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弓場農場編おわり

農夫ライフも気付けば5ヶ月を越え、もうじき7ヶ月目に突入・・・なのですが、
7ヶ月目に突入すると同時に不法滞在者になってしまうので、弓場を去りました。
ブラジルの観光ビザは6ヶ月が限度なのです。

まあ不法滞在したとしても、1日8ドル少々の罰金で逃がしてもらえるユルユル国家ブラジルなのですが、
そんなことを言っていたら私は永遠にここを出ない気がしたので。



思えば、弓場農場では色々なことを学ばせてもらいました。
今まで書いてなかった部分をまとめます。


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学んだ事1:
カシューナッツはこうやってできるようです。

実の下にくっついている種の部分が、日本でも売られているカシューナッツなんだそうです。
なお、実の部分は甘くて果汁たっぷりですが、食べるとなんか歯がイガイガします。



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学んだ事2:
ガラガラヘビのガラガラはこれです。

しっぽの先が鈴のようになっており、ガラガラというか、カシャカシャという音が鳴ります。
また、この部分の段数を数えると蛇の年齢が分かるそうです。5段だったら5歳、という風に。



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学んだ事3:
お腹を空かせてやってきたところを逆に食われるガラガラヘビさん。

味および食感は、鶏胸肉とイワシを足して2で割った感じでした。
クセが無く非常に親しみやすい味ですが、食べる所がそう多くないのが難点です。



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学んだ事4:
ココナッツの皮むきは面倒。

日本でもおなじみのココナッツのお菓子やジュースを取り出すまでに、
こんな苦労があったものかと感慨深かったです。

一番外側の殻を外すのなんて、
力と技と根性を全力でぶつけて、1〜3分かけてようやく1個・・・という重労働です。
慣れている人は15秒くらいでやっていましたが。
私も何度も練習させてもらってちょっとは上達しましたが、それでも15秒なんてのは到底無理でした。
本当に難しいです。

ココナッツの皮むき(しかも手動で)を生業にしている会社が日本にあるのなら、
履歴書にこれを書けば他就活生達から頭一個抜きん出ることが可能かもしれません。
一応、帰国後の希望職種のひとつに挙げておきたいと思います。

特技と言えば、私はこの旅で、野生で生きられる力をつけたかったです。
別に野生に帰る予定は無いのですが、
山菜に詳しかったり、生き物を狩って料理する能力があったら女子力どころの騒ぎじゃないなと。

そういえば旅に出る前、5年以上前になりますが、
ボーイスカウト的な仕事をしている友人と道を歩いていたら

「あ、この草は毒があるから食べないほうがいいよ!」
と道端に生えている雑草を指さされ、

「いや食わねえよ」
と思ったのですが、ちゃんと聞いておけば良かったですね。
今ならその知識ほしいです。


話が大きく逸れましたが、
そういった経験と素敵な人々との出会いを胸に、弓場を後にしたというお話でした。



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荷物のほとんどはここで手放しました。



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最後の整備

自転車はかなり悩みましたが、置いて行きました。
今でもちょっと恋しいです。



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弓場のワンコ達

恋しいです。



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半年もいるとさすがに、別れの際には切なかったりやるせなかったりしましたが、
20時間くらい飛行機に乗って8時間くらいバスに乗れば行ける所なので、
別に遠くないなと本気で思います。また行きたいです。

で、弓場の後はそのまま帰国しました。

一時帰国であって旅の終わりではないので、
今後の旅についてはまた別に書きたいと思います。


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| 弓場農場 | 14:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

いただきます

豚の解体のお話です。


もともと、弓場農場に来たいと思った理由のひとつは、
「自分が食べるものを自分でつくる生活を見てみたい」というものでした。

この「つくる」は料理を作るという部分ではなく、その前の段階です。
「採る」「狩る」「捌く」など、
食材になる前の部分を見たい、見なければいけない、と思ったのです。


日本ではほとんど全ての食材が「食べられる状態」で売られているため、
そうなる前の状態を意識する機会はあまりありませんでした。

しかし南米の市場では、よく知る食材が日本で見るそれの少し前の姿で売られていました。
土が付いたまま山積みにされている何百種類ものじゃがいも。
生きたまま売られているニワトリ、小動物。
今まさに解体されようとしている牛の死体。
これまでは知識でしかなかった「スーパーの向こう側」を、自分の目で見ることができました。


また、自転車旅をしたことで、「食べる」ことに対する意識が大きく変わりました。

自転車で旅をしていると、一日のスケジュールはほぼ
「走る」「食べる」「眠る」の3つに集約されます。
そのどれか一つを欠いたらもう進めなくなるため、
それぞれの行動が持つ意味は私にとってとても大きなものでした。

自転車旅では、
列車やバスでの移動と違いその日自分がどこまで行けるかが不確かなため、
水や食料の調達にいつも気を揉んでいました。
また、補給のタイミングを誤ってエネルギー切れを起こし、
体が動かなくなる状態を体験しました。

こうした経験を経て、
「食べなければ生きていけない」というあたりまえの事を意識する様になりました。
食べ物が自分の体を動かしている、そして自分の命をつないでいる事実を、身をもって知ったためです。


そして次に興味が湧いたのは、「食べるもの」のことです。

一日の走行を終えてテントの中で夕飯を食べながら、
ふと、今食べている物を見つめました。

パンを作る為の小麦、バター。
スープに入っているトマト、タマネギ、鶏肉。

全ての食べ物は植物と動物からできています。

野菜の根を切り鶏の首を落とすことで、私は生きて、走っていたのです。




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豚小屋

弓場農場では、食肉用に豚を飼育しています。

他に牛と鶏も飼っていますが、
現在これらは鶏卵とミルクを得る為の飼育で、食肉用ではありません。

弓場農場では約1〜2週間に一度豚の屠殺・解体をするということで、
迷惑でなければ、是非手伝わせてもらえないかとお願いしました。


なお、ここから先、屠殺の写真はありません。
「あまり面白半分で撮るものではないよ」と言われ、納得したからです。

「屠殺の現場を知る」という意思の他に、ブログのネタ探しをしているような、
不純な感情がわずかながら自分の中にある事実に気がつきました。
何の為に見せてもらっているのかを思い出し、
カメラは置いて、エプロンを着けて現場に向かいました。



屠殺の現場は、独特の緊張感に包まれていました。
いつもこれを担当している弓場住人のHさんが、
ナイフ・・というか細くて長い包丁を片手に、豚小屋に入ります。

やり方は様々ありますが、弓場農場では
包丁で豚の心臓を刺すという方法を採用していました。

よく育った豚を2匹、小部屋から出して通路の柵の中に追い込みます。
必要な豚は1匹ですが、ダミーのために2匹出すそうです。
1匹だけだと豚がより緊張して興奮し、危険なんだとか。

押さえつけられる訳でもなく、何かを察して興奮しうろうろと動き回る2匹の豚と、
そのわきをゆっくり歩くHさん。
しばらく豚2匹を見比べていたと思ったら、いつの間にか1匹選び、
あっと言う間に前足のわきから心臓を一刺しにしました。

血を流しながらも毛を逆立て歩き回っていた豚は、
やがて動きが鈍くなり、その場に倒れ、動かなくなりました。




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豚を作業台に運びます。

豚はすでに絶命していますが、解体の手伝いのために足を押さえたら、
いま触れているこれは紛れもなく生き物の足なのだということを再確認しました。
まだほんのり温かく、「生きていたんだな」と、そう感じました。


Hさんと弓場の少年達数人が包丁を手に取り、
解体作業が始まりました。

熱湯をかけながら全身の毛を剃り、まずは足先を落とします。
次に腹にまっすぐ包丁を入れ、内蔵を取り出します。
腹を開いた瞬間、中から湯気がたつのが見えました。
落とした首は耳を切り離しほほ肉なども取り、
体の方はパーツごとに大きく切り分けられました。

背中の肉がロースになっていく。
肝臓がレバーになっていく。
腸がホルモンになっていく。

生き物が、食べ物になっていく。

先ほどまで生きていた豚は、あっという間に、
トレイの上に並ぶ肉になっていました。




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「屠殺を見たら肉を食べられなくなるだろうか」
と思っていましたが、そういうことはありませんでした。

肉は変わらず肉の味だし、
美味しいものは、美味しいです。

ただ、いつもより大きな声で、「いただきます」と言いました。



Hさんは、この仕事が一番嫌だと言っていました。
屠殺の何日も前からナーバスになり、そればかり考えてしまうそうです。

「生き物を食べる」ということを考えると同時に、
「生き物を食べ物にしてくれている人がいる」ということ、
また、「食べ物を育ててくれている人がいる」ということも、
ちゃんと知っておかなければいけません。

米麦野菜を育てる人、牛豚鶏を屠殺する人がいなくなったら、
自分の力だけで、私は何日生きられるでしょうか。



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生きることは、食べること。
食べることは、生き物の命を奪うこと。

野菜の根を切り、鶏の首を落とすことで、私は生きています。
その行為を、誰かにまかせながら。
すなわち、自分の命を人の手に預けながら。


子供のころ、「頂く命と、それを育ててくれた人と、料理してくれた人への感謝」
であると教わった「いただきます」は、その言葉以上に大きな意味を持っていました。


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