胃が痛く、長時間歩けなかったので600ルピー(1000円くらい)の宿で手を打ちました。胃痛は30分ほど寝たら治りました。ジロで飲みすぎましたかね。



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ディランは川沿いののどかな町ですが、丘の上のゴンパは町の規模からは想像もできないくらい立派でした。残念ながら中には入れませんでしたが、巨大なストゥーパやズラリと並ぶマニ車の列が圧巻でした。



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あと、仏画が全て半立体でよく作り込まれていました。かなり新しいゴンパらしく、壁や柱の装飾もピカピカです。



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ゴンパの丘から見たディラン

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仲良しワンコ達

のんびりした良い町です。



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本日の晩ごはん

ディランもジロなどと同じくやたらと酒屋がありますが、ボンディラに引き続き、バーはおろか飲めそうなレストランもありませんでした。今日は肉とビールで一杯やるぜえと思っていたのに、野菜モモとチャイなぞ食べております。健康になってしまうではないですか。



<8/31 タワンへ>

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さらに移動は続きます。さらにと言いつつ、次はもうゴールのタワンですけども。

ディランからタワンへのスーモは早朝発のものがいくつかありましたが、5、6時間で着くと聞いたのでゆっくり出ようと思い、一番遅い8:30の便を予約しました。しかし実際は8:30の便はなく7:00に出るから6:30に来いと言われ、その通りにしたらスーモは8:30に来て、9:00になろうかという頃ようやく出発しました。

あと、七姉妹州に入ってからインド感が非常に薄かったのでもう別の国にいるような錯覚を覚えていましたが、今回のジープ同乗者はほぼ全員オレンジ袈裟のヒンドゥー教徒で、なんか急にインドでした。



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本日の朝ごはん

10:00すぎ、山道の食堂でジープを停め、朝食休憩を取りました。アーリア系インド人らしきご家族が経営するお店で、久々にインドっぽい味付けでしたが付け合わせが七姉妹風でした。そのミックス具合が大変楽しく美味しかったです。

今回の食事は朝食と言うには中々にボリューミーでしたが、これが大正解でした。



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泥にはまる人々

その後峠越えで皆仲良く泥にはまり、何も無い山道で数時間全く身動きが取れなくなったのです。少し先でショベルカーが頑張っていますが、その100メートル程手前から既に脱落者が続出しております。



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脱出

今日はもう諦めてディランに引き返すか?みたいな話し合いにまで発展しましたが、同乗者は全員インド人です。全会一致で「待てばそのうち通れるんじゃない?」という緩い結論が出ましたので、皆して車内及び車外(道端)で昼寝しながらのんびり待ちました。

そして、3時間ほど経ったころ。我らのドライバーさんは冷静な人で、周りの車両達が次々と泥の川に挑みKOされていくのを冷静に観察し、ベストルートを算出。ノンブレーキで一気にこれを脱出しました。思わず拍手して褒め称えたら、テヘへと嬉しそうにしていて車内は大変良い雰囲気でした。



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ディランとタワンの間に立ちはだかるセラ峠は標高4,000mを優に超える神の山(かどうかは知らんけど)で、登るにつれ霧がどんどん濃くなっていきました。

そんな中でチラホラ視界に入ってくる小さなチベット世界は、タワンへの期待をますます大きくしてくれました。



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途中で寄った池です。「多分山頂ではないけど山頂近くだと思う」だそうです。通りすがりのインド人(多分別のジープの搭乗者)より。

霧に飲み込まれながらも、バタバタと力強くはためくタルチョが印象的でした。



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峠を越え少し走った所にあった牧場か何かです。滅茶苦茶寒いですが高山植物が美しく、ヤクにも会えました。

牛と同じ感覚で近づいたら、ヤク達は意外と機敏な動きでサッと逃げてしまいました。警戒心が強いのですね。牛なんかすれ違い様に撫で回しても何も言わないのに。



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霧が深いのと車体が激しく揺れるのとで良い写真が撮れませんでしたが、セラ峠越え中の風景、特にタワン側に降りる際の風景が素晴らしかったです。群生する草花に綺麗な小川、そびえる山々。我が美しき思い出、アウストラル街道を思い出してしまいました。



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本日の晩ごはん

本来昼過ぎには着いていたはずが19:00を過ぎてもまだ着かず、「これから行っても店は全部閉まってる」ということで、タワンの手前で夕飯休憩を取りました。店の照明がムーディー過ぎてこんな写真しか撮れませんでしたが、食べたのは毎度お馴染みベジタブルライスです。野菜定食。



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タワン初日の宿「HOTEL NEFA」

結局タワンに着いたのは21:30を過ぎた頃で、宿に落ち着いた頃にはもう22:00を回りかけていました。

町は寝ているし雨も降っているしでかなり厳しい状況でしたが、ドライバーさんと同乗インド人達のうちヒンドゥー部隊ではない人達が一緒に宿探しをしてくれたので、大変助かりました。かなり真剣に付き合ってくれるので何て良い人達なんだろう・・すみません私のためにご苦労をかけてしまって・・・とか思っていたら、その後全員同じホテルに泊まったので笑いました。君らも宿無しだったのですねと。

なお、ヒンドゥー教徒の皆さんは全員寺院前で降りて行きましたので、巡礼宿か何かがあるのだと思います。
  


<9/1〜9/4 タワン>

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タワンの宿2「HOTEL GORICHEN」

タワンでは少しゆっくりして調べものをしたかったので、良い感じの宿を探して移動しました。この広くてオシャンティーな宿がなんと500ルピー(800円くらい)です。元は600ルピーでそれでも十分良心価格だと思いましたが、連泊割引にも応じて頂けました。

わたくし元の宿予算は300ルピー(500円くらい)、駄目ならギリギリで500まで・・!という感じだったのに、南インドのへんぴな町及び七姉妹州あたりからなかなか安宿が見つからず、すっかり予算500ルピーに落ち着いてしまいました。慣れって怖いです。

でも北インドに比べ南、北東インドでは観光費がほとんどかかっていないので、トータルの出費は似たようなものです。



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タワン風景

昨日は真っ暗で何がなんだか分かりませんでしたが、お日様の下でみるタワンの町はすっかりチベット世界でした。



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バススタンド

タワンはアルプラ州の中では比較的(あくまで比較的)観光客が集まりやすい町と思われ、宿やレストランも沢山ありました。レストランは半分くらい閉まっていましたが。また、小さいながらバススタンドもありました。



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ビーフトゥクパ

チベット料理を食べまくるぞお〜とか思っていたのですが、タワンは想像したほどチベット料理屋に溢れてはいませんでした。モモやチョーメン(焼きそば)くらいならどこででも食べられますが、あとはトゥクパ(ラーメン)をチラホラ見かける程度で、インド料理屋の方が多いくらいです。



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タワン飲み会履歴

ここタワンもお酒が安い町なので天啓に従いましたが、またしても飲めそうな店が見つからなかったので毎晩宿飲みでした。

それはそれで楽しいから良いのですが、タワンはツマミを持ち帰らせてくれる店が少なく、しかも閉めるのが早いので大変でした。5時とかには閉めてしまう店もあるので、最終的にはまだ明るい4時頃から飲み始めるただの駄目人間に。まあ夜9時に寝て朝5:00から活動していたので、健康的と言えば健康的ですけども。



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タワン僧院

もちろんただ飲んだくれていた訳ではなく(ほぼ飲んだくれてたけど)、ちゃんと観光もしました。タワンと言えばのタワン僧院です。

タワン僧院の正式名称は、日本語に直すと「神の馬に選ばれし天井界の最も神聖な場所」という意味の言葉なのだそうです。何と言いますか、てんこ盛りなお名前ですね。



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タワン僧院入り口

こちら町の中心から徒歩40分〜1時間ほどかかりますが、天気が良ければタワンの町や遠くの山々が一望できる気持ちの良い道なので、歩いて行くのがお勧めです。

なお、私の時は霧が立ち込めていたので上記は全て妄想です。実際どんな光景なのかは全然知りません。



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タワン僧院には日曜に行ったのですが、ジロに引き続きまたしても日曜さんありがとうな結果となりました。

いえ、日曜のおかげかどうかは実はよく知らないのですが、民族衣装を纏った人々が大勢集まり、何か集会をやっていたのです。何て言うんでしたっけこういうの。キリスト教で言うところのミサみたいなやつ・・単語が出てきません。



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何はともあれ集会です。しかしそんな大事な会でも、子供達はお構い無しで元気爆発、ついでに動物達も乱入し、どいつもこいつもやりたい放題でした。でも、誰も叱りません。

なんか、こんなもんでいいんじゃないですかね?と思いました。平和そのものの良い光景じゃありませんか。日本は常識とか配慮とか責任とか協調性とかの言葉でお互いを縛り合い、どんどん身動きが取れなくなっている感じがするので、この緩さが何だか羨ましく思えました。



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タワン僧院は僧院ですから、居住区もあります。しかしただの居住区と言うには規模が大きく、一つの町のようです。



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タワン僧院では、モンパ族の皆さんにもお会いすることが出来ました。まあここにいる人殆どがモンパ族ですが、中でも特に目を引くのは、こちらの不思議帽子を被った人々です。



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「ジョモ」イタナガル、アルプラ州立博物館より

これまた博物館で撮ってきた写真です。そして以下はまたまた西遊旅行さんからの引用です。

「主にタワン地区と西カメン地区に居住するモンパ族は、ヤクの毛をフェルト状にして作ったジョモという帽子をかぶり、 女性はラック虫で染めたロウシルクの貫頭衣を身に纏い、 男性は赤いフェルトのジャケットを着ています。 」

とのことです。

ジョモを被っているのは年配の女性ばかりで、若い人はもうあまり被る習慣はないようでした。

あと、この衣装。女性達が着ているこのピンク色の衣装が大変可愛らしいのですが、それをそのまま小さくした服をチビちゃん達も着ているものだからんまあああああああめちゃんこ可愛くてニタニタしてしまいました。



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Twitterに一度載せたやつですが、折角なので使い回しておきます。
 
こんな感じの可愛らしい少女達、そして頭を丸め赤い袈裟を纏った小僧達がキャッキャと走り回るタワン僧院は、日本がいつしか失った優しい光景を思い出させてくれる様でした。

まあ、私もそんな長く生きている訳ではないので昔の日本は知らないんですけども。



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博物館

タワン僧院には博物館もあります。こちら二階建ての小振りな博物館ですが、チベット仏教美術の素晴らしい品々が多数展示されています。必見かと存じます。



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帰り道のカフェ

タワン僧院の帰りに雨に降られたので、カフェに寄りました。そしたら携帯電波が良い感じに来ていたので、ここで次の国・ネパールについての調べものをしました。宿やその周辺は町の中心であるにも関わらすモバイルネットが非常に弱く、調べものどころかネットにアクセスすることすらままならないのです。

しかし何故か、この山の上のカフェとタワン僧院では良い電波が来ていました。タワンの携帯電波事情がサッパリ分かりません。



<行けなかった町、ジミタン>

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タワンをゴールと書きましたが、実はそれより先のジミタンという町まで行くつもりでいました。中国との国境に接する町です。

このジミタンという町は、1959年、ダライ・ラマ14世がチベットからインドに亡命した際に最初に足を踏み入れた地なのだそうです。その後タワン僧院に一旦落ち着かれ、再びダラムシャーラーまでの長い旅に出られたのだとか。

そんなジミタンを是非訪れ、この目で確かめたい風景や立ってみたい場所が沢山あったのですが、例のお一人様用入域許可証ではそれは許されていませんでした。念の為グワハティのアルナーチャル・ハウスに電話で確認を取ったのですが、強めの口調で「NO」と言われてしまいまして。

予想は出来ていましたが、実はタワン以上に行きたかった町なのでとても残念です。山の上からブータンも見えるらしくて。次こそはきっと、誰か他の旅人を道連れにしてアルプラ全域許可証を勝ち取りたいです。


次回はアルプラ州を出て、ネパールに入る直前辺りまで書きます。


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<情報コーナー>

◯ イタナガルからボンディラ

州立バスの夜行が毎日15:30発、510ルピー、所要14時間弱。その他、朝便(隔日)やスーモもある。一度アッサム州に出てから再びアルナーチャル州に入域するルートを通る。

◯ ボンディラの宿

「Hotel Samurai」
トイレ冷水バケツシャワー付ダブル600ルピーを500にしてもらった。シングル無し。建物は古いが、掃除はちゃんとされている。Googlemapで出るが、実際は道路を挟んだ一段下方にある。SamsungとかCanara bankの看板が出ているビルの地下。宿は看板もなく入り口が分かりづらい。
ボンディラはメイン道路沿いに中級ホテルが沢山並んでいる。安宿はその辺には無さそうだった。

◯ ボンディラからディラン

朝5:30のタワン行きに乗り途中下車する。その他にも色々ありそうだが正確な時間は不明。宿の人が言うには9:00〜10:00くらい発。スーモカウンターの人が言うには8:30〜9:00くらいにも出る、とのこと。私は8:30にスーモスタンドに行きすぐディラン行きを見つけたが、実際出たのは12:00前だった。ある程度満席にならないと出ないシステムなのかもしれない。運賃150ルピー、所要1時間15分くらい。

◯ ディランの宿

「Hotel Sangyela Lodging」
スーモカウンターの集まる町の中心から、100mほどボンディラ方向に戻った右手側。シングルなし。トイレホットシャワー付きのダブル800のところを600にしてもらった。町の中心を少し外れるので静かだし、清潔感があり良い感じ。
ディランの宿はメイン通り沿いに集中しているが、川方向に下る道にもニ、三軒ある。安くは無かったけど。

◯ ディランからタワン

朝7:30発、8:30発など。運賃500ルピー、所要5、6時間のはずだが私のときは峠越えでぬかるみ渋滞が起きており、12時間かかった。

◯ タワンの宿

「HOTEL NEFA」
バススタンドを出て左を向くと道の先に見える。トイレホットシャワー付シングル500ルピー。給湯器が壊れていたのと、水回りがだいぶきちゃなかったのが難点。wifiなし、ファンなし。

「HOTEL GORICHEN」
バススタンドを出て右方向に1分ほど歩くと大きなチベット門があるので、そのすぐ右脇の建物の階段を登った所。トイレホットシャワー付きのダブル600ルピーのところを3泊するからと500にしてもらった。wifiなし、ファンなし。部屋は広くてテーブルとソファみたいなのもあり、かなり快適。シングルは無し。併設のレストランは休業中。

タワンの比較的安価な宿はバススタンド周辺に多い。少し離れると中級ホテルが増える。

| インド | 07:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

七姉妹州(7)アルナーチャル・プラデーシュ州、①イタナガル、ジロ


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七姉妹州旅の最後はアルナーチャル・プラデーシュです。 



<8/23イタナガルへ>

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朝5:40 チャパルヌク

まずは前回の続きから。

グワハティ行きの列車に乗りましたが、朝起きたらアルプラ州への拠点になる町テズプールに比較的近い駅にいたので、途中下車してみました。



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目的地イタナガル

で、ここからどうやってテズプールを目指そうかと思ったら駅前にナガオン行きのシェア力車が待機しており、ナガオンでもあっさりテズプール行きミニバスを発見。

テズプールではイタナガル行きを見つけられなかったものの(単に乗り場が違ったらしい)、州境方面に行きそうな適当なバスに乗車できました。

そしたらこのバスが「方面」どころかまさに州境行きでした。



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バンダーデワ・チェックポスト

なんだかトントン拍子です。こんなに上手く行ってしまうとその後の揺り返しが怖いのですが。

それはさておき、ついにアルナーチャル・プラデーシュ州にやって参りました。七姉妹州最後の州にして、ここだけ入域許可が必要という何となく真打ち感のある州です。 

が、入域チェックをあっさり素通りしてしまいました。防御が甘いですね真打ちさん。

州境にはゲートがありますが、割と出入りし放題な感じで屈強な兵士とかも立っていなかったのです。そんなわけなので、バスを降りたところで知り合った青年とくっちゃべっているうちにサラッと越境し、イタナガル行きのバスに乗ってしまいました。

私「あっ入域手続きしないと!」
青年「許可証持ってる?」
私「うん」
青年「じゃあ大丈夫」

とのことです。

いや大丈夫ではないんですけど、事前にネットで調べたところこういう例は多い様ですし、許可証はちゃんと持っているので後で何か言われたら「乗ったスーモが州境で止まってくんなかったんですよお〜」とでも言えばいいかなと。

大丈夫です。適当な国を旅する秘訣は自分も適当になることですので。



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アルプラ州風景 

アルナーチャル・プラデーシュは私にとって七姉妹州最後の州であり、インド最後の州でもあります。この後はもう出国するばかりなので。

そして、アルプラ州は酒税が安いことで(酒飲みの間でだけ)話題沸騰の州でもあります。

他の七姉妹州はそうではなく、中には禁酒州まである始末で、そのころやたらとトラブルが続いて落ち込んでいたのに酒の一杯すら許されなかった私はフラストレーションが溜まりに溜まっており酒屋がワンサカあるぞこの州ワハハハ



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イタナガルの宿「HOTEL ALPINE」

イタナガル行きのバスは青年が奢ってくれたので、お礼にジュースとお菓子を贈りホンワカ気分でイタナガルに到着しました。やっぱ七姉妹州の人達好きです。とっても優しいのです。

宿は何軒か訪ね歩きましたが、最終的には予算内の独房を見つけることができました。

また、入域チェックをスルーしてしまったことで「もしかして許可証いらなかったかな?高かったのに・・」とか思いましたが、宿のチェックイン時に許可証コピーの提出を求められたので、これは必要だぞということが分かりました。全ての宿で提出したので、事前にコピーを何部か撮っておくと良いと思います。

そんな感じで本日の行程は終了です。

というわけで 飲みに行くぞお〜!!

とルンルンで飛び出したのにバーが見つかりませんでした。バーレストランもありません。おのれイタナガル・・酒をチラつかせておいて飲ませてはくれないのですか・・・



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本日の晩ごはん「ボイル」

で、仕方無しに夕飯だけ食べることにしたのですが、アルプラ名物だと言う「ボイル」というお料理が美味でした。

名前そのままのスープ料理ですが、発酵筍やキノコのお出汁が効いたサッパリ優しいお味でした。でもインドのパラパラご飯に合わせるにはちょった爽やか過ぎる気も。かと言ってパンに合う感じでもないし、ここは日本米によるトロトロ雑炊またはうどん、はたまたすいとんの出番な気がします。



<8/24ジロへ>

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スーモカウンター(バススタンド内)

本日はジロに向かいます。イタナガルはジロの後でまた寄るので、そのとき改めて観光します。

さて、地図にある通りその先にも魅惑のアルプラ州が広がっていますが、私はこのジロまでしか行けません。何度も恨みがましく書いております通り、お一人様仕様の入域許可証は行動範囲が制限されているからです。二人以上なら好きなところに行けるそうです。キャッキャウフフと楽しそうにな。

「団体ツアーやガイドツアーならどこにでも行けるけど、個人旅行者は何人だろうが制限が付きます」とかだったら納得できるのに、お一人様だけ駄目とか言われたらお一人様拗らせている私はオイ独り者を差別す・・長くなるのでやめておきます。



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ジロ、ハポリ村

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ジロの宿「Ankita Hotel」
 
ジロはジロ村とかジロ町と言うより、ジロエリアみたいな大きな括りだったようです。

うち、ハポリという村が比較的大きめで滞在先として便利な様ですので、ここに宿を取りました。ハポリの宿は一本道にズラリと集中しており回りやすかったです。全部尋ね、一番安かった宿に入りました。

まだ外は明るいですが村巡りに行くには遅いので、とっととバケツシャワーを浴びて洗濯をして、本日の行程は終了としました。

というわけで 飲みに行くぞお〜!!



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本日の晩ごはん/トゥクパ

とルンルンで飛び出したのにお酒を飲めるお店がありませんでした。

何なんでしょうイタナガルと言いジロと言い・・酒屋はいくらでもあるのに何故飲み屋が無いのですか・・・



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と、もう怒髪が天を貫きそうだったので夕飯帰りに酒屋でビールを買いました。ここ数週間の呪いを酒で洗い流すのです。そして全てを忘れてまた元気に旅を続けるのです。

なお、流石は酒税が安いで州なだけあってキング・フィッシャーやその他のビールの500ml缶が60ルピー(100円くらい)で買えました。何も言ってないのにストロングを出してくる辺りこの町は分かっているなと思いました。また、この町では何故か見かけませんでしたが後日別の町で買った同ビールの中瓶は70ルピーでした。参考までに、コルカタで買うと中瓶は130ルピーくらいです。

そういう訳ですので、アルプラ州では飲みたいだけ飲もうと思います。宜しくお願いします。



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ビールとモモ

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ビールとチリポーク(豚肉の唐辛子炒め)

到着翌日に「この町カーテン個室付きの店が多いぞ?」という事に気が付きまして、もしやと思い「外で買ってきたビールここで飲んでもいいですか?」と聞いてみたらOKでした。

宿飲みも良いですが出来れば乾きものではない温かいツマミが欲しいですし、周りの声や厨房の音を聞きながらゆったり飲むのが好きなので、ジロのこの営業形態は大変嬉しかったです。周りの声は聞こえるのに自分は一人でいられるというのも良いですね。精神的引きこもりとしては。



<8/26 ジロの村巡り>

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ハポリ村風景

到着翌日は雨だったので宿でブログを書くなどして過ごし、その次の日に村巡り散歩に出掛けました。この日は日曜だったのですが、これが大変良い選択でした。



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道中風景

本日の目標はオールド・ジロ村。車道を通れば6キロくらいですが、それだとつまらないので周辺の村々を巡りながらのんびりこれを目指しております。

この辺りにはアパタニ族という人々がお住まいで、彼らはお顔に入れ墨をしている他、年配の女性達はノーズプラグという特徴的な装飾を施しているそうです。入れ墨の人はハポリでもよく見かけますが、ノーズプラグの人にはなかなか出会えないので本日の村巡り中にお会いできると良いなと思います。



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教会

「日曜に出たのは良い選択だった」と言うのは、それはこの辺りの人々の多くがキリスト教徒であり、日曜である本日はミサに出掛ける人々に沢山会えたからです。



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アパタニ族の女性達

その中には、件のノーズプラグの女性達も沢山いらっしゃいました。今日一日で、総勢30人くらいには出会えたでしょうか。思ったより沢山の女性達がこの装飾をなさっているようです。

上のお二人は共にアパタニ族で、向かって右の方は入れ墨を、左の方は入れ墨に加え、件のノーズプラグを着けています。




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ノーズプラグ/ジロの州立博物館より

後日博物館で発見したノーズプラグです。

このプラグは直径1.5センチ高さ5ミリくらいですが、人によって使用プラグの大きさは異なるようです。ボディピアスと同じく徐々にサイズを大きくしていくものと思われ、年配の方ほど大きめのプラグを使用している印象です。



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イタナガルの州立博物館より

別の博物館にて、少し分かりやすい写真を撮って来ました。ノーズプラグは鼻の穴に挿しているわけではもちろん無く、鼻の両側に穴を開け挿し込んでいます。括りとしては鼻ピアスと同じものです。



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村に貼ってあったポスター

大体5、60代より上の世代と思しき女性達はノーズプラグをしている方もチラホラ見かけ、さらに上の世代になると高確率でこれを着けていらっしゃいました。それより下の世代になると、入れ墨をしている方はいれどノーズプラグの方は見かけず、さらに若い20代より下かなという世代では、皆さん入れ墨もしておらず今風の出で立ちでした。

写真の女性は何かのポスターなので詳細は分かりませんが、若い女性でもこれを施している人がいるのか、それとも演出用のシールか何かなのか、非常に気になるところです。



さて、何故こんな特徴的な装飾を施しているかと言うお話なのですが、「アパタニ族の女性達はとても美しく別の村の男達に攫われるため、わざと醜い装飾を施し身を守った」のだそうです。

どこまで本当か分かりませんが、全部本当だとしたら随分酷い話だなと思ってしまいました。攫われる事も、それを防ぐために容姿を歪めなければいけなかった事も。ノーズプラグを付けた女性達を見るとどうしてもその装飾に目が行ってしまいがちですが、皆さん確かに整ったお顔立ちをされている方が多く、目元なども涼しげで素敵です。他の方法で守ってあげることは、本当に出来なかったんでしょうか。

この逸話は実は嘘で、本当は「このノーズプラグ美しいでしょ?」と思いながら好きでやっているんだったらいいなあなんて思いました。他者から見たら違和感があっても、御本人達が美しいと思うのならそれが本当の美しさなので、それで良いのです。それが良いのです。



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引き続き村巡りです。

なんだか日本の田舎を見ているようです。道行く人々も私達東アジア人とよく似た容姿だし、自分は一体どこにいるのか、妙な錯覚を覚えます。



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明らかに脱走中の犬



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人に管理されているらしい、規模の大きな竹林をよく見かけます。

村作りにも竹がよく使われているようですし、お料理にも筍がよく登場することから、この辺りには竹文化が強く根付いているのだなと言うことが感じられます。



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イタナガルの州立博物館より

後日博物館で見た竹細工です。こんなのもう道具を通り越して芸術ですよね。

日本にも竹製品は沢山ありますが、用途は同じでも国や地域によって少しずつ形やデザインが違うので、そういうのを見るのが楽しいです。



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小さな村を歩いていたら、民家の前に不思議な飾りがあることに気が付きました。よく見るとこの一軒だけではなく、少しずつ形は違えど似たようなものを飾っている家が沢山あります。

なんじゃらほいと思い調べてみたら、我らが西遊旅行さんが答えを教えてくれました。こちらは「アギャン」という名前の飾りで、いわゆる魔除けの役割を持っているのだそうです。



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各村でこういうでっかいのをよく見かけます。

またまた西遊旅行さんの解説によると、「各村の中は小さな結いのようなグループがあり、 そのグループごとに大きな「ボボ」と呼ばれるポールと集会場である「ラパン」があります。」とのことです。  

多分これがボボで、



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これがラパンかな?と思っています。違ったらごめんなさい西遊旅行さん。



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こちらも不思議だったのですが、これまた西遊旅行大先生によると、あぜ道を有効活用したヒエの栽培なのだそうです。

有効活用は素晴らしいのですが、全部ヒエで埋めてしまって彼らはどこを歩くつもりなのでしょう。



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オールド・ジロ

滅茶苦茶遠回りして辿り着いた、オールド・ジロ村です。

この村自体は村というか小さな町というか、普通の風景でした。宿も二軒ほど見かけました。途中の村々にもホームステイがチラホラあったし、便利なハポリ村を離れどっぷり村の生活に染まってみるのも楽しそうです。


<8/27 再びイタナガルへ>

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州立博物館、ジロ

先ほど少し載せたジロ博物館ですが、こちらにはイタナガルに戻る日の朝になってようやく訪れることが出来ました。私がジロに着いたのが金曜の夕方だったのに対し、博物館は土日休館だったのです。



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館内は撮影禁止とどこかで見た気がするので、学芸員の方に確認してOKが出た所だけ撮りました。

こちらはアルナーチャル・プラデーシュ州民族分布図です。この右下の辺りとか、次こそは是非行ってみたいです。



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ジロ・スーモスタンド(ハポリ村の外、幹線道路沿い)

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道端の八百屋でやたらと野菜を買い込む運転手さん

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本日のお昼ご飯/定食「ライス」



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イタナガル再び

博物館見学の後シェアジープに乗り込み、またイタナガルに戻ってきました。前と同じ宿に一泊します。



<8/28イタナガル観光>

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州立博物館、イタナガル

朝のうちに今夜の夜行バスチケットを買っておき、出発まで暇なのでイタナガル観光をしました。

まずはこちら、アルプラ州立博物館です。ここ大変良かったです。いつも良い良い言ってるのでそろそろ信じて貰えなくなっているかもしれませんが、本当に良かったです。



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生活用品や農具の展示も良かったのですが、アルプラ全土の人々の暮らしを個別に再現した模型がとても好きでした。各民族の服装には少しずつ似た部分がありながらも、それぞれ着こなしに工夫があって華やかで、甲乙つけがたい可愛さでした。

そういえば、ジロで会ったアパタニ族は女性だけでなく男性も魅力的な装飾をしていました。おでこの辺りで髪をお団子状にまとめ、長めの竹?みたいな簪を挿していました。何人かお見かけしたのですが、写真をお願いしそこねてしまいました。



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ゴンパ

博物館の裏手の丘に建つゴンパです。チベット仏教寺院。

このあと行く西アルナーチャルはチベット文化の色濃いエリアだそうで、色々と楽しみにしております。



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帰宅中

イタナガルにはイタ・フォートという遺跡か何かがあるそうで、宿の人にもお勧めしてもらったのですがどこにあるのかよく分かりませんでした。途中までは看板があったのですが。

まあでも、ほとんど崩れてしまっているそうですしイタナガルのだいぶ高いところを歩く散歩は楽しかったので、もうそれでいいです。日差しが強くてまた黒焦げになりましたけども。



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イタナガル、メインバススタンド

で、一旦宿に戻って荷物を受け取り、夕方発の夜行バスに乗りました。まず向かうのは、西アルナーチャルのボンディラです。


次回は西アルナーチャル日記です。多分ひとまとめにします。


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◯ ディブルガルからテズプール、イタナガル

私の場合は、ディブルガルからグワハティ行き夜行列車に乗り到着2時間手前のチャパルムクで途中下車。駅前に待機していたシェア力車でナガオンまで30ルピー、所要一時間弱。テズプール行きミニバス60ルピー、所要一時間弱。タワン方面行きスーモスタンドまで行くも、やっぱり別方向のイタナガルに行こうと思い立ち隣接バススタンド(Tezpur ASTC Bus stand)よりラッキンプール行き州営バス乗車。150ルピー、州境バンダーデワまで所要5時間。バンダーデワからイタナガルまで州営バス多分50ルピー?払ってもらったので分からない。所要一時間くらい。

バンダーデワ・チェックポストにはバスやスーモの会社が並んでおり、ここから色々行けそうだった。
また、テズプールのイタナガル行きバス&スーモ乗り場は別の場所にあるとのことで、そこからなら一気に行けた模様。

◯ イタナガルの宿

「HOTEL ALPINE」
トイレ冷水バケツシャワー共同のシングル400ルピー。トイレバス付きは600ルピー。wifiなし、ファンあり。共同トイレシャワーは中々にバッチイ。宿の人達は穏やかで親切。
バススタンドの右出口(西側出口)から出て大通りを対岸に渡り、左方向に数十秒歩いた右手側。または、左出口から出て大通りを右方向に歩いても距離は似たようなもの。前者だと陰になって見つけにくいので後者の方がいいかも。
イタナガルの宿はバススタンド周辺に沢山ある。そこから離れると極端に減る。

◯ イタナガルの州立博物館  

10:00〜16:00。日、月、祝日休み。外国人は入場75ルピーのはずだが、インド人料金の10ルピーで入れてしまった。

◯ イタナガルからジロ

バススタンド内のスーモ乗り場から、早朝から午後まで何本かある。私が乗ったのは10:30発のスーモで運賃400ルピー、所要5時間くらい。

◯ ジロ(ハポリ)の宿

「Ankita Hotel」
トイレ冷水バケツシャワー共同のシングル400ルピー。バストイレ付きは600ルピー。全体的にもう少し掃除して欲しい感じ。バケツシャワーに至ってはバケツすらないただの蛇口で、ついでに電球が付いておらず真っ暗なのでライトを持ち込むしかない。

オールドジロや他の村にも一、二軒ずつ宿はあるが、食事の面など考えるとハポリが一番便利。ハポリの宿はSBI銀行のあるロータリーから西にぐるりと伸びる通り沿いに並んでおり、全部聞いてみたが他は700ルピーからだった。

◯ ジロ(ハポリ)の州立博物館

9:30〜16:00。土、日、祝日休み。入場料無料(多分)。

◯ イタナガルからボンディラ

州立バスの夜行が毎日15:30発、510ルピー、所要14時間弱。下の写真の16:30発、400ルピーというのが変更されてこれ。その他、朝便(隔日)やスーモもある。一度アッサム州に出てから再びアルナーチャル州に入域するルートを通る。

◯ イタナガルから各地へ

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バススタンドの時刻表

この表は出発時刻、料金共に少し変更がある様子。バススタンド内にはスーモカウンターが並ぶエリアもある。

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七姉妹州(6)アッサム

言うほどアッサム日記ではないんですけども、このタイトルを付けるタイミングを失い、七姉妹州日記なのに全6回で終わりそうだったので今付けました。

アッサム州は何度も出たり入ったりしているのですが、一番行きたかったカジランカ国立公園がシーズンオフで閉園中だったので、観光熱が上がりませんでした。歩き方先生が「ゾウに乗ってサイを見に行く」という心鷲掴み系キャッチフレーズを炸裂させている公園です。いつか行きたいです。


<8/21〜/22 ディブルガル>

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ディブルガルの宿「Raja Guesthouse」

ロンワ村からモン村に帰り、そのままスーモとバスを乗り継いでディブルガルまで移動しました。着いた頃にはもう日暮れ時だったので、本日は移動だけです。



<翌日8/22ディブルガル>

ディブルガルに来た目的はただ一つ。インド最果ての駅から列車に乗るためです。

鉄道駅がこの辺までしか無いというだけで陸はまだ続いているので、実のところ最果て感はそれほど強く無いのですが、その辺りは気分の問題なので別にいいのです。こういうのは騒いだもん勝ちです。「最も◯◯な□□!!」や「世界一の△△!!」が世界中にあるように。



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そんなわけで今夜のグワハティ行きの夜行列車を予約してありますが、出発まで暇なので散歩をしています。大河が(周りのゴミから目を逸らせば)美しかったです。

その後は、得にすることが無いのでさっさと駅に移動しました。ディブルガルには鉄道駅が二つありますが、列車がよく出るのは町中のディブルガル・タウン駅ではなくやや郊外のディブルガル駅です。ディブルガル駅と言っても「え、どっち?」みたいな反応をされるのですが、バニプール(だったかな?)と言うとよく通じます。

私は最初それを知らず、ディブルガル駅に行きたいと言っているのに何故か「マニプール?」と返されて何故またあのGと蚊と停電とストライキと壊れスマホの州に行かねばならんのですかと忌々しく思いました。あの辺りろくな思い出がありません。



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駅までは遠いので最初は力車に乗ったのですが、アッサムは七姉妹州でありながら北インドの毒牙にかかっており力車マン達がええいこのクソ野郎共がだったので、途中で飛び降りて歩きました。そしたら駅周辺の道がのどかでした。



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インド最果ての駅(と勝手に決めた)ディブルガル駅

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本日の列車

で、またしてもwifi天国のディブルガル駅でブログ更新などをしながら過ごし、本日の列車に乗り込みました。

行き先は三度目のグワハティです。この後はアルナーチャル・プラデーシュ州に入るのでグワハティだと行き過ぎなのですが、アルプラ方面に抜けられそうな良い感じの停車駅が見つからなかったのです。

まあグワハティからアルプラ行きの足が沢山出ていることは前回の訪問で確認済みなので、いいことにします。



<翌日 8/23>

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朝5:40 チャパルムク

とかなんとか言ったくせに途中下車しました。朝起きたらちょうど良い駅にいたのです。アルプラ州への拠点になる町テズプールに近いと言えなくもない、ちょうど良い駅に。 

というわけで、ここからアルプラ州を目指します。  


次回はアルナーチャル・プラデーシュ州入域からの、州都イタナガル、ジロ辺りまで書きます。


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<情報コーナー>

◯ ロンワ村からモン・タウン

聞いた限りだと7:00/10:00の二本。14:00くらいに乗り場が賑わっていたのでこの時間にもあるかも(未確認)。

◯ モンからディブルガル

モンからディブルガルに直行するバスやスーモは見つけられなかった。
私はまずソナリまで10:00発のスーモに乗り230ルピー、所要2時間半。ソナリからディブルガルはバスか何かあったかもしれないが、力車マンに案内されるがままシヴァサガール行きのバスに乗り運賃40ルピー、所要1時間半。シヴァサガールからディブルガルまでバス80ルピー、所要2時間半。これだとかなり遠回りなので、モランハット辺りを経由できるならそちらの方がいい。また、モンからソナリは朝7:00発のバスがあり、こちらは90ルピーとお安い。

◯ ディブルガルの宿

「Raja Guesthouse」
トイレ冷水バケツシャワー共同のシングル350ルピー。wifiなし、ファンあり。トイレとバケツシャワールームが一応分かれてるのが良い。決して綺麗ではないけど。Googlemapで言うとニューマーケットのHotel Natrajと同じ通りで、川沿いのAT Rd.からその通りに入って数十秒歩いた左手側。

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ナガランド州モン③、ロンワ村

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本日はここ、ロンワ村という所に行ってみます。

ロングワとも書くようですが、実際の発音はロン(グ)ワという感じなので以下ロンワに統一します。



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ロンワ行きスーモ乗り場目印

モンからロンワ村は40キロほど離れていますので、スーモに乗って行きます。



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ロンワ村スーモ乗り場

着きました。大体2時間くらいの道のりでした。

ロンワ村はミャンマー国境至近の村・・どころかミャンマーに片足突っ込んでいるらしく、その関係か村に入る前にパスポートチェックがありました。「ツーリスト?一人か?ガイドはいないのか?」と聞かれたので、念の為「ガイドは宿の人に頼んでみます」と適当な嘘をついておきました。

また、到着時にも警備隊だか軍人さんだかに呼び止められパスポートを見せましたが、二言三言会話しただけで特に問題はありませんでした。



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ロンワ村の宿「Jeilei's Guest House(Jeilei's Homestay)」

小さな村なので宿情報は二つしか見つかりませんでしたが、うち一つは村の入り口までだいぶ戻らないといけないそうなので近い方にしました。スーモ乗り場の真下です。



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さっそくお散歩へ。

この村にも首狩りの歴史があるはずですか、いかにも昔狩ってましたみたいな人は見かけませんでした。



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モロン

しかしモロンの柱の彫刻には、しっかり生首が。やはりそういう歴史はあったのですね。



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どこの村にも必ず置いてあるこちらは、太鼓なんだそうです。太い丸太の中を一部くり抜いてあり、同じく木製のバチでドンドコ叩くのだとか。現在では主にお祭りのときに使うそうですが、以前は首狩りの戦闘準備だか狩り後のお祝いだかで鳴らしていたそうで、なかなか血なまぐさい楽器と言えます。まあお顔からしてカタギじゃなさそうですけど。

どんな音がするのか非常に気になったのでちょっと叩いてみようかしらと思ったのですが、引退した首狩り戦士達の血が再沸したらいけないのでやめておきました。空洞の狭さと言いバチの小ささと言い、割と軽快な音がしそうなのですがどうなんでしょう。



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村人達

村の大人達は穏やかですが、子供達はわんぱくです。どれくらいわんぱくかと言うと、



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これくらいわんぱくです。

流石に投げられはしませんでしたが、投石ポーズや棒を振りかざすポーズを取ってくるチビッコがちらほらいるので困りました。そこは是非教育的指導を入れて頂きたいところです。



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キングの丘からの眺め

名前は適当です。キングの家がある丘なのでそんな感じかなと。

肝心のキングの家ですが、村を見下ろすベスト立地に立派な家があったのできっとこれだろうと思ったら違って、



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キングの家

博物館兼寄合所にしか見えないこちらがキングの家でした。宿の人談。



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キングの家は内外の装飾や展示物が見応え十分な他、ネックレスなどの装飾品の販売も行っていました。ここやっぱ博物館な気がしてならないのですが。生活感が全然無いのです。キッチンはありましたけど個人の家としては規模が大きすぎますし。




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キングの丘を下りてさらに奥まで進むとまたそそられる丘がありましたが、こちらは登ってはいけないそうです。軍の見張り台か何かですかね。



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村の外れです。この先ミャンマーですかね。この村の国境には柵とかゲートとか無いらしいんです。



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軍の丘(仮)の向こう側の丘です。この先ミャンマーですかね。

実は「ミャンマー国境の丘」と言うのを探しておりまして、白い石碑があるらしいのですが丘が多すぎてどれがそれなのか分からないのです。



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ミャンマー国境の丘

結局半日歩き回り、ようやく見つけました。こちらがミャンマー国境の丘のようです。この丘にはさっき一度登ったのですがこの石碑への道が非常に分かりづらく、二度目の登頂でようやく見つけ出しました。



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ロンワ村を見下ろす

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山の向こう

この先きっとミャンマーですね。ミャンマーは半年前に行きましたがとても好きな国で、今年10月からビザ免除になるそうですし、先週あたりからインド・ミャンマー陸路国境も開きましたのでまた行きたいなと思っております。

予定していた中国・ウイグルを通る帰国ルートがどうも煙たくなっていますので、こっち方面から帰るのもありかなと思っています。いつ帰れるのか知りませんけど。



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宿のキッチン

夕飯は宿で頂きました。この村には食堂とかレストランとか皆無でしたので、大変助かります。

夕飯写真はありません。宿の人と一緒に頂いたので、流石に撮り辛かったのです。頂いたのはベジタブルライス(ごはんとおかず数品のセット)でした。その辺でむしって来たんか?としか思えない雑草みたいな見た目の野菜がちょっぴり苦くて美味でした。


以上、モン観光日記3本でした。モンは面白い村が沢山あるし、どの村も良い感じに距離があり沢山歩かせて貰えるし、村人たちは親切でフレンドリーながら決して押しは強くなく、ちょっぴりシャイな一面もあるという最高にキュートな人達だし、とても好きな感じのエリアでした。宿さえもう少し安価なものが見つかれば、一週間くらい滞在してさらにあちこち歩き倒したかったです。


次回はアッサム州ディブルガルに行きますが、そんなに書くことはないです。その後はアルナーチャル・プラデーシュ州に入ります。


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<情報コーナー>

◯ ロンワ村(ロングワ村)

モン・タウンの入り口からメインスーモ乗り場へ行く途中の道路沿いにロンワ行きスーモカウンターが2店舗あり、全部で7:00/10:00/14:30発の3本。私は朝7:00のに乗って、運賃170ルピー、所要2時間半だった。ロンワ村の麓でパスポートチェックあり。帰りは、聞いた限りだとロンワ発モン行きが7:00/10:00の二本。

◯ ロンワ村の宿

「Jeilei's Guest House(Jeilei's Homestay)」
トイレバケツシャワー別(外)のシングル600ルピー。電源あり、ファンなし。宿の人は英語が通じる。スーモ発着場所のすぐ下にあるので便利。部屋からの眺めが良いのと、懐っこい犬二匹や猫などがいるのが魅力。夕飯150ルピー。美味しい。

| インド | 23:46 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

ナガランド州モン②、シャンニュー村


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本日の朝ごはん

宿の朝ごはんです。



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本日はこのシャンニュー村というのに行ってみます。

地図を見るとまた随分遠そうに見えますが、昨日のホンフォイ村も実際には赤ピンではなく白丸の所にありましたし、今回もきっとそうですので片道たった11キロです。この道はソナリからバスで通って来たもので確かほぼ登りでしたが、まあ車道ですし片道11キロくらいなら余裕でしょう。



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とか思っていたら実際は赤ピンよりさらに遠く、片道24キロでした。Googlemapさんのえげつなさよ。



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9:40 ドナドナトラック乗車

スタート地点からジワリとご説明申し上げます。

まずモンから11キロ地点までですが、丁度良いタイミングで軽トラの荷台に乗るタイプの地元民の足(命名:ドナドナトラック)が通りかかったのでこれに乗りました。早速のワープです。なので、この時点では勝ったも同然くらいに思っていました。



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10:20 シャンガイ村到着

シャンニュー村があると思っていた11キロ地点には、別の村がありました。その名もシャンガイ村。「シャンニュー村へはここからあっちの方向へ歩くのよ」と、ドナドナトラック仲間のおばあちゃんが身振り手振りで教えてくれました。



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割と近くに村っぽいものが見えていたのでアレかな?と鼻歌交じりに歩き始めたのですが、ソレをあっという間に通り過ぎ、さらに道は続きます。



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小一時間歩いたら広くて可愛らしい村に到着したのでコレかな?と思い村人に尋ねたら、ここはロンホ村だと言います。シャンニューはあっちだよとのこと。あっちには山しか見えません。

その後も休憩を挟みながらひたすら歩きましたが、シャンニュー村は見えて来ません。そして誰にも会わないし車両も通りません。本当にこの先に村があるのか不安になって来ましたが、ここまで来て引き返すわけにもいかず、私は無心で歩き続けました。



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13:30 シャンニュー村到着

そして、シャンガイ村から歩くこと3時間。ようやくシャンニュー村に辿り着いたときには、とっくにお昼を回っていました。

帰りも3時間かかるとして、その後シャンガイ村からまたドナドナトラックを捕まえればギリギリ日暮れまでに帰れますが、もし捕まらなかった場合は車で40分かかる山中の街灯も無い道を一人歩くことになるわけで、距離的には多分2時間くらいでしょうかね?今から5時間後は何時かな?日暮れは何 よし考えるのは止めよう。



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シャンニュー村風景

村を散策していたら、またしても村人宅にお呼ばれしてお昼ご飯をご馳走になりました。

この家のご主人が大層な飲んだくれで、同じ話を30回くらいするし人の話を聞かないし、大変困りましたがご飯を食べさせてくれたので良い人です。

あと、「モンタウンに帰るのか?ヒック、今から帰ると日が暮れるぞ!ヒック、家に泊まればいいオエップ」と言ってくれましたが、モンの予算オーバーの宿に空泊なぞしたくないので私は断固!帰ります!ということで丁重にお断りしました。



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泥酔おじさんの家の裏手にはモロンっぽいものがありましたが、鍵がかかっていました。



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力の象徴であるはずの水牛ボーンに落書きが。めっちゃ怒られたでしょうね。



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モロン(仮)の隣には、聞かないとそれとは分からない小さな博物館がありました。実は、私がこのシャンニュー村に来た目的はこれです。



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モニュメント

これが見たかったのです。

へんぴなエリアでひときわ輝く旅人の情報源、個性的なツアーが多いことで有名な「西遊旅行」さんのナガランド紹介ページによると、

「広場の近くには博物館があり、その中には一枚の木で出来た大きなモニュメントがあります。これは昔のこの村の王様が偶然ジャングルの中で発見した物らしく、村の言い伝えでは天使によって作られたものと信じられており、発見したときからこの形だっだのだそうです。」

とのことです。



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その天使はおそらく堕天しているでしょうね。


ところで、この博物館の入場料は500ルピー(800円くらい)なんだそうです。酔いどれじじい談。入場前にこれを言われ、何だその金額はどこの世界遺産だいい加減にしろと思ったので「じゃあいいです。帰ります。」と答えたところ、

泥酔「いや待て、いくらでもいいんだ。本当は500ルピーだが10でも100でも気持ち次第で・・」

とまた極端な事を言うので、50ルピー払うことにしました。が、見せてもらったモニュメントが思いの外良かったので、「やっぱ100くらい払おう」と考え直しました。

そしたら奥さんが「今作りました」みたいなまっさらな方名録を持ってきて、名前と支払い金額の記入を求められたので大人しく書いたのですが、デロじいが「ここにヒック、名前とお、金額をゲロップ」と繰り返しながら全てのページに同じ内容を書かせようとするので、「やっぱ50でいいわコンニャロー」と思いました。

このあと行かれる方。多分デロリアンがこの50にゼロを足して「この日本人は500ルピー払ったぞ!」とか言い出すと思うんですけど、払わなくていいですので。



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頭蓋骨の木?

同じく西遊旅行さんの紹介によると、村内の大きな木の根本に昔狩られた頭蓋骨が安置されているとのことで、村人に頼みそれらしき木まで案内して貰ったのですが頭蓋骨はありませんでした。この木じゃないのか、撤去されたのかどちらでしょうか。



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15:30 シャンニュー村出発

さて、帰ります。

デンドロビウムの相手をしていたせいで現在時刻は既に15:30です。どう考えてもアウトな時間なのでどなたか村人に頼んで送って貰えないかと考えましたが、ここはキリスト教の村で今日は日曜で、そして今から行って帰ったら夜になってしまいますので、どうにも頼み辛かったです。

というわけでまた徒歩で帰ることになりますが、ここからシャンガイ村まで3時間。そこからさらに11キロあって、日暮れ時刻がだいたい 考えるのは止めよう。




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ロンホ村

でも、ちょっとだけワープできました。ロンホ村の手前でバイク少年が通りかかりまして、村までの5分ほどの距離を乗せて貰えたのです。

バイクならたった5分でも、歩いたら30分か40分はかかります。日暮れが刻一刻と迫っている今、このワープは本当に本当にありがたかったです。




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17:30 シャンガイ村着

ワープのお陰もあって2時間でシャンガイ村に戻って来られました。夕焼けが綺麗です。ヤバし。

ここからの道は幹線道路ですので、ドナドナトラックも通るしバスやスーモ(シェアジープ)や一般車両も多く通るはずです。なので是非ヒッチハイクしようと思っていたのですが、何も通りませんでした。今日は日曜ということでバスは無く、一般車両に関してもこの時間から移動する人はあまりいないようです。

完全に暗くなるまではあと30分ほど。それまでに少しでも距離を稼ぎたい私はとにかく早足で歩きはじめましたが、村の青少年達に「モンタウン!?すごく遠いよ!?もう日が暮れるしこの村に泊まって明日の朝帰ったら?うちに泊まる?」と大変ありがたい提案をしてもらえました。でもここまで来たら意地でも帰りたいので、「ありがとう、いざとなったらホテルに電話して助けて貰うので大丈夫です」と答えて村を出ました。

真っ暗な道ですが、こんなこともあろうかと(というか実際よくあるので)常にヘッドライトを持ち歩いているので歩けないことはありません。しかし危なくないわけではないので、「車両が通ったら必ず止める!!」と固く心に誓いました。


その後約ニ時間。真っ暗な道は虫たちの声に溢れていて、ナナフシを沢山見かけたり、ときおり小さな動物らしき二つの目が横切って行ったり、遠くの山に民家の灯りが見えていたり、雲の切れ間に見える真っ黒な空がよく見たら深い青を隠していたり、誰もいないので何も怖がる必要のない美しい夜を一人楽しく歩きました。いや楽しんでる場合じゃないんですけど、楽しくて。熊とか本物の野犬とかが出なくて良かったなと思います。



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モン・タウンの灯り

モン村を通り過ぎ、ここまで来たらもうあと少し・・というところでバイクのおっちゃんが通りかかり、モン・タウンまで乗せて頂けました。言葉は通じないけど、風を切りながら二人して大声で話し、ケラケラ笑い合いました。

こうして私は、日暮れはとっくに過ぎた20:00前になってようやく、宿に帰り着いたのでした。


何とかなって良かったです。いえ、「何とかなった」のではなく「何とかしてもらった」のですが、その点を間違えず、無事帰して貰えた事に感謝して、明日の自分に繋げたいと思います。

ちなみに夕飯は食いっぱぐれました。お腹を減らして反省しましょう。


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<情報コーナー>

◯ シャンニュー村(Shangnyu)

モンからソナリ方面に11キロ車道を登るとシャンガイ村に着くので、そこから教会右脇の道に入ってさらに13キロ。シャンガイまではドナドナトラックがあるし、交渉次第ではソナリ行きのスーモやバスに乗れるかもしれない。シャンガイからシャンニューはヒッチハイクくらいしかない。あるいは、モンからタクシーでも行けるかもしれない。道が酷いのでドライバー次第。

【参考までに、私のルート】行きはシャンガイまでドナドナトラックで40分、20ルピー。シャンガイからシャンニューまで徒歩3時間弱。帰りは短いヒッチハイクを二回挟んだが、徒歩と合わせてモンまで4時間半かかった。モン・シャンニュー間を全部歩くなら、少なくとも片道5、6時間は見るべき。というか止めた方がいい。

シャンニュー村に宿は無いが、うちに泊まれと絡んでくるアル中のおっちゃんがいる。

| インド | 22:59 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

ナガランド州モン①、モンとホンフォイ村


「モン」で一つにまとめたかったのですが、長くなりすぎたのでいくつかに分けます。


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本日はまたナガランドに戻り、モンに向かいます。

ルートとしては、

(1)グワハティからソナリ(最寄り駅ボジョ)まで夜行列車で行き、
(2)ボジョからソナリまでシェア力車で移動し、
(3)ソナリからモンまで公営バスに乗りました。



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朝方少し見えた、道中の景色がのどかでした。

列車やバスの車窓から見える景色こそが、その国の「本当」だと思っています。首都は心臓、一大観光地は顔、その他の風景は日々働く身体です。なので身体だけを本当と表現するのは違いますが、全体を見ずして顔は語れないと思うんです。全部見てこそのフランスです。(※ 10年前に行ったフランスでパリしか見なかったことを未だ後悔しているという話です。)



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ボジョ駅とホームで待機しているシェア力車

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ソナリのバススタンド

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ソナリを出てすぐに広がる茶畑



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モン・タウンの宿「Helsa Cottage」

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宿からの眺め

ソナリから3時間半ほどかけて、モンに到着しました。

モンにはモン・タウンとモン村の2つのエリアがありますが、タウンの方が何かと便利そうなのでこちらに宿を取りました。

ただこの町は宿の選択肢がかなり少なく、Googlemapを頼りに坂を登って下ってぐるぐる歩いてようやく3軒見つけたものの、どこも大変お高かったです。どう見ても500ルピーくらいの宿も1,500ルピー。連泊するからとお願いしても1,000ルピーまでしか下がりませんでした。

で、結局泊まったのは、1,000ルピーのところを800ルピー(1,300円くらい)にオマケしてもらった写真の宿です。完全予算オーバーですが、良い宿でした。



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本日の晩ごはん

すっかりハマっているポークライスです。モンのお店はどこも閉まるのが早く、このお店も私が食べ終わった直後の19:00には閉店してしまいました。

あと、この町停電が多いです。3泊したうち3泊とも停電し、午後はまず間違いなく停電するし、夜もそこそこ長時間(1〜4時間ほど)停まってくれるものだから、私はすっかり蝋燭とお友達です。蝋燭の灯りを見つめながら町のどこかから聞こえてくる賛美歌を聞くのは、なんだか胸に来る体験でした。



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モン・タウン風景

翌朝歩いたモンの町です。町と言っていますが雰囲気は村で、しかしそこそこ大きめなのでやっぱり町です。このモン・タウンの周りには沢山の小さな村が点在し、主にコニャック族という人々が暮らしているのだそうです。



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モン・ヴィレッジ入り口

モン村は、モンタウンよりソナリ方面に数キロ戻った幹線道路沿いにあります。こちらも訪ねる予定だったのですが、何だかんだと機会を逃してしまいました。



<8/18 ホンフォイ村>

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本日は近郊のホンフォイ村と言うのに行ってみます。上の地図では道からだいぶ逸れた所に村があるっぽいですが、実際はこの白丸のあたりにあります。

モン周辺はつい数十年前まで首狩り族がヒャッハーしていたエリアらしく、その人達がまだまだ元気にご活躍中(流石に首は狩ってないけど)の村として挙げられるのがこのホンフォイ村なのだとか。首狩り戦士は全身に入れ墨を入れていることから、比較的見つけやすいそうです。

いい年をして人見知りの私は、首狩り族は怖くないけど(いや怖いけど)そもそも「人を訪ねる」というのが苦手なので、正直行きたくありません。ですが、ここまで来て逃げるのもどうかと思うので頑張って行ってみます。



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ホンフォイ村

着きました。モンからここまで徒歩2時間くらいでした。



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モロン

さて、会いたいけど会いたくない首狩り族の皆さんですが、このモロンという建物に集まりがちなのだそうです。

モロンとは男性用の集会所兼合宿所で、少年達は年頃になるとここで集まって暮らし、先輩男性達から狩りの仕方やら夜のナンチャラやら色々なことを教わるのだそうです。おっちゃん達が無垢な少年達に下衆な話を吹き込む様が容易に想像できますね。



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大変そそられる装飾の施されたモロンですが、肝心の首狩り族の皆さんはいらっしゃいませんでした。良かった。



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村をぶらぶら歩いていたら、村人のお家にお呼ばれしました。



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銃です。これ自分で作ったんだそうです。コニャック族の皆さんは手先が器用で、銃でも何でもチャチャッと作ってしまうんだとか。

何に使う銃かと言うと、「ここは国境にも近いし、何かあったら自分の身は自分で守るしかないからね。普段はもちろん人には向けないよ。狩りに使ってるだけ」とのことでした。銃で首が狩れ・・いや、人には向けないのか。



このあとお昼ご飯をご馳走になったのですが、インスタント麺の作り方が独特でした。まず普通に作り、スープをよけ、麺の水分を飛ばして焼きそば風に。そしてよけたスープはスープとして提供されました。なんというか、新しかったです。

あと、犬肉の串焼きも頂きました。

先日散々偉そうな事を書いたのに結局食うんかいというお話ですが、否定するも肯定するも、まずは知ってからかなと思いまして。

「では今から屠殺します」という場面に出くわしたら目を逸らしてしまうと思いますが(牛豚鶏のときは逸らさないくせに)、今回のこれは出てきたときにはもう肉だったので、食べる以外の選択肢が思い浮かびませんでした。

犬の味は、牛スジに似ていました。美味しかったです。可愛くて美味しいなんて君達はすごいなと思いました。そして、食べてしまったけど変わらず愛しているよと、勝手に頷いて終わりました。



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青年家の窓より

青年達に「モロンに行ったけど誰もいなかったよ」と伝えたら、「向こうにもう一個モロンとキングの家があるから、そこにいるかも。」と教えて貰えました。キングとはキングのことですが、各村にいるそうなのでまあ村長さんみたいなものだと思います。


この青年は他にも色々教えてくれたので、自分用メモもかねて書き残しておきます。

・ホンフォイ村にはモロンが2つある。住んでるエリアと所属グループ?で最寄りモロンが分かれている。
・村では毎年4/1~7に大きなお祭りがあって、その時が一番盛り上がるし観光客も多い。
・ただしホンフォイ村に宿は無いので、モン・タウンから日帰りするしかない。車やバイクなら片道40分くらいで来られる。
・キングは現地語では「アン」と呼ばれる。
・青年達(平均年齢27歳)のおじいちゃん世代くらいまでは入れ墨の人がいるが、それより下はもう誰も入れていない。
・男衆は日曜によくモロンに集まる。
・平日は16:00以降くらいに皆仕事が終わって帰ってきて、モロンにも人が集まるし、通りで人々がお喋りしていたりフォークソングを歌っていたり子供達がサッカーしていたり、賑やかになる。村人と交流するならその時間がオススメ。
・少年達がモロンで暮らす風習は今はもうやっていない。
・ナガランド州の第二外国語は英語なので喋れる人が結構多い。(実際よく英語で話しかけられた。)
・トウモロコシは保存食。時期になったら沢山収穫して沢山干す。
・赤モロコシが多いけど黄色とか色んな種類がある。


覚えているのは以上です。沢山聞きすぎて。



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教えて貰った方向へ歩いて行くと、2つ目のモロンがありました。中には誰もいな・・いかと思ったら、薄暗がりの中で全身入れ墨の半裸のおっちゃんが昼寝していました。いるじゃないですか首狩り族が。

というか、ここに来る途中にもそういう人達を何人も見ました。皆さん普通に庭仕事をしていらっしゃいましたが、ほんの数十年前まで首を狩っていらした人達ということになります。

ということで、さっきの人達に声をかけてみようか・・でも苦手なのよねそういうの・・ご本人達も穏やかに暮らしているのに突然現れた観光客に日常を壊されて奇異の目で見られて写真撮られてそういうのって良くないんじゃないかな〜ということでよし帰ろう!

と自己完結したところで、老戦士の方からお呼びがかかりました。アワワ。



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アン(キング)の家

で、連れ込まれた 招待して頂いたのはこちら。キングの家です。キングであるからには村一番の豪邸に住んでいるかと思っていたら、普通の可愛らしいお家でした。



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キングです。

パイナップルを剥いてくださったり、食器や椅子を出したり片付けたり、キングなのにその場の誰よりもよく動いていらっしゃいました。



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首狩り戦士の皆さんです。  

開口三番くらいで「一人につき100ルピーな」と言われました。流石にそれは多いのではと思ったので、キングと目と目で会話しながら少しだけ減らした幾ばくかのお礼をお渡ししました。



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猫です。

通訳として無理やり連れてこられた少年と少し話しましたが、先程の青年宅で散々話した私にはもうあまり質問が残っていませんでした。「どうやって狩ったんですか?具体的にはどんな$@∌∀∆▷で?狩る際には∞▷%√§€±∀∆」とかは若干興味がありましたが、聞いていいものかどうか。

まあよく考えたら、「首狩り族」なんて呼ぶからおっかない印象になっているだけでよくある村同士の抗争ですから、この人達だけ特別に異質な存在という訳でもないと思うんです。一昔前の乱れ切った世界なら皆さん首くらい狩ってるでしょうよ。ドサクサに紛れて。

でも、戦士の証の入れ墨は格好良かったです。その時代を生き抜いた「戦士」でいらしたんだなあと。「首狩り」などと言うのは現代においては決して認められない風習ですし、彼等がどんな思いで過去を振り返り今を過ごしていらっしゃるかは分かりませんが、よく考えたら私はただの観光客なのでそこまで理解しなくても大丈夫かな〜ということで深く考えるのはやめました。いつか世界がひっくり返って首を狩る機会が訪れたら、そのとき考えたいと思います。今は平和ボケでも何でもいいです。



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本日の晩ごはん

帰りもまた歩いて宿まで戻りました。

本日の晩ごはんは宿で作って貰ったのですが、どのおかずもシンプルな味付けで大変美味しかったです。瓜を水で茹でただけのやつとか。ご飯もおかずもかなりの量があったのですが、沢山歩いて良い感じの疲れを貰ったこともあり、ペロリと平らげてしまいました。

良い一日でした。


明日はシャンニュー村という所に行きます。


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<情報コーナー>

◯ グワハティからモン

【ルート1/ソナリ経由】グワハティからソナリまでバスまたは列車で行く。ソナリ最寄り鉄道駅はBhojo。ソナリまでシェア力車で30分くらい、20ルピー。ソナリからモンはバスまたはスーモで、乗り場は「Nagaland Night Super Bus Stop」(Googlemapで出る)という小さな停留所。バススタンド名より「Seven Sisters(宿兼券売所)」と言った方が通じる。公営バスはここから日曜以外の毎日12:00発、90ルピー、所要3時間半。モンからソナリに戻るバスは朝7:00発。スーモは午前、午後共に何本かある。運賃230ルピー。

【ルート2/ディマプール経由】グワハティからディマプールまでバスまたは列車で行って、ディマプールからモンは公営バスが毎日(おそらく日曜運休)17:00発。運賃は聞きそびれた。数社ある私営バスもどうやら夜行だが時間は聞きそびれた。運賃は450〜500ルピー。ディマプールの私営バス会社群はNSTバススタンドから駅へ抜け高架下をくぐり北西方面へ徒歩5分くらいの所にある。説明し辛い。

【ルート3】バススタンドの掲示によると、コヒマ発着便もある様子。

◯ モン・タウンの宿

「Helsa Cottage」
Googlemapで出る。スーモ発着場から徒歩10分くらい。トイレ冷水バケツシャワー付きのダブル1,000ルピーを3泊するからと800にしてもらった。WiFiなし、ファンあり。バルコニーからの眺めが良く、部屋も広くて綺麗。夕飯別途180ルピー、朝食120ルピー。

◯ ホンフォイ村(Hong)

モンから10キロ少々。徒歩だと2時間くらいだが、ドナドナトラックを捕まえれば40分くらいのはず。運賃は20ルピーとかそんなもんだと思う。ホンフォイ村に宿は無い。

| インド | 22:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

グワハティ再び(アルナーチャル・プラデーシュ州入域許可申請)


<8/15 グワハティ着>

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本日の夜食

深夜3:30、時間ピッタリにグワハティに着いてくれた列車からしぶしぶ降り、下車後のお楽しみ・チャイとついでにおやつを楽しんでから待合室で寝直しました。



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本日の朝ごはん

駅近くに山ほどある宿を訪ね歩いたのですがどこも断られ、試しに予約サイトを見てみたら丁度良い立地の宿を見つけたので予約しました。

でも実は昨日別の宿を予約し、予約完了直後に「ごめんドミ300ルピーは満室だわ〜シングル600ルピーなら空いてるけど如何かな?」というメールが来て破談になっているので、念の為今回の宿も様子を見ています。

一時間ほど待って何も言われなかったら訪ねようかなと。



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グワハティの宿「Tusti Greens」

泊まれました。

この宿は駅からはだいぶ離れていますが、この町に戻ってきた目的であるアルナーチャル・プラデーシュ州入域許可申請オフィスには大変近いです。



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独立記念日パレード

ただ、本日8月15日は独立記念日なので申請オフィスはお休みです。

それは分かっていたことなので良いのですが、明後日8月17日(ゾロアスター教の祝日)はどうなのか、そして来週8月22日(イスラム教謝肉祭)はどうなのか。インドでは宗教によって異なるカレンダーを使うので、色々と読み辛くて大変困ります。



<8/16、アルナーチャル・プラデーシュ州入域許可申請>

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Office of the Deputy Resident CommissiNer(通称アルナーチャルハウス)

(申請に関する情報は下の情報コーナーにまとめてあります。)

翌日再び訪ねると、オフィスはしっかり開いていました。

10:00オープンのところを10:30に参りましたが、中には既に何人もの申請者が集まっていました。ただし外国人はいませんでした。アルプラ州の入域許可は一人で申請すると行動範囲が制限されるというお一人様ボディブロー仕様なのですが、知らん人とでも申請時だけご一緒できればこれが解消されるので、ここでの出会いに期待していたのですが。その後一緒に行動する必要も無いそうですし。


オフィスの人は親切で、申請書のよく分からない項目も丁寧に教えてくださいました。

そして気になる受取日ですが、最短二営業日後のはずなのに「多分明日渡せるよ。遅くとも明後日には確実に。」とのご回答でした。あらヤダ翌日じゃないですか。助かります。

しかも、「メールで送ってあげるからもう一度ここに来る必要はないよ。受け取ったら自分で印刷してね。」とのことで、滅茶苦茶やりやすくなっていました。本当に助かります。

インド人の場合は申請がオンライン対応になったそうですし、我々外国人もそのうちそれが出来る様になって、そしていつの日か、許可証なぞ無くても入域出来るようになるといいなと思います。きっとそう遠くない未来に実現するんじゃないでしょうか。



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ちなみにメールで届いた入域許可証はこちらです。

画質も酷いですが(上の写真はさらに縮小したので実際はもう少しマシです。流石に)、それ以前にスキャンが歪んでいるしめっちゃ影になってるしせめてクリップは取ってくれ・・・

という画像を自分で加工してある程度マシな状態にしてから印刷屋さんに出力して貰ったのですが、やっぱり酷い印刷物が出来上がっただけでした。

なお、二週間遅れでブログを書いております現在は既にアルナーチャル・プラデーシュ州に入っております。つまり、この酷い許可証でも入れたと言うことです。ただ、実際はちゃんとした入域手続きを取らずに地元民に混じってヌルリと入ってしまったので、「大丈夫でした」と言っていいものか微妙なところです。正式なオフィスに直接送ってもらった書類なので、まあ大丈夫なんでしょうけど。
 


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カマッキャ・テンプル

今夜の夜行まで暇なので、駅に荷物を預けて観光に行きました。こちらはヒンドゥー教寺院です。なんかお久しぶりな感じ。



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グワハティ駅北口

思いの外あっさりと観光が終わってしまったので、とっとと駅に移動してサクサク無料WiFiでブログ更新なぞしながら時間を潰しました。

このあと行ったディブルガル駅でもハイスピードの無料WiFiが飛んでいたし、ディマプールしかりグワハティしかり、アッサム州の大きな鉄道駅はネット環境が大変良いです。


次回はモンと近郊の村々について書きます。


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<情報コーナー>

◯ グワハティ駅

河側(北側)に待合室あり。一応一時間10ルピーとか言っているが10ルピーで4時間居ても不問だった。充電ポイント、サクサクフリーwifiあり(電話番号による認証が必要)。

◯ グワハティの宿

「Tusti Greens」
ブッキングコムで予約できる。トイレ冷水シャワー共同のシングル475ルピー。wifi、選べる無料朝食、ファン付き。トイレシャワーは外だが、綺麗に掃除されている。広いロビーもあり、居心地が良い。駅から市バスで20分(10ルピー)かかるが、アルナーチャルハウスまで徒歩20分なのでここに用がある人には大変便利な立地。

◯ アルナーチャル・プラデーシュ州入域許可申請

グワハティの場合、駅の南7キロの「Office of the Deputy Resident Commissiner」(通称アルナーチャルハウス)が政府直営のオフィス。駅から市バスで30分くらい。その他、旅行会社に頼むこともできる。

2018年8月現在の申請状況は以下。

<持ち物>
・パスポート原本
・パスポートの顔写真ページと有効なインドビザページのコピー1枚ずつ 
・現金3,300ルピー

<申請に関して>
・土日、祝日はお休み。
・最短で翌日の受け取りが可能(おそらく午前中早めの申請が望ましい)。遅くとも翌々日。
・パスポートは預けなくてOK。
・E-mail、pdfファイルでの許可証受け取りが可能で、その場合ハウス再訪の必要なし。自分で印刷する。
・入域日を指定できる。(その日以降ならいつでも入域OK)
・滞在期間は最長30日間まで。
・一人で申請する場合、タワン、ジロと、入域ポイントからそこに至るまでの町しか滞在許可が降りない。二人以上で申請すれば全域滞在可能になるとのこと。また、アルプラ州で出会った日本人からの情報によると、旅行会社によっては追加料金を払えば一人でも二人と偽って全域許可証を取ってくれるらしい。

◯ カマッキャ・テンプル

グワハティ駅南口前、パルタン・バザールの辺りから西方向に行くバスに乗り、所要15分くらい、「Kamakkya」下車、運賃8ルピー。バス停前の分岐に入るとすぐにカマッキャ・テンプル行きの別の市バス乗り場があるので、これに乗り山を登ること10分くらい、5ルピー。帰りは寺院前から駅北口付近を通るバス(20ルピー)に乗れたので、往路もこれがあったのだと思う。

カマッキャ・テンプルは入場無料。靴、荷物の持ち込み不可。入り口近くに預かり所あり。

| インド | 22:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

七姉妹州(5)ナガランド①とアッサム少し


<8/12 コヒマ>

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ナガランド州、コヒマに移動しました。

ルートとしては、

(1)インパールからコヒマにミニバスで移動しました。

以上です。



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コヒマの宿「Hotel galaxy」

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コヒマ風景

コヒマはナガランドの州都です。本日は日曜なので閉まっているお店が多いですが、先週末のミゾラム州アイザウルほどえげつない閉まり方はしていませんでした。夕飯も食べられましたし。

・・と、この夕飯が非常に美味しかったのですが、写真が残っていませんでした。撮った覚えはあるので消えたんだと思います。最近カメラの調子が色々と良くないのです。次はこの子の番ですかね。

食べたのはポークライスでした。ターリーみたいなやつ。メインのポークやらチキンやらはだいたいカリーか煮込みで、今回食べたのは醤油っぽい味付けの煮込みだったので懐かしくて嬉しかったです。



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コヒマ風景

コヒマは山の中にある町なので、坂が多く道もいり組んでいます。



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突然の肉。



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慰霊碑と墓地

インパール作戦・コヒマの激戦区には、現在イギリス人兵士達の墓地と慰霊碑が建っています。

無念のうちに亡くなったのは日本兵だけではありません。巻き込まれてしまった村人達も。
ここでも手を合わせてお祈りさせてもらいました。


インパールと同じくここコヒマも深い山の中にある町で、車両で移動するのも簡単ではありません。そんな道を徒歩で、支援物資も無く、しかも雨季の過酷な状況のなか進軍するなど正気の沙汰ではありません。死の行進や死の道と言うのは、比喩でも揶揄でも何でもありません。死ぬに決まっているではありませんか。解らなかった訳がないのに、根性論でそれを吹き飛ばせるなどと彼の人は本気で思ったのでしょうか。

戦争は誰か一人が責任を負えるようなものでは無いことは分かっております。負って頂いたところで誰も戻って来ませんし。ただ何と言うか、やるせないのです。知識としては知っていた歴史もいざその地に立って見ると、その無念と苦しみが未だこの地に渦巻いて足元から這い上がって来るようで、息苦しいような身動きが取れないような、絶望に似た感情を覚えました。



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旧コヒマ村

コヒマの一角にある旧コヒマ村です。この辺りがコヒマの始まりだそうですが、今では特に「古い村」という感じはなく、普通ののどかな町です。



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でもこういう風習がサラッと残っていたりするので、侮れません。格好良いですねこれ。


<8/13 ディマプールへ>

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コヒマ・NSTバススタンド

この後は近郊の棚田輝くコノマ村に行く予定だったのですが、何となく行く気が薄れてしまったので止めました。

というわけで次の目標、同じナガランド州内のモンに行こうと思いますが、コヒマからの直行バスは無くもないけど一般的ではないようなので、まずはアッサム州ディマプールへ。ここにも見たいものがありますので、午前中のバスで移動し、午後にディマプール観光をし、夜行バスでモンに向かいたいと思います。



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・・思っていたのですが、一時間に一本来るバスになかなか乗れず、チケット争奪戦も苛烈を極め、もみくちゃにされながらようやくそれを手にしたときには既に昼過ぎでした。およそ4時間の戦いでした。いつもこうなんでしょうか。



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ディマプール、NSTバスステーション

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ディマプールの宿「Hotel Moon Star」

そんなわけで夜行バスに間に合わなかったため、今日はディマプール泊です。



<翌日、8/14 >

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ディマプール発バス時刻表(N.S.Tバスステーションより)

気を取り直して、今日はモンに向かいます。

・・向かいたかったのですが、バスが運休していました。公営バスも私営バスも全て止まっており、理由はよく分かりませんでしたが何かの問題が起きており明後日まで動かない、とのことでした。では別の町を経由するバスは?と聞いても、それも無理だと。

土砂崩れか何かで道が塞がったのか、あるいはまたストライキでしょうか。



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まあ行けないものは仕方ないですし、二日も待つのはダルいので一旦グワハティに戻ることにしました。

そしてアルナーチャル・プラデーシュ州の入域許可の申請をして、許可が降りるまでの待ち時間にモン観光をすることに。ルートとしては遠回り極まりないですが、夜行列車に乗れば寝ている間に着くし金額も安い(片道500円くらい)ので、特別面倒な感じはしません。



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本日のお昼ご飯

そうと決まればそうしましょう。お昼を食べながら今夜のグワハティ行き夜行列車を検索してみたらいくつか空きがありましたので、早速これを予約しました。

待ち時間が結構あるので、それまではディマプール観光をします。



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アイス・ゴラ

お日様が久し振りにご活躍だったので食べたアイス・ゴラです。かき氷の亜種みたいなやつで、インド中で見かけます。食べるのは初めてです。作り方としては、かき氷をつくり、それを棒に固めてアイスみたいな形状にし、塩とマサラとライムをかけて、甘くて濃厚なシロップに沈めます。

塩とマサラは何かの嫌がらせでしょうか。



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市場に寄りました。

この辺りの人々は割と何でも召し上がるようで、市場にはアレやコレや、何とは言いませんけど日本人はまず口にしない類のタンパク質が沢山売られていました。カエルとか犬とか。あ、言っちゃった。


肉を食べる人間として避けるべきではない話題だと思うので追求しますけども、カエルはともかく犬はどこから連れて来たのでしょう。そこらじゅうに懐っこい野犬や首輪を着けた飼い犬がいますが、彼らは愛玩動物と食材の境界をどこに設定しているのでしょうか。同じ犬ですけど。

我々日本人はペットと家畜は明確に分けており、「牛は食べる、犬は食べない」と決めているのでその線引きは容易ですが、世界の食糧事情は日本人の発想だけでは判断できない部分が多くあります。そもそも他国の食文化を偉そうに判断しようとするなよという点はさておき。「選べる」経済力がある国はよくても、そうでない国や地域は生きるために何でも食べます。「昔はそれしか食べるものがなかった。今は他にもあるけど、まだその食文化が残っている。」みたいな話も多いだろうと思います。

私は犬が好きですので、それを殺して食べるという話にはもちろん抵抗があるし、出来たらやめたってくれと思っています。でも私は、牛も豚も山羊も可愛いくて大好きなのに、こちらは何の疑問も持たずに食べています。賢くて人懐っこいと評判のクジラやイルカも、機会があれば食べます。世界からこれだけ批判されていても、水族館のイルカショーを見て「わあ可愛い」と思ったとしても、それはそれとして。

また、日本という国はペット用の犬猫を大量繁殖させ、売れなかったら大量殺処分しています。雑種犬や野犬はさらに大量に殺されていきます。そういう国に生き、誰が決めたのか「殺して食べてもいい生き物達」を日々美味しく摂取し暮らしている私に、それは食うなとかコレならOKとか言う権利はあるのかな?と思うわけです。

お叱りを受けるかもしれない事は覚悟の上で乱暴な言い方をしますが、私は「食べるために殺す人達の方が、娯楽と欲望の延長で命を弄んでいる私達よりよほど筋が通っているのでは」と思っています。


お目汚し失礼しました。絶対書かない方がいいだろうなとは思いましたが、書きました。

私は犬食を肯定している訳ではありません。否定する権利が私にはない気がする、というお話です。



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カチャリ王国遺跡

ディマプールに来た目的の一つはこちら、カチャリ王国の遺跡です。

この遺跡はバススタンドから徒歩20分くらいの所にあり、歩いて行けます。一応柵はありますが、ゲートは開いているし入場料などもなく入り放題です。

カチャリ王国とは、11世紀頃に栄えたモンゴロイド系の民族の国なのだそうです。・・というくらいしか、調べても出て来ませんでした。謎の多い遺跡らしくて。



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リンガっぽいですが、ヒンドゥー教国だったんですかね。
(※リンガ/シヴァ信仰の石像。男根を模している。)



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その後、充電ポイント多数&サクサク無料WiFiが飛んでいる素晴らしいディマプール駅でブログを更新したりなぞして時間を潰し、夜行列車でグワハティに向かいました。

次回はグワハティ日記ですが、大して書くことがないです。


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<情報コーナー>

◯ インパールからコヒマ

スーモ又はミニバス(トラベラーと呼ぶらしい)700ルピー、所要6時間少々。私は朝5:30発のミニバスに乗った。バスもあり、こちらは400ルピーと書いてあった。バスはどうやら日曜運休。

インパールからコヒマ、ディマプール方面へのスーモカウンターは、カングラ・フォートの北側入り口前T字路に10社くらい並んでいる。その他、Mahatma Gandhi Statue前にも3社ほどあった。

◯ コヒマの宿

「Hotel galaxy」
トイレバケツシャワー共同のシングル500ルピー。部屋はいいけど水回りが綺麗じゃない。WiFiなし、ファンはあったような無かったような。レストラン併設。コヒマの宿はNSTバススタンド周辺に沢山ある。この辺りの宿はどこも最安500ルピーからだった。

◯ コヒマNSTバススタンド

日曜休み。クロークあり(6:00〜16:00)。スーモカウンターもこの辺。

◯ コヒマからディマプール

公営バス120ルピー、所要4時間くらい。朝5:00から大体一時間おきに一本。始発じゃないらしく、必ず乗れるとは限らない。スーモや私営ミニバスもある。

◯ ディマプールの宿

「Hotel Moon Star」
トイレ冷水シャワー付シングル500ルピー。WiFiなし、ファンあり。割と綺麗なほう。東出口から駅を出て左方向(北方向)に進み、徒歩3分くらいの右手側。ディマプールの宿はバススタンド&駅の周辺に沢山ある。

◯ ディマプール駅とバススタンド

隣同士。駅は充電ポイント多し。フリーwifiがサックサクだが電話番号による認証が必要。バススタンドにクロークあり(6:00〜16:00、日曜休み)。駅にもあるはず。

◯ ディマプールからモン

ディマプールからモンは公営バスが毎日(おそらく日曜運休)17:00発、運賃は聞きそびれた。数社ある私営バスもどうやら夜行だが時間は聞きそびれた。運賃は450〜500ルピー。ディマプールの私営バス会社群はNSTバススタンドから駅へ抜け高架下をくぐり北西方面へ徒歩5分くらいの所にある。説明し辛い。

◯ ディマプールからグワハティ

列車もバスも沢山。

| インド | 20:17 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

七姉妹州(4)マニプール


<8/8インパールへ>

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本日はマニプール州都インパールに移動します。

ルートとしては、

(1)アイザウルからシルチャールに戻り、
(2)シルチャールに一泊し、
(3)シルチャールからインパールに移動します。

前回の日記で(2)まで書いたので、今日は(3)からです。



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スーモ待ち中

前日に買っておいたシルチャールからインパールに行くスーモは朝5:00集合の5:30出発だったのですが、「それだと早すぎるから別の会社に聞いてみます」と言ったら「じゃあ6:00集合・出発でいいよ」と返されました。じゃあって何だ他の乗客にはどう説明するんだと思いました。

そして念の為5:30に集合場所に行ってみたら、誰もおらずカウンターも開いておらず、でもまあそれは6:00変更になったのでそうかもしれんなと思い大人しく待ったのですが、



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カウンターが開いたのは6:00をだいぶ過ぎてからで、実際スーモが出たのは7:30でした。

面倒臭くて書きませんでしたがアイザウル行きのスーモもそんな感じだったし、他のスーモも基本的に時間は守らないので、そういうものなんだと思います。いちいち気にしてはいけません。



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マニプール州入域印

ここマニプールも前回のミゾラムと同じく入域後の滞在登録(外国人登録)が必要らしいですが、今回は入域時に済ませることが出来ました。

マニプール州は入域チェックが厳しいらしく、州境は銃を持った兵士さんで固められていたし警察官もいっぱいいたし、物々しい雰囲気でした。が、滞在登録自体は簡単だったし手続き時の雰囲気も柔らかかったです。滞在日数やインパールでの宿泊ホテル名などを適当に答えて書類を書いて貰って、確かパスポートコピーも提出して、4、5分はかかりましたがそんだけでした。

マニプール州に入ってからの道中でも、やたらめったら兵士さんを見かけました。入域は許されているものの、ここは元紛争地帯。そして現在もまだまだくすぶっているそうなので、そういうことなのでしょう。



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本日のお昼ご飯

お昼休憩です。あまり美味しそうに撮れず申し訳ないですが、スーモ同乗のインパール出身男性によると「これがマニプール料理だよ!」とのことでした。

ご飯は日本と同じモチモチライスで、おかずは味付けも具材も実に多様性があり面白かったです。ひとつだけカリーっぽいおかずもありましたが、他はなんというか、何を食べているのかサッパリ分からない謎おかず達でした。薄暗くてよく見えないこともあって。具材は山菜メインで味付けは多分発酵調味料とか漬物みたいなのを入れてるのかな?という感じはしました。

日本人の口に合うかどうかは何とも言えません。私は好きだしちょっとハマりましたが、独特なので苦手な人は苦手なのかも。
 


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その後も、道中でマニプール州の食文化を感じる機会が多くありました。インパールまではほぼずっと山道なのですが、途中に集落が沢山あってあちこちから美味しそうな匂いが漂っていました。筍やキノコを煮ているらしい匂いで、少し独特である一方、なんとなく懐かしさも感じました。

写真は、停車した集落でお婆ちゃんから買った何かです。  

一つはパイナップルに塩と唐辛子をまぶしたもので、合わないこともないですが個人的にはそのまま食べたい感じでした。もう一つはよく分かりませんでしたが、風味が梅によく似た何かの実を潰し、いくつかのスパイスと和えたらしきものでした。甘くて酸っぱくて美味しいのですが、硬い種がいちいち邪魔をして来るのが少し苦手でした。
 


その後、スーモに振り回され頭部と肩を強打しまくること12時間。距離的には4時間くらいで着くはずなんですけども。暗くて写真を撮れませんでしたが、インパールはいくつも山を越えた先にありました。何百回目か分からないカーブを越えたら突然広い平地が現れたので、少し驚きました。住むにも耕すにも駐留するにも持ってこいの土地です。そりゃここが取れたらいいですよね。いいですけども、インパール作戦。



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20:00ごろインパール着

とりあえず、夜も更けてきておりますので宿探しです。数少ない宿を訪ね歩いたものの安宿が見つからず、もう諦めて予算オーバーの宿に収まろうかいと思った瞬間目に入ったこちらの宿は薄暗く人通りの少ない路上にあり、



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真っ暗な廊下を抜けた先にひっそりと佇む、



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インパールの宿1「Hotel Avenue」

ほの暗い宿でした。

いや暗いのはむしろ落ちつくのですが、携帯の電波が届かないのがいけません。ネットに繋げないではありませんか。ニュースマホには何の情報も入っていないので色々調べ直さないといけないんですよ私は。

あと家庭内害虫Gがヒャッハーしているのも良くないですが、それはまあこの宿に限ったことではないと思います。この町、外でも中でも異様にG様が多いのです。大型市場があるので多分その影響かな?と思います。生ゴミがとっ散らかりがちですので。

あと蚊も多いです。嫌な町だな・・



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インパールの宿2「Niran Lodge」

ネットに繋げないのがだいぶ困るので、翌朝別の宿に移動しました。お隣さんですが、こちらは電波が来ております。



<8/9インパール>

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本日はインパールを歩きます。 

インパールはマニプール州の州都なだけあって比較的賑わってはいますが、都会の雰囲気は無かったです。そんな感じもある意味魅力的ではありますが、宿がほの暗いのと停電が多いのとで、なんとなく暗いイメージを持ってしまっています。あと兵士が多いです。



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まずはシェアタクシー的な乗り物に乗り、レッドヒルへ。



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平和記念碑


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慰霊碑

ここには先の太平洋戦争時の悲惨な歴史を残す、慰霊碑と記念碑があります。

史上最悪の作戦と名高い、インパール作戦の跡地です。


以下、一応Wikipedia先生。 

インパール作戦(日本側作戦名:ウ号作戦(ウごうさくせん))とは、1944年 (昭和19年)3月 に日本陸軍により開始され7月初旬まで継続された、援蒋ルートの遮断を戦略目的としてインド北東部の都市インパール攻略を目指した作戦のことである。作戦に参加した殆どの日本兵が死亡したため、現在では史上最悪の作戦と呼ばれる。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/インパール作戦



行きたくなかったでしょうね。

死にたくなかったし、帰りたかったでしょうね。  

上に立つ人は自分が死ぬ訳じゃないし、分からないんでしょうけど。



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Ima Market

インパールに戻りました。

こちらはイマ・マーケット。日本語に訳すと「お母さんの市場」みたいな感じになるようです。その名の通り、市場を運営しているのは女性ばかりです。



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美味しそうなものが沢山売っています。  



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よく分からんものも。

このダチョウの生首みたいなやつは果物ですかね。そして下の消し炭は何なんですかね。



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イマ・マーケット以外にも、インパールはそこらじゅうに市場が立っています。売る人と買う人のバランスは取れているのか?と心配になるくらい。

でも市場に活気があるのはそのまま町の活気に繋がりますから、良い町なんだろうなと思います。Gは多いけど、虫も元気で何よりということで。



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パイナッポーを買いました。これは40ルピー(60円くらい)ですが、小さいものだと20ルピーぐらいからあります。北東部に入ってからよくパイナップルを見かけます。産地なのか、あるいはシーズンなのでしょうか。お陰様で剥き方を覚えました。



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市場でではないですが、壊れポータブル充電器も新調しました。ほぼ何もしていないのに半日持たないスマホでは危なすぎて。

どこの店でも真っ先に勧められるこちらのインド産ポータブル充電器10,000mAhが、1,200ルピー(2,000円くらい)でした。他の店では同じ商品が2,000ルピー超えだったり、「本当は3,000ルピーだけど君だけ特別に2,200ルピー!」とか言われて疲れましたが、それはもういいです。

日本産のポータブル充電器は今いくらくらいなんでしょう。比較的安価で質の良い電化製品と言う意味では、日本産はかなり自信を持っていいクオリティなんだろうなと、選択肢の無い海外にいる今では大変よく分かります。



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マニプール州立博物館/50ルピー

博物館にも行きました。中は撮影禁止ですが、良い博物館でした。下手な派手さの無い、歴史と文化をありのまま伝えるごく一般的で教育的な博物館です。博物館はテーマパークではなく教育施設及び研究施設なので、これで良いのです。



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インパールで食べたものをまとめます。インパールには観光客向けのレストランは無く、地元民向け食堂もそう数が多いとは言えませんでした。

写真は適当に入った食堂で、メニューが無かったのでライスとかチキンとか言っていたら何かしら食べさせて貰えました。停電していたのでちゃんと写真が撮れませんでしたが。停電が多いんですよねこの町。

どうもこの辺りでは、「ライス」と頼むとインドで言うところの(ここも一応インドですが)ターリーやミールス的なものが出てくるようです。ご飯におかずが数品付いてくるあれです。そして、ご飯もおかずも無料でおかわり出来る模様です。ポークライスを頼むとメインは豚肉料理。フィッシュライスを頼むとメインは魚料理になります。メインのおかずはおかわりできない様子ですが、ご飯はほぼ確実に出来、おかずも高確率でおかわりできます。



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路上で売ってたモモです。



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こちらはパニプリ。

バングラデシュで頻繁に食べていたフスカと似たようなものですが、フスカがマッシュポテトやゆで卵など具沢山だったのに対し、パニプリはサラッとしたスープっぽいものを入れてくれました。パニプリはインド中にあり、地域によって色々違うかもしれないのでこれがザ・パニプリであると断言は出来ませんが。

バングラのフスカは数個お皿に載せてくれたのに対し、インドのパニプリは一個一個わんこ蕎麦みたいな出し方をする屋台が多いので、なかなか食べられずにいました。何個まで食べていいのか、いくらくらいなのかよく分からないからです。ここではお皿に全部載せてくれるようだったので、インド入国8ヶ月目にして初めてこれを食べた次第です。



出発予定日にちょうどストライキが起きており一泊余計に滞在することになりましたが、次はナガランド州、コヒマに向かいます。

ここ数日、ただの州都巡りみたいになっておりあまり好きな形の旅行とは言えませんが、情報が少なすぎてどこへ行けば良いのか分からない現状ではある程度仕方ないのかなと思っております。現地の人に聞いてみてもなかなか新しい情報を貰えなくて。

でも後悔や不完全燃焼は次の目標に繋がるので、そう悪い事でもないのかなという気もしています。


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<情報コーナー>

◯ シルチャールからインパール

インパール行きが出ているスーモカウンターは、町の中心から駅に向かう中間あたりにあり徒歩で行ける。私が乗ったのは朝5:30発(と言いながら7:30発)のスーモ700ルピー、所要12時間。州境で入域申請書みたいなのに記入、パスポートに入域スタンプを貰う。出域時は特に何も無かった。

◯ インパールの宿

「Hotel Avenue」
Mahatma Gandhi Statueからお堀方向に歩き、お堀ロードに出る手前の左側。トイレ冷水シャワー付きシングル500ルピー。ダブルは800ルピー。WiFiなし、ファンあり。ビルの谷間にあり携帯電波が届かない。

「Niran Lodge」
上記宿のお隣さん。同じトンネル入り口に入り、上記宿のすぐ手前。トイレ冷水シャワー付きのシングル500ルピー、ダブル700ルピー。WiFiなし、ファンあり。携帯電波は一応届く。夜19:00とか20:00には入り口を施錠してしまうので注意。上階にオーナーだか管理人さんだかが住んでいる。

◯ ロトパチン平和記念碑、慰霊碑

イマ・マーケットの南西側、高架下をくぐり橋が二本かかっている辺りにシェア力車&ミニバス乗り場があるので、そこからナンボール行きシェアカーに乗るとそのまま記念碑まで行ける。ナンボール村Nambolを通り過ぎ2キロほど行くと左手に小高い丘(レッドヒル)があって、そのふもと。シェアカー(改造軽トラみたいなの)一人30ルピー、所要20分くらい。バスもあり、こちらは20ルピー。本文中の写真はレッドヒルを通り過ぎてから撮ったものなので逆だが、実際は道路の左側にある。多分「ロトパチン」か「レッドヒル」で通じるのでは。

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七姉妹州(3)ミゾラム


<8/4〜/5 ミゾラム州アイザウルへ>

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本日はミゾラム州都アイザウルに移動します。ルートとしては、

(1)ダルマナガールからシルチャールまで列車で移動し、
(2)シルチャールに一泊し、
(3)翌朝のスーモでアイザウルに向かいました。

地図を見る限りアイザウルは割と近いのですが、ズバッと真っ直ぐ行く足は無くシルチャール(アッサム州)を経由しないといけないようです。かなりの遠回りです。

おそらく、州をまたぐ関係から通れるルートが決まっているのでしょう。これから行くミゾラム州は入域許可は必要ないですが、入域後の滞在登録が必要なちょっと面倒くさいエリアなのです。この辺は後述します。



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ダルマナガール駅

というわけでシルチャールに向かいますが、バスが見つからず列車も一日一本なので選択肢がありませんでした。ダルマナガールは別に辺境じゃないですし、シルチャールは交通の要所なのでもう少し何かありそうな気もするのですが。



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シルチャールの宿「J.L.Lodge」

シルチャールに着いたころには既にどっぷり日が暮れていましたが、無事宿を確保できました。最悪駅で寝ようと思っていたのですが、シルチャール駅は野宿向きの駅ではなかったです。24時間開いているかも怪しい感じ。



<翌日>

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Mizoram House

昨日宿の人に聞いたら町外れのこちらがアイザウル行きスーモ乗り場だと教えてくれ、だいぶへんぴな所だったので疑っていたら本当でした。ごめんなさいでした。

写真のミゾラムハウス周辺にスーモ会社のカウンターがいくつも並んでいました。ミゾラムハウスではミゾラム州の入域許可を取得できるようですが、現在、一部の国の人を除きその必要はなくなっております。



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本日の朝ごはん

道中食べた朝ごはんです。ご飯に豆と揚げせんべいを載せたものでした。

朝時や昼時に走るスーモは途中で食堂に寄ることが多いのですが、だいたい皆さん同じものを食べるし、スーモ仲間のどなたかが必ず「君も食べたら?」と誘ってくださるのでありがたいです。やはりメニュー表が無い店や、いつ出発するかも分からないバスやスーモの休憩中は多少尻込みしてしまうので。七姉妹州の皆さんはとっても優しくて暖かいです。



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アイザウル風景

日暮れ前にアイザウルに着きました。が、ゴーストタウンでした。

本日は日曜で、ミゾラム・・というか七姉妹州は全体的にキリスト教の人が多い地域なので、皆さんお休みしているようです。



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アイザウルの宿「Traveller’s Inn」

そんなどんよりした町を二時間ほど彷徨い、結局スーモを降りた場所のすぐ近くの宿に落ち着きました。前情報がほぼ無かったため、どこを探していいかも分からなかったのです。今宵の宿は久々に安宿感があり、しかし値段はそれほど安くもなく、されど他の宿はだいぶ高かったので仕方無しに泊まっております。

多少汚いのは平気ですが、壁が薄く隣室のおっちゃんが一日中うっさいのが辛いです。夜遅くまで電話をし、夜間は大音量のイビキを奏で、朝は夜明け前から電話をしております。

翌朝、偶然部屋の前で鉢合わせたのですが、

おっちゃん「やあおはよう!よく眠れたかい!?」
私「はいもうグッスリですう」

私は弱い人間です。



<8/6 アイザウル>

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アイザウル風景

今日は町が動いていました。

昨夜は全ての店が締まっていたため夕飯を食べられず、水も食べ物も買えなかったため神様って何だっけと思いました。



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道中風景

そのへんのパン屋で朝ごはんをたらふく食べた後は、まず外国人登録局へ。ここミゾラムとマニプール、ナガランドの三州は、入域許可は必要ないものの入域後の滞在登録が必要ということになっているのです。

・・・なってはいますが、非常に緩いです。

まず今回のミゾラム州。「到着後24時間以内に滞在登録を!」とか言ってる割にどこでそれをするのかイマイチ分かりづらいし、州境でのチェックなぞ皆無だし(停車はしましたがスルーでした)、町でも宿でも誰にも何も聞かれなかったし、別にやらなくても良いんじゃないかと思うんです。



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外国人登録局(CID Complex)

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滞在登録

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パスポートに押された入域印

まあ、真面目ちゃんなのでしっかり登録したんですけども。

情報というほどの情報でもないですが、一応下に書いておきましたので真面目な方はご参照ください。



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ミゾラム州立博物館
 
帰りは市バスでワープし、そのまま州立博物館へ。中は撮影禁止ですが、小さいながらミゾラムの歴史や自然史、生活、文化などを学べる良い博物館でした。



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夕飯はミゾラム料理を食べられそうな店を調べて行ったのですが、閉まっていました。なのでそのへんの店に入り特にミゾラム料理ではない炒飯を食べております。

メガラヤでもトリプラでもわざわざご当地料理を出している店に赴いたのに、「それは今出してない」とか言われ食べられずに出てきております。連日豚肉を楽しんでいるので食生活は充実していますが、ご当地料理も食べてみたいのです。



<8/7 レイエック>

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レイエック行きスーモ乗り場

本日は近郊のレイエックという村に行ってみます。スーモで一時間少々と日帰りコースですが、行き帰りの足の時間がよく分からないのと景色が良さそうという理由から、一泊してくるつもりでおります。バックパックはアイザウルの宿に預かって貰いました。

乗り場もよく分からず誰も英語が通じず困りましたが、何とかここを探し当て3時間待って、ようやくレイエック行きスーモに乗り込みました。



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レイエック

着きました。ここまで一時間半くらいでした。



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レイエックの宿「Reiek Tourist Resort」

宿情報がここしか無かったので高かったらヒッチハイクしてでも帰ろうと思っていましたが、十分出せる金額だったので泊まりました。ここはレイエック最大の見所、レイエック・ピークへのハイキング道の入り口にあり、カフェレストランも兼ねています。ミルクティーがとっても美味しいです。



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チェックインを済ませ、早速遊びに出かけます。目標はもちろんレイエック・ピークです。



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道中風景

格好良い岩場がありました。



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途中いくつかある分岐に惑わされながら歩くこと一時間ほど。だったと思いますが記録が以下略。

で、何やら天国への道みたいなのがあったのでつい吸い寄せられて進んでみると、



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本当に天国へ行けそうな道に出ました。(気をつけたいと思います。)



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霧が立ち込めており中々の雰囲気です。天気が良かったら絶景の予感がします。



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あっさり登頂しました。

頂上にはクラブミュージックを大音量でかけるグループが二組いて、競い合うように音量を上げていました。いいぞいいぞお。競い合え!そして潰し合え!



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帰ります。

山の天気は変わりやすく、先程まで霧が立ち込めていた山頂は少しだけ青空が覗いていました。



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あれ多分アイザウルだと思います。ここから見えるらしいのです。



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レイエック風景

帰宅直前で土砂ぶられた上に、何故かポータブル充電器が突然働かなくなり、宿は停電しており、スマホの電池は0%で、全くやることが無いため傘をさして村に降りて来ました。

なんか歴史村みたいなのがあるという情報を見た気がするのですが、探す気にもならないくらい雨です。やっぱ引きこもるべきでした。



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本日の晩ごはん

宿の簡易レストランで作って貰ったチョーメンです。量が多かったのと、保温容器に入れてくれたので最後まで温かくて嬉しかったです。



<8/8 アイザウル帰還からのシルチャール帰還>

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朝のレイエック村

今日はアイザウルに戻り、そのままシルチャール行きのスーモに乗りたいです。

次の目的地はマニプール州都インパール。州都同士の移動ですが、またしても直行バスが無かったのです。このへん本当に不便ですね。仲良くなさいよ七姉妹。いや仲悪くはないんでしょうけど。



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本日の朝ごはん

アイザウル帰還後、9:30発のシルチャール行きスーモに乗りました。写真は道中食べた朝ごはんです。同じスーモに乗るミゾラム出身のお姉さんが奢ってくれました。サフランライスに豆の煮込みをかけたものです。「ミゾラム料理ではないんだけど割とよく食べるよ」とお姉さんは言っていました。



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ミゾラム、マニプール、ナガランドと、北東部の東側三洲に入った辺りから筍をよく見かけるようになりました。食堂で食べるお料理にもよく入っています。写真の筍は少し細長いですが、日本で一般的なあの形もよく見かけました。

下は、これまたお姉さんが買ってくれたおやつです。梅干しにそっくりでした。カリカリ梅の蜂蜜漬けみたいな感じ。



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シルチャールの宿2「Hotel Sashi View」

今日はアイザウルでの乗り継ぎも非常に上手く行ったし、明日早朝のインパール行きスーモチケットも買えたし、宿は前回のが満室でしたがすぐ近くに前回よりだいぶ安い宿を発見できたし、非常に順調快適な一日でした。

とか喜んでいたら、調子に乗るなという天啓か、スマホがついに使い物にならなくなりました。タッチパネルがずっと調子が悪く、反応しなくなったり持ち直したりを繰り返していたアレです。





今回壊れたのは明確な理由がありまして、移動時にポケットからツルッと落としてしまったからです。そこまで激しく打ち付けた訳ではないと思うのですが。そして衝撃吸収カバーみたいなものも一応着けていたのですが。

まあ打ち所が悪かったのかもしれませんし、元々調子が悪かったそれには少しの刺激も命取りだったのかもしれませんし、そもそも落とすなよという話かもしれませんがそういうこともあるでしょうが!人間だもの!



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で、しばらく様子を見ましたがどうにもこうにも駄目そうだったので、新しいスマホを買いました。安くてショボい糞みたいなスマホを。インド人に「ベリーナイス」と勧められたけどメイドインインディアという時点で結果は見えていたスマホを。一個ツイートするだけで電池が5%減るスマホを。マップを2分見ただけで10%経るスマホを。ちなみに昨日からポータブル充電器も壊れておりますイエーイ祭りだワッショイ。

でも、そんな肥溜めのようなスマホでも無いと困るのです。私はスマホが無いと道に迷って死ぬのです。そして腕時計も数ヶ月前に壊れたので時間が分からないのです。

件のスマホはずっと調子が悪かったのでそれなりにバックアップは取っていましたが、日々書き換えや更新を行なっている日記と旅行情報メモはバックアップが不完全&先送りになりがちで、ここ三週間分をまるっと失いました。情報の少ないエリアだからこそある種の使命感を持って、そして個人的にも楽しくて集めに集めた各種情報だったんですけどね。

というわけで、今日もうろ覚え情報コーナーで締めさせて頂きます。

前も書いたかもしれませんが、実は現在専門家の方にメールで教えて頂きながら自力修理に挑んでいるので、もしかしたら奇跡を起こせるかもしれません。そうしたら是非、自慢の七姉妹州情報を載せ直したい所存です。


次回はマニプール州です。


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<うろ覚え情報コーナー>

◯ ダルマナガールからアイザウル

現状、シルチャールを経由するしかない様子。ダルマナガールからシルチャールはバスがなく、14:45の列車(一日一本)で行くしかない。民営バス会社をよく探せばあるような気もするが、誰に聞いても無いと言う。

シルチャールからアイザウルは、シルチャールMizoram House周辺にスーモカウンターが数軒集まっている。私が利用したカウンターに掲示されていたのは 7:00/9:00/12:00/15:00/19:00だったが、買ったチケットは8:30発だった。そして出発したのは10:00だった。運賃450ルピー、所要7時間くらい。復路も数社が各数本ずつ出しており、選択肢は多い。

◯ シルチャールの宿

「J.L.Lodge」
トイレ冷水シャワー付きのシングル550ルピー、ダブルは850ルピー。ファンあり、WiFiなし。窓が無く少々蒸し暑い。レセプションの人は少し英語を話し、紳士的で感じが良い。

「Hotel Sashi View」
トイレシャワー(バケツだったかも)付きのシングル350ルピー。ファンあり、WiFiなし。上記宿より南に徒歩すぐの交差点にある。

◯ アイザウルの宿

「Traveller’s Inn」
トイレ冷水バケツシャワー共同のシングル350ルピー。ファンあり、WiFiなし。シングルというかフロアを板で仕切っただけという感じの小部屋で、全ての部屋から物音が聞こえてくる。トイレシャワーも一体型であまり綺麗ではない。しかし他の宿は700ルピー越えばかりだったので。

◯ ミゾラム州滞在登録(アイザウルの場合)

別にやらなくていい気がするが、一応「到着後24時間以内に」ということになっている。
Google Mapで「CID Complex」と検索すると出る建物に登録オフィス(foreigners Registration Office)がある。町の中心から徒歩一時間くらい。市バスでも近くまで行ける。持ち物はパスポートのみ、無料。現在泊まっている宿名や何日滞在するかを聞かれる程度。

◯ アイザウルからレイエックReiek

Bangkawn地区、上記申請オフィスの丘の下辺りの路上(レイエック方面に伸びる道路)に一軒だけある「Rem Remスーモカウンター」より、私は10:00発の便に乗った。7:00から待って最初の便がこれだった。運賃忘れたけど確か90ルピーくらい。所要時間一時間半くらいだったと思う。申請オフィスの人が言うには、午前中に数本はあるはずとのことだった。

帰りは、私は朝7:00のスーモに乗った。レイエックよりさらに向こうの村から来るスーモが何本かありそうだった。

◯ レイエックの宿

「Reiek Tourist Resort」
バンガローと言うか、個別の家型の宿。シングルは無く、ツインの部屋を600ルピーで借りた。ファンあり、WiFiなし。簡易のレストラン併設。レイエック・ピーク、トレッキングロードの入り口にある。日曜休みと書いてあった。(レストランだけなのか宿もなのかは不明)

レイエックの村には、見た限りだと宿はここともう一軒、村の入り口あたりにナントカリゾートがあるだけだった。

| インド | 23:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

七姉妹州(2)トリプラ


<8/2〜/3 トリプラ州へ>

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トリプラ州、ダルマナガールに移動しました。 

ルートとしては、

(1)チェラプンジからシロンまでスーモで移動し、
(2)シロンから夜行バスでダルマナガールに来ました。



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シロンでの待ち時間が割と長かったので街歩きをし、靴下や靴の中敷きやTシャツを買いました。濡れた服や靴がちょっと寒くて、乾いたのを着たかったのです。あと半袖Tシャツが二枚中二枚破れていたのです。



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本日のお昼ご飯

路肩で売っていた何かです。スパイスの良い香りがする炊き込みご飯に豚肉がのっていました。ライムを絞るとより一層美味でした。



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ダルマナガールの宿「Hotel Panchabati&Restaurant」

翌朝到着したトリプラ州のダルマナガールという町は、お久しぶりの青空を見せてくれました。そして宿にはこれまたお久しぶりのファンが付いておりました。

というわけで、



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洗濯物が!

3週間ぶりに!!

乾きました!!!

という喜びのツイートをしました。乾いた服がこれほど暖かくて幸せだっだとは。不足は幸福を教えてくれますね。



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ダルマナガールの町並み

ダルマナガールは歩いて回れる小さな町ですが、ホテルは10軒ほどありました。

下の写真はなんだか知りません。



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ウナコティ行きシェアタクシー

さて、この町に来た目的ですが、近郊のウナコティという場所への拠点にするためです。

ネットで調べたらトリプラ州都アガルタラを拠点にするっぽい情報が出てきましたが、それだと少々遠く、ここダルマナガールからの方が近くて簡単そうだったのです。ウナコティを挟んだ隣町、カイラシャハールを拠点にするのも良さそうでした。

なお、日本語で調べた時はほぼ情報皆無だったのですが、仕方無しに英語で調べたらヒットしました。インド北東部情報は海外の掲示板などでなら比較的見つけやすいです。僻地に切り込むのはだいたいドイツ人かフランス人と相場が決まっていますので、彼ら頼りです。



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ウナコティ入り口

記録を失ったのでちょっと不確かですが、ダルマナガールからウナコティは、隣町カイラシャハールに行くシェアタクシーに乗り途中下車、所要時間は40分から一時間くらいだったと思います。

ウナコティ付近の路上から案内に沿って30分か40分程歩いたら、入り口に到着しました。



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ウナコティです。

この巨大な彫刻はいつの時代のものなのか、誰が作ったのかなど、ほとんど分かっていないそうです。

よく見るとシヴァ神だったりガネーシャさんだったりするのでヒンドゥー教の何かだということは分かりますが、なんでしょうねこの下描きみたいな彫刻は。

とか言いつつ、それが見たくてのこのこやって来てしまった訳ですが。下書きのくせに随分味があるではありませんか。



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シヴァ神

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シヴァ神の武器、三叉槍(どことなく血塗れ)

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ナンディさん

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ガネーシャさん



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遺跡の背後にある小高い丘を登ると、いくつかの彫刻が安置されていました。雨風にやられたのか殆ど溶けてしまっていますが、ハヌマーンさんなどもいました。

彫刻小屋の前には御神木みたいなのがあり、聖人ぽい男性が瞑想をしていました。



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さらに登ると、小さな御神体が。

謎遺跡ですが、謎遺跡であるが故に聖地としての神聖さが増すのかもしれません。 



<8/4 移動>

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ダルマナガール駅

翌日は引き続きトリプラ州、州都のアガルタラに向かうつもりでしたが、どうもそれほど惹かれないので予定を変更してミゾラム州都アイザウルに向かうことにしました。

地図で見ると結構近いのにアクセスが無く、かなり遠回りのシルチャールを経由しないといけないのでまずはそこまで行きます。そしてシルチャールは交通拠点のはずなのにバスが無かったので、一日一本しかない列車で向かいます。トリプラ州、来るのも出るのもなかなかに不便です。


次回はミゾラム州です。 


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<うろ覚え情報コーナー>

◯ チェラプンジからダルマナガールDharmanagar

チェラプンジからシロンまでシェアジープ多数、所要確か2時間弱、運賃70ルピー。シロンからダルマナガール20:00発の私営夜行バス530ルピー、所要12時間くらい。

◯ ダルマナガールの宿

「Hotel Panchabati&Restaurant」
トイレ冷水シャワー付きのシングル500ルピー。ファンあり、WiFiなし。レストラン併設でルームサービスも頼める。バススタンドから徒歩20分くらい、駅から徒歩30分くらいだったと思う。

◯ ダルマナガールからウナコティ(ウナコチ)Unakoti 

バススタンド隣の乗り合いジープスタンドからシェアタクシーが確か50ルピー、所要時間は全く覚えてないけど一時間はかからなかったと思う。ウナコティ近くの分岐で降ろしてもらい、そこから徒歩40分とかそんなんだったか。ウナコティは入場料無料。簡単な荷物検査がある。

ダルマナガールの他、州都アガルタラ(遠い)や隣町カイラシャハール(近い)を拠点にするのも良いと海外の旅行情報サイトには出ていた。

| インド | 22:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

七姉妹州(1)アッサム、メガラヤ


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本日から七姉妹州を巡ります。何故七姉妹州かと言うと、七州あるからです。私が名付けたわけではありません。以前は外国人の入域は禁止あるいは制限されていたエリアですが、10年ほど前から比較的気軽に入れるようになったとのことです。

ただしアルナーチャル・プラデーシュ州は未だ入域許可申請が必要で、ミゾラム、マニプール、ナガランドの三州は入域後の滞在登録が必要ということになっています。このあたりはぼちぼち書いて参ります。



<7/27〜28 シリグリからチェラプンジ>

記事タイトルにアッサム、メガラヤと書きましたが、今回アッサム州は通り過ぎただけです。


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ルートとしては、

(1)ガントクからシリグリまでバスで行き、
(2)その日の夜行列車でアッサム州グワハティまで行き、
(3)朝一のシェアジープ(この辺りではスーモと呼ぶようです)でメガラヤ州シロンまで移動し、
(4)シロンでスーモを乗り換えチェラプンジまで行きました。  



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グワハティ行き当日券

(2)は予約したチケットがウェイティング5番手で、そんくらいなら乗れるでしょうと思っていたのに2番手までしか繰り上がりませんでした。

ウェイティングのままのチケットは自動キャンセルされてしまうので(オンライン購入の場合)、新しく当日券を買い列車に乗り込むことに。



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「乗車券」は買ったものの席は確保できていないので、偶然見つけたこちらの席にて車掌さんが来るのを待ちます。

車掌さんと言うかTTナントカいう役職の人だそうですが、この人にお願いして規定の追加料金を払うと、席を用意してくれるらしいのです。おそらく当日キャンセルとかその辺の余りを分配しているだけなので、絶対確保できるとは限らないのですが。



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で、発車から一時間ほど待った頃ようやくTTナントカさんが来てくれ、本日の寝床を確保できました。追加料金は確か300ルピーでした。さっきの席(追加料金なし)でも良かったのですが、「TTナントカさんから席を買う」というイベントを体験してみたかったのです。

お陰様でまた一つ経験値が上がりました。次からはウェイティングチケットも当日券も購入候補に入れられます。テッテレ〜。



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本日の朝ごはん/揚げパン(朝から食べるものではなかった) 

到着したグワハティ駅でもう一眠りし、朝ごはんに揚げパンを食べて胃をやられ、スーモに乗ってメガラヤ州都のシロンまで行き、スーモを乗り換えてチェラプンジにゴールしました。

チェラプンジは現地では「ソラ」の方が通じるのですが、ネット上や他の地域からはチェラプンジと呼ばれているようなので、私もそれに習います。



<7/28〜29 チェラプンジ>

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チェラプンジの宿「Hostel By The Way」

有名どころの宿です。こちらはチェラプンジ中心部(ソラ・マーケット)から3キロほど離れた集落にあるのですが、ソラ行きのスーモの終点が宿の近くだったので無理なく来られました。

で、今日はここに泊まって明日目当てのノングリアート村へ・・と行きたかったのですが明日は日曜でシェアタクシーが動いていないため、二泊して月曜を待ちたいと思います。

・・とか考えていたのに、そもそも宿が満室でした。

ならば荷物を預けて今からノングリアート村へ・・と行こうにも、宿泊客でない人間の荷物は預かれないとオーナーさん。ノングリアート村はほぼ谷底に近い所にありちょっとしたトレッキングになるため、バックパックを背負ったまま行くのは避けたいのですが。

その後も少し粘りましたが、「ノングリアートから帰ったら泊まりますので」というのは「そう言って結局泊まらない人が沢山いたから」と言って断られ、「では部屋の予約をして料金を先払いするというのはどうでしょう」というのも「そう言って予定の日に戻って来なかった人が沢山いたから」という理由で断られました。全て私達旅人が蒔いた種ですね。恥ずかしいやら嘆かわしいやらです。

そんなわけなのでオーナーさんの主張は完全に理解しつつ、他の宿は高いというし荷物を背負って谷底には行きたくないし、さっきから強めの雨に降られているしでだいぶ困っていたら、見かねたオーナーさんが宿ではない部屋を特別に貸して下さいました。本当に見かねて今回だけはとやむなく貸して下さった部屋なので、写真や宿泊費などの情報は載せないでおきます。迷惑をかけたらいけないので。



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本日のお昼ご飯/ポークカリー

シッキム日記でも書きました通りインドで豚肉を見かけることは滅多にありませんが、ダージリン、シッキム及びここ七姉妹州はその限りではないようです。町で知り合ったおっちゃんは「僕らはポークが無いと生きていけない!」と言っていました。

というわけでポークカリーにしましたらこれがもうすんごい美味しくて、カリーは飽きたけどカレーは飽きていないことを確信しました。この店だけかもしれませんが、日本のカレーにちょっと近い味付けだったのです。あと、低橋家のカレーはポークカレーが主だったので、すごく懐かしかったのです。
 


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翌日の晩ごはん

このお店には肉まんもありました。ビッグ・モモとかいうのを頼んでみたらこれが出てきたのです。まさかインドで肉まんに出会えるとは思っていなかったので、大変嬉しかったです。

セブンシスターズというレストランです。



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雨が全く止む気配を見せないので、傘をさしてお散歩に出かけました。何でもこのあたりは世界有数の降水量を誇る地域なんだそうです。世界一とか言ってたような気もします。

道理でよく降るわけだ・・と思ったら、オーナーさん曰く「今年は少ない方だよ。本来はもっと激しい雨が一日中降る感じ。」とのことでした。何ですかその地獄は。



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チェラプンジ風景です。

霧に包まれていてもこれだけ広くて素敵な風景なのだから、乾季のお日様の下ではとんでもない絶景なのではないでしょうか。



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雨宿りする山羊

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入れない子山羊

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入れない子山羊

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入れない子山羊

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入れた子山羊



<7/29 チェラプンジ2日目>

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Seven Sisters Fall/30か40ルピーくらいだったと思う

翌日も当然のごとく雨でしたが、多少小雨だったのでまた散歩しました。本日はまずセブンシスターズという滝へ。 

セブンシスターズという名前は七姉妹州から来ているのかと思いきや、七本の滝が仲良く並んでいるためそういう名前が付いているのだそうです。



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セブンシスターズ(多分)です。



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Nawswai Caves/入場20ルピー+カメラ持ち込み20ルピー

さらに歩いて今度は洞窟へ。

ここの入場料が何故かお一人様は高くて、「二人以上(三人だったかも)なら◯◯ルピーですけど?」みたいなことが書いてあったのでランボー怒りの料金交渉をしようかと思いましたが、一人でも同じ料金でした。無駄に怒りを溜めさせないで下さい。



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そしてこのあと洞窟の中で雨に降られ、降られているのに目の前のインド系インド人が50センチごとに立ち止まり自撮りをするのでほんとインド人は以下略。

インド系インド人と言うのは、七姉妹州はインドであってインドにあらず、モンゴロイドっぽいお顔立ちの人が多いのでそれと区別して書いてみた次第です。この後行った東の三洲はさらにそれが顕著で、インド人というよりは中国人やミャンマー人、そして日本人とも良く似たお顔の人に沢山出会いました。皆さん「僕らは祖先が同じ」とか「同じ血が流れてる」とか言ってくださって、とても嬉しかったです。


ときに、この洞窟と言いさっきの滝と言い観光客が結構来ているようですが、チェラプンジには宿がかなり多いのでその辺は問題無さそうです。どこもちょっと高そうなのはアレですけども。バイザウェイのオーナーさんや道で知り合った別の宿のオーナーさんによると、「5年前までは宿なんてほとんど無かったけど、ここ5年で一気に増えたんだよ」とのことでした。

今は安宿不足の感が否めませんが、もう少し待てばその手の宿も出てくるかもしれませんね。



<7/30〜8/1 ノングリアート村>

本日はノングリアート村へ参ります。荷物はバイザウェイさんに預かって貰えたので、軽装でのお気軽遠足です。


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トレッキング開始ポイント/ティルナ

チェラプンジからノングリアート村に行くには、まずソラ・マーケットからシェアタクシーに乗りティルナという村に行きます。30分少々の道のりでした。



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ノングリアートは谷底にあり車道は通っていないため、あとはひたすら歩きです。ほぼ下りですし、荷物さえ置いてこれば過酷な道ではないですが、滅茶苦茶滑るので注意が必要です。注意しても滑りますけど。



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ノングリアート村(多分)

割とすぐ目標が見えてきました。軽装で来たのが効いたのか、思いの外早く着いてしまいそうです。・・ので、ちょっと寄り道することに。ノングリアート村に行く目的は「生きた橋」というのを見ることなのですが、その一つが途中にあったのです。

ノングリアート村への道を逸れて少し歩くと、



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生きた橋

その橋がありました。



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生きた橋です。英名ではRoot Bridgeと書かれていました。根っこ橋とでも書きましょうか。

このあたりは降水量が多く川の増水も甚だしいため、普通の橋では流されてしまうことが多いそうです。そのため、特定の樹木がその根っこを長く複雑に伸ばすことを利用して、こんな橋を造るようになったのだとか。

人の手も入っているとは言え、その根っこの細かさ、網のような複雑さ、頑丈さ、そしてどこまでも伸びて水や栄養を得ようとする強い生命力に、尊敬と畏怖の入り混じった強い感動を覚えました。人間が作った橋は簡単に流されてしまいますが、自然が作った橋は自然に負けないのです。強く美しく調和の取れた、自然界の圧倒的な力を見せつけられた気がします。

・・なのに踏んでしまってごめんなさいね。痛いですね。その根っこ早く水に届きたかったのに、人間が編み編みしたせいでだいぶ遠回りな上に届いていませんね。まっことごめんなさいですが、この愚かで非力な人間共にどうか力を貸して下さい。



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橋の隣には、作りかけなのかその役目を終えたのか、もう一本細い橋がかかっていました。

木には寿命がありますから、こうやって何十年、あるいは何百年もの間人間を向こう岸に渡らせてくれた後は、幹も根も徐々に朽ちていくのでしょう。

そしてその体は川に溶け土に返り、周辺からは樹木が残した子供達がまた芽吹いていくのでしょう。

美しすぎます。

適うわけないのに何故人間は自然を支配できると思ってしまうのですか。私達なぞ野生動物に食われてうんこになりさらに虫に食われてうんこになり根っこから吸収されて植物の一部になりそれを草食動物に食われてまたうんこになるのが関の山ですよ。



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急に出た犬

地図を見る限りこの先にもう一つ根っこ橋があるはずなのですが、途中で道が川になっておりツルッと滑って濁流に飲まれる自分の姿がありありと想像できたため、止めました。この世には好奇心より大切なものがあるのです。



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ノングリアート行きの道に戻りました。小さな集落を通り過ぎ、さらに下っていくつか鉄の橋を渡って、最後少し登ったら、



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ノングリアート村に着きました。   

根っこ橋への寄り道を除いたら、ここまで一時間半かからないくらいでした。



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ノングリアート村の宿「SERENE HOMESTAY」

村の入り口で右を向いたら、本日の目標宿を発見しました。 

参考にさせて頂いた旅ブログさんに載っていたそのままのお姿で、優しいオーナーさんが迎えてくれました。背負っている子供も同じ子でしたが、写真よりだいぶ大きくなっているのがほっこりしました。



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晩ごはん(ビュッフェ形式、一人130ルピー)

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朝ごはん(自由注文)

宿はレストランもかねています。

朝昼は好きなメニューを好きに注文する形ですが、夕飯は一律、ビュッフェ形式のごはんを頂きます。ごはんが山ほど、おかずも沢山ありお代わり自由なので、私は調子に乗って三回お代わりしましたが、後で「これオーナーご家族の分も入ってるっぽいぞ」と気付いたので翌日は二回にしました。



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大自然の中にある村なので夜になると虫達が遊びに来てくれます。そして朝起きて手の位置を変えたらクワガタ君を鷲掴みにしてしまい、だいぶビックリしました。人の布団に潜り込むんじゃないよ。



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ノングリアート村風景

ノングリアート村は数十家族しか住んでいない小さな村ですが、観光客はそこそこ来るため上記の宿の他にホームステイも用意してくれていました。

また、村内には別のレストハウスがあった他、徒歩40分程の隣村にもホームステイが一軒あったので、「宿がなくてチェラプンジにトンボ帰りする羽目に・・!」なんてことにはなら・・ないといいですがハイシーズンはなるかもしれませんね。まあいざとなったらどなたか泊めてくれそうな気もしますが。



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ノングリアート村最大の名所、ダブルデッカー・ルートブリッジは宿のすぐ近くにありました。

半年前、インド初入国時にコルカタで見た歩き方先生にここの写真が載っていて、絶対来ようと夢見ていました。念願叶って嬉しいです。

ダブルデッカーはその名の通りニ階建ての根っこ橋ですが、何故二階建てにする必要があったのかは不明です。木一本で橋二本もなんて、働かせ過ぎではないですか。



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でも、格好良いです。スマンと思いつつ、上を通って下を通ってまた上を通ってとぐるぐる歩き倒してしまいました。興奮と運動で息が上がり、変質者みたいになりました。



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まだ時間も早くて暇なので、ダブルデッカーの先にあるレインボー・フォールというのを見に行くことに。

写真は先程書いたレストハウスで、ダブルデッカーを渡ってすぐの所にありました。ダブルデッカーは入場料の支払いが必要(20ルピー+カメラ20ルピー)ですが、一度チケットを購入したら何度でも何日でも出入り自由ですので、そのへんは問題無さそうです。



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途中、また別の根っこ橋を通りました。



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この橋の根っこはかなりの網っぷりでした。アンビリーバブル。植物って本当に格好良いです。



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その後道なんだか川なんだか分からない何かを登り、



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道なんだか川なんだか分からない何かを越え、



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約一時間ほど歩いたら、レインボー・フォールに到着しました。大迫力です。

何故この滝がレインボー・フォールと呼ばれているかと言うと、滝に太陽光が当たって美しい虹を作るからだそうです。が、残念ながら今日も雨です。お日様なぞ久しく見ておりません。

そして乾季ならば滝壺が小さなプールの様になるとのことで、宿の皆でここへ来て水遊びをしたという日記を書かれている旅ブログさんがいらしたので「アラ楽しそう」なんて思って見ていたのですが、



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ズドドドドドドドド

雨季はちょっと、命をかけることになりそうです。



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ここにいても濡れるだけなので帰ります。

写真はどこからか現れた野犬です。この子先程ダブルデッカーで見かけましたが、来る観光客来る観光客に引っ付いて橋を行ったり来たりしていて可愛かったです。



<7/31 ノングリアート2日目>

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隣村への道(ノングリアート教会の右脇)

ここノングリアート村での目的は昨日全部片付けてしまったのですが、たった一泊で帰るのも惜しいのでもう一泊しました。  

そして携帯の電波も来ていないしネットもあるはずないしで暇なので、徒歩40分くらいだと言う隣村を見に行ってみることにしました。



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ミンテン村(Mynteng)

隣村です。村の入り口辺りに一軒ホームステイがありました。



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ここにも根っこ橋がありました。しかもかなり渋いやつです。

根っこ橋は全部で6、7本くらいはありそうですが、その一部は鉄線などで補強されていたり、橋そのものがもう完全に人工物に成り代わっていたりと、だんだん廃れて来ている気配があります。人の技術が濁流に耐えられるようになってきたのか、何十年もかけて作る橋を待てないだけか。

何にせよ、その技術はいずれ来る文明崩壊時のために是非残していって欲しいものです。



<8/1 チェラプンジ帰還>

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目標多分このへん

二泊した後は流石にもうやることも無くなったので、地上に帰ることにしました。何もせずのんびり過ごしても良いのですが、洗濯物が全く乾かないしドミの毛布が臭いのです。

しかしただ帰るだけではつまらないので、帰り道は行きとは違うルートを通ってみることにしました。



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ピンク:往路(タクシー)
橙:往路(徒歩)
黄緑:今から行く復路(徒歩)

宿に貼ってあった地図によると、ダブルデッカーの奥、レインボー・フォールに向かう道を途中で別方向に逸れれば、チェラプンジ方面に登っていけるようです。

登頂地点から宿までも歩ける距離(7キロくらい)ですし、良い道があるではないですか。ティルナまでの足が無い日曜でも、こっちからなら来られたのですね。



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本日の相棒

本日の相棒は、ダブルデッカーでチョロチョロしていたあの子です。レインボー・フォールへの分岐を過ぎ、少し歩いた所で後ろから急に現れまして。何故か追いかけて来てくれた感じで、やたらハイテンションでした。




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で、その後もずーっと上まで付いてきてしまったので「この子おうちに帰れるのかしら」なんて大変心配しましたが、もしかしたら元々上から来た子なのかもしれません。いつの事かは知りませんが谷に降りてきて、上に戻りたいけど一人では怖いので一緒に行ってくれるニンゲンを探してたのかなあ、なんて。

ダブルデッカーから先に向かう観光客を追いかけ、またすぐ戻ってくるのを繰り返していたあの行動は「上行く!?なんだこの人も滝かあ」みたいな事だったなかなあと、勝手な妄想をしています。でも何となく、それで当たっているような気がするのです。確かめようがないのが残念ですが。



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ワンコと共に歩くこと数時間。誰とも会わず集落もなく、ツルッツルよう滑る道を蚊の大群に襲われながら全く休まず登って来たのでだいぶ疲れましたが、だんだん視界が開けてきました。

そして、



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あ、人だ!



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と思ったらそこがゴールでした。

2時間半くらいだったか3時間だったか、スマホ死亡と共に記録も失ったので正確な時間は分かりませんが、少なくとも地図にあった「所要3時間半」よりは早かったと記憶しています。止まると蚊の大群にやられることから5秒以上の休憩が出来なかったので、その分早く着いたのです。



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真ん中の人の少し右に見えている米粒が、おそらくノングリアート村です。



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ゴール地点は観光名所でした。こちらはNohkalikai Fallと言って、インド一だか北東部一だかの高さを誇る滝なんだそうです。



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観光名所なので当然入場ゲートがありますが、裏口から侵入したみたいな形なので入場ではなく退場です。

入場料も必要でしょうから一応係員さんの顔を見ながら退場しましたが、何も言われなかったのでそのまま出てしまいました。「私向こうの世界から来たんですの」なんて自分から主張するのも何だか恥ずかしくて。



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生還記念ランチ

宿まであと7キロありますので、その分のエネルギー補給です。滝のように汗をかいたのでコーラの一気飲みが爽快でした。



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相棒はやはりこのあたりが縄張りだったのか、お友達らしき黒ワンコと再会して尻尾フリフリ大はしゃぎしていました。そしてその子と一緒にどこかへ去って行きました。ありがとうね。ここまで一緒に来てくれて。



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その後はまた広い景色を楽しみながら、宿までの7キロを歩いて帰りました。



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チェラプンジの宿「Hostel By the Way」

今日は部屋の空きがありました。どうやらこの二部屋しかないっぽいので、そりゃすぐ満室になるわなと思いました。しかし、このお洒落さと綺麗さで500ルピーは素敵です。

トイレが外なので、その度に土砂降られビッタビタになるのは辛いですが。



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部屋にインド版ロンリープラネットがあったので、10年前のものではありますがしっかり情報を頂きました。歩き方先生は北東インド情報は殆ど載せていなかったものですから。

10年前と言ったらまだまだ旅行しやすいとは言えない時期だったでしょうに、流石ロンプラ先生は後先考えず突っ込んで行かれますね。



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たまには乾いた服を着たいので、湿気取りのために手持ちの米を配置してみました。

特に効果はありませんでした。


明日はトリプラ州に移動します。


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<うろ覚え情報コーナー>

今専門家の方のご指導のもと壊れスマホの自力修理に挑んでいるので、奇跡的に復活できたら正しい情報を載せ直したいと思っています。

◯ グワハティからチェラプンジ

グワハティ駅前(南出口)周辺でシロン行きスーモやシェアタクシーが呼び込みをしているのでそれに乗る。運賃は全く覚えてないけど200はしなかったような。所要時間は4時間かからないくらいだったような。シロンからチェラプンジ(ソラ行きと書いてある)は運賃70ルピー、所要時間は2時間くらいだったような。

◯ チェラプンジの宿

「Hostel By the Way」
ダブル一泊500ルピー。全体的にとても清潔。トイレホットシャワー共同で、外にあるので雨の日は辛い。オーナーさんはとても親切で色んな情報をくださる。宿の目の前にソラ・マーケット行きのシェアタクシー(10とか20ルピーだったと思う)が停まる。

チェラプンジには宿が山ほどあるが、オーナーさんが言うにはどこも1,000ルピー超えだそう(未確認)。宿はソラ・マーケット付近にもあるし、バイザウェイ付近や七姉妹滝の方にも沢山ある。その他、シロンに宿を取ってノングリアートまで来たという旅人にも会った。

◯ チェラプンジからノングリアート村

まずはソラ・マーケットからシェアタクシーに乗り、ティルナTyrnaという村へ。私は朝9:30くらいのそれに乗り、所要30分くらい、運賃は覚えてないが安かった記憶。日曜はシェアタクシーやジープなど全てストップするが、プライベートタクシーなら可能で一台400ルピー。ティルナからノングリアートはほぼずっと下りの最後少しだけ登りで、所要1時間半かからなかったと思う。(生きた橋に寄り道していた時間は除く。)

または、ソラ・マーケットからNohkalikai Fallまで行き(4キロ)、そこから予想3時間くらい下ればノングリアートに出る。チェラプンジからノングリアートまで徒歩だけで行きたいなら有効。ただし正規ルートよりさらに滑りやすいし道が川になってるし民家など無いしおそらく誰とも会わないので、色々気をつけて。

◯ ノングリアート村の宿

「SERENE HOMESTAY」
正規ルートから村に着いてすぐ右手。ドミ一泊300ルピーだったと思う。400だったかも。
トイレシャワー共同だがすごく奇麗にしてくれてる。水シャワーか、またはバケツにお湯をためて浴びられる。雨季だけかもしれないけどドミの毛布がだいぶ臭い。夕飯はビュッフェ形式で一人130ルピー。その他軽食メニューもあり、水やジュースなど飲み物も買える。

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シッキム州巡り/ペリン、ユクサム、ガントク


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全8泊のシッキム総まとめです。大雑把過ぎますかね。

なお、シッキムの上の方はまた別の入域許可が必要で、旅行会社を通してガイドも雇わないといけないみたいな話だったので行きませんでした。



<7/19〜21 ペリン>

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まずはカリンポンからペリンに移動しました。

ペリンはシッキム州なので州境での入域チェックがありますが、今回私はダージリンで許可証を貰って来たのでスムーズでした。

写真は道中3回あった、土砂崩れの崩れ待ち及び道の開通待ちです。崩れ切って落ち着いたらショベルカーが出動し、車両の通行が再開します。日常茶飯事なんでしょうね。



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ペリンの中心ロータリー

ペリンは宿とレストランがあるだけの小さな村でした。

シーズン中は雪山絶景を求めて沢山の旅行者が訪れるそうですが、残念ながらこの時期は雲に隠れて見えないし、他の旅行者もほぼいませんでした。何しに来たんでしょうね私は。

なのに3泊もしてしまったのは、ダージリンで貰った風邪がなかなか治らなくて療養していたからです。いつもは一晩で治すのですけども。



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ペリンの宿「Ladakh Guest House」

元相方ちゃんが持っていた歩き方を読ませて貰っていたので、そこに載っていた宿に入りました。

先述の通り今はシーズンオフのため全然お客さんが来ていないようで、宿の人達も「え、お客さん?」みたいな反応でした。ちなみに最後のお客は一ヶ月前で、日本人でした。



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ポークトゥクパ

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チキンモモ

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無念の料理名メモ紛失。ミニすいとんみたいなシッキム料理 

ロータリーにある確か「Treat Restaurant」みたいな名前の店がめちゃんこ美味しかったので、通いました。



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チャイを頼むとどこの店も可愛い茶器でたっぷり出してくれました。器は中国っぽいのに中身はチャイというのもちょっと面白いです。でもこの辺りでは「チャイ」だと通じないことがあって、皆さん普通に「ティー」と呼んでいました。ミルクティーはそのまま「ミルクティー」。

わたくしチャイとミルクティーの違いがよく分からなくなってきております。甘くて濃くてスパイス入りのは文句なしにチャイって感じがするものの、インド全土において普通のミルクティーを「チャイ」と言って出してくれるお店の方が圧倒的に多いので、チャイとは一体?いやそもそも「普通のミルクティー」とは?私が普通だと思ってるこのミルクティーは結構濃いし作り方は多分チャイのそれだぞ?でも味的にはロイヤルミルクティーだぞ?チャイとは?そして宇宙とは?



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Sangchen Pemayangtse Monastery/50ルピー

ペリン観光です。

似たようなゴンパを色々回ったせいでちょっと記憶が曖昧なのですが、確かこのゴンパには博物館があって、中にある立体地獄極楽図みたいなのが必見の代物でした。写真撮影禁止なのでお見せできませんが。



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Sanghak Choeling Monastely

ペリンの村を挟んで、先程のゴンパとは反対側の山の上にあるゴンパです。両者は数キロ離れていますが、木陰の道をのんびり散歩しながら行けるのでさして苦にならない距離と言えます。タクシーでも行けますし。

そして先程書いた立体地獄極楽図ですが、こちらのゴンパにあったかもしれません。すみません全然思い出せなくて。



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雪山は見えませんが、ときおり見える青空だけでも十分ありがたかったです。曇り続きでビタミンD(だったかな)が不足すると鬱になりやすいとか何とか。洗濯物も乾かないし、たまには晴れて欲しいのです。



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ペリン・ツーリストインフォメーションの掲示より

次は近くのケチュパリ湖に泊まりに行く予定でしたが、どうもアクセスが良くないようです。ペリンーケチュパリはいいけどその後に行くユクサムまでの足がありません。一旦ペリンに戻ってこないと。

というのも面倒なので全部歩いて行こうかな、そんな遠くないし。なんて考えてワクワクっとしましたが、残念ながら晴れたのは初日だけで、その後は雨続きだったので諦めざるを得ませんでした。運動不足にビタミン不足、ついでにトラブル連鎖に雨連鎖と来たらそりゃ風邪も長引くと言うものです。ずっと濡れた服着てますし。



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シッキム州限定ビール「Hit」

というわけで飲んでいます。いや、というわけも何も無いんですけど、シッキム州は酒税が安くてですね、写真のような地ビールもあるので飲まないわけにはいかなかったのです。

それで「Hit」なんですけども、割と甘めでした。何故か常温で出てきたので冷やせばもう少し飲みやすいと思うのですが、残念ながらそこまで好みの味では無かったです。でもアルコール度数がやや高めなのは良いと思います。



<7/22〜24 ユクサム>

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シェアジープ待ち中

ユクサムに移動します。

ユクサムは以前ラジャスタンで知り合ったイラン人が勧めてくれた村で、何がお勧めだったのかは全く覚えていないのですがとりあえず行ってみます。



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ユクサムの宿「Hotel Pradhan」


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宿からユクサム・バザール(村の中心)を見下ろす

着いてすぐ声をかけてくれた宿が予算内だったので決めました。情報があまり無かったので心配しましたが、小さな集落ながら宿は10数軒見かけました。



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ユクサムはのどかで素敵な村でした。例によってシーズンオフなのでひっそりしていますが、シーズン中は周辺雪山へのトレッキング基地になるようです。是非シーズン中に来たかったですね。ガッデム。



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ユクサム・バザールにあった巨大マニ車小屋



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Coronation Throne of Norbugang/20ルピー

こちらはシッキムの始まりの場所なんだそうです。ちなみに入場料20ルピー(35円くらい)の支払いが必要でしたが、誰もいなくて払えませんでした。



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この村好きです。

雨でトレッキングができない今は「何も無い村」と表現することもできますが、その何も無さが心を穏やかにしてくれます。



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ペリンもでしたが、野犬が多いです。そしてここらの野犬はすぐ寄って来るし飛びかかってくるしどこまででも付いて来ます。大変可愛らしいですが、服に穴が空くのでもう少し落ち着いて頂きたいものです。



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ペリンは(というかあのレストランが)めちゃんこ美味しかったのに、ユクサムではなかなか美味しいものに出会えませんでした。いえ文句を言う気はないのですが、カリーが嫌でトゥクパを頼んでいるのにカリー味にするのはどういうつもりなのかと。文句ですけど。



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国立公園管理局っぽいもの

今日はトレッキングコースをちょっとだけ覗いてみたいと思います。どうやら入山申請を出さなきゃいけないっぽいですが、今回は入り口あたりまでしか行かないのでスルーしました。マズイかなとも思いつつ。



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しかし道を間違えて全然トレッキングコースじゃない普通の道を歩いたので、問題ありませんでした。



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本日の相棒

この子が村からずっと付いて来ています。

野犬のくせに体力がないらしくすぐバテるし他の野犬に絡まれてるのを仲裁してあげないといけないし、世話の焼ける子です。何故そうまでして付いて来るのでしょう。愛情に飢えてるんですかね。



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Dubdi Monastery

地図を見たら僧院があったのでここまで歩いてみたのですが、近道して裏口に回ったら門が閉まっており、入れませんでした。そして番犬がいると思ったら相棒でした。

相棒が「ここまで来て入れないの!?疲れたんだけど!」みたいな分かりやすい態度を取ってくるので、今日はここまでにして帰ります。いい運動になりました。



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帰りは別の道を通ったら、かなりの近道だったようですぐ村に帰ってきてしまいました。

トレッキングはできませんでしたが、のんびり散歩するだけでも十分楽しめる素敵な村でした。そして汗をかいたおかげで風邪も治りました。



<7/25〜26 ガントク>

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ガントクに移動しました。シッキム州の州都らしく、なかなかに立派でお洒落な町です。



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ガントクの宿「Gohills Bed&Breakfast」

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宿の朝ごはん

宿探しはかなり苦戦しました。なかなか安宿がなく、スマホも壊れたのです。方向音痴からGPSを取り上げたら命に関わるんですよ分かっているのですか。

バングラデシュで一旦壊れてその後持ち直したアレですが、また機嫌を悪くしたようです。今回もなんとか持ち直しましたが、このあと何度も死亡と再生を繰り返すことになりました。



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Enchey Monastery

ガントク観光です。こちらは山の上にあるゴンパ。霧に包まれた巨大ゴンパはなかなかに神秘的でした。



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Namgyal Institute of Tibetology/20ルピー

チベット学研究所。博物館です。 

ここ素晴らしかったです。大きな博物館ではないのですが、非常に質の高い絵画や工芸品などがみっちり展示されており見応え十分でした。



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ロープウェイ(霧の中にうっすら見えるケーブルが多分そう)/117ルピー

こちらは楽しみにしていたロープウェイですが、結局乗りませんでした。

霧と雨で景色が全く見えないし、値上げもされていたので嫌になってしまったのです。天気が良ければ、周辺の山々やガントクの町並みを見下ろせる楽しい時間が過ごせたようなのですが。




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インドSIMのネットチャージが明日で切れるのですが、シム有効3ヶ月期限もそろそろ切れるのでついでに新しいものを購入しました。このルールはどうやらAirtelという携帯会社だけらしいのですが、すっかり使い慣れてしまったので新しいシムもAirtelです。でも3ヶ月後は流石にもうインドを出ていると思うので、大丈夫です。多分。

で、三回目となる今回のシム購入ですが、笑っちゃうくらい簡単でした。

一回目のコルカタは書類を書いてパスポートコピーや顔写真を提出して6時間待ってアクティベート(使用開始手続きみたいな)してうんたらかんたら〜と割と面倒くさく、

二回目のチェンナイは手続き自体は一回目より楽に感じましたが提出物などは一回目と同じで、そして何だかんだと手続きに3日を要しました。

そして三回目の今回は、

私「くださいな」
店の人「はいどうぞ」

で終了でした。

パスポートコピーはその場で撮ってくれたし、顔写真もスマホでパシャリと撮ってくれたし、書類も何も書いていないし、私がしたことと言えばお金を払ってシムを受け取ってスマホに挿しただけです。そして2時間待ったら勝手に使えるようになっていました。

私「なんでこんなに簡単なんですか!?前回結構苦労しましたよ!?」
店の人「簡単な方がいいじゃん(笑)」

そりゃそうですけど、じゃあ前回前々回は何だったのという話で・・・


一応、小売店とかではなく正規の店で買ったので、手続きなどは何も問題ないはずです。あっても知りませんけど。



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シッキムビール1「HIT」とキムチっぽいツマミ

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シッキムビール2「danceberg」とポークモモ

ガントクは綺麗で栄えていて宿が高くて正直居心地が良くないのですが、酒屋とバーがワンサカあったので良い町と言えます。先述しました通りシッキム州は酒税が安いので、キング・フィッシャーなどのビール中瓶を酒屋で買うと60〜70ルピー(100円)くらい。バーでも100〜130ルピー(160円とか)ほどで飲めるのです。

しかも、シッキムにはチベット料理店が沢山あるのです。モモとビール。これが!やりたかった!!のです。幸せな2日間でした。

以上、シッキム観光でした。次は是非雪山の映えるシーズン中に再訪したいものです。


明日からはインド北東部、セブンシスターズ(七姉妹州)巡りです。まずはメガラヤ州に移動し、「生きた橋」とか言うのっぴきならねえものを見に行きます。


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<うろ覚え情報コーナー>

◯ カリンポンからペリン

あまり本数が無い様子。私は朝7:00にバススタンドに行ったが午後まで待てと言われ、12:30発のシェアジープに乗った。運賃220ルピー、所要確か4、5時間。途中、メリーMelliのチェックポストでシッキム州入域手続きがある。入域許可証を既に持っている場合、所要2、3分。

◯ ペリンの宿

「Ladakh Guest House」
ドミもあるがシーズンオフで準備が出来ていないとかで、ツイン400ルピーの部屋をシングル利用200ルピーで借してくれた。ファンなし、wifiなし。トイレバケツシャワー共同だが、いつもピカピカでありがたい。言えばバケツにお湯を貰える。宿のオーナーご家族はとても親切で暖かい。天気が良ければ中庭からの眺めが良さそう。

◯ ペリンからケチュパリ湖、ユクサム

ツーリストインフォメーションによると、シェアジープはどちら行きも午後のみ、12:00くらいから待っていればそのうち来るとのこと。実際12:00から3時間ほど待った結果、ユクサム行きは4、5台。ケチュパリ湖行きは2台通った。ケチュパリ湖とユクサムを繋ぐ便はなく、一度ペリンに戻らないといけない。ケチュパリ発ペリン行きは朝6:30、ユクサム発ペリン行きは朝7:00とのこと。つまり、どちらもペリンからの日帰りはできない。タクシーチャーターならおそらく可能。

◯ ペリンからユクサム

12:00くらいから15:00くらいの間に4、5台のシェアジープが通ったが、どれも満席で5台目くらいでようやく乗れた。運賃は全然覚えてないけど距離の割に高かった気がする。200とかそんなんだったような。所要2時間半くらいだったと思う。

◯ ユクサムの宿

「Hotel Pradhan」
ユクサム・バザール(ユクサムの一応中心部)にあり便利。トイレホットバケツシャワー付きのシングル400ルピー。ファンなし、wifiなし。

◯ ユクサムからガントク

シェアジープがユクサム・バザールから、確か朝6:00発の運賃350ルピー。7時間くらいはかかったような気がする。これはガントク直行便なので少し早く着けるが、他にペリンやジョレタン経由で乗り継いで行く方法もある。ペリン行き(おそらくだがジョレタンまで行く)は朝7:00発とのこと。
 
◯ ガントクの宿

「Gohills Bed&Breakfast(Gohills Hostel)」
ドミ一人550ルピー、朝食付き。wifiありだがあまり繋がらない。ファンなし。トイレホットシャワー共同。とても小さな宿だが、M.Gロードの端にありどこへ行くにも便利。オーナー家族は若いご夫妻とチビッコで、とても親切にして頂いた。壁に色んなシッキム情報が貼られているのもありがたい。

◯ ガントクのロープウェイ

チケットオフィス9:45〜12:30/13:30〜16:30。
前は70ルピーくらいだったはずだが今年の4月から117ルピーに値上げされていた。

| インド | 23:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

ダージリン、カリンポン


<7/14〜17 ダージリン>

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シリグリTenzing Norgay Central Bus Terminal

ジャルパイグリからシリグリ、シリグリからダージリンへとバスで移動しました。



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ダージリンへはトイトレインという可愛らしい列車でも行けるのですが、道路と線路が並行しているのでこんなロマン溢れる風景を見られました。



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そしてトイトレインとも遭遇。 

乗りたいけど結構高いしどうしようかなと思っていましたが、こうやって外から見るのもなかなか良いものです。



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ダージリンの宿1「Shrestha Lodge &Restaurant」(1泊目)

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ダージリンの宿2「Hotel Tranquility」(2〜4泊目)

ダージリンには4泊しました。あまり観光はしていないのですが、街歩きが楽しくて毎日ふらふら出歩いていたらあっという間に時間が過ぎてしまいまして。



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ダージリンは雪山に囲まれた美しい町のはずですが、雨季ですので空はいつも真っ白でした。そして寒いので、常夏の地上から急に標高を上げた私はまんまと風邪を引きました。ツイッターで「風邪に気を付けないと」とか言ってたくせに。



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雪山は見られませんでしたが、全く晴れなかったかと言うとそうでも無かったです。霧が晴れて緑の山々が突如現れる瞬間は、何度見ても心が沸き立ちました。



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ダージリン風景です。

余談ですが、このあたりの写真を撮ったのを最後にメインのデジイチカメラを落として壊したので、これ以降はサブのコンデジで撮影しております。





最後のは完全に自分のせいなのですが、一応これまでの軌跡を残しておきます。失敗によって冷静さを失い、さらに失敗を呼んでいるのかもしれませんね。



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ダージリンにはアンティークショップが沢山ありました。色々悩んで結局買わなかったのですが、惜しかったかなと今更思っています。「かわいい〜」とか久し振りに言いました。



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ダージリンで食べたものの一部です。

ダージリンは観光地化されたお洒落タウンですが、町のあちこちにローカルなお店や屋台もあるので両方楽しめました。また、このあたりはチベットやネパール文化の濃いエリアなので、ドゥクパやモモなど懐かしの味を堪能できました。



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バングラ脱出記念に一度だけバーにも行きました。

この町は飲める店があまり多くなく、写真のバーもこれまでで一番高かったです。キング・フィッシャー中瓶が一本250ルピー(400円くらい)。これまで行ったバーは最安が60ルピーで最高が確か150ルピーだったので、だいぶ贅沢しました。まあこれまでは基本的に酒税の安い州でしか飲んでいなかったというのもありますが。



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でも、ツマミに頼んだ豚肉料理がとっても懐かしくて美味しくて最高でした。インドはベジ料理が多いしあってもチキンかマトンだし、スリランカはチキンと魚は見るけど豚は無かったし、バングラデシュはイスラムの国なので豚を一切食べないということで、およそ半年ぶりくらいのぶうさんだったのです。

久しぶりに食べる豚肉は、豚臭かったです。でも牛は牛臭いし鶏は鶏臭いし、そういうものだと思うんです。慣れてしまって気付かないだけで。あと、日本の肉はやたらと臭みを消したがるのでそういう理由もあります。でも肉の臭みは旨味だと思うので、あんまり爽やかにし過ぎないで欲しいなと思っています。マトンやラムなどは特に。あれが美味しいのではありませんか。



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ダージリンティー

ダージリンティーも飲みました。ちょっと良いやつ。値段が全てではありませんが、ちょっとお高いやつはやはり味も香りも違いますなあと分かったような感想を言ってみたりしました。



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チベット難民センター

ダージリンの外れの山の中にあるチベット難民センターです。



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手描きのポストカード購入 

チベット工芸品工房&販売店もかねており、ここでの買い物は直接チベット難民の人々への支援に繋がります。



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チベット難民センターはダージリンの町の中心(時計塔あたり)から徒歩一時間かからないので、ちょっとしたハイキングを楽しめます。シェアタクシーでも行けますが、隣町行きに便乗する形なので帰りの足の確保が難しいです。どのタクシーも満席で来るので。

行かれる方は、徒歩かタクシーチャーターが良いのではないかと思います。



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Foreignes Registration Officer

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Office of the District Magistrate

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シッキム入域許可証

ダージリンの後はシッキム州に入りたいので、入域許可を取りに行きました。本当は先日通ったシリグリで取るのが一番楽だったみたいです。

ダージリンで取るシッキム州入域許可は、持ち物はパスポートだけだし当日取れるし無料だしで決して難しくはないのですが、何故か書類を受け取るオフィスとそれを提出するオフィスが別でだいぶ離れているのが面倒でした。



<7/18 カリンポンへ>

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本日から相方ちゃんと別れ、また一人旅に戻ります。

本日の行き先はカリンポン。まだシッキム州ではありません。本当はペリン(シッキム州)に行きたかったのですが、それにはかなり遠回りのメリーMelliチェックポイントにまず行かなければいけないと言われたので、メリー近くのカリンポンに立ち寄ることにしたのです。

ジープスタンドの人にこれを言われたときはまたまたご冗談をと思いましたが、シッキム入域許可オフィスの人も同じことを言っていたのでおそらく本当です。そもそもこのあたりはインドであってインドではないので、これまでのようなしょうもないインディアンホラを吹かれることはあまりないのです。



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カリンポン・バス&ジープスタンド

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カリンポンの宿「Mayuri Lodge」

カリンポンです。



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カリンポン・ハット

カリンポンは毎週水曜と土曜にカリンポン・ハットという市場が開かれるそうで、ラッキーなことに今日がその水曜なので見てきました。それほど大きな市場ではありませんが、ローカル色満載で面白かったです。



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トンサ・ゴンパ

カリンポンには立派なゴンパ(お寺)がいくつもありました。

こちらはブータン王国で主流な宗派のゴンパなのだそうで、国王ご夫妻と可愛らしい王子様の写真が飾ってありました。

実はブータン王国に気軽に行ける方法を教わったのですが、違法でありながらも意外と難しくないからか結構これをしている旅人が多いようで、そろそろ国王様がお嘆きになるのではないかと思うので私はやめておきます。せっかく良好な関係を築けているのに、自分のせいで壊したくないではありませんか。

情報を下さった方、答えられず申し訳ありません。私はブロガー向きの積極的な性格ではなく、法や規則の壁を越えられないのです。でも、ワクワクさせて下さってありがとうございました!



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ドゥルピン・ゴンパ

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ドゥルピン・ゴンパから見るカリンポン

こちらは博物館も併設している大きなゴンパで、トンサ・ゴンパと同じく壁画が鮮やかで美しいです。小さな博物館にはみっちりとチベット仏教美術品や仏具が収められていて、壁には沢山の写真や資料や悲痛なメッセージが掲げられていました。

博物館を開けてくれたお坊さんは、チベット支配に関する解説を特によく読んでほしいと、静かに、かつ強く訴えていました。

チベットに行ってみたいと、改めて思いました。自治区ではなく、チベットの人達がチベット人として笑顔で暮らせる、チベットという国に。

 

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本日のお昼ごはん

帰宅後は遅めの昼食をとりに大衆食堂へ。

ポークモモがあったので喜々としてこれを頼んだら、小さな肉まんみたいな形をしていました。このあと行ったシッキム州でもこの形が多かったので、このあたりのモモはそれが主流なのかもしれません。

このお店がすごく美味しかったので珍しく店名をメモしたのですが、スマホがぶっ壊れて以下略。


明日からはシッキム州を巡ります。


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<うろ覚え情報コーナー/意外と覚えてる自分に感心>

◯ ジャルパイグリからダージリン

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シリグリTenzing Norgay Central Bus Terminal時刻表

ジャルパイグリからシリグリ確か一時間か二時間か。全然覚えてない。シリグリTenzing Norgay Central Bus Terminalからダージリンまでのバスは午前中に何本もあるが、正午が最終。(時刻表には11:00最終とあるが、窓口の人が言うには12:00にもう一本あるらしい。)私は13:30発のグームGhoom行きに乗り、グームからダージリン約6キロはシェアタクシー(確か30ルピー)で行った。トータル6時間くらいだったと思う。
また、上記バススタンド前にはダージリン行きのシェアジープが何台も待機しており、こちらは午後でも出るしバスよりずっと本数が多い。

◯ ダージリンの宿

「Shrestha Lodge &Restaurant」
BIGBAZAARの左斜め前、歩き方に載ってるホテル・プレスティージの階段の下。トイレホットシャワー付きのツイン一室確か950ルピー。ファンなし、wifiなし。インド料理レストラン併設。

「Hotel Tranquility」
坂の上の方にあるので行くのは大変だが、景色は良い、かと言うとそうでもない。シングルに近いダブル800ルピー、トリプル1,000ルピー。トイレホットシャワー付き。ファンなし、wifiあり。オーナーご夫妻は英語が堪能だし親切で感じが良い。素敵なリビングもあり、アットホームな雰囲気。

◯ シッキム州入域許可

シリグリで取るほうが早くて簡単らしい。ダージリンの場合、まず時計塔近くのForeignes Registration Officerに行って書類を記入、それを持って今度は駅前通りを北へ1キロほど行ったOffice of the District Magistrateに行き、許可証を貰う。無料、要パスポート。

◯ ダージリンからカリンポン

シェアジープ140ルピー、確か4時間くらいかかった。カリンポン行きシェアジープ切符売り場はバス&シェアジープスタンド内にあるが、隠れていて場所が分かりにくい。

◯ カリンポンの宿

「Mayuri Lodge」
トイレ冷水バケツシャワー付きのシングル400ルピー。言えばバケツにお湯を貰える。ファンあり、wifiなし。バス&ジープスタンドからHarijan Roadに入り、1分ほど歩いた右手側。

| インド | 23:48 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

南インド及びこれまでのインド旅ルートまとめ


表題の件についてまとめたいと思います。


<北インドまとめ>

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以前一度載せた画像ですが、とりあえず北インドのおさらいです。今年の1月13日にコルカタから入国し、大体2か月半くらいかけて北インドを周遊しました。



<南インドまとめ>

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南インドルートのまとめです。北インドマップとは縮尺が違いますので、その点ご了承ください。

3月24日にムンバイを出て、4月10日までの2週間ちょいで南インド旅を一旦打ち切り、スリランカに飛びました。そしてスリランカでインドビザを再取得しました。前のビザは東京で取った6ヶ月マルチプルでしたが、ちんたらしていたせいで入国時点で残り3ヶ月しか残っていなかったのです。

その後、3週間のスリランカ周遊を経て5月1日にインドはチェンナイに帰還。そこからまた南インドをぐるっと回り、6月23日にコルカタに戻って来ました。最後の方はだいぶスピードダウンしてしまったので、甘えすぎたと反省しております。



<南北まとめ>

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これまでのルートまとめです。

2018年1月13日スタート、4月10日~5月1日までスリランカを挟み、その後5月1日から6月23日までのルートです。スリランカを除くと、インドに費やした日々はトータル5ヵ月半くらいということになります。



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次の目標

そしてインド旅はまだまだ続きます。

本当に広いですねこの国は。広いしインドだしインド人だしで、私はもうグッタリでございます。

・・などと言いつつ、5ヶ月半ぶりに戻ってきたコルカタは意外と普通というか「あれ?もっとうるさくなかったっけ?インド人もっとしつこくなかったっけ?」と思ったので、私もだいぶ慣れたんだろうなと思います。



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そんなわけでいつでも北東インドに挑める状態なのですが、近くにバングラデシュがあるみたいなのでちょっと寄り道して行こうと思います。

次回からバングラデシュ編です。


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| インド | 22:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

プリー滞在日記


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プリー風景

プリーはツイッターにて「有名な日本人宿と良い感じの遺跡がありますよ」と教えて頂いた町です。教えて頂いた方々、ありがとうございます!

この町は上記日本人宿の居心地の良さと町ののんびりさから、つい長居してしまう町として有名だそうです。しかし根暗かつ対人メンタルの弱い私はそもそも日本人宿に恐怖心を抱いているため、まあ4,5泊くらいが限界かな?

・・と思っていたのに気づいたら2週間滞在していました。

恐るべしプリー。伝説の沈没地よ。



<日本人宿・サンタナロッジ>

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日本人宿・サンタナロッジ(2018.06現在改装工事中)

沈没ってほどでもないけど沈没の原因を紹介します。「プリー」で検索したら皆だいたい同じ言い訳をしていますから、以下は別に読まなくても大丈夫です。


まず件のサンタナ・ロッジ。シーズン中には日本人のお友達に溢れ皆でワイワイ!つい長居!とのことですが、私が行ったときはほぼ誰もいませんでした。

しかしそんな静まり返った環境は寂しいどころか滅茶苦茶快適で、さらに宿泊費は朝食・夕食・チャイ2杯付きで300ルピー(480円くらい)という破格。ついでに徒歩数分のところに酒屋があったものですから、ついのんびりへべれけっとしてしまったのでございます。あとはまあ、コルカタに戻るのが嫌すぎたというのも若干。



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宿の犬

宿にはワンコがいます。

何故かカメラが大嫌いで全然撮らせてくれませんが、でっかくて可愛くてなつっこくて臭くて時々荒ぶって噛みついてくるシェパードです。一度洗いましたがまたすぐ臭くなりました。飼育環境が良くないです。



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野犬

宿の前にたまにいるこの子も大変大人しくて可愛らしいです。



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サンタナ・ロッジの本棚の一部です。何故か諸星大二郎先生の名作「マッドメン」が全面に押し出されていました。どこの旅人の犯行か知りませんが、この人とは良い酒が飲めそうです。



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朝ごはん

朝ごはんは宿泊費に含まれます。下の写真の奥は別料金の自家製ヨーグルト15ルピー(25円)です。自家製プリン30ルピーというのもあり、どちらもとても美味しいです。



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昼ごはん

昼ごはんを食べたい場合は別料金です。和洋中豊富なメニューから注文する形で、そこそこ量があるのが嬉しいです。親子丼が美味しくて懐かしかったです。



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晩ごはん

晩ごはんは宿泊費に含まれます。日替わりですが、こちらも日本食や中華っぽいメニューが多くカリー色に染まった身体が洗われるようです。ちなみに下はマサラ・ラーメン。要するにカリーです。一週間かけて洗った身体は一回のマサラで元に戻ります。



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町中のカリー屋のターリー

さらに町に出るとカリーの良い匂いがするため、つい食べてしまいます。そして食べた後で「やっぱ飽きてるな」と思うのです。



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サンタナ・ホテルとフィッシュカリー

サンタナ・ロッジから徒歩5分ほどの所には姉妹店のサンタナ・ホテルがあり、ここのカリーも大変美味です。私が食べたのはフィッシュカリーですが、他の旅人の方はサンタナスペシャルチキンみたいな名前のお料理が滅茶苦茶美味しかったと言っていました。



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酒です。



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2週間後です。(一部です。)



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上記サンタナホテルの裏にはバーがあり、一応覗いてみましたが異様に薄暗くて不気味だったので止めました。あとホテルの屋上にも別のバーがあるとの噂でしたが、そんなものは影も形もありませんでした。

インドは宗教の関係で基本的に禁酒傾向にあるため、バーはどこも薄暗くて入り辛いし、酒屋は小さくて地味で見つけるのに苦労します。「ウォッカをくれ・・全てを忘れられるくらい強いヤツをな・・・」とか言うと店員さんが棚から取って渡してくれるシステムなので、値段の比較などがしにくいのも難点です。

比較的明るめの酒屋もあるにはありますが、基本的には小さな店の小さな窓に鉄格子がはめられ、そこに大量のインド野郎共が群がっています。朝になるとそこらへんにアル中の泥酔インド人が転がっているのも「この国ヤベえ」感に拍車をかけており、さらにアル中ではない普通にお昼寝しているだけのスヤスヤインド人も混ざっているため、カオスは広がる一方です。

一方、私の個人的見解ではありますが、ディウやポンディシェリなどの酒税が安い町、あるいは国内外から観光客の集まるビーチの町などは、比較的買いやすい雰囲気の酒屋が多いような気がしております。プリーもそっちの傾向です。

まあ全ての町の酒屋をチェックしている訳ではないので、実際のところは分かりませんが。ここ2ヶ月ほどうっかり飲んだくれているだけで、わたくし旅中は基本的に禁酒傾向なんですのよ。信じてもらえないかもしれませんけども。



<コナーラクのスーリヤ寺院>

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本日の相棒(犬じゃない方)

毎日飲んだくれていただけと思わないで頂きたい。私はこう見えてもちゃんと観光はしていたのです。

本日の目的地はコナーラクという町です。

プリーから30キロほど離れたコナーラクにはスーリヤ寺院という世界遺産がありまして、「エロ遺跡で有名なカジュラホよりよっぽどエロいので是非!」とまるで私がエロ遺跡を探求しているみたいなご推薦を頂きましたので、若干腑に落ちない気持ちではありますが念のためその辺りも確認して参りたいと思います。目的はあくまで遺跡であってエロではありません。よしなに。



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先述の通り、プリーからコナーラクまでは片道30キロほどありますが、まあ平坦な道だしアスファルトだし木陰が多いし余裕ですわ~



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とか思っていたらサンタナのレンタルチャリがうんこちゃんでしてね。

ご覧の通りチェーンがユルユルなため15分に一回は外れるし、酷いときには5分刻みで外れるし、ギュリギュリとすごい音がするのでこれ切れるんじゃないか?とおっかなくて力を入れられないし、思いの外過酷なサイクリングとなってしまいました。あと日焼け止め対策が甘すぎて顔と腕が丸コゲになりました。



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そんなこんなで片道3時間ほどかかってしまった、汗だく遺跡のスーリヤ寺院です。

スーリヤ寺院とは、

インド・オリッサ州コナーラクにある、ヒンドゥーの太陽神スーリヤを祀る寺院である。7頭の馬に曳かれる馬車に乗っていたという太陽神スーリヤの話がインドの古代文学である『ヴェーダ』にあるが、スーリヤ寺院にはそれをモチーフにした馬車が彫刻として残っている。高さ3mの車輪が基壇に彫られ、その数は24に及ぶ。

とのことです。Wikipedia先生より。

そんなスーリヤ寺院は世界遺産なので、500ルピー(800円)という強気の値段設定です。しかし、一部観光客からは「500ルピーの価値あんの?」なんて声も聞こえて来ています。


が、



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良かったです。

修復中なのか肝心の本殿がしっかり見られなかったのは残念ですが、壁面をビッシリ埋め尽くす彫刻は精巧だし、24輪あるという巨大車輪がめちゃんこ格好良いし、今にも遺跡ごとゴトリと動き出しそうなワクワク感があります。素晴らしいではないですか。



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よく見るとキャッとしたおっちゃんも紛れています。



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件のエロ彫刻も沢山ありました。技ありですね。

ところでこういう部分の写真を撮っていると周りのインド野郎共が必要以上にニヤついている気がしてすごくイラッとするんですけど、気のせいかもしれないと思い勇気を出して振り返ってみたら誰もこっちを見ていなくて「あ、気のせいだった」と思いました。



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帰宅後のビールが最高でした。



<雨の日のプリー>

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雨季ですので雨がようけ降るんですけども、雨の日のお散歩も割と好きなのでたまに出掛けていました。



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雨宿りアニマルズ

こういうのが見られるのが雨の日の楽しさです。



<ジャガ様>

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ジャガンナート寺院

プリーはヒンドゥー教の聖地の一つです。実際にはヒンドゥー教とは特に関係がないジャガンナートという神様(略してジャガ様)を祭っていたのですが、

ジャガンナートはヒンドゥー教の神である。元はインド洋東岸オリッサ地方の土着神だったが、後にヒンドゥー教に習合されヴィシュヌ神の化身の一つであるクリシュナと同一視されるようになった。

Wikipedia先生より。

という事情からヒンドゥー教の聖地ということになっております。要するに横取りされたわけですね。



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上記ジャガンナート寺院には異教徒及び外国人は入れないので、サンタナホテルに何故かあるジャガ様の写真を載せておきます。地方の売れないゆるキャラにしか見えませんがこれでも神様で、三兄弟であらせられるそうです。どれがジャガ様なのかは知りません。



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町のジャガ様

プリーの土産物屋では何とも気の抜けたジャガ様グッズやジャガ様Tシャツが売られている他、町の至るところでご兄弟の肖像に出会うことができます。

このゆるキャラを祭っているからこそ、プリーはこれほどまでにのんびりのほほんとした町でいられるのかもしれません。地獄のコルカタがもうすぐそこなのに、ここには激烈インド人なんて全然いないのです。



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プリーは海の町ですので立派なビーチがありまして、相変わらずインド人達が服を着たまま海に突っ込んでいました。



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ビーチ前では夕方ごろからナイトマーケットが開かれ、軽食屋台が出ていました。近くに酒屋があって魚のフライが売っていて!となれば答えは一つなのですが!!

この国でその答えを選ぶとポリスメンに笛を鳴らされるので、大人しく持ち帰って飲みました。魚のフライは美味しかったですが、チキンフライは完全に傷んでいました。屋台飯あるあるです。しかし私の腹はそんくらいでは壊れないぞコンニャローが。



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漁村

サンタナ・ロッジも海の近くにあるのですが、ここらの海は周辺漁村の皆さんのおトイレになっているそうで、人糞散らばるなかなかの光景と聞いたので行きませんでした。

それを面白がって見に行く日本人旅行者も多いそうですが、何故わざわざ人糞を見に行きたがるのか私には全く理解できないので、お心当たりのある方は是非その心を400字以内にまとめて学生課でも総務部でも好きな所に提出してください。


以上、プリー滞在日記でした。
次回はインド周遊ルートをまとめます。


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◯ プリーの宿

「サンタナロッジ」
日本人宿。ドミ一泊300ルピー、朝食、夕食、朝夕二回のチャイ付き。Wi-Fiはあるがよく切れる。ファンあり。停電多し。シャワーや蛇口の水が土色。大型犬がいる。エアコンや冷蔵庫付きの個室もある。2018年6月現在改装工事中。なんだかんだ言っても居心地は良い。

| インド | 23:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

ハイデラバードからプリー


前回の日記で「次回はプリーを目指した爆笑道中膝栗毛をまとめます」みたいな事を書いたような書いてないような気がしますが、冷静になってみたら別に何も面白くなかったので適当にまとめます。


<6/8 ハイデラバードからヴィシャーカパトナムへ>

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目標

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ハイデラバード行きバス

ハイデラバードからプリーに行きたいけど列車が取れなかったので、とりあえずヴィシャーカパトナムという町まで行く夜行バスに乗りました。



<6/9 ヴィシャーカパトナムからプリーへ>

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7:30 ヴィシャーカパトナム着

翌朝ヴィシャーカパトナムに着きました。

ここからは長距離バスも列車も見つからなかった(列車はあったけど満席だったみたいなかすかな記憶が)ので、ローカルバスを繋いで参ります。地図を見ながら人に聞きながらじわじわ目標への距離を詰めて行くという、定期的に開催されるお楽しみのアレです。



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7:45 シュリーカークラム行きバス乗車

乗りました。



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10:00 シュリーカークラム着

着きました。



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10:10 イッチャープラム行きバス乗車

乗りました。



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12:50 イッチャープラム着

着きました。



(写真無し)
13:40 ブラフマプル行きバス乗車

写真撮り忘れたけど乗りました。



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14:50 ブラフマプル着

着きました。



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16:00 ブバネーシュワル行きバス乗車

乗りました。



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19:30 ブバネーシュワルの路上着

着きました。



(写真なし)
20:00 ブバネーシュワル駅前のバススタンド着

力車を捕まえバススタンドに移動しましたが、プリー行きのバスは終わっていました。



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プリー行き列車切符

しかし列車がありました。

でもこの切符で乗れる列車がどれなのか分からず、ホームからホームへと小一時間ウロウロしました。

結局よく分からなかったのでプリーと書かれた適当な列車に乗りました。



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23:30プリー、サンタナロッジ着 

着きました。

トータル31時間、バス5本と列車一本を乗り継いだ1,000キロ少々の旅でございました。

おわり。


次回はプリーについて書きます。


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○ ハイデラバードからプリー

ハイデラバード発ブバネーシュワル行きの列車スリーパー(20時間くらい)+ブバネーシュワルからプリーまでバス(1時間くらい)の組み合わせがおそらく一番安価でスムーズ。私は列車の予約が取れなかったので、バスで以下のルートを通った。

① ハイデラバードからヴィシャーカパトナムまでTSRTC夜行バス座席844ルピー、所要14時間。
② ヴィシャーカパトナムからシュリーカークラムまでローカルバス106ルピー、2時間少々。
③ シュリーカークラムからイッチャープラムまで130ルピー、2時間半くらい。
④ イッチャープラムからブラフマプル(ブラプール)まで20ルピー、一時間少々。
⑤ ブラフマルからブバネーシュワルまでエアコンバス210ルピー、3時間半。
⑥ 20:00には駅前バススタンド発プリー行きバスは終わっていたが、近くの別の乗り場からはミニバスがあるかもと窓口の人に言われた。詳細不明。私がバスの代わりにに乗ったのは、近郊鉄道プリー行き55ルピー、所要2時間くらい。少なくとも21:30までは列車があった。

| インド | 23:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

ハイデラバード


<6/7 ハイデラバード1日目>

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サイババタウン・プッタパルティより、バスと夜行列車を乗り継いでハイデラバードという町に移動しました。



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ハイデラバードKacheguda駅

到着が深夜だったので駅で寝直したのですが、今回の駅は広い石のベンチが沢山あるし電源も多くて充電できるし、大変野宿心地が良かったです。ちゃんとベッドのあるサイババ宿よりよっぽど安眠できてしまいました。緊張感が凄まじいですからねあの宿は。というか第三信者さんとの生活が。



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6時過ぎまでぐっすり眠って気持ちよく目覚め、まずは珈琲を飲みながら一人作戦会議です。この朝の一杯のためにわざわざチャイスタンドの脇で寝ていたのです。

ハイデラバードには一泊するつもりでいるのですが、いくつか鉄道駅があるうちメインっぽいハイデラバード・デカン駅付近か、旧市街の辺りに安宿が多いとのことです。なのでとりあえず、旧市街の中心地・チャルミナールという名所の辺りまで移動して、そこで宿探しをすることにしました。ちなみに駅を出たのは朝7時のことです。

ここからが大変でした。


地下鉄で行こうと思い最寄りの地下鉄駅まで2キロほど歩いたら駅が無く、ああ地上鉄だったのかと高架を見上げるもやはり駅は無く、建設中なのか改装中なのかは分かりませんでしたがとりあえず無いものは無く、

仕方がないのでバスで行くことにしましたが旧市街行きバスはこの周辺からは出ておらず、朝出てきた駅の近くまでまた2キロほど歩いて戻り、
 


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旧市街

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チャルミナール

目的のチャルミナールに着いたものの宿が全く見当たらず、「安宿が無い」とかではなくホテル自体が全然無いのでおかしな次元に迷いこんだか?あるいは私の目が節穴なのか?と非常に困惑し、困惑及び疲れが顔に出ていたのか少年に声をかけられ振り向いただけなのに「ソーリー」とか言われ、一時間後にようやく見つけた一軒は高かったので諦め、
 
旧市街泊は諦めてデカン駅に移動し、沢山あるじゃないか宿ウハハ!と思いながら片っ端から聞いて回ったにもかかわらずどこも完全予算オーバーか満室で、顔を見るなり「君の予算は?うちは2,000ルピーだけど?」とか言われキイ悔しい!とハンケチを噛み、
 
予約サイトで「この近くに比較的安価な宿あり」という情報を得たけど地図の場所に行ってもそんな宿は無く、その辺のインド人に聞いたら「あっちに2キロだ」とか言われ、別のインド人に聞いたら「そっちに10キロだ」とか言われ、結局どこなんだと思ったら目の前の別名の宿がそれで、宿名が間違ってるのか変更したのか知りませんがここは既に尋ねたけど満室と言われた宿であり、念のため「予約サイトに空室ありって出てましたけども~」ともう一度尋ねてみたら舌打ちと共に追い出され、
 
その後も宿探しを続けたら宿紹介おじいさんに声をかけられ、「安宿で!300ルピー以下で!」「おっけー!」という会話をしたにも関わらず1,000ルピー越えの宿に次々案内され疲弊し、何十軒目か分からない「満室だよ」と言われた宿は私がよほど疲れた顔をしていたのかロビーで休憩させてくれ、ついでに「明日は何とかデイなので今日明日はどこも満室だと思うよ」という情報も頂き、



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本日の宿

もう肩も腰も脚も精神力も限界だった私は、宿予約サイトにあった「駅から遠いしドミのくせに高い」という出来れば避けたかった宿に収まりました。そしてようやくチェックインを済ませ一息ついた頃には、時刻は既に13時半でした。

朝から6時間半かけた壮大な宿探しでございました。

ちなみに決まった宿は500ルピーで、最初に「高い」と諦めた旧市街の宿は600ルピーでした。大人しくそこに泊まっていれば4時間半ほど取り戻せました。

いいんですよ指差して笑ってくれても。




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とか言ってる時間が勿体ないのでとっとと観光に出掛けました。

本日参りましたのは、ゴールコンダ・フォートという廃城です。ゴールコンダ王国のお城だったそうです。

ゴールコンダ王国とは、

16世紀初頭から17世紀末にかけてインドのデカン地方に存在した、バフマニー朝が分裂してできたデカン・スルターン朝のひとつであるイスラーム王朝。クトゥブ・シャーヒー朝とも呼ばれる。

だそうです。Wikipedia先生より。



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とっても良いお城でした。



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本日のお昼ごはん兼晩ごはん

お昼を食べていなかったので、夕方4時という変な時間ですがビリヤニを頂きました。なんかハイデラバード・ビリヤニというのが名物らしくて。適当なお店で頼んだ適当なビリヤニなのでこれが件のビリヤニなのかどうかは分かりませんが、ハイデラバードで食べたビリヤニなのできっとハイデラバード・ビリヤニなんだと思います。



<6/8 ハイデラバード2日目>

ハイデラバード2日目は、昨日行くつもりで行けなかった国立博物館に行っくぞお!ワクワク!!と思っていたのに休館日でした。昨日行っておくべきでしたね。あの6時間半さえなければ行けましたね。ほんともうアレですね。



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とか言っても仕方がないので別の所に遊びに来ました。

こちらはなビルラ・マンディールというお寺です。中は写真撮影禁止で何もお見せできませんが、仏教やヒンドゥー教などいくつかの宗教が一緒に崇められている面白いお寺でした。



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Mahatma Gandhi Bus Station


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本日のバス

観光後はバススタンドに移動し、ヴィシャーカパトナムという町行きの夜行バスに乗りました。目的地プリーまでの列車が取れなかったので、仕方なくバスを繋いで行こうかな〜の一本目です。

ハイデラバードのメインバススタンドは充電ポイントが沢山あって、乗ったバスにも珍しく充電ポイントがあったので何だかウハウハでした。いつもは電池残量を気にして出来るだけスマホは触らないのですが、この日は調子に乗ってゲームとかやってました。病原菌をばら撒いて世界を滅ぼすゲームを。(←アシュラム滞在の緊張とストレスにより衝動的にダウンロード)


寝て起きたらヴィシャーカパトナムです。次回は長くて暑くて長いプリーまでの旅について書こうと思います。


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<情報コーナー>

○ ハイデラバードの宿

「Erysium Inn Hostel」
ドミ一泊500ルピー。Wi-Fi、キッチンあり。ハイデラバード・デカン駅から市バスで15分+徒歩10分くらい。評判の良いホステルで、実際居心地が良い。

○ ゴールコンダ・フォート

入場料200ルピー。Mehdipatnamバススタンドからゴールコンダ行きのバスに乗る。私が乗ったのは65番バスで運賃10ルピー、所要30分くらいだった気がするけどよく覚えてない。その他、同バススタンド内でゴールコンダ行きのシェア力車が呼び込みをしていた。

| インド | 19:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

サイババタウン・プッタパルティ②


前回の続きです。


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サイババさん

例の90年代サイババブームでは、彼の「奇跡?手品?」という部分ばかりが注目され胡散臭さの権化みたいな扱いを受けていましたが、実際のサイババさんはそれとはちょっと違うお顔も持っていらしたようです。

今回はその辺りを中心に、このアシュラムでの体験や感じた事を書かせて頂きたいと思います。



<サイババさんという人① 私達がテレビで見てきたサイババさん>


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サイババさんグッズ

日本では、いえおそらく世界でも、サイババさんと言ったらあの「奇跡」のイメージが強いと思います。手のひらから聖灰を出したり指輪や時計などの貴金属を出したり、心霊手術と称してなんだかよくわからない治療をしてくれたり。

食べ物とかではなく貴金属を出してくるあたりが実にインド的だなと思いますが、教祖もインド人なら信者(の大部分)もインド人ですから、これはこれで正解なのかもしれません。実際掴みは最高だったようですし。

しかしその出し方については「奇跡なんかじゃない、トリックだ」と騒がれ、検証動画や写真が世に溢れ、その「証拠」に対して今度は教団側が「合成だ!でっち上げだ!」と真っ向から迎え撃つなど、白熱した議論が繰り返されて来ました。


なお、サイババさん支援団体日本支部的な所からお叱りを受ける覚悟で申し上げますと、私は「まあ手品でしょうな」と思っている派です。もう少し言えば、奇跡であれ手品であれそれに感動して元気になった人がいるのなら、それはそれで良いことなんじゃないですかと思っている派です。さらに正直なところを言えば、割とどうでもいいなと思っている派です。



<サイババさんという人②私達の知らないサイババさん>


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プッタパルティにある大病院

サイババさんは実は、医療や福祉、教育に滅茶苦茶力を入れていた人です。

以下はWikipedia先生からのコピペ&抜粋ですが、サイババさんはその生涯で

・各種教育施設、小中高等学校、大学などの設立
・水道設備の供給
・病院の設立
・貧困者と孤児への援助
・災害被災者救助
・高齢者への援助
・恵まれない母子への援助


などの活動を精力的に行っています。

私が特に心を動かされたのは、二番目の「水道設備の供給」です。彼は飲料水問題に喘ぐチェンナイ市民のため、クリシュナ川から飲用可能な水を引いてくるガンガー・プロジェクトというのを行い、多くの人々をこの問題から救い出しています。また、私が現在滞在しているアシュラムも敷地の至るところに飲料水用の供給口が用意されており、いつでも無料で水を頂く事が出来ます。

アムリトサル日記でも似たような事を書きましたが、人は水と食べ物と眠れる場所が無いと生きていけません。上記プロジェクトやインド及び世界各地に設立されたアシュラム、そして福祉施設などを入れると、サイババさんは何億もの人間に水や食べ物や寝床を無償あるいは格安で提供し、人々の命を守った素晴らしい人であると言えます。

その資金はどこから?という点については色々と穏やかでないお話も出てきましたが、それはさておき救われた人が沢山いるのは事実です。



・・あまりサイババさん寄りの発言をすると髪の毛増えたんか?と思われそうですが、一応、そういうアレではないです。

私はただ、その人の功績や良い部分を無視し、スキャンダル的なところだけ切り取って責め立てるのが気に食わないだけです。水を馬鹿にすると水で死ぬんだぞバッキャロー。



<サイババさんが残したもの>


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博物館

アシュラムの外には病院や学校の他、博物館やプラネタリウムなどの施設もあります。どちらも入場無料ながら、結構良かったです。

博物館では、世界の五大宗教(イスラム教、仏教、キリスト教、ヒンドゥー教、ユダヤ教)について、模型などで分かりやすく解説された展示を見ることが出来ます。私はサイババさんという人は唯一無二の教祖様で「私が神だ!私だけを信じろ!」とかのたまっている人だと思い込んでいたのですが、実際の彼は各種宗教を肯定している人だったのでかなり驚きました。


「カーストはただ1つ、それは人類というカースト。宗教はただ1つ、それは愛という宗教。言語はただ1つ、それは心という言語。神はただ1つ、そして、神は遍在。」

サイババさんが残した言葉です。


サイババさんは自分のことを神だと言っていますが、「私は神ですが貴方達も全員神です」とも言っています。

私も神だったとは知りませんでしたが、サイババさん曰く私達とサイババさんで違うところは、「サイババさんは自分が神であると自覚しているのに対し、私達はそれに気付いていない」点にあるそうです。なのできっと、私も気付きさえすればサイババさんのように手から時計を出せるようになるのだと思います。100均の時計を。


そんなサイババさんの想いを集約したかのようなこの博物館ですが、シヴァ神、仏陀、日本のお寺などの模型に混じってサイババさんの写真が無数に散りばめられているので、その顔がサブリミナル効果のように脳裏に焼き付けられ、博物館を出る頃にはサイババさんの記憶しか残らないというアレな作りでした。




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プラネタリウム

プラネタリウムは朝10:30からの一回上演のみとのことだったので、その少し前に行きました。

館内に入ると天文学に関する小さな展示室があり、二階部分がプラネタリウムになっていました。そして星を見に来たはずなのに何故かサイババさんの映像を長々と見せられ、「あれ?ここプラネタリウムだったはず・・いや、もしかしたら星とはサイババさんの事なのか?宇宙とは・・サイババさん?」と混乱しましたが、10分ほど経ったらちゃんと天体映像に切り替わりました。

そして30分それを観賞したらまたサイババさん映像に切り替わり、結局サイババさんの記憶しか残らないのでした。



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アシュラムの外

博物館やプラネタリウムはアシュラムの外にあるためついでにプッタパルティの村を見学したのですが、服屋や飲食店の多い非常に明るい村である一方で、物乞いの人を沢山見かけるのが気になりました。

サイババさんは彼らを救わなかったのか、あるいは彼らがその手を取らなかっただけなのか、何なのか。調べてもよく分かりませんでした。



<サイババさん教徒達と教徒でない私>


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ドミトリー内にある祭壇

アシュラム滞在中は、

▷8:00~9:30 朝のお祈り
▷17:00~18:30 夕方のお祈り
▷21:00 消灯(そんなに厳密ではない)


くらいしか決まったスケジュールがなかったので、割と暇でした。ただロシア人ルームメイトのうち一人は夜明け前から食堂の調理ボランティアに行くなど忙しくしていたし、もう一人も何だかんだでよく外出していたので、信者の方は結構やることがあるのかもしれません。


信者でない私の一日のスケジュールは、

▷7:30 起床。
▷8:00~9:30 朝のお祈り。
▷9:30~ 観光したり図書館に行ったり。
▷12:00くらい~ お昼ご飯。
▷午後:観光したり図書館に行ったりブログを書いたり。
▷17:00~18:30 夕方のお祈り。
▷18:30~ 夕飯。
▷夜:ネットをやったりブログを書いたり。
▷21:00~22:00くらい:就寝。


という感じでした。

が、これは最初の二、三日だけで、そのあとはスケジュールが大きく変わりました。



<新しいスケジュール>

▷7:30起床。
▷8:00~9:30 朝のお祈り
(に行くふりをして部屋に戻り二度寝。)
▷9:30~ (お祈りに行かなかった事がバレないよう他の人が戻ってくる前にサッと部屋を抜け出し、)観光したり図書館に行ったり。
▷12:00くらい~ お昼ご飯。
▷午後: 観光に行った
(ふりをして共同トイレの一番奥に籠りスマホを見た)り、図書館に行ったり、(共同トイレの一番奥で)ブログを書いたり。
▷17:00~18:30 夕方のお祈り
(に行くふりをして図書館へ。)
▷18:30~ 夕飯。
▷夜: 寝たふり。
▷21:00~22:00くらい:(消灯し全員寝たことを確認してからスマホ片手に廊下へ、蚊と戦いながら)ネットをやったりブログを書いたり。
▷23:00くらい:就寝。
(うなされる。)


お祈りにあまり行かなくなったのは単に 飽きた 十分な体験をし満足したからですが、それ以外の寄行は3日目に登場した第三信者さんが原因です。

詳しく説明申し上げます。

まず最初の2日は、「携帯・PC禁止と聞いたけど同室の人達も使ってるし大丈夫みたい~」と普通にネットやブログ更新をしたり、アシュラム内のことが分かってきて動きやすくなったり、なかなか快適なアシュラムライフを送っていました。


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新ルームメイト(ドイツ人)

しかし3日後。

新しく来た3人目のルームメイトがロシア人2人を遥かに越えるガチな人で、スーツケースからは真っ白なお祈り服が大量に出てくるし、当然のように枕元に祭壇を作り出すし、部屋にいるときは半裸または全裸だし、初日に覚えた「大変な所に来てしまった」恐怖を再び思い出させてくれました。いや半全裸はサイババさん関係ないと思いますが。

そしてこの人は、熱心であるがゆえに入信したて(と思われている)私に対してのお世話しなきゃ精神がすさまじく、朝から晩までサイラムを炸裂させてくれたのです。



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アシュラム内外のお勧めスポットについて熱く語ってくれたり、



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何か抽象的なアドバイスをくれた上にサイババさんについて熱く語ってくれたり、


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何故かプロポリスについて熱く語ってくれたり。


そんな彼女と私はベッドが隣同士だったこともあって逃げ場がなく、精神力を削られる一方だったので、

「夜:寝たふり。」

この項目が生まれたのであります。



また、私がスマホやiPadなどを使っていることについて、


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という注意を受けました。

有害電波が云々言い始めたときは「大丈夫かこの人」と心配になりましたが、ここでのルールを考えると「電子機器を使わないでほしい」という彼女の主張には正当性があります。

なので私はその忠告に従い、彼女の前では決してスマホ等を出さなくなりました。が、メールチェックや調べものくらいはしたいし・・ということで、

「共同トイレの一番奥に籠りスマホを見たりブログを書いたり。」
「消灯し全員寝たことを確認してからスマホ片手に廊下へ。蚊と戦いながらネットをやったりブログを書いたり。」


という寄行が追加されたのであります。

なお、ロシア人二人は普通にスマホ使用を継続していたため、何故信者じゃない私だけが便所スマホをする羽目になっているのかすごく疑問でした。



実を言うと注意直後に少しだけ抗ってもみたのですが、


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という結果になり、その後は結局スマホは出せないわ、適当についた嘘の辻褄合わせに四苦八苦するわで、余計な心労が増えただけでした。



そんなこんなで私はどんどんこの部屋に居辛くなって行った訳ですが、一つだけ主張しておきたいのは、「私だってスローペースながらこの世界に溶け込もうとはしていたし、サイババさんへの理解も徐々に深めていたんですよ」ということです。これまではただの胡散臭いアフロだと思っていた彼のことを、今では水を引いてくれた良いアフロだと思うようになりましたし。

そんな私はある意味布教の成功例とも言える存在なのに、そんな急に飛び込めパーマ屋にみたいなこと言われたら引いてしまうではないですか。もっと生ぬるく見守ってくださいブーブー。

まあ信者さん達の修行を妨げるのは絶対駄目だし、勉強する意思があったにせよ冷やかし半分だったことは事実なので、そこはちゃんと反省しないといけないのですけども。



<サイババさん関連書籍と自伝>

図書館には連日通いつめました。開館時間が短いのであまり沢山は読めませんでしたが、それでもかなりの収穫がありました。

前回も書きました通り、アシュラムの本屋及び図書館にはサイババさん関連書籍しかありません。あとヒンドゥー教を中心とした宗教関連本。そしてもちろん、アンチ・サイババさんな書籍は一切置いていません。当たり前ですが。サイババさん関連本はどれも面白いし、結構勉強になる本も多かったですが、中でもサイババさんの自伝が 抱腹絶倒・・大変興味深い内容で、私はこれを夢中で読みました。

「実祖父が私のことを大好きで尊敬していて中々手放してくれなかった」とか、「学校の先生が私のことを大好きで尊敬していて贔屓してくるので困った」とか、「親友二人が私のことを大好きで尊敬していてどこに行くのも付いてきた」とか、「私が去った後ショックで命を落としてしまった」とか、「その後二人とも犬に生まれ変わって私のことが大好きで尊敬していて立派な忠犬になってくれた」とか、とりあえずサイババさんは自分大好きなんだなということが大変よくわかりました。「私は彼らの行動にとっても困惑していたんですよお」みたいな書き方をしているのがまた何ともアレでした。

あとは、

サイババさんは14歳のときに「自分はシルディ・サイ・ババ(初代サイババさん)の生まれ変わりである」と 思いついた 気が付いたらしいのですが、初代さんの没年と予言日やら生まれ変わり日やらが何かズレており、ネットで調べたらサイババさんの生年月日が修正されていたり、

「私は96歳で天寿を全うする」みたいな予言をしてたけど実際は84歳で亡くなっており、後から団体の皆さんが「太陽暦だと84歳だけど太陰暦に直したら96歳だから!合ってるから!!」みたいな無茶な主張をしていたり、

なんか色々クスッとなりました。



世界中に信者がいる人に対しこんなからかうような内容を書くのは本当は良くないし危ないのですが、そこはホレ、サイババ教は愛と非暴力を重んじているので大丈夫です。大丈夫ですよね?

ちょっと心配になってきたので肯定的なことも書きますが、というか実際私は彼を否定する気も中傷する気もさらさら無いのでその辺りを書きますが、サイババさんが仏教やキリスト教について語る本は本当に純粋に面白かったです。各種質問に対しかなり丁寧に答えてくれているので、勉強になりました。あと、サイババさんのお言葉集は結構胸に響くものや大きく頷きたくなるものが多かったです。



<アシュラム滞在を終えて>


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アシュラム滞在を終えて。

「奇跡か手品か」という点以外にも黒い噂の絶えないサイババさんですが、彼に惹かれる人が多いのにもちゃんと理由があったんだなということが分かったのが、最大の収穫でした。

黒い噂や疑惑に蓋をする訳ではないですが、私達はもっと「それはそれ、これはこれ」って考え方をしてもいいんじゃないかなと思うんです。もちろんその噂が真実なのか否か、どういう種類の黒なのかによっても捉え方は変わって来ますが。

日本は最近だいぶおかしくなっていて、気に入らない相手は数の力で叩きのめすし、気に入った相手の嫌なところは見ようとしないし、完璧を求めすぎるし、反対意見は潰しにかかるし、ちょっと考え方が極端すぎる気がしています。被害者も加害者も芸能人も一般人もみんな人間なのですから、そんな善は100%善、悪は100%悪みたいには出来ていないと思うのですが。

サイババさんはもしかしたら裏で色々やらかしていたかもしれないけど、水を引いて施設を作って、人々の命を救ったのは本当です。その言動には嘘偽りが混じっていたかもしれないけど、一時でもそれに心動かされ、救われた人達がいたのも本当です。

だから黒い噂を許せ見逃せという話ではなく、黒は黒、功績は功績だと思うんです。そこは別に、無理に否定する必要はないんじゃないでしょうか。



<三代目サイババさん>


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プレマ・サイババ

サティヤ・サイババ(アフロババさん)の死後、8年後に彼の生まれ変わりであるプレマ・サイババという人が誕生するのだそうです。生前のご本人による予言です。アフロババさんが亡くなったのが2011年ですから、プレマ・サイババが生まれるのは2019年、つまり来年ということになります。

来年はインド各地で「うちの子こそが!」という声が上がり、大盛り上がりかもしれませんね。

インドと日本の宗教感は全くと言っていいほど違って、サイババさんのような「霊的指導者」の存在はインドではものすごく重要です。なので、出生がどうであれ生まれ変わり云々がどうであれ、新たな導き手の誕生はインド人皆の悲願なのかもしれません。



以上、サイババさんとプッタパルティ・アシュラムに関するレポートでした。

信者及び支援団体の方には、ふざけた文章を書いてしまいすみませんでした。

サイババさんへの興味を語りつつ、宗教の話題を好まない日本の人々に引かれないよう気を付けつつ、ちゃんと自分の考えを書ききるには・・!と思い悩んだ結果なんかこんな感じになってしまっただけで、悪意は全くありません。サイラム。


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<情報コーナー>

○ プラネタリウム

アシュラムの外、バススタンド前の通りを南に5分ほど歩いた左側。10:30から上演、30分程度。入場無料。

○ 博物館

10:00~12:00開館(入館は11:45まで)。バススタンド左斜め前の小道を登ると看板が立っているので、それに沿って徒歩2、3分。道中左手にはメディテーション・ツリーがある。

| インド | 22:57 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

サイババタウン・プッタパルティ①


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インド中央部アーンドラ・プラデーシュ州の片隅に、プッタパルティという村があります。

ここは数十年前までは何もない小さな小さな村でしたが、ある人物のお陰でインド中、そして世界的から人々が集まる超有名で豊かな村になりました。

その人物とは、




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サイババさんです。


この出落ち感。




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プッタパルティ入口

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プッタパルティ・バススタンド

バンガロールからバスで約4時間。本日はサイババさんの村、プッタパルティに遊びに来ました。じゃないや修行しに来ました。という名目で遊びに来ました。



<サイババさんとは>

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村に溢れるサイババさんの笑顔

サティヤ・サイ・ババ(1926年11月23日 - 2011年4月24日)は、インドのスピリチュアルリーダー。インド国内では多くの要人も聖者として認める霊的指導者。日本ではサイババと呼ばれているが、サイ・ババの正確な発音は、サーイー・バーバーである。

Wikipedia先生より。

ちなみにサーイーとは「聖なる者」。バーバーとは「父」という意味だそうなので、サイババさんとは「聖なる父」という親しみと敬意を込めた呼び名になります。

一時期テレビの世界面白人物特集みたいなので奇跡だ!いや詐欺だ!と大フィーバーだったサイババさんですが、残念ながら7年前に亡くなっています。故人だと思うと弄り辛いですね。




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元祖サイババさん(左)

日本でサイババさんと言ったらアフロの人ですが、インドでサイババさんと言ったら、実は左の人の方が有名であり元祖です。

シルディ・サイ・ババ(生年不詳 - 1918年10月15日)は、別名「シルディのサイ・ババ」と云われたインドの霊的指導者。サイ・ババはヒンドゥーのヨーガ行者  、イスラームの修行僧つまりファキールであり、没後も数多くのイスラーム教徒・ヒンドゥー教徒から聖者として崇められている。ヒンドゥー教徒の中には、シルディ・サイ・ババをシヴァやダッタートレーヤー、またはカビールの生まれ変わりであると信じている者もおり、真の霊性の師として広く信仰されている。

という人です。Wikipedia先生より。

インドにはもともとこの元祖・サイババさんへの信仰があって、アフロ・ババさんは「私はシルディ・サイ・ババの生まれ変わりである」と主張して台頭して来た2代目ババさんです。



<アシュラム>

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プラシャーンティ・ニラヤム入り口

プッタパルティに来る人のおよそ100%が目的としているのが、このサイババさんのアシュラム(修行場、僧院)です。サイババさんは生前ここで暮らし、毎日のように人々に勇気と希望と奇跡を振り撒いていたそうです。

今「勇気と希望とペテンを」と書こうとして踏み留まりました。わたくし思いっきりサイババ世代(90年代のサイババの嘘を暴くぞフィーバーの中育った世代)なので、実のところサイババさんにはそういうイメージしかないのであります。

しかし!ですよ。

私が今回ここへ来たのは単なる冷やかしではなく、テレビではあまり取り上げられなかった「教祖として人々に愛されたサイババさん」や「サイババさんの言葉」や「サイババさんが残したもの」をちゃんと知るためであり、先入観無しに彼の世界を体験し宗教世界とそれが世の中に与える影響についてより理解を深める(という名目で遊びに来ました。)




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アシュラム内は見た目は緑豊かな団地っぽくて、人々も普通の格好で普通に生活しているので、そんなザ・宗教施設みたいなガチガチの空気はありません。むしろすごくのどかで良い雰囲気です。




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パン屋

アシュラム内には食堂やスーパーやパン屋、軽食スタンド、チャイショップ、さらには本屋や服屋やCDショップまであるので、アシュラムから一歩も出なくても生活出来てしまいます。まあ本屋の品揃えは全部サイババさん関係だし、CDショップもサイババさんのありがたいお言葉集とかばかりなので普通の娯楽を求める人には辛い日々かもしれませんが。酒や煙草ももちろん禁止ですし。

ただ慣れてくるとサイババさんのポスターを見るだけで気分が高揚し最高のエンターテイメントに感じられてくるという


・・ちょっとこの話次回に回しますね。しょっぱなからドン引かれてもアレですし。大丈夫です。こう見えても私は正気です。



続きです。

上記の通りアシュラム内には様々な施設がありますが、全ての施設が完全男女別になっており、施設によっては場所ではなく時間で男女を分けているので若干面倒です。例えばショッピングセンターは、女性は朝9:30~12:00、男性は15:00~17:00の間しか利用することができません。

が、アシュラム入り口は夜明け前から夜遅くまで開いているので、何か買いたかったら外界に出かければいいだけの話です。



<セキュリティ>

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持ち込み禁止品

宗教施設の安全を守るには普通以上のセキュリティが必要になってくるものですが、このアシュラムも例に漏れず、厳しいセキュリティチェックを行っています。

アシュラム入口で荷物検査があるのですが、写真の通りこれだけの物が持ち込み禁止となっています。ナイフなどの危険物は当然としても、携帯とか傘とかそもそもバッグ自体が禁止とか、そんな無茶なって感じです。バックパックを奪われたら私ただの小汚ない無職なんですけども。


私はこれらの禁止品のうちおよそ9割を所持している完全アウトな侵入者でしたが、規制が緩くなったのか言っても無駄だと諦めたのか、荷物検査(X線)を受けたにもかかわらずあっさり通して貰えました。

・・と思ったのですが、これよく見たら「ダルシャン」での禁止品と書いてありますね。

私も未だによく分かっていないのですが、ダルシャンとは「神のお姿を拝見すること」とか「読経」とかいくつか意味があるようで、ここでは朝夕2回メインホールで行われるお祈りの時間をそう呼んでいるみたいなので、多分そのことだと思います。確かにメインホールの手荷物規定は厳しかったです。ほぼ手ぶらじゃないと入れないくらい。



<アシュラム内での服装>

アシュラムに入るには服装の決まりもあります。そこまで厳しい訳でもないですが、ちゃんとルールを守った服装でないと入れて貰えないようです。

入場ゲートに掲げられている注意書き及び実際現地で見た感じだと、



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アシュラム内での服装(男性)

男性の場合は

・ジーンズとかでも良いみたいだけどハーフパンツとか短いのは駄目。
・カラーTシャツでもいいけど本当は白の方が良い。出来れば全身白が望ましい。


という感じで、



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アシュラム内での服装(女性)

女性は

・露出は厳禁だが半袖まではOK、パンツはくるぶしまでしっかり隠れるもの。
・身体のラインがあまり出ないように。細身のシャツやパンツは良くない。
・サリー以外の服では必ずショールを使い、肩から胸元を隠すこと。


という感じです。男女ともに、小学生くらいまでの子供の服装は割と自由です。


私はアシュラムに入る前に何かそれっぽい服を買うつもりだったのですが、バススタンド内にあったインフォメーションで聞いてみたら「その格好でも大丈夫よ」と言われたのでそのまま突入しました。Tシャツ+タイパンツに、シュリーナガルで買ったショールを肩にかけたスタイルです。

ただ、ショールはカシミヤ&シルクのとっても暖かおシャンティーなそれなので、この常夏の村では地獄のように暑く全身の水分が首回りから流れ出るかと思いました。

初日夕方からは、Tシャツでは若干目立ってしまうのが嫌だったのと、せめて見た目だけでもこの世界の形に合わせたいと思ったのでパンジャビを買いました。アフロなのは教祖様だけなのでパーマ屋に行く必要はありませんでした。

買ったのは裏地も何もないすぐ破れそうなペラッペラのパンジャビ(上だけ)のセール品で、200ルピー(320円くらい)でした。



<宿泊施設>

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宿泊施設

バススタンド周辺にも安価そうなホテルが沢山ありましたが、アシュラム内の宿泊施設がべらぼうに安いので私はここに泊まりました。

私が泊まった外国人用ドミトリーは一泊なんと30ルピー(50円くらい)で、さらに10ルピーや20ルピーの部屋もあるそうなので本当ありがとうございますサイババ様です。


ところで先ほど「持ち込み禁止品」について触れましたが、ここはカメラもスマホもPCもバッチリ禁止品でございまして、つまりアシュラム内は撮影禁止となっているわけでして、なら何故写真があるのかと問われるとテヘです。

このご時世ですから外国人もインド人も普通にスマホを持ち込んでおり、写真を撮っている人達も割と見かけましたが、私は「皆がやってるからいい」なんて格好悪いことを言うつもりはなく私自身の意志でルールを破りました。キリ!

ごめんなさいでした。



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宿泊施設の続きです。

私が泊まったのは5人部屋で、すでに二人の先輩滞在者がいました。二人ともロシア人で、もう何ヵ月もここで暮らしていると言っていました。

二人とも私とは違ってちゃんとした信者で、枕元に写真のような祭壇をこしらえていたので私は大層ビビりました。

以前お邪魔したシーク教宿泊施設(2018/02/28日記参照)は割と冷やかし半分の外国人が多かったので、そんな感じを想像して気軽な気持ちで来てしまったのです。それなのにいきなり本気と書いてマジな人々が迎えてくれたので、私は早くも「大変な所に来てしまった・・」と嫌な汗をかき始めていました。

だってサイババさんですよ。世界的にあれだけ詐欺だペテンだと大騒ぎされた人なのに、未だ彼を信じ続けているというのはよほど純粋か義理堅いか、とにかく相当強い思いを抱いている人にしか出来ない事だと思うのです。彼女達の前でアフロ・ババとか口を滑らせた日には一瞬で蜂の巣にされそうです。トカレフで。

が、ビビりながらもただでは終わらないのが私の良いところです。

最初の方にも少し書きました通り、入れて貰ったからにはこの世界の事をちゃんと知るのが礼儀だと思うので、私は今日からサイババマスターに俺はなるます。(←動揺)



<サイラム>

アシュラム内の共通言語というか合言葉みたいなものが、「サイラム」です。

「サイ」が聖なる、祝福の
「ラム」が喜び、祝福、神


などを表す言葉だそうですから、サイラムとはだいぶおめでたい言葉であり、相手への敬意や愛情を込めた呼び掛けであると捉えることが出来ます。

ところで私のオーストラリア農夫時代の上司(インド人)の名前がラムだったのですが、喜びとか祝福とか神とかそんなご大層な名前だったんかいあの糞野r



サイラムの話に戻りますが、この言葉は単なる呼び掛けではなく、ありとあらゆる場面で使うことができる非常に便利なものです。「こんにちは」も「さようなら」も「ありがとう」も「どういたしまして」も「ごめんなさい」も「おやすみなさい」も、全部サイラムなのです。

なので現地の言葉が分からなくても、このサイラムだけ知っていればだいたいの事は片付きます。



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こんな具合です。



<アシュラム内での食事>

アシュラム内には南インド食堂、北インド食堂、西洋食堂の三つの食堂があり、それぞれ朝、昼、夜の一日三回営業しています。南インド食堂だけ、午後のおやつタイムを入れた四回営業です。

サイババさんは徹底した菜食主義を掲げるお人だったので、アシュラム内での食事は全てベジタリアン仕様となっています。




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南インド食堂のミールスチケット(食堂近くの券売所で事前購入)

メインとなるのは南インド食堂で、ここではミールスを10ルピー(16円)で食べる事ができます。ゼロひとつ間違えているわけではありません。いやゼロひとつ間違っていますが、間違えているのは私ではなくインド人です。

ミールスはランチタイムとディナータイム両方で提供されており、具材が多少変わる程度で味はほぼ一緒なため、毎日食べると流石に飽きます。それでも一食16円でおかわり付きと言ったら滅茶苦茶魅力的なので、私は一日一回は必ず南インド食堂に赴き、ミールスを食べていました。

なのに肝心の料理写真が無いのは、ここは配給食堂みたいな感じで人々がみっちり詰まって座っており、そんな中でカメラを構える勇気が無かったからです。



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北インド食堂にてビュッフェランチ

私の滞在期間中は北インド食堂がちょうど休業中だったのですが、最後2日だけ開いてくれたので食べに行きました。こちらは先に料理を選んでお皿に盛ってもらい、それをレジで見せて精算するというシステムでした。

メニューは主にカリーですが、野菜炒め(カリー味だけど)などの副菜やデザートもあり、楽しかったです。こちらも格安ですが南インド食堂よりはやや高めで、一食30~60ルピーくらいで食べられる感じでした。



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西洋食堂にて朝ごはん


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ビュッフェランチ&ディナー

西洋食堂は3つのうちで一番高く、一回の食事でだいたい80~120ルピーくらいはかかっていました。まあそれでも日本円にして200円以下なので十分安いですけども。私はいつも山盛り貰ってデザートまで付けていたのでこの値段ですが、抑えようと思えば北インド食堂と同じくらいには出来ます。支払い方法は北インド食堂と同じです。

度々書いていますがわたくしカリーにすっかり飽きていますので、ここで食べるパスタやピザにはいつも幸せにして貰っていました。



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パン屋のピザ、確か20ルピー(35円)くらい

あとは、パン屋もべらぼうに安いためここで朝ごはんやおやつをよく食べていました。そして隣のチャイ屋でチャイか珈琲を飲み、その足で図書館に通うのが常でした。



<図書館>

写真は撮れませんでしたが、アシュラム内には図書館があります。本屋の二階部分がそうです。

本屋も図書館も、現地語だけでなく英語やロシア語やドイツ語やフランス語、そして日本語の書籍も充実しているため、私は毎日図書館に通っていました。・・とは言っても営業時間が短いため、そんなに沢山は読めなかったのですが。どうも貸し出しはやっていなさそうだったのです。

本屋及び図書館の品揃えは、ほぼサイババさん関連書籍だけです。なので当然私もサイババさん本を読み漁ることになった訳ですが、これがもう面白いの何のって。どハマりしました。

この辺りは次回の日記でじっくりねっとり書かせて頂きたいと思います。



<メインホール>

こここそがアシュラムの中心地であり最重要施設なのですが、残念ながら写真撮影厳禁なので何もお見せできません。いやここ以外も撮影禁止ですが、ここは特に厳しいのです。

なので口頭で説明致しますと、何千人も収用出来そうな大広間(屋根あり、壁は無し)の正面に祭壇があり、そこにサイババさんの真っ白な棺があります。

人々は朝と夕方の一日二回、この大広間でのお祈りに参加しに行きます。各回90分くらいで、太鼓の軽快な音に乗せた歌みたいな謎の呪文をひたすら聞き続けるというものです。お祈りは二回に分けられており、前半が「ダルシャン」(読経)、後半が「バジャン」(よう分からんかったけどダルシャンよりやや盛り上がる何か)です。口頭で説明すると言ったのに説明できていませんが、本当によう分からんかったので仕方ありません。調べようにも信者ストップがかかりましたし。この辺の話も次回。

参加者達は大音量音声に合わせて読経したり何か歌ったりサイババ様へへ~からのドゲザーノをかましたり色々忙しそうですが、全体的に「思いの外ユルいな」という印象を受けました。人によっては割とリラックスした雰囲気で座っているし、途中から参加したり抜けたりも出来るし、小声ではあるものの隣の人とお喋りしている人もいたのです。「それ怒られるんじゃないのかい」と何故か私がハラハラしてしまいました。

サイババさんご存命の頃には人々はもっと真剣だったし、お祈りももっとずっと盛り上がっていたそうです。サイババさんのお姿やその奇跡を見て、感激して泣き出す人もいたそうで。信仰の対象がいなくなったことで人々のテンションは確実に下がって来ていると言えます。

ところがどっこい。

サイババさんには何と三代目がいるそうなのです。正確には「もうすぐ登場する」と予言されていて、現在出待ちの状態です。


盛り上がって参りましたが、長くなってしまうので今回はこの辺で終わります。次回はサイババさんについてのアレコレやアシュラム内外の世界や、アシュラムでの過ごし方や、6泊の滞在を通して色々学んだ事についてまとめたいと思います。


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<情報コーナー>

○ プッタパルティ行き方

バンガロールのKSRTCバススタンド・ターミナル3より、プッタパルティ行きのバスが出ている。146ルピー、所要4時間くらい。

北から来た場合はアナンタプルを経由する。アナンタプルからプッタパルティ78ルピー、2時間半くらい。

○ アシュラム「プラシャーンティ・ニラヤム」

入場ゲートは4:00~21:30の間のみオープン。入場時に荷物検査あり。ダルシャンに参加する場合は手荷物の持ち込み制限がさらに厳しいため、出来るだけ手ぶらで来るか荷物預かり所を利用する。服装規定もある。本文参照。

○ 宿泊施設

ノースブロックN8の左隣の建物で宿泊申し込みをする。要パスポート、証明写真(サイズは特に規定無さそう)。宿泊施設は基本ドミトリーで、一泊20~30ルピー。水シャワーあり、ファンあり。Wi-Fi無し、充電設備はあり。シングルや家族用の部屋もあるらしいが未確認。

| インド | 22:21 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

インドの宿探し(漫画4本)

ツイッターに上げたインド漫画のまとめです。


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| インド | 20:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

バンガロール行きバスがややこしかった話

次なる目的地はプッタパルティという町です。

ここハッサンからプッタパルティに行くにはまずバンガロールまで行き、そこでプッタパルティ行きのバスに乗り換える必要があります。

が、このバンガロール行きバス乗車がついツイッターで実況しちゃうくらいややこしかったので、本日はその実況ツイートと共にお送りしたいと思います。



<5/30 バンガロール行きバスがややこしかった話>


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ハッサン・セントラルバススタンド

シュラバナベラゴラ観光を終えた日の夜。

私はネットで予約しておいた23:30のバンガロール行きバスに乗るため、少し早めにハッサン・セントラルバススタンドに来ました。





暇潰しにツイッターなぞやりつつ待つこと一時間半。

その一時間半の間にバンガロール行きのバスは何台も来ていて、今も目の前に3台ほど停まっていて、どれが私の予約バスなのかさっぱり分かりません。なので23:30のちょうど10分前に来たバスに当たりをつけ、運転手さんに「これってこのバスですか?」と予約画面を見せてみたところ、「そうだ」というお返事を貰えたので私はそれに乗りこみました。

23:30ちょうどにバスは走り出し、その後しばらくしたら車掌さんが来ました。なので支払い済みであることを証明するため再び予約画面を見せたのですが、「このバスじゃない」と言われバスを降ろされました。

ちなみにバススタンドからはだいぶ離れた街灯のない道行く人もいない暴走自動車と唸る野犬だけがたむろする深夜の田舎道での出来事でした。




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もう予約の時間はとっくに過ぎてるしバス行っちゃってるんじゃないのか?何のために乗車前に確認したと思ってるんだ?あのイエスは何だったんだ?支払い済みの195ルピーお前が返してくれるんか?おお?

と髪を逆立てながら、ヘッドライトの明かりを頼りに歩いてバススタンドに戻ったのは23:50。

ほぼ諦めつつも「もしかしたらバスが遅れているかも」という一粒の可能性を信じ、案内窓口のおっちゃんに「このバスもう出ちゃいましたよね?」と予約画面を見せてみたところ、「大丈夫そこで待っていなさい」的なお返事が来ました。期待通りと言っていいのかまさかと言っていいのか、バスは本当に、少し遅れていたようです。ラッキーでした。


そして、





その一時間後にしたツイートがこちらです。

少しどころじゃなく遅れているようです。




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この間にもバンガロール行きは何台も来たのでその都度確認しに行く私。そして全て「違う」と言われ撃沈する私。

どのバスも空席はあるのでさっさと乗り換えてしまえば楽なのですが、支払い済みの195ルピー(320円くらい)が惜しいばっかりにひたすら予約バスを待つという(主に財布が)可哀想な私です。




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途中で「予約確認メール2(乗車直前確認メールみたいなの)にバスの車両ナンバーが記載されている」という事実に気が付き、「おおこれは見つけやすいぞ!」と一瞬浮かれたものの、




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「いやでもここインドだし記載通りのバスが来るかどうか・・バスナンバーと運転手と車掌さんと案内窓口の4箇所に確認して多数決を取るくらい慎重に行かないと・・いやそもそも本当にバスは遅れているのか?実はもう行っちゃってるんじゃないのか?待っていたら来るのか?本当に来るのか?」

とだんだん疑いを濃くしていく私。






しかし、ここで転機が。

バスが来るたびにソワソワと動き回る私を心配してくれたのか、発車待ち中らしきバス乗務員さん達が声をかけてくれたのです。 

そして、使用言語が違うためにうまく会話は出来なかったものの身ぶり手振り&予約画面で状況を伝えたところ、一人の乗務員さんが「予約確認メールに記載されていたバス乗務員の番号に電話をする」というスーパープレーをしてくれ、「あと30分くらいで来るってさ」という明確な答えをくれたのです。




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来るか来ないか分からなかったバスが「確実にもうすぐ来るバス」に変わったことにより、私はようやくホッと胸を撫で下ろしました。


しかしその30分後。





バスが中々来ないばかりか上記ツイートのような出来事があり、私はまた混乱し始めました。

「道が混んでいるか工事中とかで全てのバスが遅れを出し、出発時刻がズレこんでいるのだろう」と勝手に解釈していたのですが、どうやらそういう訳ではないようです。遅れているのは私の予約バスだけということになるとつまり・・どういうことだってばよ?状態です。




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その後、「あと5分待って来なかったら別のバスに乗ろう・・・でも10分後に来たら?」「じゃあ10分待って来なかったら諦めよう。でも15分後に来たら?」と脳内堂々巡りを繰り返し、さらに待つこと30分。

「30分後に来るよ」という答えを貰ってから既に1時間経っているし、実際の予約時間からは2時間半が経過。私がバススタンドに到着してからの時間で言うと、ぼちぼち4時間が経とうとしています。現在深夜2時前です。

私はようやく予約バスを諦め、別のバスに乗る決断をしました。




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適当に乗り込んだバンガロール行きバスは、他のバスがそこそこの乗車率であるのに対し何故かガラガラでした。具体的な数字を出しますと、私と仙人みたいなお爺ちゃんの二人しか乗っていませんでした。しかも車内は薄暗くて不気味だし、先程まで「バンガロール、バンガロール」と呼び込みをしていた車掌さんはいつの間にかいなくなっているし、運転手さんは全く見当たらないし、一体このバスは何なんだろうとだんだん不安になって来ました。

そして暗闇の中ピクリとも動かない仙人の後ろ姿にビビりながら待つこと10分弱。私はついに耐えきれなくなり、バスを飛び出しました。




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人が沢山乗っていて明かりもついていて今にも出発しそうな別のバンガロール行きバスを選び直し、乗り込もうとした瞬間。突然、小さなお子さんを連れたご夫婦に声をかけられました。

旦那さん「君バンガロールに行くの?うちの妻もなんだ。一人で乗せるの心配だから一緒に行ってやってくれないか?」

とのことでした。

特に断る理由もないので、いや人見知りという弱点はありますが良い大人がそんな理由で断るのもどうかと思うので、私は奥さんと一緒にバスに乗り込み隣同士で着席しました。


そしてバスが走り出した瞬間、私の携帯に電話がかかりました。




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私が予約したバスの乗務員さんからでした。






奥さんに事情を告げて謝りながら慌ただしく別れ、バスを止めて貰って運転手さんと車掌さんに平謝りしながら飛び降り、まだ外にいた旦那さんにも事情を話して謝り、「お~いここだよ~( ´∀` )ノ」と笑顔全開で手を振ってくる予約バス車掌さんに「お前も謝らんかい」と若干の憤りを覚えながらも、私はついに目的のバスに乗り込んだのでした。深夜2時5分の出来事でした。




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バンガロールKSRTCバススタンド・ターミナル3

そして翌朝、バスは無事にバンガロールに到着し、




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プッタパルティ・バススタンド

その後バスを乗り換え、昼頃には目的の町プッタパルティに到着しました。

(心理的に)異様に長い一日でした。


次回はプッタパルティについてまとめます。一時期日本でも話題になった奇跡のアフロ、サイババさんの町です。


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<情報コーナー>

○ ハッサンからバンガロール

KSRTC 州営バス予約サイト

KSRTCノーマルバスが深夜まで頻発。所要3〜5時間、運賃195ルピー〜。マンガロール発バンガロール行きに途中乗車する形。寝台バスもある。

○ バンガロールからプッタパルティ

バンガロールのKSRTCバススタンド・ターミナル3より、プッタパルティ行きのバスが出ている。164ルピー、所要4時間くらい。

北から来た場合はアナンタプルを経由する。アナンタプルからプッタパルティ78ルピー、2時間半くらい。

| インド | 23:53 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

ハッサン近郊巡り(遺跡とか全裸派とか)


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ハッサン近郊には面白そうな町が沢山あるので、今日から二日間ここを拠点に日帰り観光します。



<5/29 ハレービード、ベルール>

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ハレービードの町並み

まずはこちら、ハレービードに来ました。ハッサンからここまではバスで45分くらいでした。

ここにはホイサラ王朝時代の寺院遺跡があり、この後行くベルールと共にとっても細かく保存状態も良い彫刻群が見られるとコメント欄にてお勧め頂きましたので参りました。教えて頂いた方、ありがとうございます!



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本日のお昼ご飯

早速観光しようと思ったら雨に降られて出鼻を挫かれたので、雨宿りついでにお昼ご飯にしました。昨日もまたいつもの様に食いっぱぐれており、エネルギー切れ寸前だったので丁度良いです。移動日はいつも絶食日です。

お昼とは言ってもまだ11:00過ぎでミールスの用意は出来ていなかったので、南インドの朝食の定番・イドリーを頂きました。何か蒸しパンみたいなやつで、カリーを付けて頂きます。わりとポロポロ崩れるのでカリーを付けづらいのが悩みです。

左にちょこんと乗っているのはワダという軽食です。潰した豆で作った塩味のドーナツみたいなもので、冷めるとちょっとパサついてイマイチなのですが、揚げたては風味も良くてすごく美味しいです。



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雨が上がったので観光します。

こちらの遺跡はヒンドゥー教のシヴァ神を奉ったもので、写真からも分かるようにかなり立派なのですが無料です。ありがたいことです。

この寺院を作ったホイサラ王朝とは、

11世紀後半から14世紀後半にかけて南インド、現カルナータカ州中南部のマイソール地方を中心に存在したヒンドゥー王朝。首都は、初期にベールール、のちにドーラサムドラ(Dorasamudra、現在はハレービードゥ)。

です。Wikipedia先生より。

というわけで、今日見させてもらうハレービードとベルールは共にホイサラ王朝の首都だった町ということになります。


先述しました通りここはヒンドゥー教寺院なのですが、これまで見てきた



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ヒン!



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ドゥー!



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教!!

な激しい彫刻群に比べてどことなく上品というか、繊細優美な印象を受けます。



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ゴチャゴチャ度で言ったらここも十分ヒン・ドゥー・教!!なのですが、色合いがシックなおかげで落ち着いて見えるのかもしれません。あるいは、私がインドに揉まれ過ぎて繊細って何だっけ状態になっているだけかもしれません。



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それはさておき、この細部の精巧さです。大きさで圧倒するのではなく、一つ一つの密な仕事で説得力を持たせているのがたまりません。



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この寺院は神々の立像より、物語的かつ装飾的なレリーフに特に力を入れている印象を受けたのですが、中でも足元の象のレリーフが好きでした。

わたくし象の一番可愛いところはこの前足首だと思っています。巨体の大迫力に対してここだけペチャッ、ポニャッと曲がるのが。ベタ足なのもぶちゃ可愛いです。この巨体を支えているのですから相当強靭な足首なのは間違いないですが、それを感じさせない柔らかさがなんか好きなんです。



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寺院内部の柱が、薄いお皿を何百枚も積み上げたような珍しい形をしていました。しかも柱達は一本一本少しずつ形が異なります。ざっと調べた限りでは答えは見つからなかったのですが、これはどんな意味を持ち、どうやって作られた柱なのでしょうか。

意味としては、なんとなく輪廻とか業とかそういうものを表現しているのかなと思いました。勝手な想像ですけれど。



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巨大ナンディーさんもいました。当ブログにも度々登場するこの方は、シヴァ神の乗り物でありペットみたいなものですがしっかり信仰の対象です。



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どことなくキョトンとなさっているのがキュートです。



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お尻もとってもプリチー。

しかしこのお尻のつるっと具合は確実に撫で回されていますね。神の尻を撫でるんじゃないよインド人共め。



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おじいちゃんとペットの子牛にしか見えませんが、信仰の対象です。



<ベルール>

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ベルールの町並み

再びバスに乗り、ベルールに移動しました。ハレービード・ベルール間はバスで20分と大変近かったです。

ハレービードは小さな町でホテルはほとんど目につきませんでしたが、こちらのベルールは多少大きく、ホテルも食堂も結構ありました。泊まるならこっちの方が良さそうです。



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ベルールの遺跡です。こちらは確かヴィシュヌ神信仰だったと思います。



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ハレービードと同じくこちらも彫刻群及び柱の造形が素晴らしく、



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いや本当に素晴らしく、



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いやいやいや何なんですかどうしたんですかこの柱達は何でこんな張り切っているのですか。目的は何なのですか。しかもまた一本一本デザインが違うものだから全部見るのしゅんごい忙しいんですけども。自重してください。



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本殿はもちろん見応えがあるのですが、個人的には本殿を囲むこちらの建物の方に大変心惹かれました。



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壁から出てきたのか後から埋め込んだのか何なのか分かりませんが、形も内容も異なるレリーフが漫画のコマ割のように大量に配置されているのです。

もしかしたら私がそれを感じ取れないだけで何か一貫性のあるレリーフなのかもしれませんが、見た感じパズルのピースは全く合っておらず、しかしそれが逆におもちゃ箱みたいで楽しいというか、漫画単行本巻末のおまけページみたいというか、ハッピーセットみたいというか・・・いかんどんどん安っぽくなっていく・・そしてこの楽しさはきっと伝わっていないぞ。



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雨降られ犬

雨が降りだしたので少し早めに見学を切り上げ、ハッサンに戻りました。

本日の観光はハッサン、ハレービード、ベルール、そしてまたハッサンとぐるりとバス移動できたのがスムーズで良かったです。もちろんその逆のルートでも行けるし、バスの本数もかなり多そうでした。



<5/30 シュラバナベラゴラ>

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ハッサン二日目。本日はシュラバナベラゴラに行ってみます。ジャイナ教の聖地として知られる町です。

ジャイナ教については以前どっかの町の日記でも載せた記憶がかすかにありますが、一回おさらいしてみます。

ジャイナ教とは、

マハーヴィーラ(前6世紀-前5世紀)を祖師と仰ぎ、特にアヒンサー(不害)の禁戒を厳守するなど徹底した苦行・禁欲主義をもって知られるインドの宗教。インド以外の地にはほとんど伝わらなかったが、その国内に深く根を下ろし、およそ2500年の長い期間にわたりインド文化の諸方面に影響を与え続け、今日もなおわずかだが無視できない信徒数を保っている。

です。Wikipedia先生より。



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シュラバナベラゴラの町並み

来ました。ハッサンからここまではバスを二本乗り継ぎ、合わせて一時間弱でした。




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さっそくこちらの聖なる岩山に登ってみたいと思います。



さて、ジャイナ教には白衣派と裸行派(空衣派)という二大派閥がありまして、今から登ります岩山にはその裸行派を象徴するかのような巨大立像があります。

白衣派と裸行派の違いについては、

両派の分裂は1世紀頃に起こったと伝えられる。相違点は、白衣派が僧尼の着衣を認めるのに対し、裸行派はそれを無所有の教えに反するとして裸行の遵守を説く。白衣派は行乞に際して鉢の携帯を認めるが、裸行派ではこれも認めない。概して白衣派は寛容主義に立つ進歩的なグループ、裸行派は厳格主義に徹する保守的なグループであるといえる。ただし、両派の相違は実践上の問題が主で、教理上の大きな隔たりはみられない。

となっております。Wikipedia先生より。 

裸行派を分かりやすく言い換えると、全裸派です。

こういう書き方をすると途端に特殊な趣味みたいな印象になりますが、決してそういうアレではなく「物欲を禁ずる=物を一切持たない」という考え、つまるところ信仰心ゆえの行動です。



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信仰心ゆえです。

こちらの露しゅ・・全裸の聖人はゴーマテーシュワラさんと言って、瞑想だか何だかのために全裸で直立したまま一年間過ごし、そしたら手足にツタが絡まり足下には蟻塚までできてしまったというひどくヤバイお人です。とりあえずパンツくらいは履いて欲しいですね。

この立像は高さ17メートルあるそうで、その製作年は千年以上前。しかも一枚の岩から彫り出されているというから驚きです。まあインド人は崖から寺院を彫り出すイカれた野郎共ですから(例:エローラ遺跡)、立像の1体や2体は朝カリー前なのかもしれませんが。



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像に水をかける僧侶

何かしたたり落ちてくると思ったら、お坊さん(信者さんかも)がゴーマテーシュワラさんの頭上から次々に水をかけていました。

・・というところまでは「炎天下でほぼ飲まず食わずだったであろう彼に水を与えてあげたい」という優しさ及び信仰心から来る行動かなと推測できますが、偶然か、あるいは狙っているのか、その水は頭から首、肩、胸へと流れていき最終的に局部から滴り落ちるというあんまりな仕様になっております。

一応拡大写真も撮りましたが、当方世界一周お耽美ブログとして6年間やってきましたプライドがありますので、掲載は控えさせて頂きます。

そして失礼ながら正直な感想を申し上げますと、


すんごい嫌な絵面でした。




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立像の足下

ここシュラバナベラゴラでは12年に一度大きなお祭りが開かれるそうで、偶然にも今年2018年の2月にそれが行われていたようです。そのお祭りでは、水だけでなく牛乳やギー(溶かしバターみたいなやつ)もかけるそうです。頭から。

一年も立ち続けた結果ツタに巻かれ蟻に住まれ、まあそこまでは好きでやっているのでしょうからいいとしても、その後さらに千年全裸で立たされ続けた挙げ句牛乳やらバターをぶっかけられ、さらに12年に一度

インド中から全裸の信者達が押し寄せるという・・・

彼の地獄はいつ終わるのでしょうか。




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山頂から

山頂からの景色が綺麗でした。ギトギトの全裸を見て荒んだ心が洗われるようです。

今回は全裸像だけだったのでまだ良かったですが、タイミングによっては全裸の信者と鉢合わせることもあるようです。祭り以外の日でも。まあその人の姿を一目見るのが今回の目的の一つではあったのですが、会いたいけど会いたくなかったのでちょっと安心してしまいました。

私は別に全裸のインド人が見たかった訳ではなく、人を全裸にさせるほどの信仰心とはどんなものなのかというのを知りたかっただけなのです。特に信仰の無い私にとってはその行動は狂気でしかありませんが、やっている人達は大真面目でしょうし、それほどまでに一つのものを信じて突き進むというのはどんな心理なのだろうと気になって。

ジャイナ教は「無殺生」を掲げるあまり水さえ飲まない(水中の微生物を殺してしまうから)人が出たり、最終的には飲まず食わずで命を落とすのが最高の誉れであったりとかなり特殊な宗教ですから、それを強く信仰している人は相当一途、あるいは頑なな人であることは間違いなく、そして同時に、幸せな人であるようにも思えました。

ジャイナ教に限ったことでは無いですが、強い信仰心を持つ人々の中にはそれぞれ絶対的な存在とその存在が示す道標があって、幸も不幸も神さま次第、極端な言い方をすると全ての責任を神様に負って貰えるわけで、それが少し羨ましく思えるのです。わたくし人生迷いまくりなものですから。迷いすぎてすっかり迷子のプロですけど。


まあ目の前にあるものもろくに信じない私ですから見えないそれを信じるのは難しく、今後何かしらの宗教にのめり込む可能性は極めて低いですが、なんとなく、心の中にある「お天道様が見てる」だけは守って生きて行きたいと思っています。




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帰り道、聖岩山の向かいに一回り小降りのお山があったので寄ってみました。



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こちらの小聖山では新旧様々な寺院や地面に彫られた古い文字などが見られ、なんか好きな感じのレリーフもあって、結構興奮しました。

でも久しぶりにインド人のセルフィー攻撃に遭い、そこかしこから「えくすきゅーずみー」「わんせるふぃー?」と練習する声が聞こえて来るのが大変恐ろしかったので早めに退散しました。南ではあまりセルフィーセルフィー言われなかったのに、だんだん北に近付いているのを感じます。



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本日のお昼ごはん

バススタンド内の食堂でミールスを頼みました。メニューのない食堂でしたが、私にはとりあえず言っとけミールスという武器があるので全く問題ありません。安くて便利。貴方の町のミールスです。


以上、二日間のハッサン近郊観光でした。

今回はハッサンを拠点に2日に分けてベルールとハレービード、そしてシュラバナベラゴラを周りましたが、それぞれの町は決して遠くないしバスの本数も多いので、朝早くから行動すれば一日で全部回れそうでした。じっくり見たい派の人はその限りではありませんが、滅茶苦茶急ぐというほどでもありません。


帰宅後は夜まで宿で過ごし、夜行バスで次の町に移動しました。次回はハッサン脱出が非常にややこしかった所からまとめます。


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<情報コーナー>

○ ハッサンからハレービード、ベルール

ハッサンのシティバススタンドからハレービードまで28ルピー、所要45分くらい。ハレービードからベルール25ルピー、20分くらい。ベルールからハッサン40ルピー、一時間弱。どのバスも本数は多い。

○ ハレービード

お寺は入場無料。靴預け賃5ルピー、付属の博物館5ルピー。

○ ベルール

境内で40ルピー払ったが、入場料ではなく撮影許可チケットだった気がする。靴預け賃5ルピー。

○ ハッサンからシュラバナベラゴラ

セントラルバススタンド(KSRTCバススタンド)からバンガロール方面行きのバスに乗り、チャンナラヤパットゥーナ下車。44ルピー、40分くらい。シュラバナベラゴラ行きのバスに乗り換え、15ルピー、15分くらい。両バスとも頻発。

| インド | 23:40 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

北上③ コーチン〜ハッサン


<5/27 マンガロールへ(失敗)>

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目標このへん

北上再開です。目指す先は遥か東北インドですが、いくらなんでも遠いので寄り道しながら進もうと思います。




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まずはこのハッサンという町が目標ですが、ちょっと遠いので今日はマンガロールまでにします。朝7:50エルナクラム発のマンガロール行き列車を予約しておきましたので、それに乗るだけです。

でした。

が、

列車の出発が4時間遅れ、走行中も更にジワジワ遅れを伸ばし日暮れどころか今日中に着けるかも怪しくなってきたので、途中下車しました。深夜2時くらいに着いてくれたら開き直って駅で寝るのですが、12時ちょっと前とかだと中途半端過ぎて辛いのです。



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途中下車したのはカンヌールという町です。地図を見る限りそこそこ大きな町っぽいので、宿も見つかりやすそうだし明日の足の確保も容易かと思いまして。



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カンヌールの宿「Sangamonなんとかロッジ」

本日の宿はこちら。急遽来た町だし宿代が多少高くつくのは仕方ないと思っていたら、5軒目くらいで予算に近い350ルピー(570円くらい)の宿が見つかったのでとってもラッキーでした。

が、



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本日の晩ごはん

チェックインを済ませ外出し、毎度お馴染みインディアン珈琲ハウスで夕飯を食べていたところ、宿から携帯に電話が。何を言っているのかサッパリ聞き取れなかったので急いで食べ終わり宿に戻ると、チェックインのときとは別のインド人・・多分マネージャーか何かと思われる人が待ち構えており、

インド人「うちは外国人は泊まれないんだ~ソーリーソーリーはっはっはっ(笑)」



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カンヌールの宿(真)「Saj Rest' inn」

すぐに別の宿を見つけることが出来たのは幸いでした。

何故チェックイン時に気づかないのかとか何がそんなに可笑しいんじゃとか雨の降る夜8時に右も左もわからない旅行者をよう放り出したなオイとか新しい宿完全に予算オーバーだわとか色々思うところはあるのですが、細かいことは深く考えないことにしてとっとと寝ました。



<5/28 今度こそマンガロールへ、そしてハッサンへ>

今日こそはマンガロールに辿り着きたいと思います。そしてあわよくばハッサンまで行きたいと思います。

ハッサンへ行くにはマイソール経由という手もあり距離も時間も大して変わらないようでしたが、マイソールは以前行ったことがあり、しかも録な思い出が無いので今回はマンガロール経由にしました。



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カンヌール・KSRTCバススタンド

まずは宿から歩いてバススタンドへ。カンヌールにはKSRTC、ニュー、オールドと3つのバススタンドがある様なのですが、大抵の町ではKSRTCが一番大きい気がするのでまずはそこへ行ってみました。

そしたらハズレでした。

そこそこ広いけど酷く閑散としており、念のため窓口で聞いてみたものの「マンガロール行きはニューバススタンドからだよ。そしてもう出たよ。」と言われてしまったのでございます。



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カンヌール・ニューバススタンド

力車を捕まえニューバススタンドに移動しました。

ニューバススタンドはかなり大きく繁盛していましたが、先程「もう出たよ」と言われた通りマンガロール行きはやっぱり出た後でした。が、途中の町を経由するルートを教えて貰えたので、それで行くことにしました。



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教えて頂いたルートは実に単純で、まずはこのカナンガッドという町まで行ってここでマンガロール行きに乗り換え・・



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・・るはずだったのに通り過ぎました。

いや、一応バスはこの町で停まったんですよ。でもバススタンドはもう少し先だったので、そこでもう一回停まるものだと思っていたらあっさり町を出てしまいまして。しかし方角的には(最初のうちは)間違っていなかったので、まあいいやと思いそのまま乗り続けました。



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山中のバススタンド

このままマンガロールまで行ったりしないかなと期待していたのですが、上の地図の通りバスは脇道に反れどんどん山に入って行き、いいかげん戻れなくなりそうだったので途中下車しました。

そしてこの山中の名も知らぬバススタンドで別のバスを捕まえ、




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幹線道路沿いのバススタンド

マンガロール行きが通ると思われる幹線沿いまで復帰することに成功。




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で、ようやくマンガロール行きのバスに乗ることが出来ました。

私は今日も、冒険とは名ばかりのしょうもない迷走で時間と体力を浪費しております。




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マンガロール・バススタンド

マンガロールに着いたのは午後3時過ぎでした。昼過ぎには着いているはずだったんですけどね。

ともあれ、午後3時という時間は活動終了するには早すぎますし、マンガロールには特に用はない上にそこそこの都会なので泊まりたくありません。まあ「マンガロール」で検索したら「マンガロール 味噌」と出て「!?」となったので用はあるっちゃあるのですが。

「マンガロール 味噌」とは、とある日本人男性がマンガロールで興した味噌製造・販売会社のことです。現地購入も出来るしわネットか何かで注文すればインド中に配送してくれるそうです。



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ハッサンの宿「Vaishnavi Lodging」

しかし残念ながら、ちょうど良いタイミングでハッサン行きのバスが来てしまったのでマンガロールで味噌を買うことは叶いませんでした。

ハッサンまでは5時間のはずでしたが一時間ほど遅れ、到着はどっぷり日の暮れた21:30でした。が、なんとか宿にありつけました。夕飯は食いっぱぐれました。


次はハッサン近郊の観光についてまとめます。遺跡の町ベルールとハレービード、そしてジャイナ教全裸派の町シュラバナベラゴラです。


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<情報コーナー>

○ コーチン(エルナクラム)からマンガロール

列車多数あり。9~11時間くらい。エルナクラム・ジャンクション駅は充電ポイントが沢山あって良い。

○ カンヌールの宿

「Saj Rest' inn」
24時間制ならぬ22時間制。線路と平行する南側の大通りからSwamy Madam roadに入り、100mくらい歩いた右手側。最安値の部屋(ダブル)が550ルピー。動いてるのかないのか分からないエアコンがあったが、涼しかったので動いてたと思う。冷水シャワーがなかなか良い水圧。WiFiなし。

○ カンヌールからマンガロール

列車も沢山あるが私はバスを利用。マンガロール直行バスもあるが本数が少ないとのこと。私が利用したのはカンヌールからカナンガッド(Kanhangad)60ルピー、所要2時間半くらい。・・からマンガロール行きに乗り換えられるはずだったが、色々おかしなことになったので詳細は本文参照。

○ マンガロールからハッサン

186ルピー、5~6時間。私が乗ったのは15:30のバス。かなりの頻度で出ている模様。

○ ハッサンの宿

「Vaishnavi Lodging」
マハラジャパークの南東の角にある大きめのホテル。Wi-Fiなし、ファンあり。シャワーはないがバケツシャワー用の蛇口からお湯が出る。夜遅くは出なくなる模様。午前中は熱々だった。24時間制。KSRTCバススタンドから徒歩20分くらい。シティバススタンドから徒歩5分くらい。

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フォート・コーチン

前回のメンタル崩壊話の派生、フォート・コーチン沈没日記です。特に何もしていませんが、一週間ほど滞在したので紹介します。



<5/20〜25 フォートコーチン>

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アレッピーから中距離バスと市バスを乗り継ぎ、フォート・コーチンという町に到着しました。確かトータル2時間くらいだったと思います。



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フォート・コーチンは半島の小さなエリアのことを指し、長距離バスや列車が停まる最寄り町はエルナクラムです。

ここフォート・コーチンはフランス・・ポルトガル?イギリスかも。の植民地時代の町とかそんなんだった気がしますが、特に用はないけど通り道だったから・・とかそんな舐めた理由で来たので調べもしませんでした。なんかそんな感じのインドっぽくない町です。どいつもこいつもインドっぽいとかインドっぽくないとか見た目だけで判断するんじゃないよインド人がいる限りそこは逃れようのないインドなんですよ!



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フォート・コーチンの宿1「Hostel By The Sea」

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宿2「Santa Maria」

フォート・コーチンは観光地なので、宿はいくらでもあります。最初に泊まった宿は広すぎて落ち着かなかったのでお引っ越しし、二番目の宿が美味しい朝食付き&キッチンや無料珈琲もあり長期(ってほどでもないけど)滞在向きだったので、ここで根っこを生やしました。



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フォート・コーチンはその歴史からちょっと異国情緒があり、お洒落です。お洒落カフェやお洒落並木道やお洒落落書きがあり本当お洒落の方向性がありきたりっつーか描いた本人がセンスいいだろ?って思っていそうなところがイラッとす(※ このとき心を病んでいたので感想が捻じ曲がっています。)



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カツアゲしてくる猫や寝相の悪い犬もいました。



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あいのりカーもいました。ラブワゴンでしたっけ。

あいのりカーって一台で世界を回っていたのではなく、国によっては国境で車両を乗り換えていたんだそうですね。一度南米の某国で、「あいのりカーうちで作ったよ」という宿に泊まった事があります。同車種をピンクに塗るだけだそうです。



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ここはキリスト教徒が多いエリアらしく、教会が沢山ありました。



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The Indo-Portuguese Museum

博物館もありました。中は撮影禁止でしたが、古い教会から持ってきた感じの聖なるなんちゃらが沢山あって小さいながらも見応えのある博物館でした。



<フォート・コーチンで食べたもの>

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タントゥック

インド再入国から三週間。早くもカリーに飽きているので、初日の夕飯はチベット料理店に行きました。あったのです。チベット料理店が二店も。一店はいつ行っても閉まっておりましたが、残る一店はやや高いながらもとっても美味しく、正面の壁ではダライ・ラマ猊下が微笑むなんだか落ち着く店でした。

頼んだのはタントゥックです。きしめんみたいなやつ。久しぶりに食べた醤油っぽいアジア風味はべらぼうに美味しかったです。



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別の日にはビーフ・トゥクパを食べました。この町では牛も食べられるようです。でも個人的には牛より鳥より豚が好きなので、インド入国以来一切食べていない気がするそれに若干の恋しさを覚えます。



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フィッシュカリー

ネットで美味しいと紹介されていたラッキースターレストランだったかな?なんかそんな名前のレストランにも行ってみました。頼んだのはフィッシュカリーで、ゴア名物のそれとは大部違いどちらかというとスリランカカリーに近い感じでしたが、これもまた美味でした。



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お洒落カフェにも一応入ってみました。そして一番安いスナックと一番安い珈琲を頼むというお洒落じゃない事をしました。人には向き不向きがあるのです。



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あとはだいたい自炊していました。フォート・コーチンのごはん屋は割と高めだったので。



<5/26 エルナクラム>

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フォート・コーチン、エルナクラム間フェリー

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エルナクラムの宿

コーチン滞在最終日は、次の移動に備えてエルナクラムに移動しました。翌日朝早い列車を予約しており、朝からフェリーに乗ってエルナクラムまで来てそこから駅に行き云々をやるのが面倒臭かったので。



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エルナクラム風景

エルナクラムは海沿いの道が割と爽やかな点以外は普通の騒がしい町で、特に観光向けな感じではありませんでした。



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エルナクラムで食べたもの

宿のオーナーが「日本人?美味しい日本食の店があるよ!」と紹介してくれたこちらはどう見ても中華屋でしたが、美味しかったです。



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エルナクラムの夜

夕飯の後は大雨に降られ、汚染されまくっていそうな洪水の道を歩いて帰りました。

以上、コーチン滞在日記でした。


この後は引き続き北進&東進です。寄り道しながら東北インドを目指します。


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<情報コーナー>

○ アレッピーからコーチン(フォート・コーチン)

エルナクラム行きのバスに乗り、Willingdonへの橋を渡る直前のバス停で下車。運賃58ルピー、所要一時間少々。そこから北に2分ほど歩くと別のバス停(分かりにくいけど)があり、そこをフォートコーチン行きのバスが通る。運賃10ルピー、所要15分くらい。

または、バスでそのままエルナクラムまで行ってそこからフェリーでフォート・コーチンに渡る。

○ フォート・コーチン、エルナクラム間フェリー

運賃4ルピー、所要20分くらい。フォート・コーチンからエルナクラムは朝5:55始発、夜21:50最終とのこと。逆は知らない。

○ フォート・コーチンの宿

「Hostel By The Sea」
海の目の前にある大きなゲストハウス。バススタンドから徒歩1分、エルナクラム行きフェリーポートから徒歩10分くらい。ドミ一泊4ドル。Wi-Fi、エアコン、ファンあり。ベッドごとの充電スポット、セーフティボックスあり。部屋もトイレシャワーも広くてなかなか快適。

「Santa Maria」
上記ホテルから東に一分ほど歩いた所にあるゲストハウス。ブッキングコムやmap.meの地図は間違っているので注意。実際はもう50mほど東。美味しい朝食つきのドミが4ドル。Wi-Fi、エアコンあり。Wi-Fiは部屋にはやや届きにくい。立派なキッチンがあり自炊できる。フリー珈琲紅茶あり。

○ エルナクラムの宿

「St.Antony's Lodge」
ドミ一泊300ルピーを予約していたが、トイレシャワー付きのシングル400ルピーを340ルピーにしてくれるというのでそちらに泊まった。WiFi、ファンあり。買い物などには便利な立地だが駅やフェリーポートはやや遠い。

| インド | 22:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

インドでメンタルをやられた話


先週一週間休ませて頂いたあれです。

この一週間は体調よりむしろメンタル不調が甚だしくもはやこれまでかと思いましたが、過ぎてしまえばどうということはなかったのでネタにしました。一週間も休んだのにそのまま無かったことにしたら勿体無いではありませんか。涙の海でサーフィンできるくらいでないとこの世の中渡っていけません。

心配して損したわ!と笑って頂けたら何よりです。



<インドでメンタルをやられた話>

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(対インド人用の構え)

遡ること一ヶ月ま・・いや、もう少し遡ってもいいですかね。



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(インド入国直前の私)

遡ること4か月前。

インドは初入国ながらインド人の知り合いは何人かいた私は、その何人かが全員 糞野郎 特殊なキャラクターだった記憶から、かなりの警戒心と共にインド上陸を果たしました。



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(入国直後の私)

初めてのインドは想像を遥かに越える 糞っぷり 強烈な国でしたが、その広さから数ヵ月は滞在することになるであろう事が予想出来たため、私はこの国に適応しようと努力しました。




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しかし次々襲い来る 糞野郎共 酷烈なインド人達。

殺す勢いで突っ込んで来る車両や、逃れようの無いクラクション地獄や、平気で相場の5倍10倍を吹っ掛けてくる亡者共や、10人に質問したら20人が嘘をついてくるような連中を相手に私の体力、精神力は日に日に削られて行きました。




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(一ヶ月後の私)

そして一ヶ月も経つ頃には、私は完全にインド人不信に陥っていました。




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(インド一時出国を経て、再入国時の私)

しかし、北部山岳地帯や西部酒税が安い地帯や隣国スリランカを挟んだおかげで、大分平静を取り戻した私。

インド再入国の際には「またインドか・・」とゲンナリはしたものの、この国は腹立つけど面白いけど腹立つけど面白いけど腹立つことはよく知っていますし、これから回る南インドは北インドに比べ随分穏やかだとも聞いているので、「よーしまたしばらく頑張るぞ」と気合いを入れ直し、インド旅の再スタートを切りました。



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東海岸から西海岸へ連日移動する日々は、「インドの一番暑い時期」と「日中灼熱バス移動(毎日)」と「エアコン無し常夏ホテル(蚊の大群と共に)」の合わせ技でどんどん体力を消耗していきました。

寝ても覚めても疲れが取れず、そもそもろくに眠れておらず、身体が重く体調も思わしくない日々が何日も続きました。

そして身体が不調だと心の元気も無くなって来るもので、いやむしろ心の不調が先だったのか、玉子が先かニワトリが先か、ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨうわあ”あ”あ”あ”あ”あ”




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気付いたらメンタルをやられていました。




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(北のアレ)

北のアレは乗り切れたのに、何故穏やかなはずの南インドでやられてしまったのか。

その理由としては、北インド人の 糞っぷり 苛烈さに対し南インド人の穏やかさが予想を遥かに越えていたため、その変化に驚き調子が狂ってしまったというのが、一番大きな所だったのではと思っています。

たとえばタクシー勧誘一つとっても、北インドでは上記の様な有り様で断っても断ってもうんこに群がる蝿のようにしつこく付きまとってく・・ってその配役で言うと私うんこやんけという点はさておき、とにかくくたばれインド人エブリデイだったのに対し、南インドでは



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というくらい別世界だったのです。




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(対インド人用の構え)

これまで貫いて来たインド人用の対応は、ここ南インドには向かないようでした。




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(インド人不信が治らない私)

しかし、一度荒んでしまった心はそう簡単には元には戻りません。同じ顔でありながら別世界の住人のように穏やかな南インド人達にはホッとするどころか戸惑うばかりで、私はその変化に上手く対応することが出来ませんでした。

そして、自分が常に人を疑って過ごしていること、自分の態度のせいで度々相手に嫌な思いをさせてしまっている事実に気づいた私は、後悔と反省を繰り返し、日に日に落ち込んで行きました。怒りは上書きできても、後悔は積み重なっていくばかりで全然消えてくれませんでした。




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しかし、どんなに穏やかそうに見えてもここはインド。南インド人は良い人達だから考えを改めなきゃ!もっと人を信じなきゃ!なんて油断すると、



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インド人はやっぱりインド人なのでした。




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小さなストレスが溜まっている自覚はあったものの、一つ一つは小さいので大丈夫、日本のストレス社会に比べたらうんこに毛が生えたみたいなもんだと思っていたら、崩れるのは一瞬でした。

旅人なのにどこにも行きたくなくなり、ブログも更新しなくなり、Twitterのチェックもせず、声が出づらくなり、呼吸が苦しくなってきて、頭は痛いし身体は重いし、ハローと声をかけられただけで謎の怒りと不快感で吐きそうになりました。



私は休むことにしました。





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(沈没中の私)

一週間休むと決めたうち、最初の4日はただ静かに過ごし、残りの3日は折れた心の修復に努めました。

具体的には一心不乱にLINEスタンプを作ったり、敗れTシャツを裂いて縫い直してとってもキュートなハンカチーフにしたりしていました。創造は心の栄養です。また、幸いにして食欲はあったので、身体の回復と共にメンタルも思いの外早く元に戻すことが出来ました。戻った所で元が根暗なので伝わりづらいかもしれませんが、私は今めちゃんこ元気です。




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ユニクロのミッ○ーちゃんTシャツが化けたハンケチ

ハンケチを縫いながら「インドはハマる人と拒絶する人と真っ二つに分かれる」という話を思い出し、私はどっちなんだろうなあなんて考えていました。

インドという国自体は面白くて好きですが、インド人は 全員くたばれ ほんのちょっぴり苦手かなあ・・ゴメンナサイ!(/´△`\)エーン ヘドが出るわ と思っているので、私は後者に当たるでしょうか。

私はもともと悪い方向に真面目で頭が固く冗談が通じないところがあるため、インド人の狂った言動をいちいち真に受けてストレスを溜めてしまいましたが、私がもっとこう、例の


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(参考:例のバナナ

みたいな性格だったらインドのハチャメチャにも対応できたのかなあなんて

・・あ、いやだからと言ってインド好きな人がみんな


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みたいな人間だと言っている訳ではないんですけど、でも



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くらいの対応ができればインド人にも負けないんじゃないかと思うんです。



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いややっぱ無理かも。





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まあバナナまでは行かなくても、私がこういう考え方のできるお日様のような人間だったら、日々の出来事に対する感じ方もインド人とのつきあい方もだいぶ違ったのではないかと思います。

しかし、



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私には無理でした。




<心バキバキネックレスの作り方>

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そんなわけですっかり折れてしまった心と崩してしまった体調を元に戻すのに一週間+αを要しましたが、復活したとは言えインド人に対する印象が変わった訳では決してないぞコンニャロー。




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個人的インド人のイメージ

程度の差こそあれ、そして悪気の有る無しは別として、インド人の ₳₰€₤₰₢※₤"₰" で ₳₵€₤$₡₤₵ で $₡₤₢₳₪₤₵ な性質は出生時からの基本装備だと思っているので、私は今後もインド人に心を開くことは無いと思いますざまあみろおならプー。

でも、それでいいのです。期待して落とされる痛みは強烈ですが、最初から期待しなければ落ちることもありません。私も良い歳をした大人ですから、どんなに不信感を抱いていても



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顔だけは笑って見せましょう。


以上です。


インド好きの方もいらっしゃるでしょうからお詫びと共に捕捉致しますと、私は一応、インドにも良い人がいることは知っています。優しくしてもらったことも沢山あります。その辺はちゃんと分かっているのです。でもそうじゃない糞野郎共が多すぎr


お詫びにならなかったのでもう止めておきます。すみませんでした。


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| インド | 22:58 | comments:22 | trackbacks:0 | TOP↑

一週間くらいお休みします

現在地はフォート・コーチンです。

暑さにやられたのかインド人にやられたのか何なのか分かりませんが、色々と回復が追い付かなくなっているので思い切って一週間くらい休んでみます。すみません。旅の日々自体が人生休んでるみたいなもんなのにこれ以上どう休むんでしょうね。何様でしょうか。本当にすみません。

回復したところでベースが根暗なので復活!元気な低橋さん!には絶対ならないですけど、でも今よりは喋るようになると思います。あと今使ってるスマホが漢字変換がすごく弱くて今時「根暗」も変換できないので今単語登録したんですけど、すごく虚しい気持ちになりましたことを一応報告しておきます。

| インド | 02:37 | comments:14 | trackbacks:0 | TOP↑

北上②コーラム→アレッピー間バックウォータークルーズ


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ケララ州と言えば、水郷地帯を船で観光するバックウォーター・ツアーが人気です。

・・というのは実のところコメント欄にて教えていただくまで知らなかったので、教えて頂いた方、ありがとうございます!



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私はそもそもバックウォーターとは何なのかすら知らなかったので、Wikipedia先生に聞いてみましたところ、

背水(はいすい)またはバックウォーターは、河川や用水路などの開水路において、下流側の水位変化の影響が上流側に及ぶ現象のことである。背水が生ずるのは流れが常流の場合であり、構造物の存在、水路の断面形状、勾配の変化などがその原因となる。水位変化の影響を受ける範囲を背水区間という。ダムや堰などによる水位上昇で背水区間の水位が上昇することを堰上げ背水といい、背水区間の水位が低下することを低下背水とよぶ。

との事でした。なるほどね~。(よく分かりませんでした。)


それはさておきバックウォータークルーズですが、泊まれるお船・ハウスボートに乗ったり、小舟で複雑な水路を行くツアーがあったり、ツアーではなく個人で小舟をチャーターしたりと様々な楽しみ方があるようです。



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というわけで、今回はとりあえずこの観光船に乗ってみました。コーラムからアレッピーまで行ける船で、バスだと2時間ですが船だと8時間かかります。

「長すぎて飽きる」と大変評判のお船ですが、大丈夫です。飽きたら寝ればいいだけです。



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一階

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二階

お船は二階建てです。

現在シーズンオフなので船内はガラガラで、どこでも座り放題でした。景色が良いのは当然二階ですが、座席が柔らかくて座り心地が良いのは一階です。二階で景色を見て、飽きたら一階で寝ろということです。



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漁師さん

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そのへんの村

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教会か何か

確かに大きな景色の変化はなく飽きると言えば飽きるのですが、のんびりした船からのんびりした人々の暮らしを覗くのは、なかなか素敵な時間だと思います。



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チャイニーズフィッシングネット

こちらはチャイニーズフィッシングネットとか呼ばれているものです。

水の中に網をザバーっと入れてザバーっと引き上げてお魚ピチピチーのウマーという大変大雑把な装置で、すごくインドっぽいですが名前はチャイニーズですね。中国人に教わった方法なんでしょうか。



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本日のお昼ごはん

13:00頃に小さな村に立ち寄り、お昼ごはんタイムが取られました。こちら料金外ですので、食べてもいいし食べなくても良いです。それより時間が30分しかないのが問題です。だいぶ急ぎました。

食べたのはミールスです。この先の記事にも載せますが、ケララ州で食べたお米は全てまるっと太っちょで大きめでした。日本の一般的なお米サイズの倍はあります。食べ物に対してこんなことを言ってはいけませんが、見た目がちょっと芋ム・・やっぱ止めておきます。



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15:30 お茶休憩

一階のソファーで熟睡していたら、本日二回目の休憩タイムが訪れました。15分ほどのお茶休憩です。

空いた船内は結構伸び伸びできるというかソファーでおもいっきり伸びて寝ているので別に疲れませんが、やはりたまに外に出るとスッキリします。  



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アレッピーに近づくと、ハウスボートをよく見かけるようになりました。

北部シュリーナガルもハウスボートで有名ですが、あちらのそれは固定型の浮いてるお家で、イギリス植民地時代の忘れ物という事情から大変お耽美な姿をしていました。

対し、こちらのハウスボートはしっかり移動しますし、見た目は南国風で涼しげです。このハウスボートには船長さんの他に料理人なんかも乗っていて、一泊二日とか二泊三日で水上レストラン&宿泊体験をするのが人気なんだそうです。ハネムーンカップルに特に人気とかなんとか。また、基本貸し切りなのでそこそこのお値段がします。というわけで、色んな意味で私とは無縁のお船ということになります。



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ほぼアレッピーに着いておりますが、お空がただならぬ雰囲気を醸し出しています。宿に着くまで耐えてくれると良いのですが。



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アレッピーの宿①「Dream Nest Guesthouse」

本日の宿です。船がアレッピーに着いたのは予定より一時間早い17:30だったのですが、本日の寝床を確保出来たときには既に20:00を回っていました。

ここに着くまでに色んな事があったのです。

まず船を降りると同時に宿勧誘を受け、「今夜は別の宿を予約しているので泊まれませんが、明日移動してもいいですよ~」なんて会話をしていたら大雨に降られました。なので、とりあえずその勧誘宿で雨宿りさせてもらうことにしました。

雨が全然止まないばかりか嵐みたいになって来たので一時間ほど過ごさせて貰ったのですが、宿オーナーがおもむろに宿泊台帳を取り出し記入を求めて来ました。

私「すみません今日は泊まれないんです。明日泊まりに来ますので。(5回くらい言いましたけどね。)」
オーナー「そうなの!?なんで!?」
私「別の宿を予約しているからです。(5回くらい言いましたけどね。)」
オーナー「なんだそっか~・・」
私「ええ、すみません。(5回くらい言いましたけどね。)」



その後雨が弱まった隙に本日の予約宿に移動しましたが、私の部屋がありませんでした。

宿スタッフ「昨日泊まったグループが延泊したからさ~」
私「私は予約してあるんですよ。」
宿スタッフ「だから急に延長したんだって~言ってる意味分かる?」


インド人くたばれと思いました。

出来るだけ苦しみながらくたばれと思いました。



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で、急遽変更した本日の宿です。 

そのスタッフの人(オーナーかも)は私が怒っている事を察したのかちゃんと代替宿を紹介してくれ、予約したはずの部屋(ドミトリー4ドル)と同料金で交渉をしてくれたのでやっぱりくたばらなくてもいいですよと思いましたが、この代替宿がどう見ても4ドルで泊まれるそれではありませんでした。一応聞いてみたら、10ドルの部屋でした。そこにびしょ濡れで踏み込みたった4ドルで泊まる私。罪悪感で胃がキリキリと痛みました。



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しかし、宿近くのひっそりしたレストランで食べたマサラ・ドーサがめちゃんこ美味しかったのでちょっと元気が出ました。今まで食べたドーサの中で一番かもしれません。

下の情報コーナーに載せておきましたので、良かったらご参照ください。



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あと、宿前のスーパーで蚊取り線香と温熱型蚊取りマシーンを買えたのも嬉しかったです。これで少しは寝やすくなります。インドの蚊はうるさくてしつこくてしぶとくて大変やっかいなのです。まるでインド人のよ(略)



<5/18 引き続きアレッピー>

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アレッピーの宿②「3 Palms Guesthouse」

昨日誘われた宿に移動しました。

予算ややオーバーの宿なのですが、夕飯付きだしロビーが広いし窓の外は自然豊かだしで、非常に居心地が良さそうだったので。昨日雨宿りさせてもらった恩もあります。

シーズンオフということで宿は静まりかえっていましたが、一人だけ、一日中半裸のオーストラリア人のおっちゃんが暮らしていました。客というか住人です。年に一度、数ヶ月ここに滞在しに来るそうです。



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本日のお昼ごはん

インディアン珈琲ハウスがあったので来ました。先日も書きました、ケララに入ってからやたらと見かける安くて美味しいチェーン店です。ここアレッピーに至っては4軒ありました。うち2軒は営業していませんでしたが。  

食べたのはベジタブル・コルマです。コルマとは、ナッツペーストやら何やらが入ったカリーだそうです。大変クリーミーで、チャパティによく合いました。



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本日の晩ごはん

夕飯は宿オーナーのお母様手作りのコルマとドーサです。狙ったわけでもないのに昼間と同じメニューでした。そして翌日の夕飯も同じ内容でした。確かに「昨日と同じ感じでいい?」と聞かれ「イエス」とは答えましたけども。



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しかし、この宿では毎晩ビールが飲めるという特典がついていました。オーナーが買ってきてくれたのです。お値段も一本90ルピーと優しめ。しかもこのオーナー、私は何も言っていないのに独断でストロングの中瓶を5本買ってくるという大変素晴らしい人でした。こんな話の分かるインド人に出会ったのは初めてです。

なお、オーナーはイスラム教徒ですがガッツリ飲んでいました。さらに言えばイスラム教徒は現在ラマダン中のはずですが、飲んでいました。煙草も吸っていました。

私「いいんですか?」
オーナー「内緒だよ!」

アッラーさん、こいつです。


<5/19 引き続きアレッピー>

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アレッピー風景

アレッピーは非常に居心地の良い町でした。そんなに大きくないけど小さくもなく、町の中心は栄えているけど宿のあるあたりは水路に囲まれた静かな環境で、朝の散歩がとても気持ち良かったです。



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Revi Karna Karan Memorial Museum

オーストラリア人の半裸のおっちゃんに誘われて、博物館にも行きました。

おっちゃんは外出の際はちゃんと服を着る冷静さを持っていました。しかし力車のお兄さんに適当な行き先を告げ、案の定間違った場所に着き「○○って言った!」「言ってない!」という不毛な喧嘩を繰り広げる冷静じゃない一面もありました。たまに勃発する私と力車マンの喧嘩もこんな風に見えているのかなあと、ボンヤリ思いました。



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それはさておき博物館です。

この博物館は写真のマットの製造・販売で富を築いたご家族の、特におばあちゃん(元社長婦人)の個人コレクションを集めた博物館なのだそうです。半裸おっちゃんの解説より。入場料が350ルピー(560円くらい)と思いの外高くギャフンとなりましたが、ここまで来て帰るのもアレなので入りました。

ら、結構良かったです。撮影禁止だったので写真は無いんですけども。

割と最近のコレクションなので特に歴史的価値の高いものとかではないのですが、調度品とかクラシックカーとか象牙の彫刻とかスワロフスキーとか、かなり多くの品が展示されており見応えがありました。ちょいちょい観光地の土産物が混ざっているのも面白かったです。「リスボン」と書かれたコースターとか。

なんか手当たり次第買っちゃったって感じだな~なんて思いながら見ていたら、おっちゃんが「買い物依存症だったんだろうね。旦那さんを亡くして寂しかったのかな」なんて切ないことを言っていました。


次はコーチンに移動します。


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<情報コーナー>

○ コーラム・アレッピー間フェリー

どちらも10:30発、18:30着。400ルピー。昼食、お茶休憩あり(料金外)。チケットは当日船内で直接買ったが、ハイシーズンはもしかしたら予約制かもしれない。オフシーズン(6~10月?)は運休とも聞いたが未確認。

○ アレッピーの宿

「Dream Nest Guesthouse」
トイレシャワー付の大きなダブルルームが600ルピー。宿の人達が怖いくらい良い人。怖い。目の前に大きめのスーパーがあり便利。商店街にもアクセスしやすい立地。宿前の道を東に200mほど行った所にあるレストラン「Aryabhavan」(だったと思う)のマサラドーサが美味しい。

「3 Palms Guesthouse」
トイレシャワー付ダブルにお母さん手作りの夕飯が付いて350ルピー(恐らくシーズンオフ価格)。ポット、冷蔵庫、フリー紅茶あり。バススタンド、コーラム行フェリー乗り場から徒歩5分くらい。水路に囲まれた静かな環境がとても良い。宿オーナーは冷蔵庫をビールでいっぱいにする能力に長けている。

| インド | 22:38 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

南インド西海岸北上日記① カーニャクマリ→コーラム


<5/15 ティルヴァナンタプラムへ>

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日の出を見て(見てないけど)宿に帰った後、少しだけ二度寝しようと思ったら11:00まで寝てしまいました。今日の移動は朝の涼しいうちに~なんて考えていたのに昼です。馬鹿め。



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本日の目的地はコーラムのつもりでしたが、手前のティルヴァナンタプラムまでしか行けませんでした。

経緯はこうです。

前述の通り豪快に寝坊した私は、バススタンドに着いた時点で既に正午を回っている事実に絶望しつつ、コーラムまでは5、6時間と聞いているので「まあ日暮れには間に合うかな」なんて思っていました。



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コーラム行きバス切符(だと思ったもの)

早速バス乗務員の皆さんに聞きながらコーラム行きのバス(だと思ったもの)に乗り込みましたが、バスはコーラムとは反対方向に走り出しました。請求された金額もたったの25ルピーと、とてもコーラムまで行けそうな値段ではありませんでした。私は一体どこに連れていかれるんでしょうか。



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渋滞の原因

まあインドから出ることはないし別にいっか(むしろ出してください)と思ったのでしばらくそのまま連れ去られていたところ、バスが謎の渋滞に巻き込まれ一ミリも動かなくなりました。原因はおそらくこのタンカーです。何か立ち往生しているようです。

暇だったのでバスを降りて成り行きを見ていたら、一人の地元インド人が長い木の棒をおもむろに持ち出し、電線をヒョイッと持ち上げ、そこをタンカーがくぐることで渋滞は解消されました。起承転結全てにおいて完璧にインドだなと思いました。



さて、タイムロスが甚だしいのでそろそろ来た道を戻ることにした私でございますが、反対斜線側のバス停にて待ってみたものの、目当てのバスは全然来ませんでした。なので同じく待ちぼうけをしていた地元インド人のおっちゃんと結託し、力車で近くの町まで移動しました。何故かおっちゃんの分まで私が払いました。



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アナなんとかコイルみたいな名前の町のバススタンド

アナなんとか町のバススタンドから近郊の大きな町・ナーグルコイルまで行こうとしましたが、頻発しているはずのバスがまたしても全然来ず、かなり待ちました。何故かおっちゃんも一緒に待ってくれましたが、インド人見知りの激しい私にとってはただの地獄でした。そして出来ればさっきの力車代を返して欲しいと思いましたが、言い出せませんでした。



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ナーグルコイル・バススタンド

その後なんとかナーグルコイルまで来ることができ、ついにコーラム方向へ行く正しいバスに乗り込みました。が、この時点で時刻は16:00を回っていました。コーラムまでは5、6時間かかるそうです。

私は諦めました。



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ティルヴァナンタプラム・バススタンド

というわけで、本日は手前のティルヴァナンタプラムで手を打ちましたよというお話でした。

説明が長すぎてもう何の話をしているんだったか途中から分からなくなっていたでしょう。実を言うと私もです。ふふん。



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ティルヴァナンタプラムの宿「Netaji Tourist Home」

さて、ティルヴァナンタプラムで打ち止めにしたまでは良いものの、この町に到着した時点でもう19:00を回っており、安宿街の情報なども持っていなかったため宿探しはかなり難航しました。駅とバススタンドはどっちが寝やすいかななんて真剣に考える程度には。

が、一時間ほどさ迷った結果なんとか予算内の宿を見つけることが出来、一安心です。この時期の野宿は寒くはないですが、雨季で蚊が大量発生しているのでちょっと辛いものがあります。まあ蚊は宿にもいっぱいいるんですけども。おかげで安眠出来ません。



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本日の晩ごはん

その辺で適当に食べた晩ごはんが、とっても美味しかったです。大きめチキンのチキンカリーとチャパティでした。



<5/16コーラムへ>

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ケララ州

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ティルヴァナンタプラム風景

現在いるのはケララ州です。

ここケララ州は識字率が100%なんだよ!と後に知り合ったケララ人が言っていましたが、それは女性や貧しい人やカーストの低い人もちゃんと入れた上での数字かな?

なんてことをインド人と話しても不毛なので置いておくとして、とにかくここは識字率の高い州なんだそうです。そのためかどうかは分かりませんが、ケララ州に入ってから本屋をよく見かけるようになりました。

また、写真のインディアン珈琲ハウスも沢山見かけるようになりました。以前、北部山岳地帯のシムラで行ったのと同じお店です。チェーン店だったのですね。シムラ以外で見かけることがなかったので知りませんでした。



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本日のお昼ごはん

インティアン珈琲ハウスは混んでいて入れなかったので、バススタンド内の別の店にてお昼ご飯にしました。

本日のお昼ごはんはチキンビリヤニです。ご飯の下から出てきたチキンが大きかったです。昨日のチキンカリーと言い、ケララ州はチキン大サービス州なんでしょうか。ここは牛や豚も食べられる珍しい州だと言うのは聞いたことがありますが。キリスト教徒が多く、逆にヒンドゥー教徒が多くないことから、その辺の規制だか暗黙の了解だかが緩いそうです。



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コーラム・バススタンド

午後のバスに乗り、コーラムに移動しました。所要2時間くらいでした。このたった2時限を昨日片付けられなかった悔しさは多少ありますが、行き当たりばったり旅の面白さに比べたら大した問題ではありません。

夜遅くに知らない町に着くのは怖いですが、今日自分がどこまで行けるのか分からない状態というのは、ハラハラとワクワクが3対7でワクワクが勝ちます。逆に今夜の宿が決まっている(予約してある)状態は、安心感と予定に縛られるストレスが3対7でストレスの方が大きいです。途中で面白そうな町を見つけてしまったらどうするのですか。



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ツーリストインフォメーション

バススタンドの目の前には港があり、ツーリストインフォメーションもあったのでまずはこちらに立ち寄りました。

明日はここからアレッピーという町まで船で行きたいのですが、タイミング的にシーズンオフに入るところということで、まだ船が運行しているか分からなかったので。無かったらこの町に泊まる理由はないので、このままバスでアレッピーまで行ってしまおうと思ったのです。

結果としては、船はちゃんと出ていました。なので今日はここで一泊し、明日船に乗ります。


その後早速宿探しに繰り出しましたが、これがまたも難航しました。明らかにガラガラなのにフルとか言われるのは、外国人宿泊許可を取っていない宿かあるいは単純に面倒臭いだけだと思われます。外国人を泊める場合はパスポートコピーを取ったり書類を書かせたりそれをネットで打ち直して政府に提出したり、色々大変だそうなので。

ただ、この暑いなか重いバックパックを背負って何軒も訪ね歩き、3階とかにある宿へも階段でせっせと上り、それなのに顔を見るなり「ノー」と吐き捨てられるというのを一時間くらい繰り返していると、流石にインド滅べって思います。あ、ピー音入れるの忘れた。




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コーラムの宿「VG Tourist Home」

約一時間さ迷って、ようやく泊まれる宿を見つけることができました。350ルピー(600円弱)とやや予算オーバーですが、ここまで断られるともう何でもいいやってなります。シングルが満室のところをダブルに同料金で泊まらせてもらえた点もありがたかったですし。



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本日の晩ごはん

コーラムは意外と栄えている町で、立派なショッピングセンターやマクドナルドがありました。そして件のインディアン珈琲ハウスもあったので、晩ごはんはここで頂きました。すごく安いんですこのお店。本日頼んだのはギー・ドーサ(50円)と珈琲(20円)です。ギーは何かバターみたいなチーズみたいなやつです。


明日はコーラム・アレッピー間フェリーに乗ります。


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<情報コーナー>

※ 特に記載が無い限りバスはノンエアコン、宿シャワーは冷水。また、掛け布団も基本的に無し。言えば出てくるかもしれないけど。

○ カーニャクマリからティルヴァナンタプラム(トリヴァンドラム)

カーニャクマリからナーグルコイルまで23ルピー、所要一時間弱。頻発。ナーグルコイルからティルヴァナンタプラムまで74ルピー、3時間くらい。

○ ティルヴァナンタプラムの宿

「Netaji Tourist Home」
トイレバケツシャワー付のダブル500ルピー、一人利用だと400ルピー。Wi-Fiなし、ファンあり。フロントのおっちゃんが陽気すぎて怖い。全ての会話を歌に乗せて来る。バススタンド前の大通りからGandhari Amman Kovil roadに入り、2ブロック目あたりの右側。看板は目立たない。バススタンドからだと徒歩7、8分。

○ ティルヴァナンタプラムからコーラム

運賃69ルピー、所要2時間くらい。頻発。

○ コーラムの宿

「VG Tourist Home」
トイレシャワー付シングル350ルピー、ダブル660ルピー。そこそこ大型の宿。レセプション周りのみWi-Fiあり。部屋はファンあり、Wi-Fiなし。シャワーの水量が素晴らしい。コーラム駅の西に伸びる「Main Road」沿い、大通りから200mくらい入ったところの左手側。の、小道を入った奥。とても説明しづらい。バススタンドからだと徒歩15分くらい。

| インド | 22:56 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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