南インド及びこれまでのインド旅ルートまとめ


表題の件についてまとめたいと思います。


<北インドまとめ>

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以前一度載せた画像ですが、とりあえず北インドのおさらいです。今年の1月13日にコルカタから入国し、大体2か月半くらいかけて北インドを周遊しました。



<南インドまとめ>

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南インドルートのまとめです。北インドマップとは縮尺が違いますので、その点ご了承ください。

3月24日にムンバイを出て、4月10日までの2週間ちょいで南インド旅を一旦打ち切り、スリランカに飛びました。そしてスリランカでインドビザを再取得しました。前のビザは東京で取った6ヶ月マルチプルでしたが、ちんたらしていたせいで入国時点で残り3ヶ月しか残っていなかったのです。

その後、3週間のスリランカ周遊を経て5月1日にインドはチェンナイに帰還。そこからまた南インドをぐるっと回り、6月23日にコルカタに戻って来ました。最後の方はだいぶスピードダウンしてしまったので、甘えすぎたと反省しております。



<南北まとめ>

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これまでのルートまとめです。

2018年1月13日スタート、4月10日~5月1日までスリランカを挟み、その後5月1日から6月23日までのルートです。スリランカを除くと、インドに費やした日々はトータル5ヵ月半くらいということになります。



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次の目標

そしてインド旅はまだまだ続きます。

本当に広いですねこの国は。広いしインドだしインド人だしで、私はもうグッタリでございます。

・・などと言いつつ、5ヶ月半ぶりに戻ってきたコルカタは意外と普通というか「あれ?もっとうるさくなかったっけ?インド人もっとしつこくなかったっけ?」と思ったので、私もだいぶ慣れたんだろうなと思います。



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そんなわけでいつでも北東インドに挑める状態なのですが、近くにバングラデシュがあるみたいなのでちょっと寄り道して行こうと思います。

次回からバングラデシュ編です。


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プリー滞在日記


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プリー風景

プリーはツイッターにて「有名な日本人宿と良い感じの遺跡がありますよ」と教えて頂いた町です。教えて頂いた方々、ありがとうございます!

この町は上記日本人宿の居心地の良さと町ののんびりさから、つい長居してしまう町として有名だそうです。しかし根暗かつ対人メンタルの弱い私はそもそも日本人宿に恐怖心を抱いているため、まあ4,5泊くらいが限界かな?

・・と思っていたのに気づいたら2週間滞在していました。

恐るべしプリー。伝説の沈没地よ。



<日本人宿・サンタナロッジ>

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日本人宿・サンタナロッジ(2018.06現在改装工事中)

沈没ってほどでもないけど沈没の原因を紹介します。「プリー」で検索したら皆だいたい同じ言い訳をしていますから、以下は別に読まなくても大丈夫です。


まず件のサンタナ・ロッジ。シーズン中には日本人のお友達に溢れ皆でワイワイ!つい長居!とのことですが、私が行ったときはほぼ誰もいませんでした。

しかしそんな静まり返った環境は寂しいどころか滅茶苦茶快適で、さらに宿泊費は朝食・夕食・チャイ2杯付きで300ルピー(480円くらい)という破格。ついでに徒歩数分のところに酒屋があったものですから、ついのんびりへべれけっとしてしまったのでございます。あとはまあ、コルカタに戻るのが嫌すぎたというのも若干。



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宿の犬

宿にはワンコがいます。

何故かカメラが大嫌いで全然撮らせてくれませんが、でっかくて可愛くてなつっこくて臭くて時々荒ぶって噛みついてくるシェパードです。一度洗いましたがまたすぐ臭くなりました。飼育環境が良くないです。



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野犬

宿の前にたまにいるこの子も大変大人しくて可愛らしいです。



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サンタナ・ロッジの本棚の一部です。何故か諸星大二郎先生の名作「マッドメン」が全面に押し出されていました。どこの旅人の犯行か知りませんが、この人とは良い酒が飲めそうです。



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朝ごはん

朝ごはんは宿泊費に含まれます。下の写真の奥は別料金の自家製ヨーグルト15ルピー(25円)です。自家製プリン30ルピーというのもあり、どちらもとても美味しいです。



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昼ごはん

昼ごはんを食べたい場合は別料金です。和洋中豊富なメニューから注文する形で、そこそこ量があるのが嬉しいです。親子丼が美味しくて懐かしかったです。



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晩ごはん

晩ごはんは宿泊費に含まれます。日替わりですが、こちらも日本食や中華っぽいメニューが多くカリー色に染まった身体が洗われるようです。ちなみに下はマサラ・ラーメン。要するにカリーです。一週間かけて洗った身体は一回のマサラで元に戻ります。



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町中のカリー屋のターリー

さらに町に出るとカリーの良い匂いがするため、つい食べてしまいます。そして食べた後で「やっぱ飽きてるな」と思うのです。



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サンタナ・ホテルとフィッシュカリー

サンタナ・ロッジから徒歩5分ほどの所には姉妹店のサンタナ・ホテルがあり、ここのカリーも大変美味です。私が食べたのはフィッシュカリーですが、他の旅人の方はサンタナスペシャルチキンみたいな名前のお料理が滅茶苦茶美味しかったと言っていました。



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酒です。



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2週間後です。(一部です。)



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上記サンタナホテルの裏にはバーがあり、一応覗いてみましたが異様に薄暗くて不気味だったので止めました。あとホテルの屋上にも別のバーがあるとの噂でしたが、そんなものは影も形もありませんでした。

インドは宗教の関係で基本的に禁酒傾向にあるため、バーはどこも薄暗くて入り辛いし、酒屋は小さくて地味で見つけるのに苦労します。「ウォッカをくれ・・全てを忘れられるくらい強いヤツをな・・・」とか言うと店員さんが棚から取って渡してくれるシステムなので、値段の比較などがしにくいのも難点です。

比較的明るめの酒屋もあるにはありますが、基本的には小さな店の小さな窓に鉄格子がはめられ、そこに大量のインド野郎共が群がっています。朝になるとそこらへんにアル中の泥酔インド人が転がっているのも「この国ヤベえ」感に拍車をかけており、さらにアル中ではない普通にお昼寝しているだけのスヤスヤインド人も混ざっているため、カオスは広がる一方です。

一方、私の個人的見解ではありますが、ディウやポンディシェリなどの酒税が安い町、あるいは国内外から観光客の集まるビーチの町などは、比較的買いやすい雰囲気の酒屋が多いような気がしております。プリーもそっちの傾向です。

まあ全ての町の酒屋をチェックしている訳ではないので、実際のところは分かりませんが。ここ2ヶ月ほどうっかり飲んだくれているだけで、わたくし旅中は基本的に禁酒傾向なんですのよ。信じてもらえないかもしれませんけども。



<コナーラクのスーリヤ寺院>

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本日の相棒(犬じゃない方)

毎日飲んだくれていただけと思わないで頂きたい。私はこう見えてもちゃんと観光はしていたのです。

本日の目的地はコナーラクという町です。

プリーから30キロほど離れたコナーラクにはスーリヤ寺院という世界遺産がありまして、「エロ遺跡で有名なカジュラホよりよっぽどエロいので是非!」とまるで私がエロ遺跡を探求しているみたいなご推薦を頂きましたので、若干腑に落ちない気持ちではありますが念のためその辺りも確認して参りたいと思います。目的はあくまで遺跡であってエロではありません。よしなに。



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先述の通り、プリーからコナーラクまでは片道30キロほどありますが、まあ平坦な道だしアスファルトだし木陰が多いし余裕ですわ~



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とか思っていたらサンタナのレンタルチャリがうんこちゃんでしてね。

ご覧の通りチェーンがユルユルなため15分に一回は外れるし、酷いときには5分刻みで外れるし、ギュリギュリとすごい音がするのでこれ切れるんじゃないか?とおっかなくて力を入れられないし、思いの外過酷なサイクリングとなってしまいました。あと日焼け止め対策が甘すぎて顔と腕が丸コゲになりました。



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そんなこんなで片道3時間ほどかかってしまった、汗だく遺跡のスーリヤ寺院です。

スーリヤ寺院とは、

インド・オリッサ州コナーラクにある、ヒンドゥーの太陽神スーリヤを祀る寺院である。7頭の馬に曳かれる馬車に乗っていたという太陽神スーリヤの話がインドの古代文学である『ヴェーダ』にあるが、スーリヤ寺院にはそれをモチーフにした馬車が彫刻として残っている。高さ3mの車輪が基壇に彫られ、その数は24に及ぶ。

とのことです。Wikipedia先生より。

そんなスーリヤ寺院は世界遺産なので、500ルピー(800円)という強気の値段設定です。しかし、一部観光客からは「500ルピーの価値あんの?」なんて声も聞こえて来ています。


が、



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良かったです。

修復中なのか肝心の本殿がしっかり見られなかったのは残念ですが、壁面をビッシリ埋め尽くす彫刻は精巧だし、24輪あるという巨大車輪がめちゃんこ格好良いし、今にも遺跡ごとゴトリと動き出しそうなワクワク感があります。素晴らしいではないですか。



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よく見るとキャッとしたおっちゃんも紛れています。



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件のエロ彫刻も沢山ありました。技ありですね。

ところでこういう部分の写真を撮っていると周りのインド野郎共が必要以上にニヤついている気がしてすごくイラッとするんですけど、気のせいかもしれないと思い勇気を出して振り返ってみたら誰もこっちを見ていなくて「あ、気のせいだった」と思いました。



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帰宅後のビールが最高でした。



<雨の日のプリー>

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雨季ですので雨がようけ降るんですけども、雨の日のお散歩も割と好きなのでたまに出掛けていました。



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雨宿りアニマルズ

こういうのが見られるのが雨の日の楽しさです。



<ジャガ様>

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ジャガンナート寺院

プリーはヒンドゥー教の聖地の一つです。実際にはヒンドゥー教とは特に関係がないジャガンナートという神様(略してジャガ様)を祭っていたのですが、

ジャガンナートはヒンドゥー教の神である。元はインド洋東岸オリッサ地方の土着神だったが、後にヒンドゥー教に習合されヴィシュヌ神の化身の一つであるクリシュナと同一視されるようになった。

Wikipedia先生より。

という事情からヒンドゥー教の聖地ということになっております。要するに横取りされたわけですね。



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上記ジャガンナート寺院には異教徒及び外国人は入れないので、サンタナホテルに何故かあるジャガ様の写真を載せておきます。地方の売れないゆるキャラにしか見えませんがこれでも神様で、三兄弟であらせられるそうです。どれがジャガ様なのかは知りません。



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町のジャガ様

プリーの土産物屋では何とも気の抜けたジャガ様グッズやジャガ様Tシャツが売られている他、町の至るところでご兄弟の肖像に出会うことができます。

このゆるキャラを祭っているからこそ、プリーはこれほどまでにのんびりのほほんとした町でいられるのかもしれません。地獄のコルカタがもうすぐそこなのに、ここには激烈インド人なんて全然いないのです。



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プリーは海の町ですので立派なビーチがありまして、相変わらずインド人達が服を着たまま海に突っ込んでいました。



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ビーチ前では夕方ごろからナイトマーケットが開かれ、軽食屋台が出ていました。近くに酒屋があって魚のフライが売っていて!となれば答えは一つなのですが!!

この国でその答えを選ぶとポリスメンに笛を鳴らされるので、大人しく持ち帰って飲みました。魚のフライは美味しかったですが、チキンフライは完全に傷んでいました。屋台飯あるあるです。しかし私の腹はそんくらいでは壊れないぞコンニャローが。



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漁村

サンタナ・ロッジも海の近くにあるのですが、ここらの海は周辺漁村の皆さんのおトイレになっているそうで、人糞散らばるなかなかの光景と聞いたので行きませんでした。

それを面白がって見に行く日本人旅行者も多いそうですが、何故わざわざ人糞を見に行きたがるのか私には全く理解できないので、お心当たりのある方は是非その心を400字以内にまとめて学生課でも総務部でも好きな所に提出してください。


以上、プリー滞在日記でした。
次回はインド周遊ルートをまとめます。


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<情報コーナー>

◯ プリーの宿

「サンタナロッジ」
日本人宿。ドミ一泊300ルピー、朝食、夕食、朝夕二回のチャイ付き。Wi-Fiはあるがよく切れる。ファンあり。停電多し。シャワーや蛇口の水が土色。大型犬がいる。エアコンや冷蔵庫付きの個室もある。2018年6月現在改装工事中。なんだかんだ言っても居心地は良い。

| インド | 23:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

ハイデラバードからプリー


前回の日記で「次回はプリーを目指した爆笑道中膝栗毛をまとめます」みたいな事を書いたような書いてないような気がしますが、冷静になってみたら別に何も面白くなかったので適当にまとめます。


<6/8 ハイデラバードからヴィシャーカパトナムへ>

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目標

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ハイデラバード行きバス

ハイデラバードからプリーに行きたいけど列車が取れなかったので、とりあえずヴィシャーカパトナムという町まで行く夜行バスに乗りました。



<6/9 ヴィシャーカパトナムからプリーへ>

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7:30 ヴィシャーカパトナム着

翌朝ヴィシャーカパトナムに着きました。

ここからは長距離バスも列車も見つからなかった(列車はあったけど満席だったみたいなかすかな記憶が)ので、ローカルバスを繋いで参ります。地図を見ながら人に聞きながらじわじわ目標への距離を詰めて行くという、定期的に開催されるお楽しみのアレです。



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7:45 シュリーカークラム行きバス乗車

乗りました。



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10:00 シュリーカークラム着

着きました。



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10:10 イッチャープラム行きバス乗車

乗りました。



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12:50 イッチャープラム着

着きました。



(写真無し)
13:40 ブラフマプル行きバス乗車

写真撮り忘れたけど乗りました。



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14:50 ブラフマプル着

着きました。



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16:00 ブバネーシュワル行きバス乗車

乗りました。



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19:30 ブバネーシュワルの路上着

着きました。



(写真なし)
20:00 ブバネーシュワル駅前のバススタンド着

力車を捕まえバススタンドに移動しましたが、プリー行きのバスは終わっていました。



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プリー行き列車切符

しかし列車がありました。

でもこの切符で乗れる列車がどれなのか分からず、ホームからホームへと小一時間ウロウロしました。

結局よく分からなかったのでプリーと書かれた適当な列車に乗りました。



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23:30プリー、サンタナロッジ着 

着きました。

トータル31時間、バス5本と列車一本を乗り継いだ1,000キロ少々の旅でございました。

おわり。


次回はプリーについて書きます。


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<情報コーナー>

○ ハイデラバードからプリー

ハイデラバード発ブバネーシュワル行きの列車スリーパー(20時間くらい)+ブバネーシュワルからプリーまでバス(1時間くらい)の組み合わせがおそらく一番安価でスムーズ。私は列車の予約が取れなかったので、バスで以下のルートを通った。

① ハイデラバードからヴィシャーカパトナムまでTSRTC夜行バス座席844ルピー、所要14時間。
② ヴィシャーカパトナムからシュリーカークラムまでローカルバス106ルピー、2時間少々。
③ シュリーカークラムからイッチャープラムまで130ルピー、2時間半くらい。
④ イッチャープラムからブラフマプル(ブラプール)まで20ルピー、一時間少々。
⑤ ブラフマルからブバネーシュワルまでエアコンバス210ルピー、3時間半。
⑥ 20:00には駅前バススタンド発プリー行きバスは終わっていたが、近くの別の乗り場からはミニバスがあるかもと窓口の人に言われた。詳細不明。私がバスの代わりにに乗ったのは、近郊鉄道プリー行き55ルピー、所要2時間くらい。少なくとも21:30までは列車があった。

| インド | 23:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

ハイデラバード


<6/7 ハイデラバード1日目>

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サイババタウン・プッタパルティより、バスと夜行列車を乗り継いでハイデラバードという町に移動しました。



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ハイデラバードKacheguda駅

到着が深夜だったので駅で寝直したのですが、今回の駅は広い石のベンチが沢山あるし電源も多くて充電できるし、大変野宿心地が良かったです。ちゃんとベッドのあるサイババ宿よりよっぽど安眠できてしまいました。緊張感が凄まじいですからねあの宿は。というか第三信者さんとの生活が。



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6時過ぎまでぐっすり眠って気持ちよく目覚め、まずは珈琲を飲みながら一人作戦会議です。この朝の一杯のためにわざわざチャイスタンドの脇で寝ていたのです。

ハイデラバードには一泊するつもりでいるのですが、いくつか鉄道駅があるうちメインっぽいハイデラバード・デカン駅付近か、旧市街の辺りに安宿が多いとのことです。なのでとりあえず、旧市街の中心地・チャルミナールという名所の辺りまで移動して、そこで宿探しをすることにしました。ちなみに駅を出たのは朝7時のことです。

ここからが大変でした。


地下鉄で行こうと思い最寄りの地下鉄駅まで2キロほど歩いたら駅が無く、ああ地上鉄だったのかと高架を見上げるもやはり駅は無く、建設中なのか改装中なのかは分かりませんでしたがとりあえず無いものは無く、

仕方がないのでバスで行くことにしましたが旧市街行きバスはこの周辺からは出ておらず、朝出てきた駅の近くまでまた2キロほど歩いて戻り、
 


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旧市街

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チャルミナール

目的のチャルミナールに着いたものの宿が全く見当たらず、「安宿が無い」とかではなくホテル自体が全然無いのでおかしな次元に迷いこんだか?あるいは私の目が節穴なのか?と非常に困惑し、困惑及び疲れが顔に出ていたのか少年に声をかけられ振り向いただけなのに「ソーリー」とか言われ、一時間後にようやく見つけた一軒は高かったので諦め、
 
旧市街泊は諦めてデカン駅に移動し、沢山あるじゃないか宿ウハハ!と思いながら片っ端から聞いて回ったにもかかわらずどこも完全予算オーバーか満室で、顔を見るなり「君の予算は?うちは2,000ルピーだけど?」とか言われキイ悔しい!とハンケチを噛み、
 
予約サイトで「この近くに比較的安価な宿あり」という情報を得たけど地図の場所に行ってもそんな宿は無く、その辺のインド人に聞いたら「あっちに2キロだ」とか言われ、別のインド人に聞いたら「そっちに10キロだ」とか言われ、結局どこなんだと思ったら目の前の別名の宿がそれで、宿名が間違ってるのか変更したのか知りませんがここは既に尋ねたけど満室と言われた宿であり、念のため「予約サイトに空室ありって出てましたけども~」ともう一度尋ねてみたら舌打ちと共に追い出され、
 
その後も宿探しを続けたら宿紹介おじいさんに声をかけられ、「安宿で!300ルピー以下で!」「おっけー!」という会話をしたにも関わらず1,000ルピー越えの宿に次々案内され疲弊し、何十軒目か分からない「満室だよ」と言われた宿は私がよほど疲れた顔をしていたのかロビーで休憩させてくれ、ついでに「明日は何とかデイなので今日明日はどこも満室だと思うよ」という情報も頂き、



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本日の宿

もう肩も腰も脚も精神力も限界だった私は、宿予約サイトにあった「駅から遠いしドミのくせに高い」という出来れば避けたかった宿に収まりました。そしてようやくチェックインを済ませ一息ついた頃には、時刻は既に13時半でした。

朝から6時間半かけた壮大な宿探しでございました。

ちなみに決まった宿は500ルピーで、最初に「高い」と諦めた旧市街の宿は600ルピーでした。大人しくそこに泊まっていれば4時間半ほど取り戻せました。

いいんですよ指差して笑ってくれても。




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とか言ってる時間が勿体ないのでとっとと観光に出掛けました。

本日参りましたのは、ゴールコンダ・フォートという廃城です。ゴールコンダ王国のお城だったそうです。

ゴールコンダ王国とは、

16世紀初頭から17世紀末にかけてインドのデカン地方に存在した、バフマニー朝が分裂してできたデカン・スルターン朝のひとつであるイスラーム王朝。クトゥブ・シャーヒー朝とも呼ばれる。

だそうです。Wikipedia先生より。



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とっても良いお城でした。



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本日のお昼ごはん兼晩ごはん

お昼を食べていなかったので、夕方4時という変な時間ですがビリヤニを頂きました。なんかハイデラバード・ビリヤニというのが名物らしくて。適当なお店で頼んだ適当なビリヤニなのでこれが件のビリヤニなのかどうかは分かりませんが、ハイデラバードで食べたビリヤニなのできっとハイデラバード・ビリヤニなんだと思います。



<6/8 ハイデラバード2日目>

ハイデラバード2日目は、昨日行くつもりで行けなかった国立博物館に行っくぞお!ワクワク!!と思っていたのに休館日でした。昨日行っておくべきでしたね。あの6時間半さえなければ行けましたね。ほんともうアレですね。



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とか言っても仕方がないので別の所に遊びに来ました。

こちらはなビルラ・マンディールというお寺です。中は写真撮影禁止で何もお見せできませんが、仏教やヒンドゥー教などいくつかの宗教が一緒に崇められている面白いお寺でした。



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Mahatma Gandhi Bus Station


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本日のバス

観光後はバススタンドに移動し、ヴィシャーカパトナムという町行きの夜行バスに乗りました。目的地プリーまでの列車が取れなかったので、仕方なくバスを繋いで行こうかな〜の一本目です。

ハイデラバードのメインバススタンドは充電ポイントが沢山あって、乗ったバスにも珍しく充電ポイントがあったので何だかウハウハでした。いつもは電池残量を気にして出来るだけスマホは触らないのですが、この日は調子に乗ってゲームとかやってました。病原菌をばら撒いて世界を滅ぼすゲームを。(←アシュラム滞在の緊張とストレスにより衝動的にダウンロード)


寝て起きたらヴィシャーカパトナムです。次回は長くて暑くて長いプリーまでの旅について書こうと思います。


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<情報コーナー>

○ ハイデラバードの宿

「Erysium Inn Hostel」
ドミ一泊500ルピー。Wi-Fi、キッチンあり。ハイデラバード・デカン駅から市バスで15分+徒歩10分くらい。評判の良いホステルで、実際居心地が良い。

○ ゴールコンダ・フォート

入場料200ルピー。Mehdipatnamバススタンドからゴールコンダ行きのバスに乗る。私が乗ったのは65番バスで運賃10ルピー、所要30分くらいだった気がするけどよく覚えてない。その他、同バススタンド内でゴールコンダ行きのシェア力車が呼び込みをしていた。

| インド | 19:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

サイババタウン・プッタパルティ②


前回の続きです。


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サイババさん

例の90年代サイババブームでは、彼の「奇跡?手品?」という部分ばかりが注目され胡散臭さの権化みたいな扱いを受けていましたが、実際のサイババさんはそれとはちょっと違うお顔も持っていらしたようです。

今回はその辺りを中心に、このアシュラムでの体験や感じた事を書かせて頂きたいと思います。



<サイババさんという人① 私達がテレビで見てきたサイババさん>


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サイババさんグッズ

日本では、いえおそらく世界でも、サイババさんと言ったらあの「奇跡」のイメージが強いと思います。手のひらから聖灰を出したり指輪や時計などの貴金属を出したり、心霊手術と称してなんだかよくわからない治療をしてくれたり。

食べ物とかではなく貴金属を出してくるあたりが実にインド的だなと思いますが、教祖もインド人なら信者(の大部分)もインド人ですから、これはこれで正解なのかもしれません。実際掴みは最高だったようですし。

しかしその出し方については「奇跡なんかじゃない、トリックだ」と騒がれ、検証動画や写真が世に溢れ、その「証拠」に対して今度は教団側が「合成だ!でっち上げだ!」と真っ向から迎え撃つなど、白熱した議論が繰り返されて来ました。


なお、サイババさん支援団体日本支部的な所からお叱りを受ける覚悟で申し上げますと、私は「まあ手品でしょうな」と思っている派です。もう少し言えば、奇跡であれ手品であれそれに感動して元気になった人がいるのなら、それはそれで良いことなんじゃないですかと思っている派です。さらに正直なところを言えば、割とどうでもいいなと思っている派です。



<サイババさんという人②私達の知らないサイババさん>


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プッタパルティにある大病院

サイババさんは実は、医療や福祉、教育に滅茶苦茶力を入れていた人です。

以下はWikipedia先生からのコピペ&抜粋ですが、サイババさんはその生涯で

・各種教育施設、小中高等学校、大学などの設立
・水道設備の供給
・病院の設立
・貧困者と孤児への援助
・災害被災者救助
・高齢者への援助
・恵まれない母子への援助


などの活動を精力的に行っています。

私が特に心を動かされたのは、二番目の「水道設備の供給」です。彼は飲料水問題に喘ぐチェンナイ市民のため、クリシュナ川から飲用可能な水を引いてくるガンガー・プロジェクトというのを行い、多くの人々をこの問題から救い出しています。また、私が現在滞在しているアシュラムも敷地の至るところに飲料水用の供給口が用意されており、いつでも無料で水を頂く事が出来ます。

アムリトサル日記でも似たような事を書きましたが、人は水と食べ物と眠れる場所が無いと生きていけません。上記プロジェクトやインド及び世界各地に設立されたアシュラム、そして福祉施設などを入れると、サイババさんは何億もの人間に水や食べ物や寝床を無償あるいは格安で提供し、人々の命を守った素晴らしい人であると言えます。

その資金はどこから?という点については色々と穏やかでないお話も出てきましたが、それはさておき救われた人が沢山いるのは事実です。



・・あまりサイババさん寄りの発言をすると髪の毛増えたんか?と思われそうですが、一応、そういうアレではないです。

私はただ、その人の功績や良い部分を無視し、スキャンダル的なところだけ切り取って責め立てるのが気に食わないだけです。水を馬鹿にすると水で死ぬんだぞバッキャロー。



<サイババさんが残したもの>


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博物館

アシュラムの外には病院や学校の他、博物館やプラネタリウムなどの施設もあります。どちらも入場無料ながら、結構良かったです。

博物館では、世界の五大宗教(イスラム教、仏教、キリスト教、ヒンドゥー教、ユダヤ教)について、模型などで分かりやすく解説された展示を見ることが出来ます。私はサイババさんという人は唯一無二の教祖様で「私が神だ!私だけを信じろ!」とかのたまっている人だと思い込んでいたのですが、実際の彼は各種宗教を肯定している人だったのでかなり驚きました。


「カーストはただ1つ、それは人類というカースト。宗教はただ1つ、それは愛という宗教。言語はただ1つ、それは心という言語。神はただ1つ、そして、神は遍在。」

サイババさんが残した言葉です。


サイババさんは自分のことを神だと言っていますが、「私は神ですが貴方達も全員神です」とも言っています。

私も神だったとは知りませんでしたが、サイババさん曰く私達とサイババさんで違うところは、「サイババさんは自分が神であると自覚しているのに対し、私達はそれに気付いていない」点にあるそうです。なのできっと、私も気付きさえすればサイババさんのように手から時計を出せるようになるのだと思います。100均の時計を。


そんなサイババさんの想いを集約したかのようなこの博物館ですが、シヴァ神、仏陀、日本のお寺などの模型に混じってサイババさんの写真が無数に散りばめられているので、その顔がサブリミナル効果のように脳裏に焼き付けられ、博物館を出る頃にはサイババさんの記憶しか残らないというアレな作りでした。




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プラネタリウム

プラネタリウムは朝10:30からの一回上演のみとのことだったので、その少し前に行きました。

館内に入ると天文学に関する小さな展示室があり、二階部分がプラネタリウムになっていました。そして星を見に来たはずなのに何故かサイババさんの映像を長々と見せられ、「あれ?ここプラネタリウムだったはず・・いや、もしかしたら星とはサイババさんの事なのか?宇宙とは・・サイババさん?」と混乱しましたが、10分ほど経ったらちゃんと天体映像に切り替わりました。

そして30分それを観賞したらまたサイババさん映像に切り替わり、結局サイババさんの記憶しか残らないのでした。



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アシュラムの外

博物館やプラネタリウムはアシュラムの外にあるためついでにプッタパルティの村を見学したのですが、服屋や飲食店の多い非常に明るい村である一方で、物乞いの人を沢山見かけるのが気になりました。

サイババさんは彼らを救わなかったのか、あるいは彼らがその手を取らなかっただけなのか、何なのか。調べてもよく分かりませんでした。



<サイババさん教徒達と教徒でない私>


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ドミトリー内にある祭壇

アシュラム滞在中は、

▷8:00~9:30 朝のお祈り
▷17:00~18:30 夕方のお祈り
▷21:00 消灯(そんなに厳密ではない)


くらいしか決まったスケジュールがなかったので、割と暇でした。ただロシア人ルームメイトのうち一人は夜明け前から食堂の調理ボランティアに行くなど忙しくしていたし、もう一人も何だかんだでよく外出していたので、信者の方は結構やることがあるのかもしれません。


信者でない私の一日のスケジュールは、

▷7:30 起床。
▷8:00~9:30 朝のお祈り。
▷9:30~ 観光したり図書館に行ったり。
▷12:00くらい~ お昼ご飯。
▷午後:観光したり図書館に行ったりブログを書いたり。
▷17:00~18:30 夕方のお祈り。
▷18:30~ 夕飯。
▷夜:ネットをやったりブログを書いたり。
▷21:00~22:00くらい:就寝。


という感じでした。

が、これは最初の二、三日だけで、そのあとはスケジュールが大きく変わりました。



<新しいスケジュール>

▷7:30起床。
▷8:00~9:30 朝のお祈り
(に行くふりをして部屋に戻り二度寝。)
▷9:30~ (お祈りに行かなかった事がバレないよう他の人が戻ってくる前にサッと部屋を抜け出し、)観光したり図書館に行ったり。
▷12:00くらい~ お昼ご飯。
▷午後: 観光に行った
(ふりをして共同トイレの一番奥に籠りスマホを見た)り、図書館に行ったり、(共同トイレの一番奥で)ブログを書いたり。
▷17:00~18:30 夕方のお祈り
(に行くふりをして図書館へ。)
▷18:30~ 夕飯。
▷夜: 寝たふり。
▷21:00~22:00くらい:(消灯し全員寝たことを確認してからスマホ片手に廊下へ、蚊と戦いながら)ネットをやったりブログを書いたり。
▷23:00くらい:就寝。
(うなされる。)


お祈りにあまり行かなくなったのは単に 飽きた 十分な体験をし満足したからですが、それ以外の寄行は3日目に登場した第三信者さんが原因です。

詳しく説明申し上げます。

まず最初の2日は、「携帯・PC禁止と聞いたけど同室の人達も使ってるし大丈夫みたい~」と普通にネットやブログ更新をしたり、アシュラム内のことが分かってきて動きやすくなったり、なかなか快適なアシュラムライフを送っていました。


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新ルームメイト(ドイツ人)

しかし3日後。

新しく来た3人目のルームメイトがロシア人2人を遥かに越えるガチな人で、スーツケースからは真っ白なお祈り服が大量に出てくるし、当然のように枕元に祭壇を作り出すし、部屋にいるときは半裸または全裸だし、初日に覚えた「大変な所に来てしまった」恐怖を再び思い出させてくれました。いや半全裸はサイババさん関係ないと思いますが。

そしてこの人は、熱心であるがゆえに入信したて(と思われている)私に対してのお世話しなきゃ精神がすさまじく、朝から晩までサイラムを炸裂させてくれたのです。



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アシュラム内外のお勧めスポットについて熱く語ってくれたり、



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何か抽象的なアドバイスをくれた上にサイババさんについて熱く語ってくれたり、


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何故かプロポリスについて熱く語ってくれたり。


そんな彼女と私はベッドが隣同士だったこともあって逃げ場がなく、精神力を削られる一方だったので、

「夜:寝たふり。」

この項目が生まれたのであります。



また、私がスマホやiPadなどを使っていることについて、


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という注意を受けました。

有害電波が云々言い始めたときは「大丈夫かこの人」と心配になりましたが、ここでのルールを考えると「電子機器を使わないでほしい」という彼女の主張には正当性があります。

なので私はその忠告に従い、彼女の前では決してスマホ等を出さなくなりました。が、メールチェックや調べものくらいはしたいし・・ということで、

「共同トイレの一番奥に籠りスマホを見たりブログを書いたり。」
「消灯し全員寝たことを確認してからスマホ片手に廊下へ。蚊と戦いながらネットをやったりブログを書いたり。」


という寄行が追加されたのであります。

なお、ロシア人二人は普通にスマホ使用を継続していたため、何故信者じゃない私だけが便所スマホをする羽目になっているのかすごく疑問でした。



実を言うと注意直後に少しだけ抗ってもみたのですが、


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という結果になり、その後は結局スマホは出せないわ、適当についた嘘の辻褄合わせに四苦八苦するわで、余計な心労が増えただけでした。



そんなこんなで私はどんどんこの部屋に居辛くなって行った訳ですが、一つだけ主張しておきたいのは、「私だってスローペースながらこの世界に溶け込もうとはしていたし、サイババさんへの理解も徐々に深めていたんですよ」ということです。これまではただの胡散臭いアフロだと思っていた彼のことを、今では水を引いてくれた良いアフロだと思うようになりましたし。

そんな私はある意味布教の成功例とも言える存在なのに、そんな急に飛び込めパーマ屋にみたいなこと言われたら引いてしまうではないですか。もっと生ぬるく見守ってくださいブーブー。

まあ信者さん達の修行を妨げるのは絶対駄目だし、勉強する意思があったにせよ冷やかし半分だったことは事実なので、そこはちゃんと反省しないといけないのですけども。



<サイババさん関連書籍と自伝>

図書館には連日通いつめました。開館時間が短いのであまり沢山は読めませんでしたが、それでもかなりの収穫がありました。

前回も書きました通り、アシュラムの本屋及び図書館にはサイババさん関連書籍しかありません。あとヒンドゥー教を中心とした宗教関連本。そしてもちろん、アンチ・サイババさんな書籍は一切置いていません。当たり前ですが。サイババさん関連本はどれも面白いし、結構勉強になる本も多かったですが、中でもサイババさんの自伝が 抱腹絶倒・・大変興味深い内容で、私はこれを夢中で読みました。

「実祖父が私のことを大好きで尊敬していて中々手放してくれなかった」とか、「学校の先生が私のことを大好きで尊敬していて贔屓してくるので困った」とか、「親友二人が私のことを大好きで尊敬していてどこに行くのも付いてきた」とか、「私が去った後ショックで命を落としてしまった」とか、「その後二人とも犬に生まれ変わって私のことが大好きで尊敬していて立派な忠犬になってくれた」とか、とりあえずサイババさんは自分大好きなんだなということが大変よくわかりました。「私は彼らの行動にとっても困惑していたんですよお」みたいな書き方をしているのがまた何ともアレでした。

あとは、

サイババさんは14歳のときに「自分はシルディ・サイ・ババ(初代サイババさん)の生まれ変わりである」と 思いついた 気が付いたらしいのですが、初代さんの没年と予言日やら生まれ変わり日やらが何かズレており、ネットで調べたらサイババさんの生年月日が修正されていたり、

「私は96歳で天寿を全うする」みたいな予言をしてたけど実際は84歳で亡くなっており、後から団体の皆さんが「太陽暦だと84歳だけど太陰暦に直したら96歳だから!合ってるから!!」みたいな無茶な主張をしていたり、

なんか色々クスッとなりました。



世界中に信者がいる人に対しこんなからかうような内容を書くのは本当は良くないし危ないのですが、そこはホレ、サイババ教は愛と非暴力を重んじているので大丈夫です。大丈夫ですよね?

ちょっと心配になってきたので肯定的なことも書きますが、というか実際私は彼を否定する気も中傷する気もさらさら無いのでその辺りを書きますが、サイババさんが仏教やキリスト教について語る本は本当に純粋に面白かったです。各種質問に対しかなり丁寧に答えてくれているので、勉強になりました。あと、サイババさんのお言葉集は結構胸に響くものや大きく頷きたくなるものが多かったです。



<アシュラム滞在を終えて>


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アシュラム滞在を終えて。

「奇跡か手品か」という点以外にも黒い噂の絶えないサイババさんですが、彼に惹かれる人が多いのにもちゃんと理由があったんだなということが分かったのが、最大の収穫でした。

黒い噂や疑惑に蓋をする訳ではないですが、私達はもっと「それはそれ、これはこれ」って考え方をしてもいいんじゃないかなと思うんです。もちろんその噂が真実なのか否か、どういう種類の黒なのかによっても捉え方は変わって来ますが。

日本は最近だいぶおかしくなっていて、気に入らない相手は数の力で叩きのめすし、気に入った相手の嫌なところは見ようとしないし、完璧を求めすぎるし、反対意見は潰しにかかるし、ちょっと考え方が極端すぎる気がしています。被害者も加害者も芸能人も一般人もみんな人間なのですから、そんな善は100%善、悪は100%悪みたいには出来ていないと思うのですが。

サイババさんはもしかしたら裏で色々やらかしていたかもしれないけど、水を引いて施設を作って、人々の命を救ったのは本当です。その言動には嘘偽りが混じっていたかもしれないけど、一時でもそれに心動かされ、救われた人達がいたのも本当です。

だから黒い噂を許せ見逃せという話ではなく、黒は黒、功績は功績だと思うんです。そこは別に、無理に否定する必要はないんじゃないでしょうか。



<三代目サイババさん>


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プレマ・サイババ

サティヤ・サイババ(アフロババさん)の死後、8年後に彼の生まれ変わりであるプレマ・サイババという人が誕生するのだそうです。生前のご本人による予言です。アフロババさんが亡くなったのが2011年ですから、プレマ・サイババが生まれるのは2019年、つまり来年ということになります。

来年はインド各地で「うちの子こそが!」という声が上がり、大盛り上がりかもしれませんね。

インドと日本の宗教感は全くと言っていいほど違って、サイババさんのような「霊的指導者」の存在はインドではものすごく重要です。なので、出生がどうであれ生まれ変わり云々がどうであれ、新たな導き手の誕生はインド人皆の悲願なのかもしれません。



以上、サイババさんとプッタパルティ・アシュラムに関するレポートでした。

信者及び支援団体の方には、ふざけた文章を書いてしまいすみませんでした。

サイババさんへの興味を語りつつ、宗教の話題を好まない日本の人々に引かれないよう気を付けつつ、ちゃんと自分の考えを書ききるには・・!と思い悩んだ結果なんかこんな感じになってしまっただけで、悪意は全くありません。サイラム。


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<情報コーナー>

○ プラネタリウム

アシュラムの外、バススタンド前の通りを南に5分ほど歩いた左側。10:30から上演、30分程度。入場無料。

○ 博物館

10:00~12:00開館(入館は11:45まで)。バススタンド左斜め前の小道を登ると看板が立っているので、それに沿って徒歩2、3分。道中左手にはメディテーション・ツリーがある。

| インド | 22:57 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

サイババタウン・プッタパルティ①


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インド中央部アーンドラ・プラデーシュ州の片隅に、プッタパルティという村があります。

ここは数十年前までは何もない小さな小さな村でしたが、ある人物のお陰でインド中、そして世界的から人々が集まる超有名で豊かな村になりました。

その人物とは、




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サイババさんです。


この出落ち感。




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プッタパルティ入口

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プッタパルティ・バススタンド

バンガロールからバスで約4時間。本日はサイババさんの村、プッタパルティに遊びに来ました。じゃないや修行しに来ました。という名目で遊びに来ました。



<サイババさんとは>

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村に溢れるサイババさんの笑顔

サティヤ・サイ・ババ(1926年11月23日 - 2011年4月24日)は、インドのスピリチュアルリーダー。インド国内では多くの要人も聖者として認める霊的指導者。日本ではサイババと呼ばれているが、サイ・ババの正確な発音は、サーイー・バーバーである。

Wikipedia先生より。

ちなみにサーイーとは「聖なる者」。バーバーとは「父」という意味だそうなので、サイババさんとは「聖なる父」という親しみと敬意を込めた呼び名になります。

一時期テレビの世界面白人物特集みたいなので奇跡だ!いや詐欺だ!と大フィーバーだったサイババさんですが、残念ながら7年前に亡くなっています。故人だと思うと弄り辛いですね。




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元祖サイババさん(左)

日本でサイババさんと言ったらアフロの人ですが、インドでサイババさんと言ったら、実は左の人の方が有名であり元祖です。

シルディ・サイ・ババ(生年不詳 - 1918年10月15日)は、別名「シルディのサイ・ババ」と云われたインドの霊的指導者。サイ・ババはヒンドゥーのヨーガ行者  、イスラームの修行僧つまりファキールであり、没後も数多くのイスラーム教徒・ヒンドゥー教徒から聖者として崇められている。ヒンドゥー教徒の中には、シルディ・サイ・ババをシヴァやダッタートレーヤー、またはカビールの生まれ変わりであると信じている者もおり、真の霊性の師として広く信仰されている。

という人です。Wikipedia先生より。

インドにはもともとこの元祖・サイババさんへの信仰があって、アフロ・ババさんは「私はシルディ・サイ・ババの生まれ変わりである」と主張して台頭して来た2代目ババさんです。



<アシュラム>

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プラシャーンティ・ニラヤム入り口

プッタパルティに来る人のおよそ100%が目的としているのが、このサイババさんのアシュラム(修行場、僧院)です。サイババさんは生前ここで暮らし、毎日のように人々に勇気と希望と奇跡を振り撒いていたそうです。

今「勇気と希望とペテンを」と書こうとして踏み留まりました。わたくし思いっきりサイババ世代(90年代のサイババの嘘を暴くぞフィーバーの中育った世代)なので、実のところサイババさんにはそういうイメージしかないのであります。

しかし!ですよ。

私が今回ここへ来たのは単なる冷やかしではなく、テレビではあまり取り上げられなかった「教祖として人々に愛されたサイババさん」や「サイババさんの言葉」や「サイババさんが残したもの」をちゃんと知るためであり、先入観無しに彼の世界を体験し宗教世界とそれが世の中に与える影響についてより理解を深める(という名目で遊びに来ました。)




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アシュラム内は見た目は緑豊かな団地っぽくて、人々も普通の格好で普通に生活しているので、そんなザ・宗教施設みたいなガチガチの空気はありません。むしろすごくのどかで良い雰囲気です。




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パン屋

アシュラム内には食堂やスーパーやパン屋、軽食スタンド、チャイショップ、さらには本屋や服屋やCDショップまであるので、アシュラムから一歩も出なくても生活出来てしまいます。まあ本屋の品揃えは全部サイババさん関係だし、CDショップもサイババさんのありがたいお言葉集とかばかりなので普通の娯楽を求める人には辛い日々かもしれませんが。酒や煙草ももちろん禁止ですし。

ただ慣れてくるとサイババさんのポスターを見るだけで気分が高揚し最高のエンターテイメントに感じられてくるという


・・ちょっとこの話次回に回しますね。しょっぱなからドン引かれてもアレですし。大丈夫です。こう見えても私は正気です。



続きです。

上記の通りアシュラム内には様々な施設がありますが、全ての施設が完全男女別になっており、施設によっては場所ではなく時間で男女を分けているので若干面倒です。例えばショッピングセンターは、女性は朝9:30~12:00、男性は15:00~17:00の間しか利用することができません。

が、アシュラム入り口は夜明け前から夜遅くまで開いているので、何か買いたかったら外界に出かければいいだけの話です。



<セキュリティ>

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持ち込み禁止品

宗教施設の安全を守るには普通以上のセキュリティが必要になってくるものですが、このアシュラムも例に漏れず、厳しいセキュリティチェックを行っています。

アシュラム入口で荷物検査があるのですが、写真の通りこれだけの物が持ち込み禁止となっています。ナイフなどの危険物は当然としても、携帯とか傘とかそもそもバッグ自体が禁止とか、そんな無茶なって感じです。バックパックを奪われたら私ただの小汚ない無職なんですけども。


私はこれらの禁止品のうちおよそ9割を所持している完全アウトな侵入者でしたが、規制が緩くなったのか言っても無駄だと諦めたのか、荷物検査(X線)を受けたにもかかわらずあっさり通して貰えました。

・・と思ったのですが、これよく見たら「ダルシャン」での禁止品と書いてありますね。

私も未だによく分かっていないのですが、ダルシャンとは「神のお姿を拝見すること」とか「読経」とかいくつか意味があるようで、ここでは朝夕2回メインホールで行われるお祈りの時間をそう呼んでいるみたいなので、多分そのことだと思います。確かにメインホールの手荷物規定は厳しかったです。ほぼ手ぶらじゃないと入れないくらい。



<アシュラム内での服装>

アシュラムに入るには服装の決まりもあります。そこまで厳しい訳でもないですが、ちゃんとルールを守った服装でないと入れて貰えないようです。

入場ゲートに掲げられている注意書き及び実際現地で見た感じだと、



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アシュラム内での服装(男性)

男性の場合は

・ジーンズとかでも良いみたいだけどハーフパンツとか短いのは駄目。
・カラーTシャツでもいいけど本当は白の方が良い。出来れば全身白が望ましい。


という感じで、



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アシュラム内での服装(女性)

女性は

・露出は厳禁だが半袖まではOK、パンツはくるぶしまでしっかり隠れるもの。
・身体のラインがあまり出ないように。細身のシャツやパンツは良くない。
・サリー以外の服では必ずショールを使い、肩から胸元を隠すこと。


という感じです。男女ともに、小学生くらいまでの子供の服装は割と自由です。


私はアシュラムに入る前に何かそれっぽい服を買うつもりだったのですが、バススタンド内にあったインフォメーションで聞いてみたら「その格好でも大丈夫よ」と言われたのでそのまま突入しました。Tシャツ+タイパンツに、シュリーナガルで買ったショールを肩にかけたスタイルです。

ただ、ショールはカシミヤ&シルクのとっても暖かおシャンティーなそれなので、この常夏の村では地獄のように暑く全身の水分が首回りから流れ出るかと思いました。

初日夕方からは、Tシャツでは若干目立ってしまうのが嫌だったのと、せめて見た目だけでもこの世界の形に合わせたいと思ったのでパンジャビを買いました。アフロなのは教祖様だけなのでパーマ屋に行く必要はありませんでした。

買ったのは裏地も何もないすぐ破れそうなペラッペラのパンジャビ(上だけ)のセール品で、200ルピー(320円くらい)でした。



<宿泊施設>

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宿泊施設

バススタンド周辺にも安価そうなホテルが沢山ありましたが、アシュラム内の宿泊施設がべらぼうに安いので私はここに泊まりました。

私が泊まった外国人用ドミトリーは一泊なんと30ルピー(50円くらい)で、さらに10ルピーや20ルピーの部屋もあるそうなので本当ありがとうございますサイババ様です。


ところで先ほど「持ち込み禁止品」について触れましたが、ここはカメラもスマホもPCもバッチリ禁止品でございまして、つまりアシュラム内は撮影禁止となっているわけでして、なら何故写真があるのかと問われるとテヘです。

このご時世ですから外国人もインド人も普通にスマホを持ち込んでおり、写真を撮っている人達も割と見かけましたが、私は「皆がやってるからいい」なんて格好悪いことを言うつもりはなく私自身の意志でルールを破りました。キリ!

ごめんなさいでした。



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宿泊施設の続きです。

私が泊まったのは5人部屋で、すでに二人の先輩滞在者がいました。二人ともロシア人で、もう何ヵ月もここで暮らしていると言っていました。

二人とも私とは違ってちゃんとした信者で、枕元に写真のような祭壇をこしらえていたので私は大層ビビりました。

以前お邪魔したシーク教宿泊施設(2018/02/28日記参照)は割と冷やかし半分の外国人が多かったので、そんな感じを想像して気軽な気持ちで来てしまったのです。それなのにいきなり本気と書いてマジな人々が迎えてくれたので、私は早くも「大変な所に来てしまった・・」と嫌な汗をかき始めていました。

だってサイババさんですよ。世界的にあれだけ詐欺だペテンだと大騒ぎされた人なのに、未だ彼を信じ続けているというのはよほど純粋か義理堅いか、とにかく相当強い思いを抱いている人にしか出来ない事だと思うのです。彼女達の前でアフロ・ババとか口を滑らせた日には一瞬で蜂の巣にされそうです。トカレフで。

が、ビビりながらもただでは終わらないのが私の良いところです。

最初の方にも少し書きました通り、入れて貰ったからにはこの世界の事をちゃんと知るのが礼儀だと思うので、私は今日からサイババマスターに俺はなるます。(←動揺)



<サイラム>

アシュラム内の共通言語というか合言葉みたいなものが、「サイラム」です。

「サイ」が聖なる、祝福の
「ラム」が喜び、祝福、神


などを表す言葉だそうですから、サイラムとはだいぶおめでたい言葉であり、相手への敬意や愛情を込めた呼び掛けであると捉えることが出来ます。

ところで私のオーストラリア農夫時代の上司(インド人)の名前がラムだったのですが、喜びとか祝福とか神とかそんなご大層な名前だったんかいあの糞野r



サイラムの話に戻りますが、この言葉は単なる呼び掛けではなく、ありとあらゆる場面で使うことができる非常に便利なものです。「こんにちは」も「さようなら」も「ありがとう」も「どういたしまして」も「ごめんなさい」も「おやすみなさい」も、全部サイラムなのです。

なので現地の言葉が分からなくても、このサイラムだけ知っていればだいたいの事は片付きます。



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こんな具合です。



<アシュラム内での食事>

アシュラム内には南インド食堂、北インド食堂、西洋食堂の三つの食堂があり、それぞれ朝、昼、夜の一日三回営業しています。南インド食堂だけ、午後のおやつタイムを入れた四回営業です。

サイババさんは徹底した菜食主義を掲げるお人だったので、アシュラム内での食事は全てベジタリアン仕様となっています。




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南インド食堂のミールスチケット(食堂近くの券売所で事前購入)

メインとなるのは南インド食堂で、ここではミールスを10ルピー(16円)で食べる事ができます。ゼロひとつ間違えているわけではありません。いやゼロひとつ間違っていますが、間違えているのは私ではなくインド人です。

ミールスはランチタイムとディナータイム両方で提供されており、具材が多少変わる程度で味はほぼ一緒なため、毎日食べると流石に飽きます。それでも一食16円でおかわり付きと言ったら滅茶苦茶魅力的なので、私は一日一回は必ず南インド食堂に赴き、ミールスを食べていました。

なのに肝心の料理写真が無いのは、ここは配給食堂みたいな感じで人々がみっちり詰まって座っており、そんな中でカメラを構える勇気が無かったからです。



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北インド食堂にてビュッフェランチ

私の滞在期間中は北インド食堂がちょうど休業中だったのですが、最後2日だけ開いてくれたので食べに行きました。こちらは先に料理を選んでお皿に盛ってもらい、それをレジで見せて精算するというシステムでした。

メニューは主にカリーですが、野菜炒め(カリー味だけど)などの副菜やデザートもあり、楽しかったです。こちらも格安ですが南インド食堂よりはやや高めで、一食30~60ルピーくらいで食べられる感じでした。



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西洋食堂にて朝ごはん


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ビュッフェランチ&ディナー

西洋食堂は3つのうちで一番高く、一回の食事でだいたい80~120ルピーくらいはかかっていました。まあそれでも日本円にして200円以下なので十分安いですけども。私はいつも山盛り貰ってデザートまで付けていたのでこの値段ですが、抑えようと思えば北インド食堂と同じくらいには出来ます。支払い方法は北インド食堂と同じです。

度々書いていますがわたくしカリーにすっかり飽きていますので、ここで食べるパスタやピザにはいつも幸せにして貰っていました。



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パン屋のピザ、確か20ルピー(35円)くらい

あとは、パン屋もべらぼうに安いためここで朝ごはんやおやつをよく食べていました。そして隣のチャイ屋でチャイか珈琲を飲み、その足で図書館に通うのが常でした。



<図書館>

写真は撮れませんでしたが、アシュラム内には図書館があります。本屋の二階部分がそうです。

本屋も図書館も、現地語だけでなく英語やロシア語やドイツ語やフランス語、そして日本語の書籍も充実しているため、私は毎日図書館に通っていました。・・とは言っても営業時間が短いため、そんなに沢山は読めなかったのですが。どうも貸し出しはやっていなさそうだったのです。

本屋及び図書館の品揃えは、ほぼサイババさん関連書籍だけです。なので当然私もサイババさん本を読み漁ることになった訳ですが、これがもう面白いの何のって。どハマりしました。

この辺りは次回の日記でじっくりねっとり書かせて頂きたいと思います。



<メインホール>

こここそがアシュラムの中心地であり最重要施設なのですが、残念ながら写真撮影厳禁なので何もお見せできません。いやここ以外も撮影禁止ですが、ここは特に厳しいのです。

なので口頭で説明致しますと、何千人も収用出来そうな大広間(屋根あり、壁は無し)の正面に祭壇があり、そこにサイババさんの真っ白な棺があります。

人々は朝と夕方の一日二回、この大広間でのお祈りに参加しに行きます。各回90分くらいで、太鼓の軽快な音に乗せた歌みたいな謎の呪文をひたすら聞き続けるというものです。お祈りは二回に分けられており、前半が「ダルシャン」(読経)、後半が「バジャン」(よう分からんかったけどダルシャンよりやや盛り上がる何か)です。口頭で説明すると言ったのに説明できていませんが、本当によう分からんかったので仕方ありません。調べようにも信者ストップがかかりましたし。この辺の話も次回。

参加者達は大音量音声に合わせて読経したり何か歌ったりサイババ様へへ~からのドゲザーノをかましたり色々忙しそうですが、全体的に「思いの外ユルいな」という印象を受けました。人によっては割とリラックスした雰囲気で座っているし、途中から参加したり抜けたりも出来るし、小声ではあるものの隣の人とお喋りしている人もいたのです。「それ怒られるんじゃないのかい」と何故か私がハラハラしてしまいました。

サイババさんご存命の頃には人々はもっと真剣だったし、お祈りももっとずっと盛り上がっていたそうです。サイババさんのお姿やその奇跡を見て、感激して泣き出す人もいたそうで。信仰の対象がいなくなったことで人々のテンションは確実に下がって来ていると言えます。

ところがどっこい。

サイババさんには何と三代目がいるそうなのです。正確には「もうすぐ登場する」と予言されていて、現在出待ちの状態です。


盛り上がって参りましたが、長くなってしまうので今回はこの辺で終わります。次回はサイババさんについてのアレコレやアシュラム内外の世界や、アシュラムでの過ごし方や、6泊の滞在を通して色々学んだ事についてまとめたいと思います。


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<情報コーナー>

○ プッタパルティ行き方

バンガロールのKSRTCバススタンド・ターミナル3より、プッタパルティ行きのバスが出ている。146ルピー、所要4時間くらい。

北から来た場合はアナンタプルを経由する。アナンタプルからプッタパルティ78ルピー、2時間半くらい。

○ アシュラム「プラシャーンティ・ニラヤム」

入場ゲートは4:00~21:30の間のみオープン。入場時に荷物検査あり。ダルシャンに参加する場合は手荷物の持ち込み制限がさらに厳しいため、出来るだけ手ぶらで来るか荷物預かり所を利用する。服装規定もある。本文参照。

○ 宿泊施設

ノースブロックN8の左隣の建物で宿泊申し込みをする。要パスポート、証明写真(サイズは特に規定無さそう)。宿泊施設は基本ドミトリーで、一泊20~30ルピー。水シャワーあり、ファンあり。Wi-Fi無し、充電設備はあり。シングルや家族用の部屋もあるらしいが未確認。

| インド | 22:21 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

インドの宿探し(漫画4本)

ツイッターに上げたインド漫画のまとめです。


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| インド | 20:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

バンガロール行きバスがややこしかった話

次なる目的地はプッタパルティという町です。

ここハッサンからプッタパルティに行くにはまずバンガロールまで行き、そこでプッタパルティ行きのバスに乗り換える必要があります。

が、このバンガロール行きバス乗車がついツイッターで実況しちゃうくらいややこしかったので、本日はその実況ツイートと共にお送りしたいと思います。



<5/30 バンガロール行きバスがややこしかった話>


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ハッサン・セントラルバススタンド

シュラバナベラゴラ観光を終えた日の夜。

私はネットで予約しておいた23:30のバンガロール行きバスに乗るため、少し早めにハッサン・セントラルバススタンドに来ました。





暇潰しにツイッターなぞやりつつ待つこと一時間半。

その一時間半の間にバンガロール行きのバスは何台も来ていて、今も目の前に3台ほど停まっていて、どれが私の予約バスなのかさっぱり分かりません。なので23:30のちょうど10分前に来たバスに当たりをつけ、運転手さんに「これってこのバスですか?」と予約画面を見せてみたところ、「そうだ」というお返事を貰えたので私はそれに乗りこみました。

23:30ちょうどにバスは走り出し、その後しばらくしたら車掌さんが来ました。なので支払い済みであることを証明するため再び予約画面を見せたのですが、「このバスじゃない」と言われバスを降ろされました。

ちなみにバススタンドからはだいぶ離れた街灯のない道行く人もいない暴走自動車と唸る野犬だけがたむろする深夜の田舎道での出来事でした。




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もう予約の時間はとっくに過ぎてるしバス行っちゃってるんじゃないのか?何のために乗車前に確認したと思ってるんだ?あのイエスは何だったんだ?支払い済みの195ルピーお前が返してくれるんか?おお?

と髪を逆立てながら、ヘッドライトの明かりを頼りに歩いてバススタンドに戻ったのは23:50。

ほぼ諦めつつも「もしかしたらバスが遅れているかも」という一粒の可能性を信じ、案内窓口のおっちゃんに「このバスもう出ちゃいましたよね?」と予約画面を見せてみたところ、「大丈夫そこで待っていなさい」的なお返事が来ました。期待通りと言っていいのかまさかと言っていいのか、バスは本当に、少し遅れていたようです。ラッキーでした。


そして、





その一時間後にしたツイートがこちらです。

少しどころじゃなく遅れているようです。




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この間にもバンガロール行きは何台も来たのでその都度確認しに行く私。そして全て「違う」と言われ撃沈する私。

どのバスも空席はあるのでさっさと乗り換えてしまえば楽なのですが、支払い済みの195ルピー(320円くらい)が惜しいばっかりにひたすら予約バスを待つという(主に財布が)可哀想な私です。




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途中で「予約確認メール2(乗車直前確認メールみたいなの)にバスの車両ナンバーが記載されている」という事実に気が付き、「おおこれは見つけやすいぞ!」と一瞬浮かれたものの、




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「いやでもここインドだし記載通りのバスが来るかどうか・・バスナンバーと運転手と車掌さんと案内窓口の4箇所に確認して多数決を取るくらい慎重に行かないと・・いやそもそも本当にバスは遅れているのか?実はもう行っちゃってるんじゃないのか?待っていたら来るのか?本当に来るのか?」

とだんだん疑いを濃くしていく私。






しかし、ここで転機が。

バスが来るたびにソワソワと動き回る私を心配してくれたのか、発車待ち中らしきバス乗務員さん達が声をかけてくれたのです。 

そして、使用言語が違うためにうまく会話は出来なかったものの身ぶり手振り&予約画面で状況を伝えたところ、一人の乗務員さんが「予約確認メールに記載されていたバス乗務員の番号に電話をする」というスーパープレーをしてくれ、「あと30分くらいで来るってさ」という明確な答えをくれたのです。




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来るか来ないか分からなかったバスが「確実にもうすぐ来るバス」に変わったことにより、私はようやくホッと胸を撫で下ろしました。


しかしその30分後。





バスが中々来ないばかりか上記ツイートのような出来事があり、私はまた混乱し始めました。

「道が混んでいるか工事中とかで全てのバスが遅れを出し、出発時刻がズレこんでいるのだろう」と勝手に解釈していたのですが、どうやらそういう訳ではないようです。遅れているのは私の予約バスだけということになるとつまり・・どういうことだってばよ?状態です。




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その後、「あと5分待って来なかったら別のバスに乗ろう・・・でも10分後に来たら?」「じゃあ10分待って来なかったら諦めよう。でも15分後に来たら?」と脳内堂々巡りを繰り返し、さらに待つこと30分。

「30分後に来るよ」という答えを貰ってから既に1時間経っているし、実際の予約時間からは2時間半が経過。私がバススタンドに到着してからの時間で言うと、ぼちぼち4時間が経とうとしています。現在深夜2時前です。

私はようやく予約バスを諦め、別のバスに乗る決断をしました。




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適当に乗り込んだバンガロール行きバスは、他のバスがそこそこの乗車率であるのに対し何故かガラガラでした。具体的な数字を出しますと、私と仙人みたいなお爺ちゃんの二人しか乗っていませんでした。しかも車内は薄暗くて不気味だし、先程まで「バンガロール、バンガロール」と呼び込みをしていた車掌さんはいつの間にかいなくなっているし、運転手さんは全く見当たらないし、一体このバスは何なんだろうとだんだん不安になって来ました。

そして暗闇の中ピクリとも動かない仙人の後ろ姿にビビりながら待つこと10分弱。私はついに耐えきれなくなり、バスを飛び出しました。




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人が沢山乗っていて明かりもついていて今にも出発しそうな別のバンガロール行きバスを選び直し、乗り込もうとした瞬間。突然、小さなお子さんを連れたご夫婦に声をかけられました。

旦那さん「君バンガロールに行くの?うちの妻もなんだ。一人で乗せるの心配だから一緒に行ってやってくれないか?」

とのことでした。

特に断る理由もないので、いや人見知りという弱点はありますが良い大人がそんな理由で断るのもどうかと思うので、私は奥さんと一緒にバスに乗り込み隣同士で着席しました。


そしてバスが走り出した瞬間、私の携帯に電話がかかりました。




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私が予約したバスの乗務員さんからでした。






奥さんに事情を告げて謝りながら慌ただしく別れ、バスを止めて貰って運転手さんと車掌さんに平謝りしながら飛び降り、まだ外にいた旦那さんにも事情を話して謝り、「お~いここだよ~( ´∀` )ノ」と笑顔全開で手を振ってくる予約バス車掌さんに「お前も謝らんかい」と若干の憤りを覚えながらも、私はついに目的のバスに乗り込んだのでした。深夜2時5分の出来事でした。




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バンガロールKSRTCバススタンド・ターミナル3

そして翌朝、バスは無事にバンガロールに到着し、




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プッタパルティ・バススタンド

その後バスを乗り換え、昼頃には目的の町プッタパルティに到着しました。

(心理的に)異様に長い一日でした。


次回はプッタパルティについてまとめます。一時期日本でも話題になった奇跡のアフロ、サイババさんの町です。


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<情報コーナー>

○ ハッサンからバンガロール

KSRTC 州営バス予約サイト

KSRTCノーマルバスが深夜まで頻発。所要3〜5時間、運賃195ルピー〜。マンガロール発バンガロール行きに途中乗車する形。寝台バスもある。

○ バンガロールからプッタパルティ

バンガロールのKSRTCバススタンド・ターミナル3より、プッタパルティ行きのバスが出ている。164ルピー、所要4時間くらい。

北から来た場合はアナンタプルを経由する。アナンタプルからプッタパルティ78ルピー、2時間半くらい。

| インド | 23:53 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

ハッサン近郊巡り(遺跡とか全裸派とか)


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ハッサン近郊には面白そうな町が沢山あるので、今日から二日間ここを拠点に日帰り観光します。



<5/29 ハレービード、ベルール>

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ハレービードの町並み

まずはこちら、ハレービードに来ました。ハッサンからここまではバスで45分くらいでした。

ここにはホイサラ王朝時代の寺院遺跡があり、この後行くベルールと共にとっても細かく保存状態も良い彫刻群が見られるとコメント欄にてお勧め頂きましたので参りました。教えて頂いた方、ありがとうございます!



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本日のお昼ご飯

早速観光しようと思ったら雨に降られて出鼻を挫かれたので、雨宿りついでにお昼ご飯にしました。昨日もまたいつもの様に食いっぱぐれており、エネルギー切れ寸前だったので丁度良いです。移動日はいつも絶食日です。

お昼とは言ってもまだ11:00過ぎでミールスの用意は出来ていなかったので、南インドの朝食の定番・イドリーを頂きました。何か蒸しパンみたいなやつで、カリーを付けて頂きます。わりとポロポロ崩れるのでカリーを付けづらいのが悩みです。

左にちょこんと乗っているのはワダという軽食です。潰した豆で作った塩味のドーナツみたいなもので、冷めるとちょっとパサついてイマイチなのですが、揚げたては風味も良くてすごく美味しいです。



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雨が上がったので観光します。

こちらの遺跡はヒンドゥー教のシヴァ神を奉ったもので、写真からも分かるようにかなり立派なのですが無料です。ありがたいことです。

この寺院を作ったホイサラ王朝とは、

11世紀後半から14世紀後半にかけて南インド、現カルナータカ州中南部のマイソール地方を中心に存在したヒンドゥー王朝。首都は、初期にベールール、のちにドーラサムドラ(Dorasamudra、現在はハレービードゥ)。

です。Wikipedia先生より。

というわけで、今日見させてもらうハレービードとベルールは共にホイサラ王朝の首都だった町ということになります。


先述しました通りここはヒンドゥー教寺院なのですが、これまで見てきた



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ヒン!



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ドゥー!



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教!!

な激しい彫刻群に比べてどことなく上品というか、繊細優美な印象を受けます。



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ゴチャゴチャ度で言ったらここも十分ヒン・ドゥー・教!!なのですが、色合いがシックなおかげで落ち着いて見えるのかもしれません。あるいは、私がインドに揉まれ過ぎて繊細って何だっけ状態になっているだけかもしれません。



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それはさておき、この細部の精巧さです。大きさで圧倒するのではなく、一つ一つの密な仕事で説得力を持たせているのがたまりません。



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この寺院は神々の立像より、物語的かつ装飾的なレリーフに特に力を入れている印象を受けたのですが、中でも足元の象のレリーフが好きでした。

わたくし象の一番可愛いところはこの前足首だと思っています。巨体の大迫力に対してここだけペチャッ、ポニャッと曲がるのが。ベタ足なのもぶちゃ可愛いです。この巨体を支えているのですから相当強靭な足首なのは間違いないですが、それを感じさせない柔らかさがなんか好きなんです。



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寺院内部の柱が、薄いお皿を何百枚も積み上げたような珍しい形をしていました。しかも柱達は一本一本少しずつ形が異なります。ざっと調べた限りでは答えは見つからなかったのですが、これはどんな意味を持ち、どうやって作られた柱なのでしょうか。

意味としては、なんとなく輪廻とか業とかそういうものを表現しているのかなと思いました。勝手な想像ですけれど。



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巨大ナンディーさんもいました。当ブログにも度々登場するこの方は、シヴァ神の乗り物でありペットみたいなものですがしっかり信仰の対象です。



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どことなくキョトンとなさっているのがキュートです。



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お尻もとってもプリチー。

しかしこのお尻のつるっと具合は確実に撫で回されていますね。神の尻を撫でるんじゃないよインド人共め。



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おじいちゃんとペットの子牛にしか見えませんが、信仰の対象です。



<ベルール>

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ベルールの町並み

再びバスに乗り、ベルールに移動しました。ハレービード・ベルール間はバスで20分と大変近かったです。

ハレービードは小さな町でホテルはほとんど目につきませんでしたが、こちらのベルールは多少大きく、ホテルも食堂も結構ありました。泊まるならこっちの方が良さそうです。



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ベルールの遺跡です。こちらは確かヴィシュヌ神信仰だったと思います。



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ハレービードと同じくこちらも彫刻群及び柱の造形が素晴らしく、



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いや本当に素晴らしく、



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いやいやいや何なんですかどうしたんですかこの柱達は何でこんな張り切っているのですか。目的は何なのですか。しかもまた一本一本デザインが違うものだから全部見るのしゅんごい忙しいんですけども。自重してください。



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本殿はもちろん見応えがあるのですが、個人的には本殿を囲むこちらの建物の方に大変心惹かれました。



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壁から出てきたのか後から埋め込んだのか何なのか分かりませんが、形も内容も異なるレリーフが漫画のコマ割のように大量に配置されているのです。

もしかしたら私がそれを感じ取れないだけで何か一貫性のあるレリーフなのかもしれませんが、見た感じパズルのピースは全く合っておらず、しかしそれが逆におもちゃ箱みたいで楽しいというか、漫画単行本巻末のおまけページみたいというか、ハッピーセットみたいというか・・・いかんどんどん安っぽくなっていく・・そしてこの楽しさはきっと伝わっていないぞ。



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雨降られ犬

雨が降りだしたので少し早めに見学を切り上げ、ハッサンに戻りました。

本日の観光はハッサン、ハレービード、ベルール、そしてまたハッサンとぐるりとバス移動できたのがスムーズで良かったです。もちろんその逆のルートでも行けるし、バスの本数もかなり多そうでした。



<5/30 シュラバナベラゴラ>

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ハッサン二日目。本日はシュラバナベラゴラに行ってみます。ジャイナ教の聖地として知られる町です。

ジャイナ教については以前どっかの町の日記でも載せた記憶がかすかにありますが、一回おさらいしてみます。

ジャイナ教とは、

マハーヴィーラ(前6世紀-前5世紀)を祖師と仰ぎ、特にアヒンサー(不害)の禁戒を厳守するなど徹底した苦行・禁欲主義をもって知られるインドの宗教。インド以外の地にはほとんど伝わらなかったが、その国内に深く根を下ろし、およそ2500年の長い期間にわたりインド文化の諸方面に影響を与え続け、今日もなおわずかだが無視できない信徒数を保っている。

です。Wikipedia先生より。



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シュラバナベラゴラの町並み

来ました。ハッサンからここまではバスを二本乗り継ぎ、合わせて一時間弱でした。




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さっそくこちらの聖なる岩山に登ってみたいと思います。



さて、ジャイナ教には白衣派と裸行派(空衣派)という二大派閥がありまして、今から登ります岩山にはその裸行派を象徴するかのような巨大立像があります。

白衣派と裸行派の違いについては、

両派の分裂は1世紀頃に起こったと伝えられる。相違点は、白衣派が僧尼の着衣を認めるのに対し、裸行派はそれを無所有の教えに反するとして裸行の遵守を説く。白衣派は行乞に際して鉢の携帯を認めるが、裸行派ではこれも認めない。概して白衣派は寛容主義に立つ進歩的なグループ、裸行派は厳格主義に徹する保守的なグループであるといえる。ただし、両派の相違は実践上の問題が主で、教理上の大きな隔たりはみられない。

となっております。Wikipedia先生より。 

裸行派を分かりやすく言い換えると、全裸派です。

こういう書き方をすると途端に特殊な趣味みたいな印象になりますが、決してそういうアレではなく「物欲を禁ずる=物を一切持たない」という考え、つまるところ信仰心ゆえの行動です。



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信仰心ゆえです。

こちらの露しゅ・・全裸の聖人はゴーマテーシュワラさんと言って、瞑想だか何だかのために全裸で直立したまま一年間過ごし、そしたら手足にツタが絡まり足下には蟻塚までできてしまったというひどくヤバイお人です。とりあえずパンツくらいは履いて欲しいですね。

この立像は高さ17メートルあるそうで、その製作年は千年以上前。しかも一枚の岩から彫り出されているというから驚きです。まあインド人は崖から寺院を彫り出すイカれた野郎共ですから(例:エローラ遺跡)、立像の1体や2体は朝カリー前なのかもしれませんが。



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像に水をかける僧侶

何かしたたり落ちてくると思ったら、お坊さん(信者さんかも)がゴーマテーシュワラさんの頭上から次々に水をかけていました。

・・というところまでは「炎天下でほぼ飲まず食わずだったであろう彼に水を与えてあげたい」という優しさ及び信仰心から来る行動かなと推測できますが、偶然か、あるいは狙っているのか、その水は頭から首、肩、胸へと流れていき最終的に局部から滴り落ちるというあんまりな仕様になっております。

一応拡大写真も撮りましたが、当方世界一周お耽美ブログとして6年間やってきましたプライドがありますので、掲載は控えさせて頂きます。

そして失礼ながら正直な感想を申し上げますと、


すんごい嫌な絵面でした。




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立像の足下

ここシュラバナベラゴラでは12年に一度大きなお祭りが開かれるそうで、偶然にも今年2018年の2月にそれが行われていたようです。そのお祭りでは、水だけでなく牛乳やギー(溶かしバターみたいなやつ)もかけるそうです。頭から。

一年も立ち続けた結果ツタに巻かれ蟻に住まれ、まあそこまでは好きでやっているのでしょうからいいとしても、その後さらに千年全裸で立たされ続けた挙げ句牛乳やらバターをぶっかけられ、さらに12年に一度

インド中から全裸の信者達が押し寄せるという・・・

彼の地獄はいつ終わるのでしょうか。




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山頂から

山頂からの景色が綺麗でした。ギトギトの全裸を見て荒んだ心が洗われるようです。

今回は全裸像だけだったのでまだ良かったですが、タイミングによっては全裸の信者と鉢合わせることもあるようです。祭り以外の日でも。まあその人の姿を一目見るのが今回の目的の一つではあったのですが、会いたいけど会いたくなかったのでちょっと安心してしまいました。

私は別に全裸のインド人が見たかった訳ではなく、人を全裸にさせるほどの信仰心とはどんなものなのかというのを知りたかっただけなのです。特に信仰の無い私にとってはその行動は狂気でしかありませんが、やっている人達は大真面目でしょうし、それほどまでに一つのものを信じて突き進むというのはどんな心理なのだろうと気になって。

ジャイナ教は「無殺生」を掲げるあまり水さえ飲まない(水中の微生物を殺してしまうから)人が出たり、最終的には飲まず食わずで命を落とすのが最高の誉れであったりとかなり特殊な宗教ですから、それを強く信仰している人は相当一途、あるいは頑なな人であることは間違いなく、そして同時に、幸せな人であるようにも思えました。

ジャイナ教に限ったことでは無いですが、強い信仰心を持つ人々の中にはそれぞれ絶対的な存在とその存在が示す道標があって、幸も不幸も神さま次第、極端な言い方をすると全ての責任を神様に負って貰えるわけで、それが少し羨ましく思えるのです。わたくし人生迷いまくりなものですから。迷いすぎてすっかり迷子のプロですけど。


まあ目の前にあるものもろくに信じない私ですから見えないそれを信じるのは難しく、今後何かしらの宗教にのめり込む可能性は極めて低いですが、なんとなく、心の中にある「お天道様が見てる」だけは守って生きて行きたいと思っています。




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帰り道、聖岩山の向かいに一回り小降りのお山があったので寄ってみました。



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こちらの小聖山では新旧様々な寺院や地面に彫られた古い文字などが見られ、なんか好きな感じのレリーフもあって、結構興奮しました。

でも久しぶりにインド人のセルフィー攻撃に遭い、そこかしこから「えくすきゅーずみー」「わんせるふぃー?」と練習する声が聞こえて来るのが大変恐ろしかったので早めに退散しました。南ではあまりセルフィーセルフィー言われなかったのに、だんだん北に近付いているのを感じます。



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本日のお昼ごはん

バススタンド内の食堂でミールスを頼みました。メニューのない食堂でしたが、私にはとりあえず言っとけミールスという武器があるので全く問題ありません。安くて便利。貴方の町のミールスです。


以上、二日間のハッサン近郊観光でした。

今回はハッサンを拠点に2日に分けてベルールとハレービード、そしてシュラバナベラゴラを周りましたが、それぞれの町は決して遠くないしバスの本数も多いので、朝早くから行動すれば一日で全部回れそうでした。じっくり見たい派の人はその限りではありませんが、滅茶苦茶急ぐというほどでもありません。


帰宅後は夜まで宿で過ごし、夜行バスで次の町に移動しました。次回はハッサン脱出が非常にややこしかった所からまとめます。


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<情報コーナー>

○ ハッサンからハレービード、ベルール

ハッサンのシティバススタンドからハレービードまで28ルピー、所要45分くらい。ハレービードからベルール25ルピー、20分くらい。ベルールからハッサン40ルピー、一時間弱。どのバスも本数は多い。

○ ハレービード

お寺は入場無料。靴預け賃5ルピー、付属の博物館5ルピー。

○ ベルール

境内で40ルピー払ったが、入場料ではなく撮影許可チケットだった気がする。靴預け賃5ルピー。

○ ハッサンからシュラバナベラゴラ

セントラルバススタンド(KSRTCバススタンド)からバンガロール方面行きのバスに乗り、チャンナラヤパットゥーナ下車。44ルピー、40分くらい。シュラバナベラゴラ行きのバスに乗り換え、15ルピー、15分くらい。両バスとも頻発。

| インド | 23:40 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

北上③ コーチン〜ハッサン


<5/27 マンガロールへ(失敗)>

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目標このへん

北上再開です。目指す先は遥か東北インドですが、いくらなんでも遠いので寄り道しながら進もうと思います。




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まずはこのハッサンという町が目標ですが、ちょっと遠いので今日はマンガロールまでにします。朝7:50エルナクラム発のマンガロール行き列車を予約しておきましたので、それに乗るだけです。

でした。

が、

列車の出発が4時間遅れ、走行中も更にジワジワ遅れを伸ばし日暮れどころか今日中に着けるかも怪しくなってきたので、途中下車しました。深夜2時くらいに着いてくれたら開き直って駅で寝るのですが、12時ちょっと前とかだと中途半端過ぎて辛いのです。



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途中下車したのはカンヌールという町です。地図を見る限りそこそこ大きな町っぽいので、宿も見つかりやすそうだし明日の足の確保も容易かと思いまして。



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カンヌールの宿「Sangamonなんとかロッジ」

本日の宿はこちら。急遽来た町だし宿代が多少高くつくのは仕方ないと思っていたら、5軒目くらいで予算に近い350ルピー(570円くらい)の宿が見つかったのでとってもラッキーでした。

が、



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本日の晩ごはん

チェックインを済ませ外出し、毎度お馴染みインディアン珈琲ハウスで夕飯を食べていたところ、宿から携帯に電話が。何を言っているのかサッパリ聞き取れなかったので急いで食べ終わり宿に戻ると、チェックインのときとは別のインド人・・多分マネージャーか何かと思われる人が待ち構えており、

インド人「うちは外国人は泊まれないんだ~ソーリーソーリーはっはっはっ(笑)」



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カンヌールの宿(真)「Saj Rest' inn」

すぐに別の宿を見つけることが出来たのは幸いでした。

何故チェックイン時に気づかないのかとか何がそんなに可笑しいんじゃとか雨の降る夜8時に右も左もわからない旅行者をよう放り出したなオイとか新しい宿完全に予算オーバーだわとか色々思うところはあるのですが、細かいことは深く考えないことにしてとっとと寝ました。



<5/28 今度こそマンガロールへ、そしてハッサンへ>

今日こそはマンガロールに辿り着きたいと思います。そしてあわよくばハッサンまで行きたいと思います。

ハッサンへ行くにはマイソール経由という手もあり距離も時間も大して変わらないようでしたが、マイソールは以前行ったことがあり、しかも録な思い出が無いので今回はマンガロール経由にしました。



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カンヌール・KSRTCバススタンド

まずは宿から歩いてバススタンドへ。カンヌールにはKSRTC、ニュー、オールドと3つのバススタンドがある様なのですが、大抵の町ではKSRTCが一番大きい気がするのでまずはそこへ行ってみました。

そしたらハズレでした。

そこそこ広いけど酷く閑散としており、念のため窓口で聞いてみたものの「マンガロール行きはニューバススタンドからだよ。そしてもう出たよ。」と言われてしまったのでございます。



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カンヌール・ニューバススタンド

力車を捕まえニューバススタンドに移動しました。

ニューバススタンドはかなり大きく繁盛していましたが、先程「もう出たよ」と言われた通りマンガロール行きはやっぱり出た後でした。が、途中の町を経由するルートを教えて貰えたので、それで行くことにしました。



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教えて頂いたルートは実に単純で、まずはこのカナンガッドという町まで行ってここでマンガロール行きに乗り換え・・



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・・るはずだったのに通り過ぎました。

いや、一応バスはこの町で停まったんですよ。でもバススタンドはもう少し先だったので、そこでもう一回停まるものだと思っていたらあっさり町を出てしまいまして。しかし方角的には(最初のうちは)間違っていなかったので、まあいいやと思いそのまま乗り続けました。



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山中のバススタンド

このままマンガロールまで行ったりしないかなと期待していたのですが、上の地図の通りバスは脇道に反れどんどん山に入って行き、いいかげん戻れなくなりそうだったので途中下車しました。

そしてこの山中の名も知らぬバススタンドで別のバスを捕まえ、




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幹線道路沿いのバススタンド

マンガロール行きが通ると思われる幹線沿いまで復帰することに成功。




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で、ようやくマンガロール行きのバスに乗ることが出来ました。

私は今日も、冒険とは名ばかりのしょうもない迷走で時間と体力を浪費しております。




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マンガロール・バススタンド

マンガロールに着いたのは午後3時過ぎでした。昼過ぎには着いているはずだったんですけどね。

ともあれ、午後3時という時間は活動終了するには早すぎますし、マンガロールには特に用はない上にそこそこの都会なので泊まりたくありません。まあ「マンガロール」で検索したら「マンガロール 味噌」と出て「!?」となったので用はあるっちゃあるのですが。

「マンガロール 味噌」とは、とある日本人男性がマンガロールで興した味噌製造・販売会社のことです。現地購入も出来るしわネットか何かで注文すればインド中に配送してくれるそうです。



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ハッサンの宿「Vaishnavi Lodging」

しかし残念ながら、ちょうど良いタイミングでハッサン行きのバスが来てしまったのでマンガロールで味噌を買うことは叶いませんでした。

ハッサンまでは5時間のはずでしたが一時間ほど遅れ、到着はどっぷり日の暮れた21:30でした。が、なんとか宿にありつけました。夕飯は食いっぱぐれました。


次はハッサン近郊の観光についてまとめます。遺跡の町ベルールとハレービード、そしてジャイナ教全裸派の町シュラバナベラゴラです。


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<情報コーナー>

○ コーチン(エルナクラム)からマンガロール

列車多数あり。9~11時間くらい。エルナクラム・ジャンクション駅は充電ポイントが沢山あって良い。

○ カンヌールの宿

「Saj Rest' inn」
24時間制ならぬ22時間制。線路と平行する南側の大通りからSwamy Madam roadに入り、100mくらい歩いた右手側。最安値の部屋(ダブル)が550ルピー。動いてるのかないのか分からないエアコンがあったが、涼しかったので動いてたと思う。冷水シャワーがなかなか良い水圧。WiFiなし。

○ カンヌールからマンガロール

列車も沢山あるが私はバスを利用。マンガロール直行バスもあるが本数が少ないとのこと。私が利用したのはカンヌールからカナンガッド(Kanhangad)60ルピー、所要2時間半くらい。・・からマンガロール行きに乗り換えられるはずだったが、色々おかしなことになったので詳細は本文参照。

○ マンガロールからハッサン

186ルピー、5~6時間。私が乗ったのは15:30のバス。かなりの頻度で出ている模様。

○ ハッサンの宿

「Vaishnavi Lodging」
マハラジャパークの南東の角にある大きめのホテル。Wi-Fiなし、ファンあり。シャワーはないがバケツシャワー用の蛇口からお湯が出る。夜遅くは出なくなる模様。午前中は熱々だった。24時間制。KSRTCバススタンドから徒歩20分くらい。シティバススタンドから徒歩5分くらい。

| インド | 23:49 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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